昔語り
ライオネル戦での敗北の翌日。アルクは起床し、食堂へ向かう。そこには頭を抱えて唸るパナシェの姿があった。
「うぅ、生きてる。オイラは生きてる」
「おはようございます、アルク様。今日の朝食はTKGですよ。皆さまは既に朝食を済まされております」
食堂で給仕していたバトラーが、アルクに向かって微笑みかける。
「やった! でも、皆早起きだねえ。それでパナシェはどうしたの?」
「はい、個別での早朝練習でハル様のバーチャルをされ、無事疑似死を体験されたようです」
「ああ……」
最初のうちは疑似死とはいえ、相当に辛いというのはアルクも経験則として理解できた。もっとも慣れた今では祖父との実戦で瞬きの数だけ切り殺されるという修行ライフを送っているのだが。先ほどまでも何度も切り殺されてきたばかりだ。アルクは卵の殻を割るとご飯の上にその黄金を乗せ、さっと醤油をかけ回す。スプーンでご飯をかき回し、口へと運んだ。
「んー、美味しい!」
「あ、アルク居たんだ」
「うん、大分前にね。パナシェは朝ごはん食べたの?」
「あ、うん。ついさっきね。あれ? 今日の朝ご飯ってなんだっけ」
「TKGだよ」
「あれっ、そうだっけ?」
あまりのショックに食事の内容も忘れてしまっているらしい。大変だと思いつつTKGを満喫する。パナシェは未だ頭を抱え、呻いていた。
「うう、オークの群れがぁ」
『アルク、バーチャルでは倫理規制がしっかり働いているから問題はないぞ。パナシェは普通に撲殺されただけだ』
「? ……そう」
アルクはハルの説明に取り敢えず頷き、TKGを満喫したのであった。
カシスの家を出ると、すぐそこにライムの姿が見えた。木の下で座禅を組み瞑想している。その体には地面から伸びた蔦が絡まり、周囲を様々な色の淡い光球が漂っている。遠目にそれを見ていたアルクに気付いたのか、ライムがゆっくりと目を開いた。
「あら、アルク。どうしたの?」
「いや、皆朝から精が出るなって思って」
「まあ、あの子が頑張ってるからね」
ライムが自身に絡みつく蔦にそっと触れる。すると蕾のうちの一つがそれに応えるように花開いた。
「へえ、精霊魔法かあ。凄いねえ」
「そうね、あたしも大分慣れてきたみたい。最近は言葉もすこしわかる様になってきたのよ」
『日々、精霊に触れるということが何よりの鍛錬だからな。とはいえ、短期間でよくここまで交信できるようになったものだ。大した資質だ』
「この子たちは昔から話しかけてきてはくれてたんだけどね」
そう言ってライムは苦笑する。アルクはカシスの姿が見えないことからライムにその居場所を尋ねた。
「そういえばカシスは?」
「あの子ならライオネルの所よ。朝食を済ませたらすぐに向かってったわ」
「そっか。ありがとう」
アルクはライムに礼を言うとその場を後にする。
『ライオネルのところへ行ってみないか、アルク。私も彼と話したいことがあるしな』
「そうだね」
ハルに促され、アルクはライオネルの所へと向かうことにした。森の中をマップを頼りに歩く。前方に一人、マップの反応があった。
「カシスかな」
暫く歩くと前方から人影が見えた。それは妖精族の長であるビリーであった。
「おや、アルクさんですか。おはようございます」
「はい。おはようございますビリーさん。どうしたんですか、こんな朝早く」
「はい、ライオネル殿に少しばかり里の移住の進捗状況について報告しにまいったのです」
「移住?」
その言葉をアルクは怪訝に思った。確か、里の避難場所というのは今より辺鄙で貧しい土地とビリーは言っていた。それに今のビリーの口ぶりからするに、既に移動を開始しているようではないか。不審がるアルクの様子を察し、ビリーはそれについて説明する。
「今回、あんな件があったばかりでしょう。なので里の者総出で話し合いを行い、更に奥へと住まいを移すことに決定したのです」
「でも、そこは痩せた土地なんでしょう。ライオネルさんがまだいるのに?」
