再試練
ライオネルの試練を受けてから一週間が経った。今、アルク達は今、再び試練を受けるためカシスの家にて準備を整えている。
『まあ、なんとか形になったというところか』
「そうだね。ミノタウロスやオーガ、それにライオネルもバーチャルで訓練しまくったし」
「まあ、あたし達何度も死んじゃったんだけどね」
「結果良ければ全てよしにゃん」
アルク達の視線は全てパナシェへと向かう。皆の視線を受け、パナシェはおっかなびっくりした様子で、アルク達を見た。
「うう、オイラ何とか形になったと思うんだけど。付け焼刃かもしれないけど」
「ううん、あれなら十分通用すると思うよ」
アルクは弱気に訴えるパナシェを励ますため、強い口調で首を横に振る。実際、この一週間でのパナシェの向上には目を見張るものがあった。技術を磨くために日々実践の日々を送っているのをアルクも近くで見ていたため、パナシェの努力が無駄にはならないと言える自信がある。
「じゃあ、ライオネルさんの下に行こうか」
「そうね」
「う、うん。緊張するなあ」
「……」
皆が意気込む中、カシスは物思いに耽るように押し黙っていた。アルクはそれが気になったため、カシスに問いかける
「カシス、大丈夫?」
「あ、うん……大丈夫にゃん、アルク」
「? そう、それならいいけど」
カシスのぎこちない笑顔に悄然としないものを覚えながらも、アルクは皆に先立って家を出て、ライオネルの下へと足を進めた。
「いい面構えであるな。準備は出来たということか」
「はいっ、よろしくお願いします」
ライオネルの問いに、アルクは自信満々に頷く。この一週間の特訓の成果は、必ずやライオネルを満足させるものになりえると、ハルからも太鼓判を押されていた。自分達の力を試せる喜びにアルクは震えた。きっと、かつて試練を受けに来た冒険者たちも皆同じ気持ちであったのだろう。相手は千年の時を生きる試練の獣。相手にとって不足はなかった。
「いつでもどうぞ」
「では、これより試練を始めよう。試練の獣、ライオネル参るっ!」
ライオネルはいつもの口上を口にせず、ただ厳かに開始を告げる。それと同時にパナシェが一番前へと踏み出した。
「よーしっ、バッチ来―いっ!」
気合の声を上げ、スコップを頭上高く掲げる。その声とほぼ同時にライオネルは果敢に飛び出し、アルク達へと襲い掛かる。牽制のために放たれたライムのナイフや、カシスの魔法も紙一重で躱していく。そして、パナシェへと爪の一撃を見舞おうと、その前腕を振った。
「あああああっ!」
パナシェはスコップにてその一撃を受け止める。少しばかり小さな体躯は後ろへとずらされたが、ライオネルの突進は受け止められ、その進撃を止める。
「見事っ! だが、まだ終わらんっ」
すかさず二の撃をパナシェへと放つ。しかし、パナシェは臆することなく、その攻撃を迎え撃った。
「やああああっ!」
スコップを大きく振り上げ、ライオネルの爪を大きく弾く。ライオネルはすぐさま姿勢を立て直すと、再び攻撃を繰り出した。最初の防御で姿勢を崩しかけていたパナシェだが、大きく踏ん張ると再度スコップでライオネルの爪をいなした。
パーリング。それがパナシェが一週間磨いてきた技であった。敵の攻撃を弾き、隙を作る。パナシェの怪力を勘案し、タンクとしても活躍してもらうというのが一番パーティーの底上げできる手段であると、ハルとカシスが熱弁し行われた位置配置である。パナシェは物の見事にライオネルを押しとどめることに成功した。しかし、立て続けに攻撃を受けたパナシェは姿勢を大きく崩される。それを狙って、ライオネルが止めとばかりに攻撃を加えようと攻撃を繰り出した。
「これでッ!」
「させるかッ!」
ライオネルの追撃を、アルクはパナシェの前面に飛び出して防ぐ。その凄まじい腕力から繰り出される一撃も、いなすことだけに注意して防げば一撃だけはなんとかなるというのは前回の試練で経験積みであった。
「ぬぅ」
全身を使い、ライオネルの爪撃を流す。今のアルクではここまでが限界であった。ライオネルの二の撃がアルクに迫る。だが――
「まだッ!」
体制を持ち直したパナシェが、体全体を伸ばし、ギリギリでライオネルの一撃を逸らす。踏ん張り、再び攻撃を繰り出そうとするライオネルであったが、圧縮された風弾や、ナイフの追撃を身に受け、やにわに仰け反った。パナシェの粘りに攻めあぐねたライオネルは、それをまともにくらう。そして、それはこの試練でライオネルが見せた最初の隙でもあった。
「いまだっ、皆ッ!」
勝負所とばかりにアルクは皆に声を掛ける。先陣を切ったのはカシスであった。
「サンダーストームッ!」
広範囲に降り注ぐ雷をまともに受け、ライオネルはダメージこそ少なそうなものの、一瞬その身を硬直させる。それを見逃さずアルクとパナシェは距離を詰めた。迎撃のための一撃をパナシェが体を張り受け止める。その隙に懐へと潜りこもうとするアルクへ、もう片方の手で攻撃を加えようとするライオネル。しかし、その腕は振り下ろされることはなかった。植物の蔦が幾重にもライオネルの攻撃を加えようとする手へと巻かれていたからだ。
ライオネルの懐へと潜り込んだアルクは、今この場にもっともふさわしい攻撃のためにマナを己の体内で練り上げる。それと同時にこの一週間で、必殺技について祖父と話し合ったことも思い出していた。
