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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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長いお別れ


「なんでっ⁉」

「あの狂人の剣、あれは我のような精霊体に対する殺しの加護があったようでな。あの時消滅しなかったのは運がよかった」


 ライオネルの言葉に、アルクはあの時の光景を思い出す。ライオネルの胸を貫き、天高く放たれた黒い炎を。あれはやはり多大なダメージをライオネルに与えていたのだ。


「なら、どうして?」


 ライオネルがこの試練を敢行したのかをアルクは問う。今しがた放った必殺も少なからず、ライオネルを死地へと誘ったのは確かなことに違いないのだから。


「改めて消滅が近づいたことで、多くを気付かされた。やはり我は試練の獣であり、そしてカシスは幼き頃カイナ殿のような冒険者を夢見ていた。それを思い出したとき、やはりカシスが旅立つなら今が一番良いと気付かされたのだ。我が最も信頼する剣殿の所有者であるアルク殿が訪れてくれた今が。そしてカシスが旅立つのであれば、是非我の試練を受けて欲しいと思った。故にカシスと相談し、此度の試練を行うことにしたのだ」

「ごめんね、アルク。騙すような形になっちゃったね。でも、正直に話したら優しいアルク達は本気を出してくれないって思ったの」


 ライオネルとカシスは事の次第をそう説明する。カシスは申し訳なさそうに大きな三角帽子の両端をギュッと掴みながら俯いた。


「でもっ、カシスはそれでいいの?」

「そうよっ、あんた。ライオネルと一緒にここにいるって、あんだけ言ってたじゃない」


 パナシェとライムがカシスに対し、問いかける。二人とも納得がいかないといった様子だ。そんな二人にライオネルが頭を下げながら懇願する。


「カシスも最初は我を諫めていたのだ。だが、我が頼み込んだ。残された命、己の納得するように使いたいと。どうかカシスを責めないで欲しい。全ては我の我が儘であり、カシスはそれにつき合ってくれただけなのだ」


 今にも消えてしまいそうなライオネルにそう乞われ、二人は顔を見合わせつつも押し黙った。アルクは俯きがちなカシスに、その意思を問う。


「カシスはそれでいいの? 僕たちと一緒で?」

「……うん。私も本当はずっと広い世界を見てみたいと思っていた。……おじちゃんのいない世界ならこの森に留まる理由もあまりないし、アルク達と一緒に冒険するのはとても楽しかったから……」


 そう答えるカシスは帽子を深々と目元までかぶっていたため、表情は窺い知れない。しかし、帽子を握るその手は小刻みに震えていた。アルクは一つ大きく呼吸をするとライオネルへと話しかける。


「わかりました。カシスは一緒に連れていきます。パナシェやライムもそれでいいよね」

「う、うん。別にオイラに異論は」

「……カシスがいいって言うんなら、ね?」


 二人はアルクの問いに、釈然としない様子ながらも頷く。ライオネルはそんな二人に謝辞を示す。


「ありがとう。二人のような優しい同性の友人を得たことは、カシスにとっても僥倖である。これからも、良き友となって欲しい」


 遺言のような言葉に、二人は顔を見合わせ困り果てている。ライオネルは二人を暖かい眼差しで見つめると、次にアルクへと話しかけてきた。


「アルク殿もどうか、カシスをよろしくお願いしたい。……カシスは祖父がホムンクルスであったためか、若干成長が遅い。カイナ殿のように、グラマー美人とはなれないであろう。だがとても聡明で気立ての良い子で器量よしだ。何卒、末永くお願いしたい」

「わかりました」

「なっ⁉ おじちゃんっ⁉ アルクっ⁉」


 ライオネルの申し出に、アルクは唯頷く。突然の来訪も暖かく迎い入れてくれたライオネルの頼みを無下には出来なかった。これからは、冒険する仲間として共にいてもらうつもりである。しかし、そんな二人の会話に何故かカシスは激しく動揺する。


「ふふ、それを聞いて安心した。これで我も安心して旅立てる。……カシス、そう俯いてばかりいないで欲しい。出来うるなら最後は笑って見送って欲しいのだが……」


 ライオネルにそう乞われ、カシスは強く帽子を握った両手をそこから放つと、ライオネルの眼前へと足を進め、そしてライオネルを見上げた。


「おじちゃんも星になるんだね……」

「星……か。我のような存在が消滅後、カイナ殿やカナンと同じ場所にいけるかはわからぬ。だが、もし星となれるのならば、我はきっとカシスを見守る星となろう。そして、カイナ殿やクルス殿、カナンと一緒にカシスを見守り続ける」

「……なら、寂しくないね」


 真っすぐにライオネルを見上げるカシス。背中しかみえないため、その表情はアルクには窺い知ることは出来ない。ライオネルもしばらくカシスを愛おし気に眺めた後、ハルへと声を掛ける.


