快復
夕食は乳粥とヨーグルトであった。カシスは当然の如く、匙を手に取り粥をすくう。アルクは今回こそと、上体を起こすと穏やかにカシスを制止する。
「そろそろ自分で食べれるようにならないと、鈍っちゃうから……」
しかし、それを聞いたカシスは大仰な仕草で目を見開くと、両手で顔を覆う。
「にゃんとっ⁉ パナシェとライムには許して、このカシスちゃんを拒否すると? ……カシスはアルクにとって真の仲間じゃないにゃんね。ヨヨヨ……」
それが嘘泣きであることは時折漏れる笑い声で気付いたが、そう言われるとアルクはもう断れなくなってしまった。数分後にはベッド上でカシスに食べされてもらっているアルクの姿があった。
「はいっ、にゃーん。昔、悟りの賢者が苦行の末に最初に口にしたのも乳粥にゃんよ。だから風邪をひくと、お祖母ちゃんがよく作ってくれたにゃん。味はどうにゃん?」
「うん、美味しいよ」
実際、あまり乳臭さは感じず、さっぱりとした味わいでとても食べやすい。その米と牛乳との親和性にアルクは驚いた。デザートであるヨーグルトも数種のベリーと蜂蜜がかけられており、程よい甘みと酸味が舌を喜ばしてくれる。全て食べ終えた後は、カシスが煎じてくれたという薬を飲んだ。中々に苦い薬であったがカシスの祖母の秘伝らしく、効果は期待できるとのことだった。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末様にゃん。アルクには早く元気になってもらわないと困るにゃん。カシス達のお願いを叶えてもらうためにも……」
「願い? カシス達の?」
「元気になったら話すにゃん」
唐突に出たその話に、アルクは首を傾げる。願いなら今でも聞けるが、体調がよくないと駄目なのだろうか。そしてカシス達という言葉で、ライオネルのことが気にかかった。
「ねえ、カシス。ライオネルさんは無事なの?」
「うん、おじちゃんはピンピンしてるにゃん。体がよくなったら一緒に会いに行くにゃん」
満面の笑顔でそう答えるカシス。
「そっか。ならよかった。ほらあの炎の剣に貫かれたじゃないか。どのくらいのダメージだったのかなって」
「まあ、おじちゃんは精霊が受肉してるようなもんだから、外傷を負ってもすぐ直るにゃん。あんなの大したことないって言ってたにゃん」
『確かに肉体のダメージはそうだが、あの攻撃は中々危険そうに見えたが……。それを大したことがないとは流石ライオネルだな』
カシスは食べ終えた食器を持つと、立ち上がった。
「あんまり話して熱がぶり返しても困るし、もう行くにゃん。アルクはゆっくりと休むといいにゃん」
「うん、ありがとうカシス」
「にゃん」
カシスが部屋から出ていくと、少しばかり眠気を覚える。瞼が重く感じられた。
『まだ睡眠が必要だな。熱も完全には下がりきっていないからな』
「うん、まだ寝足りないな」
『お休み、アルク。』
「お休み、ハル」
アルクは再びベッドに潜りこみ、瞳を閉じる。眠りの先ではやらなければいけないことがあるため、アルクは覚悟を決めながら再び眠りへと落ちていった。
「はい、にゃー、うおっ危ねえっ⁉ なにすんだっ、いきなり斬りかかってきて」
「これを避けるっ⁉」
「祖父にむかって何たる態度だ。このハーレム野郎っ! こいよっ、根性を叩きなおしてやる。別に羨ましくなんかないんだからねっ」
「言われなくたってぇーーー!」
ぷんすかと怒るラッドへと、アルクは勢いよく斬りかかっていった。
翌日には熱は完全に下がっていた。カシスの薬が効いたのだろう。更に体調を戻すために二日間をリハビリと休息に費やし、万全と言える状態まで持っていくことが出来た。そして、今日はライオネルに先日の礼をするために、皆で訪れる予定となっている。早朝、皆を待つ間にアルクはカシスの家の前でハルを振っていた。
「フッ!」
祖父のシャドーを想定し、切り結んでいく。祖父とは出会ってから数日だが、その間ずっと夢の中では剣を合わせていた。朝の大気を白銀の刀身が切り裂く。そんなアルクの素振りを見て、ハルが感嘆の声を上げた。
『たった数日で振りが信じがたい程鋭くなっているな。やるじゃないか。夢での修行とやらの成果だな。私も別段教えるのは下手ではないと思っているが、何分剣なのでな。剣を合わせて修行するっといった特訓は提供できないんだ』
「うん、成果は少しはあるみたい。でも、この程度じゃ……」
