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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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獣の一生3


 ライオネルの目の前で、かつて人であった物質が炎に包まれ炭化していた。真っ黒な人形のようになりながら悶え、そして倒れ伏す。不思議なことに、その炎は森の草木を一切焼くことはなく、ただ敵のみを焼き尽くしていた。


「凄まじいものだな……。正直カイナ殿なら我がいなくとも勝利することは容易かったのでは?」

「いや、そんなことはないさ。いくらあたしが天才とはいえ、か弱い乙女であることに変わりはないからねえ。あんたが肉壁として出張ってくれたおかげで大分楽が出来たよ」


 神妙に自身の襲った冒険者であった物体を眺めやるライオネルに、カイナはコロコロと笑いかける。ライオネルは、顔色一つ変えず命乞いをした冒険者を燃やし尽くした後、打って変わって年端も行かぬ少女のような表情で笑いかけるカイナに恐怖に似た感情を覚えた。無論、恩人であるカイナにそのような態度を取るほど、ライオネルは恩知らずでないため、外面には出さなかったが。


「さあ、邪魔者も片付いたし、あんたには今日から一緒に暮らす森の仲間達を紹介するよ」

「は? カイナ殿、仲間とは一体?」


 ライオネルはカイナの言葉に首を傾げる。目の前の女性はただにっこりと微笑むと、「待ってな」と言い残し去っていく。そして暫くすると、一人の儚げな雰囲気の美しい少女と、何十といる小さな亜人を引き連れてきた。


「なっ⁉」

「ライオネル。こいつらが今日からあんたの仲間になる森の妖精族だ。悪徳貴族に捕まってたのをあたしが助けてやったのさ。今日からはあんたが兄貴分だ。守ってやんな」

「はあっ⁉」


 唐突なカイナの宣告にライオネルは驚愕し、何も言い返せなかった。そんなライオネルを見かねてか、その中では唯一の人間の少女が、おずおずと前へ出てカイナを諫めた。


「あっ、あのカイナさん。その、ライオネルさんは突然のことで戸惑ってるみたいですけど。本当に話を通したのですか?」

「おうさ、勿論だよ。ねえ、ライオネル」

「いや、我は一向には聞いていないが。それとこの女性は?」

「女性ッ⁉」


 ライオネルの発言にショックを受けたのか、女性は俯いてしまう。カイナは首を傾げながら、不思議そうな表情でライオネルへと視線を向ける。


「さっき、言ったじゃないか。あんたに頼みたいことがあるって」

「いや、だが我はまだそれを承ってはいないのだが」

「はあ、あんたもちっちゃい男だねえ。死にかけてたあんたを助けてやったんだ。その恩人のカイナさんの言うことを聞いちゃくれないのかい」

「いや、そんなことを言われても困る」

「そうですよ、カイナさん。いくらなんでも内容だけは伝えないと。ライオネルさん、僕はクルスって言います。僕たちは皆で静かに暮らせる場所を探していたんです。ちょうど、近くの迷いの森と噂されるここがいいんじゃなかって話になりまして、皆で訪れたんです」


 クルスがライオネルへとそう説明する。


「迷いの森? ここは試練の森と呼ばれている筈だが? それと其方は一体?」

「あたしの嫁だよっ」

「嫁っ? カイナ殿はそっちの性癖が?」

「ちっ、違います。僕はこう見えてもれっきとした男です。もうっ、カイナさんがこんな服着せるから」


 クルスは頬を膨らませ、ぷんぷんと憤る。ヒラヒラのフリルの服を着たその姿は、どう見ても少女にしか見えない。


「ははっ、まあクルスは嫁兼旦那って感じかな。クルスは何と、生殖能力をもつホムンクルスなんだよ。古代遺跡で見つけたんだ。神人(プレイヤー)の遺産だと思う。あたしの理想のエターナルショタってやつだね」

神人(プレイヤー)とな⁉」


 この世界を創造せしめた女神がもともと存在していた、根本の世界に住まう住人。それをこの世界の者たちは神人(プレイヤー)と呼ぶ。ライオネルもハルからことの次第を聞かされ、世間でもそのように伝えられているということを聞いていた。ライオネルはハルも神人(プレイヤー)ではないかと最初は思ったが、それはハル自身に否定されていた。しかし、一番最初の記憶に残る四人の冒険者はまごうことなき神人(プレイヤー)であり、ハルの所有者はその血族であるということは大体の話しから察せられた。


「かくいうあたしもその神人(プレイヤー)の弟子でね。まあお師匠さんは大賢者を名乗る割には頭は悪いけど。本人はあくまで職業だからって言い訳してたけどねえ」


 カイナの言葉に、ライオネルは彼女が圧倒的なまでの実力を兼ね備えていることに納得する。今彼女が口に出した人物は、まさに今自分が思い出していたうちの一人であり、その弟子となれば相応の秘伝の一つ、二つは伝えられているだろう。


「ま、それはさておき、あんたももうボロボロの出がらしみたいになってるじゃないさ。もう試練なんて厳しいだろ。そんなもん放り捨てて引退して、余生を楽しみなよ」

「いや、我は生涯現役で……」

「よしっ、皆。これからはこの森があたし達の住処だよっ。見たところ土壌自体は豊かだし、贅沢は出来ないけど、食ってく分には十分な土地の恵みは得られると思う。ここにあたしたちのアルカディアを築くよ。ビリー、あんたも頑張りなっ!」

