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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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看病その2

 眠りから覚めると、今度目の前にいたのはライムであった。夢での祖父との特訓のせいか、時間の経つ感覚が鈍ってきてしまっていた。


(全然寝た気がしないなあ)

「あら、寝坊助さんが起きたわね。少しばかりびっくりしてるみたいねぇ。あんたが朝ご飯を食べて、すぐ寝た後パナシェも休んだわ。あの子夜通し看病してたから。さっき見たときはまだ寝てたわね。あたしがその後を引き継いだってわけ」


 からかう様に笑いながらライムは今の状況を伝えてくれる。


「それよりもう昼過ぎよ。お腹は空いてない?」

「うーん、少し空いてるかも」


 実際、先程よりかは空腹感を感じている。朝は全部は食べれなかったが、その分食欲を感じるぐらいの体力は取り戻せたのだろう。それに夢の中とは言え、祖父とひたすら剣の訓練をしているということも関係しているのかもしれない。そう思い一人苦笑していると、ライムが唐突に顔を近づけ、互いの額をくっつけてきた。


「うわっ」

「ん、少し落ち着いたかもね。昨日までは本当に火傷するんじゃないかって程熱かったのよ」


 どうやら熱を測るための行為だったらしい。実際、先程よりかは幾分体が軽く感じられる。気怠さもそれほど感じない。

 

「そ、そうなんだ」

「じゃあ、ちょっと待っててね。ご飯を持ってきてあげる」


 ライムはそう言い残すと部屋から出ていく。アルクはすぐさまベッド上で体を起こすと、両の掌を握ったり、開いたりする。朝、食事を取ったのもよかったのだろう、体力も大分回復してきた。これなら食事も自力で食べることができるだろう。


『まあ、確かに先ほどのようなイベントはないかもしれんが。いや、しかしこうしてみると確かにアルクはバトラーの言う通り……』

「えっ、何っ?」

『いや、何でもない』


 途中ハルが意味深な口調で何かを呟いた。アルクが尋ねてもハルは曖昧にはぐらかす。そうして適当にハルと会話していると、ライムがお盆を手に戻ってきた。それを見て、アルクはベッドから体を起こそうとする。


「駄目よ。まだ病み上がりでしょ。寝てないと」

「いや、でもこうしないと自分で食べれないし」

「いいわよ、あたしが食べさせてあげるから」

「でも、もう大丈夫だから」


 実際、先とは違って眩暈や気怠さはかなり軽減されている。ベッドに腰をかけ、体を起こしても問題はなさそうだった。しかし、ライムは納得せずお盆をテーブルに置くと、アルクを強引にベッドへと戻す。


「駄目よ。病気を甘く見ちゃ。大丈夫って無理をして、そこからぶり返すことだってあるんだから。それとも何? パナシェには食べさせてもらったのに、あたしじゃ嫌なの?」

「いや、別にそう言う訳じゃ」


 アルクはライムの言葉にたじろいでしまい、結局押し切られてしまう。ライムが小鍋の蓋を取ると、そこからは食欲をそそる香しい匂いが立ち上り始めた。ライムが匙で小鍋の中の料理をよそう。中身は今回も粥らしい。フーフーと冷ましてくれると、ライムがアルクへと匙を向ける


「あたしン家大所帯だから、小さい子が熱を出すとよくこうしてあげたのよ。ほらアルク、あーん」

「あーん」


 アルクは諦観の境地に達し、促されるままに口を開く。粥を口に含むと、醤油ベースの鶏がらの味付けに生姜や葱の風味が合わさり、口の中へと広がっていく。非常にすっきりとして食べやすいように味付けがなされていたため、苦も無く粥を飲み込むことが出来た。


「……美味い」

「えへへ、中華風よ。熱が治まってきたときはよくお婆が作ってくれたんだ。ただのお粥だけだと飽きちゃうしね」


 先ほどは体が疲弊しきっていたこともあり半分ほどしか食べれなかったが、今回は体力的に全量食べきることが出来た。控えめながらもしっかりした味付けや、少しばかり細かく刻まれた鶏むね肉が入っていたことがとても嬉しく感じられる。生姜や葱のおかげか体がポカポカと熱くなってきた。起きたばかりだというのに、食事を済ませるとまた不思議と睡魔が襲う。再びベッドの入り込むと、ライムが額にタオルを置いてくれた。