「と言う訳で、剣殿。我もこの現世(うつしよ)から旅立とうと思います。剣殿は不死ゆえ、どこまでもこの世を見届けるのでありましょうな。……何卒、カシスをよろしく頼みたい」

『ああ、任された。彼女もアルクのパーティーに入る以上、私が責任を持って見届けよう。……長年の友がいなくなってしまうのは悲しいが、君は己の天命を全うしたのだな』

「はい、最早悔いはありませぬ。……剣殿には世話になってばかりでしたな」

『なに、友情は見返りを求めないものだ』


 ハルもいつにない寂しげな様子でライオネルへとそう語り掛ける。そして、ライオネルは再度カシスへと話しかけた。


「では、これで最後だな。カシス、何か我に言いたいことはあるか」

「……今までありがとう、おじちゃん。おじちゃんのお陰で毎日寂しくなかったよ。……一緒に毎日楽しくお喋りして、こんな日がいつまでも続くって思ってた」

「我もだ、カシス。カシスが冒険者を諦めて、森にずっといると聞いた時、寂しさもあったが、それ以上に嬉しさが上回っていた。これでカシスとずっと過ごせると。だが、常に悩みもあった。カシスの可能性を摘んでしまってはいまいかと。今回の件は、ある意味よい結果となったのかもしれないな」

「……」

「カイナ殿が来て、カナンが生まれ、そこからは毎日が楽しかった。試練すら忘れて、ただ自身の生へと向き直れていた気がする。そして、最後に取り戻したその役目で、最愛の存在であるカシスを見送れたのは、我にとって何よりの喜びであった。カシスと過ごした日々は我にとって最も幸福なる時間だった」

「私も……おじちゃんがいたから」

「……どうか泣かないで欲しい、カシス。優しいカシスには笑顔が似合っている。どうか、我の人生の結実もそんな笑顔で見送って欲しい」


 ライオネルの言葉を受け、カシスは袖で顔を拭う。ライオネルは小さく笑うと、アルク達へと力強く宣言する。


「カイナ殿も言っていた。小さな雛鳥もやがて大空に向かって大きく羽ばたいていくと。まだ幼き冒険者たちよ。今、この試練の獣ライオネルが宣言しよう。この世界、きっとそなたらの憧憬を満たすに足るものが必ずや存在するであろうと。それを見つけたければ、仲間と共に想い、歩み、探し出すといい。きっとその道程に、そなたらのかけがえのない冒険があるであろう。……では、これで長いお別れとしようか」


 慈愛に富んだその言葉に、アルク達は唯静かに頷いた。ライオネルの身体からは無数の淡い光が立ち上り、存在はますます希薄となっている。


「ありがとう、ライオネルさん」

「オイラ達絶対に忘れないです」

「カシスのことは任せてね」


 アルク達の別れの言葉にライオネルも力強く頷く。


「剣殿も……」

『ああ、任せておけ。さらばだ、ライオネル。我が友よ』


 ハルは長年の共であった試練の獣へ別れを告げる。そして、ライオネルは最後にカシスと別れの言葉を交わす。


「カシス。最後に愛しい娘が羽ばたくのを見届けることができた。試練の獣として生まれた我にとって、これほど嬉しいことはない。我には見える。カシスが仲間と共に大空を翔ぶがごとく、世界を冒険する様が。我は願わくば星となり、そんなカシスをずっと見守り続けたいと思っている。……今までありがとう」

「私は……お祖母ちゃんがいなくなっても、おじちゃんと過ごせて毎日楽しかった。寂しくなんてなかったよっ。……これからは冒険者として立派にやって見せるから心配せずに見守っててね、おじちゃん。絶対にだよっ!」


 絞り出すように、己の想いをカシスは叫ぶ。試練の獣ライオネルは穏やかな瞳で、愛娘を慮る父のようにカシスへと優しく囁いた。


「ああ、ずっと見守っているさ。どこまでも……。カシス、我の……」


 そこから先へと続く言葉はなかった。無数の淡い光が天へと上り、ライオネルがいた場所には最早何も存在はしていなかった。後に見えるのは、ただ虚空を見つめるカシスの後ろ姿。心なしかその小さな肩が震えているようにアルクには見えた。皆は暫くの間何も言えず、ただ静かにその場所に佇むのみであった。



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