自分の目指すものへはまだまだ遠いだろう。無心で剣を振っていると、パナシェ達が家から出てきた。アルクは素振りを辞め、ハルを腕輪へと変換する。
「お待たせ、アルク」
「病み上がりなんだから、まだ無理はしないでよ」
「皆、準備万端だにゃ。じゃあ、行くにゃん」
カシスが先頭にたち、ライオネルの下へと歩き始める。あの一際広い場所へと行くと、いつものようにライオネルが静かに地へと伏せていた。
「おじちゃん連れてきたにゃん」
「すまないな、カシス」
ライオネルが上体をゆっくりと起こす。当然ながら胸には傷もないし、目の前のライオネルは出会った頃と何一つ変わらぬ様子であった。アルクはそんなライオネルを見て、胸を撫でおろした。
「アルク殿とはあの戦い以降だな。他の皆には既に礼は済ませているが、アルク殿にも礼の言葉を述べさせて欲しい。カヤを助けてくれてありがとう。ビリーも感謝していた。あの狂気に囚われたような男相手によく戦い守ってくれた」
「いえ、お礼を言うのはこちらのほうです。ライオネルさんが来てくれなかった危ないところでした」
「いや、カシスに聞いた話だと、アルク殿の方が押していたと聞いたぞ。流石はラッド殿の孫だ」
「いや、そんなことは……」
実際、あれ以上能力の向上に耐えれたかどうかは解らない。
「ふむ、ならその話はこれで終わりにしよう。ちょうど、アルク殿には一つお願いしたいことがあったのだ」
「願い?」
以前カシスが言っていたものと同じものであろうか。カシスの方を見ると、そうだと言うように頷いて見せる。ライオネルはアルク達に正対すると深々と顎を大地へと押し付けた。
「アルク殿に伏してお願い申し上げる。我が試練、受けてはくれまいか」
「ええっ⁉ でも、ライオネルさんは寿命が」
「なに、たった一回の試練ではそうすり減りはしない」
(ライオネルさんはそう言っているけど、どうするハル)
アルクは答えに詰まって、ハルへと相談する。ハルはしばし考えるように唸っていたが、やがてライオネルへと語り掛けた。
『ライオネルよ。最初のときは断ったのに、いったいどういう心境の変化なのだ』
「剣殿か……。今回の件で改めて世界の難しさというものを我は痛感したのです。一歩間違えば、誰かが取り返しのつかないことになっていたやもしれん。だからこそ大恩ある剣殿の所有者やカシスに我が試練を受けてもらいたいと思った次第です。試練の獣として少しでもこの世界の過酷に立ち向かえる糧を与えてやりたい」
『カシスも?』
「ええ、この子も今回のことで必要と思ったのでしょう。納得してくれました」
アルクは少しばかり驚き、カシスを見る。カシスは微笑みながらライオネルの前へと立つと、アルク達に向かって頭を下げた。
「私からもお願い。どうか、私と一緒におじちゃんの試練を受けて欲しい」
「カシス……」
アルクはパナシェとライムを見る。二人も戸惑った表情で顔を見合わせている。
「我は一度天から与えられた役割を捨てた。だが、やはり我は冒険者の旅立ちを試す試練の獣として生を受けた。最後にカシス、そして剣殿の所有者に対しそのお役目を果たしたいとの想いが今、心の底さら湧き上がっている。どうか、どうか……」
ライオネルとカシスは深く頭を下げ続けている。戸惑い、動けなくなったアルクに、ハルがいつもよりも重い口調で語り掛ける。
『アルク、この試練を受けてやってくれないか』
「ハル……」
『私も似たような存在だから解るのだ。与えられた役割というものがどれだけ大事かということをな。それは天命に近しいものなのだ。捨てようとしても捨てきれぬ性というやつかな。例えば君に仕えるというのは私の自由意志でもあるが、それと同時に友が私に与えてくれたお役目でもあり矜持でもある。ライオネルの試練もそうなんだ』
「ハルの……」
今まで自分を導き、ここまで連れてきてくれた剣の献身。ライオネルにとっての試練がそれと同じものであるならば……。
「ライオネルさん、その試練お受けします」
アルクは覚悟を決めると、ライオネルへそう告げる。この獣が本当に試練を与えたいのはカシスなのだろう。両者のそれはアルクとハルの関係にも似ているということに、アルクは今更ながら気付く。ならば断わることなど出来はしなかった。
「おおっ、受けてくれるか。ありがとう」
「アルク……。本当にありがとう」
ライオネルが歓喜の声を上げる。カシスも顔を上げて、アルク達を見つめる。その瞳は涙を湛え、少しばかり潤んでいた。