「……ええ、ですがライオネル殿ばかりを頼ってばかりもいられないでしょう。今回も大変なご迷惑をお掛けしてしまった。アルクさんたちもカヤを守っていただいたとライオネル殿から聞きました。里の長として皆を代表して謝罪と感謝を述べさせていただきます。本当にありがとうございます。また家族を不当に奪われずに済みました」
しみじみと礼を述べながら、ビリーはアルクの手を取り深く頭を下げる。以前、妖精族の苦難の過去をビリーから聞いたアルクは、素直にその言葉を受け取る。
「アルクさんはこれからライオネル様の所へ?」
「うん、そこにカシスもいるって聞いたから」
「そうですか……。ライオネル殿も千年の知己であるハルさんとは多く話すことがあるでしょう。是非行ってあげてください。それでは私はこれで。引っ越しの準備をありますからな」
ビリーは再び頭を下げると、里へと向かって去っていく。
「引っ越しちゃうんだ。なんか寂しいね」
あののどかな牧歌的な村がなくなってしまうという。それに寂しい気持ちをアルクは覚えた。
『まあ、彼らとしても今回のことで思うことがあったのだろう。今回は偶然に偶然が重なったようなものだが、それでも結果として、多くの者が危険に晒された訳だからな』
「そうだね。僕がもう少し……」
『その話題はもう止そう。終わったことだしな。……今はライオネルの下へ行こう』
アルクは頷くと足を進める。ライオネルの下へ行くと、カシスも確かにそこにいた。ライオネルの腹部に背を預けながら、楽しそうに話し合っている。更に進むと、アルクの姿を認め手を振ってきた。
「こっちにゃん、アルク」
「剣殿か。ちょうどよかった。色々話したいことがあったのだ」
二人に誘われ、すぐ側まで近付く。アルクは先ほどビリーと出会ったことを伝える。ライオネルはアルクの話を聞くと、すまなそうに俯いた。
「そうか、妖精族の里について聞いたのであるか……。確かにそれは我の不徳の致すころ。今回の冒険者も結界内であれば軽くいなすことは出来たが、外へ出られると我でも手を焼くということが解ったからな。あの妖精達も昔、多くを奪われた。一人とはいえ、仲間を奪われそうになった今回の件は耐えきれぬ痛みを思い出したのだろう」
『君が気に病むことではないさ、ライオネル。今回のことは本当に運が悪かったんだ』
「うむ、確かに。今回アルク殿がこの森に来てくれたのは本当に僥倖であった。でなければ我は今頃……」
「アルクッ! そういえばおじちゃんになんか用があってきたんじゃにゃいかにゃ?」
ライオネルの言葉を遮りながら、カシスがアルクへと話しかける。アルクはそのカシスの勢いに戸惑いながらも、頷いた。
「うん、ハルもライオネルと話したいって」
『……そうだな。ライオネル、君とはラッドとここを訪れて以来だが、随分と君は変わったな。あれほど自身の役割に固執していたのにな』
「はは……、あの時の我は剣殿が訪れてくれる度に懇願していましたな。どうか、我の下にかつてのように試練を受ける冒険者を連れてきて欲しいと。冒険者達に敬われる、あの栄華に満ちた日々を再び送れるようになりたいと」
かつての自分を思い出しながら、ライオネルはそう自嘲する。アルクはその会話に興味を覚えた。昔のハル、そしてライオネルとは一体どのような間柄だったのであろうか。そんなアルクの様子に気付いたのか、ライオネルはアルクを見て低い声で笑う。
「ふむ、アルク殿は我々の過去について興味深々のようだ。剣殿、アルク殿に我の昔話など聞かせても問題はないか」
『……ああ、あまり根幹にかかわることでなければ、な。アルクはユーリカ村出身の冒険者の少年。それ以上でもそれ以下でもないからな』
「ふふ……承知した。ではアルク殿、我の昔話を聞いてくれまいか。齢を無為に重ねると自分語りというのが無性に楽しくてな……」
「いえっ、僕もライオネルさんやハルの昔のこと、聞きたいです」
ライオネルはアルクの言葉に、その瞳を細める。そしてゆっくりと語り出した。
「なら、遠慮なく。かつてこの世界は物語であった。それは神話にも謳われる最初の言葉だ。そして真実でもある。そして、世界が女神の手によって本物になったとき、試練の獣であった我もまた、本当の意味での生、そして役割を授かったのだ」