「お前が聞きたいのは、最初のあれ以降、雷鳴剣が撃てないことだよな」
「うん」
実際、あのメレンの迷宮であの一発以来まともに撃ててはいないのだ。そして、ライオネルの試練を乗り越えるために、アルクはラッドへと必殺技の再教授をお願いしたのだ。
「それについてはこっちも聞きたかったんだけど、お前あれ使う時、どんな感じで撃ってるの?」
「……それは、魔法と剣を重ねて……」
ラッドはアルクの言葉を聞き、深いため息を漏らした。
「はあ、それじゃあ撃てるわけねえな。むしろ、あの時よく撃てたわ。せっかく見せてやったのに」
「そんなこと言われても、あんな一瞬じゃわからないよ」
ラッドのあからさまな態度にアルクは必死に抗弁する。ラッドは頭を二、三度振りながら再びアルクを目を真っ直ぐに見据える・
「いいか、アルク。魔法剣ってのは重ねるっていうよりかは、束ねるのさ。いいか、見てろ」
ラッドの手から雷が迸る。それは次第に膨れあがり、凝縮され剣の形へと変わる。そのマナの密度の凄まじさにアルクは息を呑んだ。
「まあ、極めちまえばこんなこともできる。まあ、でもいきなりこれは無理だろうな。今度のとっつぁんの試練でやるんだろう。なら、一つ考えがある。試してみろ」
(あの夢のなかでは最後撃つことが出来た。本番でだって)
マナを雷へ変換する。自身でも制御できるよう最低限の威力に調整しながら。それは通常の二割程度に過ぎないが、雷鳴剣として放てるのであれば威力的に別段問題はないのだ。
「来いっ!」
虚空より放たれる雷。それを剣に纏わせる。今まではこのまま抑え込み、抜き放っていた。しかし、今回はそこから更に雷を凝縮させていく。イメージするのは雷の刃。溢れ出し、放逸しそうになる雷撃がスッと剣へと収まる感覚。撃てると確信し、抜き放とうとした瞬間、アルクの胸に一抹の不安が去来する。メレンの迷宮でのあの単眼の巨人に使った際の記憶を思い出す。敵ならぬライオネルにこれを本当に放ってよいのか。そのとき頭上より、威厳ある声でライオネルがアルクを誘った。
「アルク殿ッ! 貴殿のその力、我に証明せよッ!」
「……雷鳴剣ッ」
その声に突き動かされるように、アルクは自身の必殺技を放つ。雷と共に薙いだ斬撃が、ライオネルの胴部を撃つ。閃光が迸り、それを受けたライオネルの巨体が激しい勢いと共に後方へと吹き飛ぶ。大地には踏ん張ったため出来た抉れが長々と出来てきた。
「出来た……」
『やったな、アルク。完成には程遠いが、威力的には申し分ない。あのライオネルをあそこまで吹き飛ばすなんて』
「ライオネルさんは……」
「うむ、我なら問題ない。アルク殿の雷鳴剣、見事であった」
ライオネルは居住まいを正し、きちんと座りなおすと、アルクに向かって優しく告げた。そこには傷などは微塵も存在していないため、アルクはホッと胸を撫でおろす。
「じゃあ」
「ああ、試練は合格だ」
「やったあ」
喜び振り返ると、仲間達も歓声を上げながらアルクの隣に集まってきた。
「やったね、アルク」
「パナシェのお陰だよ。僕じゃあライオネルさんの攻撃を凌げなかったし」
「そうね。今回のMVPはパナシェね」
「それは大げさだよライム。MVPなら最後の凄い必殺を出したアルクだって。それにそのアシストをしたのもライムだし、カシスの魔法だって凄かったしねえ」
勝利の余韻と共に互いを讃え合うアルク達。それをライオネルは目を細めながら眺めていた。カシスがライオネルへと歩み寄っていく。
「やはり試練はいい。苦難を仲間と乗り越え、喜びあう。我はそれを見るのが一番好きだった」
「おじちゃんは満足出来たの?」
「ああ、ありがとうカシス。もう、十分だ。最後の試練がこの試練で、本当によかった」
そんな会話が耳に入り、アルク達は二人を見る。ライオネルもアルクたちへと微笑みかけ、そして厳かに告げた。
「よく我の試練を乗り越えた。冒険者たちよ。そなたらに我の祝福と財を与えん、と言いたいが実は財はすでにあらかた放出してしまっていてな。それでもかつては寄進があったため、それで賄うことも出来たが、今はそれすらない」
「別に財産なんて」
「故に我の一番大事な物を預けたい。……カシスを共に連れて行ってはくれまいか」
「えっ、でも」
アルクは答えあぐね、カシスを見る。カシスは少しばかり悲しそうな表情を見せながら、何も言わずアルクを見つめていた。少しばかり混乱したアルクは再びライオネルへと向き直る。
「でも、カシスはライオネルさんといたいって」
「それならば問題はない。……この老骨はもう旅立つ」
「えっ」
そこでアルクはライオネルの身体が透き通っていることに気付いた。うっすらと背後の景色が見える程である。ライオネルの身体からは淡い光が立ち上り始めている。それは存在が希薄化しているということを示していた。
「えっ⁉ これって……ハルッ」
突然の事態に困惑し、アルクは咄嗟にハルへと助けを求める。ハルはそんなアルクの声に応えるようにゆっくりとライオネルへと話しかけた。
『……我々を謀っていたのだな、ライオネル』
「ハハ、剣殿は気付いておられましたか」
そんなハルの問いかけに、ライオネルは小さく笑う。そして、アルク達に向かって再び語り掛け始めた。
「さあ、最後の我のお役目といこう。すまないなアルク殿。この試練の獣の最後、どうかつき合って欲しい」




