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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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獣の一生2


「よっしゃぁ! 勝ったぞッ!」


 森に青年の声が響き渡る。ライオネルは今しがた試練を乗り越えた青年を、目を細めながら見ていた。


「見事だ、ラッド殿。このライオネルの試練、よくぞ一回で乗り越えた」

「ああ、とっつぁんも強かったぜ。まあ、俺ほどの男の才覚があれば当然だがな。どうよ、ライオネルのとっつぁん。ぶっちゃっけ、俺が今までで一番なんじゃないの?」

「う、うむ。今まで試練を受けた中で、ラッド殿の才能は確かにトップクラスである」

「だろぉ」


 今回、ハルが連れてきた青年は大層お調子者であった。確かに、才能はずば抜けているが、それよりも遥かに強い猛者の存在を知っているライオネルは、少しばかり言葉を濁した。幸い、ラッドはそれに気づかず、喝采を上げている。


『すまないな、ライオネル。今回の所有者はちょっとばかしお調子者でな』

「なに、構いませぬ剣殿。冒険者たる者、己の才覚には自負を抱き、高みを目指すようでなければ。決して小金をためて隠棲したいなどとは口には出してはいけない」

『その点についてはすまなかった』


 再開を果たした後、ハルは何度も所有者を変えて、ライオネルの下を尋ねてくれた。あの後、幾日か太陽が昇らぬ日が再び訪れたが幸いに前回より規模は小さく、試練を受けにくる冒険者が絶えるなどということはなかった。そして何度かの邂逅により、ライオネルはハルから世界のあらましを聞き、その大部分を理解していた。共有する時間は短くとも、長い時を経て会いに来てくれるハルに、ライオネルは友情のようなものを感じていた。


「よしっ、とっつぁん。俺がSランク冒険者になった暁には、この森にとっつぁんを祀る神殿を建ててやるよ」

「おおっ、そうか。ラッド殿は随分嬉しいことを言ってくれる」


 ライオネルはかつて神獣のように扱われた栄華の日々を思い浮かべる。もし、あの日々が戻ってきたのなら……。


「おいっ、ライオンのおっさん。真に受けるなよ。こいつは気前のいいことばっか口にすっけど、ただ何も考えてねーだけだぞ」

「ミオの言う通りよ、ライオネル。このお調子者のいうことを聞くと、後で痛い目遭うわよ」


 ラッドと共にライオネルと挑んだ二人の少女が、喜ぶライオネルに慌ててそう釘を刺す。無論、ライオネルとしてもラッドの言葉を真に受けた訳ではないが、自身を祀るという言葉に少しばかり心地よく昔を思い出したのも事実であった。


「やれやれ、分かってねえな、女どもは。これは男と男の約束ってやつだ。故に破られるなんてことはねえんだ。とっつぁん、期待してていいぜ。この将来のSランク冒険者、ラッド様は必ずや、功名を成し試練の獣の神殿を建ててやっからさ」

「ふふ、その時を首を長くして待っているぞ、ラッド殿」


 呆れたとばかりに首を横に振るラッドに、ライオネルはそう声をかける。今までのハルの所有者の中でも、最も冒険者的であったラッドにライオネルは高い好感を抱いた。故に、ラッドの大言壮語にももしかしたらという想いを抱いたのだ。もしもそれが本当に叶うのなら……。




 ラッド達も数日逗留した後、ライオネルに別れを告げて、森を去っていった。ライオネルはその後も時折やってくる冒険者相手に、無聊を慰めつつ退屈な日々を過ごした。そんなある日、ライオネルにとって人生最悪の出来事が訪れてしまう。森を訪れた殺伐とした雰囲気を放つ冒険者。彼らはライオネルの前に姿を現すと、快哉を上げた。


「いよっしっ! やったな皆。本当にこの珍獣、居やがった。あの珍し物好きの侯爵なら、きっと高値で買い取ってくれる」


 リーダーらしき男が、哄笑しながらライオネルへと刃を向ける。かつて神獣と同じ扱いを受けていたライオネルは、その侮蔑に怒りを露わに吼えた。


「貴様らっ、我を誰だと思っている。世界より使命を与えられた最古の獣、ライオネルであるぞ」

「うひゃあ、怖えぇ……とでも言うと思ったか! こちとらAランクの冒険者! 上へと昇るためなら、神様だって殺してやるよ」

「……剣殿の友として貴様ら如きに、神殺しを名乗らせるわけにはいかんな」


 神殺しという単語に我に返ったライオネルは、明確な理性により己の戦意を高めていく。そして、用心深く自身を包囲しようと動く冒険者たちへと、雄叫びをあげながら飛び掛かった。




「ぐぅぅ……」


 現れた冒険者たちは確かにAランクといえる実力を擁していた。奮戦し、一人を殺害せしめたライオネルであったが、相手の優れた魔法の武具や魔具の攻撃をくらい、命辛々逃走したのであった。茂みに身を隠し、体を横たえ休める。しかし、現在も傷口は塞がらず、そこからマナが漏れ出てしまっていた。このまま待てば、ライオネルという存在は確実に消滅するだろう。


(だが、それでいいのかも知れぬ。存在すら知られず、珍獣の如き扱いを受けるほどまでに落ちぶれた今の我自身にふさわしい末路なのではないか?)