「まだまだ熱は高いわよ。ゆっくり休むといいわ」

「うん。ありがとうライム」


 そうしてアルクは再び眠りへとついた。そして、次に訪れるであろう事態へと備えるため、心の奥底で覚悟を決めるのであった。




「ほらアルク、あーん」

「……」


 アルクは覚醒すると、予想通りの展開に動じることなく、傍らの剣を手に取った。


「おっ、アルク君。もしかして無視ですかー」


 ラッドは意地の悪そうな笑顔でフヒヒと笑う。しかし、急に真顔となると、顎に手を当てながらウンウンと一人唸り始める。


「……どうしたの」

「いや、あれが血がつながっていないとはいえ、ミオの孫かと思ってな。俺も昔熱を出して寝込んだことがあったんだが……」

「お祖父ちゃんでも熱とか出したんだ」

「おおいっ⁉ いくら俺がタフガイとはいえ熱ぐらい出すわっ! まあいい。俺が熱を出した時、ミオの奴は頭から冷水をぶちまけたり、燃え滾るように熱いお粥を顔面にぶちまけてきたんだぞ。それに比べてライムちゃんの献身ぶりよ。……解せぬ」


 真剣に悩みあぐねるラッド。そんな祖父に呆れつつも、アルクは剣を手に修行を待ちわびる。ラッドはアルクのそんな様子に気付くと苦笑いをする。


「お前なあ。ようやく出会えた祖父を特訓マシーン扱いかよ。少しぐらい積もる話ってのはないのかあ。ふう、まあいいか。必要されているうちが華ってやつかな」

「だって、お祖父ちゃん全部見てるじゃん。……それに今は何か掴めそうな途中だし」

「仕方ねえな、いくぞっ」


 ラッドが剣を構える。アルクは頷くと敢然と祖父へと飛び掛かっていった。




「ん……。もう夜なのか」


 次に目覚めたときには部屋は薄暗かった。テーブルにはランプが灯されている。今はどうやら誰もいないらしく周囲はシンと静まり返っていた。そんな環境にアルクは少しばかり心寂しさを覚える。祖母が死んでからはむしろこの環境が普通であったはずなのに。

 アルクはこれまでの旅路を思い出す。ハルやバトラーと出会ってから、あの小さな村を出て、その後でパナシェやライムが仲間に加わった。そしてその道程で多くの人たちに出会い、色々な冒険を繰り広げた。この森でもカシスやライオネルと出会い、今は夢の中で祖父とも語り合えている。たった数か月で自分の周囲は何と賑やかになったのだろうか。


『どうしたアルク。気分が優れないのか』

「ううん、ハル。ただこうして寝て過ごしていると、いろんなことに気付くなあって。いつの間にか大事なものがこんなにも増えているなんて」

『……そうだな。時には立ち止まり振り返ることでわかることもある。こんな言葉が聞けるなんて、アルクも大分大人びてきたな。ラッドの影響かな?』

「あぁ、お祖父ちゃんね……。なんていうか……」


 アルクは夢の中での祖父の言動をハルへと伝える。それを聞いたハルは愉快そうに大きな声で笑った。


『ハハハッ。アルク、それこそまさにラッドだ。君は少々美化していたが、ラッドは所有者のなかでも有数の腕白者でね。君が祖父と夢で出会っているとき、半信半疑であったが、どうやら間違いなく本物らしいな。……出来うるなら、私も彼と言葉を交わしてみたいが』

「そうだね、ハルも一緒に行けたらいいのに。でも、こっちのことは解るみたいだから、今こうして話している内容もたぶん知ってると思うよ」

『そうか。それならば……いや、いい。止めておこう。いまさら話したところでどうにもならないことだしな』

「そう……。ハルがそう言うなら」


 アルクもそれ以上は話すことなく、ベッドから体を起こすとテーブルに置かれている水差しからコップへと水を入れ、一息に飲み干す。すこしばかり温かったが、それでも渇いた体に水が清々しく行き渡る。


「ふぅ」


 そんなとき、部屋をノックする音が聞こえた。


「アルク、起きてるにゃん?」


 それはカシスの声であった。アルクの脳裏に前回の戦いでのカシスの悲痛な声や、最後の呆然とし表情が浮かび上がる。自然とアルクの鼓動も強まり始める。


「うん、起きてるよ」

「入っていいかにゃん?」

「大丈夫、いいよ」


 断る理由もないため、アルクはカシスを招き入れる。カシスがドアを開けて部屋へと入る。その手にはお盆が乗せられている。どうやらアルクの夕食らしい。


「目覚めてよかったにゃん。パナシェやライムから大分よくなったって聞いたにゃん。入ってもいいかにゃん?」

「うん、いいよ」


 アルクは頷きながら、カシスの表情を窺う。そのいつもの口調と相まってカシスは全くいつも通りのように見えた。カシスはテーブルにお盆を載せるとアルクへと向き直った。その表情に気負うものはなく、カシスはアルクに向かってただ優しく微笑んだ。


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