「「「おおっーーーーーーーー!」」」


 カイナの言葉に歓声を上げる妖精達。了承した覚えのないライオネルは呆然と目の前の光景を眺めるのみであった。


「これは一体……」

「すいません、ライオネルさん。カイナさんはああいう人なんです。でも……」


 そんなライオネルを見かねてか、クルスが慰めの言葉をかけてくる。既にカイナや妖精たちは簡易な寝床の作成に取り掛かっている。


「でも?」

「僕は、あの人は凄く優しい人だと思います」

「むぅ……」


 強引すぎるところは否めないが、自身の命を稀少な霊薬すら使い助けてもらったライオネルは、その言葉を否定できない。それに自身の生命力はこの戦いで大部分が失われてしまった。既に自身を知る冒険者もあまりいないなかで、それに固執することに意味はないのかもしれない。だが、その先になにがあるのだろうか。今まで自信の使命のみを順守してきたライオネルにとって、それ以外の道などはわかりようがない。ライオネルはこれからの未来に暗澹たる気持ちを覚えながら、意気揚々と活動するカイナや妖精達を、クルスと並んで眺めることしか出来なかった。




 カイナとクルス、森の妖精族が移住し、一年がたった。あの後、カイナ達夫婦の住まう家や、妖精族の住まいはそれなりの形となり、すでに里と言えるレベルの共同体となっていた。そんな中で、カイナは今胸の中にけたたましく泣き叫ぶ小さな生き物を抱き、ライオネルの下へとやってきていた。


「ほらっ、ライオネル。これがあたしとクルスとの愛の結晶さ。カナンっていうんだ」

「……なんと面妖な? カイナ殿っ、これは人ではなく子猿ではないのかっ⁉」

「……」


 カイナはライオネルの言葉にただ静かに微笑み、その周囲に灼熱の豪火を纏わせる。


「うおっ⁉ カイナ殿、何故怒る?」

「あんたねえ、人が腹を痛めて産んだ赤子を猿呼ばわりとはいい度胸じゃないか」

「ぬう、済まない。我は人の赤子を見たことがない故。しかし、大丈夫なのであろうか?」

「は? なにがかい?」


 ライオネルの心配そうな言葉に、きょとんと首を傾げるカイナ。ライオネルは己の心配をカイナへと伝える。


「このように小さくて、無事に育つのか? それに育ったとして、将来ちゃんと冒険者になれるであろうか?」

「あんたってやつは冒険しか頭にないのかい……」


 ライオネルの言葉に、カイナは呆れた表情を浮かべる。しかし、ライオネルは冒険者に試練を与えるために生まれた存在だ。人という存在を見たときに一番最初に思い浮かべるのはそれしかない。


「はあ、心配しなくても大丈夫さ。赤子ってやつはぽろっとこの世に産み落とされて、あっという間に育ってく。動物ってのは皆そういうものさ」

「そうか、それはなんというか……とても不思議だ。我は番いを持たぬ生き物故、生殖欲求が存在しない。故にそういった理にも今まであまり興味が湧かなかった」

「そうか、じゃあもっと近くで見てみなよ」


 未だ泣き止まぬカナン抱きながら、カイナはライオネルへと近づいてくる。ライオネルも恐る恐る顔を近づけた。しわくちゃだらけのその顔で、大口を開けながらこれでもかとばかりに泣き叫んでいる赤子。それがふとした拍子にライオネルと目が合った。カナンはライオネルの容貌に驚いたのか、あらんかぎりに目を見開く。一層泣くか、と身構えたライオネルだったが、カナンは一転キャッキャと朗らかに笑いだす。


「おや、さっきまでどんなにあやしても泣き叫んでいたのに。あんた、案外育児の才能があるのかもね」

「そんなものはいらない。唯でさえカイナ殿が来てからは、まだ一度も冒険者が来てくれていないというのに、このうえ育児など」

「そうかい、残念だ。まあ、冒険者に関しては来ないと思うよ」

「何故?」

「あたしが知り合いの冒険者に、ここを訪れた冒険者は紅蓮の魔女と試練の獣が殺しつくしてしまうって噂を流すように頼んでおいたからね。あの子も今はSランクだし、邪神討伐の生き残りの英雄様の警句に耳を貸さない奴はいないだろうからね」

「おぉ……なんてことをっ⁉」


 カイナの唐突な告白に、ライオネルは悲痛の叫びを上げる。その声にビクッとしたカナンが再び泣き始めてしまう。


「あ~、せっかく泣き止んだのにっ! ほらっ、責任取りなっ」

「なっ、どうしろと」

「とりあえず、何でもいいからあやしなっ」


 仕方なくライオネルは喉をゴロゴロと鳴らしながら、カナンの顔を覗き込んだ。その鬣がカナンの顔の前で揺れる。すると、再びカナンは泣き止み、「あー」と声を上げてライオネルの鬣をひっぱりだした。それを見たカイナが愉快そうに笑う。


「ほら、やっぱりあんた、育児の方が向いているんじゃないのかい」


 その言葉にライオネルは憮然となるが、しかしカナンに再び泣かれるのも嫌なので、ただされるがままとなっていた。


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