 弱気になったライオネルは思わず自身の生滅を願う。そんな時、茂みをガサガサと掻き分け近づいてくる者がいた。


(追っ手か? なら望むところだ)


 気力を振り絞り立ち上がる。果たして現れたのは若い女だった。長身のメリハリのついた肢体を露出の多い赤のドレスで包んでいる。腰まで伸びた紫紺の髪の上に、大きな三角帽をかぶっており、髪の間からは猫の耳がぴょこんと飛び出していた。女は響くような低音の声で、ライオネルへと語り掛ける。


「おやおや、お前さんが試練の獣ってやつかい。随分とまあボロボロにされてるね。消滅寸前じゃないのさ」

「ぬう、其方は一体?」


 その口調には一切敵意は感じなかった。危険な気配がないことを察し、ライオネルは再び地面へと体を横たえる。正直立っていることすら辛く感じていた。


「あたしの名前はカイナ。世間じゃ紅蓮のカイナって二つ名で知られているよ。待ってな、今治してやるから」


 カイナと名乗った女はそう言うと、身に着けたポーチからガラス瓶を一つ取り出す。


「飲みなよ。霊薬エリクサーだ」

「なっ⁉」


 それは冒険者なら垂涎の的であるアイテムということはライオネルも知っていた。どんな傷も瞬く間に治すというその霊薬はかなり上位の冒険者であっても一財産費やさなければならない代物だ。それをこうもあっさり渡すということにライオネルは驚嘆する。


「何故にそれ程の物を⁉」

「何、あんたには頼みたいことがあるってだけさ。まあ、あんたが死にたいっていうなら、別に飲まなくてもいいけど……」


 カイナは片目を閉じて、ライオネルをからかう様に目の前でガラス瓶を振る。


「悩んで黙りこくっててもいいけど、本当に消滅しちまうよ。詳しい話は後にして、取り敢えず飲んじまいな」

「……すまない」


 ライオネルがそう伝えると、カイナはにっこり笑いながら、ガラス瓶の蓋を取る。そしてそれをライオネルの口へと優しく傾け、中の液体を注ぎ込んでくれた。エリクサーを体内へと取り込んだ瞬間、傷口は瞬く間に塞がり、消えかけていたマナが瞬く間に補充される。


「……すまない、恩に着る」

「なあに、いいってことさ。利子はこれからたっぷり搾り取るからね。だが、それには債務者を正常な状態に戻さなくちゃ話にならないからねえ。何があったか話してみな。悪いようにはしないよ」

「むう……」


 ライオネルは少しばかり悩んだが、命を救われた身とあって、全てを観念しカイナへと事情を話す。カイナはただ黙ってそれを聞いていたが、ライオネルが話し終えると、うっすらと微笑んだ。それは千年近く生きたライオネルをも凍り付かせるような酷薄な笑みであった。


「いいねえ。他者の痛みなんて省みない下種ってのは、あたしは大好きだよ。気兼ねなく、思いっきり殺れるからね。それじゃあ、行くとしようか。あんた、名前は」

「我の名はライオネル。だが、行くとはどこへ?」

「何寝ぼけたこと言ってんのさ。あんたのお礼参りにだよ。そのクソ冒険者をコテンパンにしてやろうじゃないか。自慢じゃないけど、あたしは雷鳴ほじゃないが結構おせっかいなんだ」

「何故カイナ殿がそのようなっ⁉ これは我の問題であって」


 慌てるライオネルに、カイナは今度は少女のように悪戯っぽく笑いかける。


「なあに、これからこの森はあたしのものになるんだから、そこでの狼藉を咎めるのも主の仕事だろ。この森は静かだし気に入ったんだ」

「なっ⁉ カイナ殿、ちょっと待って欲しい。相手はAランク複数だぞ。それに、この森は我のっ」

「さあ、ボヤボヤしてないでさっさといくよ。断ったけど、あたしはSランクへの昇格だって出来た冒険者だ。生半可なAランクなんざ一瞬で灰にしてやるよ」


 ライオネルの言葉には答えることなく、颯爽と森の奥へと進んでいくカイナ。仕方なくその後を着いていったライオネルは、そのカイナの実力の凄まじさを目にしつつ、協力して自身を捉えようとした冒険者たちを撃退するのに成功したのであった。


 


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