期せぬ再開
「よおっ、惜しかったな」
目が覚めると目の前には、懐かしい顔がある。黒髪の精悍な青年の姿。それはアルクの祖父であり前回のハルの所有者でもあるラッドであった。
「うわっ、お祖父ちゃん?」
メレンの迷宮以来の邂逅。正直アレが最初で最後だと思っていたアルクは、祖父の再登場に激しく動揺する。
「どうしてっ?」
「さあっ? 俺にもよくわからん。だが、前回も今回もオーバーブレイク後にこうなってたからな。案外それが引き金になってるのかもな。俺もあの後、ずっとここにいてお前を通して外を見ていた。でも、話しかけても、ハルとは違って声まではお前に届かなかったんだ」
アルクは体を起こす。そこは以前と同じく黒に塗りたくられた空間だ。
「皆は大丈夫かな?」
「多分大丈夫じゃないか。ライオネルのとっつぁんが来てくれてたからな。お前も見てただろ」
ラッドの言葉にライオネルとガーフとの闘いを思い出す。あの胸を黒炎で貫かれた光景、そしてカシスの哀しい顔を。あの時、自分が共に戦えていたら。悔しさから拳をギリギリと握りしめる。ただでさえ少ないライオネルの寿命はどれ程減ってしまっているのだろうか。
「届かなかった……」
「……まあ、それでも死ななかったんだから負けではないさ。落ち込むなよ」
「もう少しうまく出来ると思ったのに」
あの時、ハルの言葉を聞き時間稼ぎに終始していたのなら。そうしたらライオネルと共闘しガーフとの闘いを上手く進めることが出来たかもしれないのに。アルクは自分の不甲斐なさをひたすらに悔やむ。
「お祖父ちゃんなら、今回の戦いでもきっと勝てたよね。強かったんでしょ。ハルから聞いたよ」
「ん、まあ俺は生涯不敗だったからな。でも俺が本格的に旅立ったのは十五の時だし、お前と同い年だったらわからないなあ。でも、お前は俺じゃないだし、そんな仮定は意味ねえぞ」
「……それでも、僕はお祖父ちゃんみたいに強くなりたい。自分が子供でまだ体も成長しきっていないってことは解ってる。それでも、仲間を、友達を救えるぐらいには強くなりたいって今回の戦いで思った。今まではハルの力があれば可能と思ってたけど、そうじゃなかった。僕は本当に弱いってはっきり解ったんだ」
ガーフとの戦いで、今まではただ運がよかっただけと気付かされた。子供だからと言い訳出来ぬ状況で己の無力さをはっきりと悟らされたのだ。己の両の掌を開き、アルクはじっと眺める。その小さな手は驚くほど頼りなく見えた。ラッドはそんなアルクを興味深く見つめるとニヤリと笑う。
「そうか。なら特訓だな」
「えっ?」
その言葉に祖父を見上げると、ラッドはいつの間にか二振りの剣を用意していた。そのうちの一本をアルクの足元に放り投げながら、再び悪戯っぽく笑った。
「今すぐ強くなる方法なんてのは無えよ。大人にだってすぐにはなれっこない。そんなお前の今の想いを叶える方法は唯一つ。弛まず歩み続けることだ。どうせ目覚めるまで、ずっとここにいるんだろうし、このS級冒険者のラッドさんがいっちょ稽古をつけてやる」
「Sって……A級じゃないの?」
確かハルからはA級で終わったと聞いている。
「死んじゃったからな。でもあのクエストが終わったらS級にしてやるって当時のギルド長が言ってくれたんだよ。クエスト自体は成功だったし、実質Sだろっ」
「うーん」
あまり納得できないアルクに、ラッドが不服そうな顔となる。
「細けえこたぁいいんだよっ。ウジウジ悩むくらいならひたすら修行だっ。やりたくねえのか」
「……やる」
アルクは足元の剣を拾う。それはズシリと重く、普通の鋼の剣のようだ。それを手に立ち上がると、祖父に向かって構えた。
「へえ、中々様になってるじゃねえか。じゃあ、いくぞっ」
「う」
頷くよりも早くラッドが踏み込んでくる。咄嗟に迎え撃とうと剣を構える間に、ラッドの振った一撃はアルクの肩口を撫でおろすかのようにすり抜ける。その動きには一切の無駄というものがなく、同じ人間かと疑わさせるほどの鋭さと滑らかさを備えていた。あのガーフの斬撃など比較にならないレベルだ。
「がっ⁉」
鮮血が噴き出し、凄まじい痛みにアルクは膝をつく。しかし、すぐさま痛みは治まり、傷口自体も消失する。アルクは今しがたの衝撃から祖父を呆然と見上げた。
「どうした、そんな顔して。ここはバーチャルと同じく仮想の空間だぜ。存分に死ねるぞ。実戦こそが最大の修行ってな」
「……出来れば最初に説明が欲しかったかも」
そう言いつつ、アルクは立ち上がる。先ほどの一撃は、今まで見たこともない次元のものであった。初撃ですら防げぬ鋭さ。もし、それを捉えることが出来るようになれば……。
「今のを喰らってその眼が出来るってのは上々だ。お前が目覚めるまで延々続けるぞ。S級冒険者雷鳴のラッド、その剣技存分に体に刻みなっ」
それからもアルクとラッドの立ち合いは続いた。その殆どが初撃にて切り伏せられるという結果に終わった。それでもアルクは己の中の悔恨を振り払うべく、飽きることなく諦めず、ただただ祖父にぶつかっていった。
一体どれぐらい切り結んだのだろうか。疲労も空腹もないこの空間で、最早時間の概念すら消失してしまっている。目の前の祖父と自分では最早別の生き物と言ってよい程に次元が違っていた。その一挙手一投足が全て意味を持ち、稚拙な技巧しか持たない自分を蹂躙していく。決して死ぬことのないこの場所だが、アルクは度重なる致命傷に意識が曖昧となってきていた。最早剣を振うことにしか意識は残っていない。今もまた、あの桁外れな程の速さで繰り出される斬撃が自分へと向かって来ているのを感じる。避けようと盛大に後退るのも、強引に前へ出ようとするのも全て意味を為さなかった。ただ、剣を振うなかで、アルクは最早無意識に、何千回も自身を屠ってきた剣戟へと剣を合わせる。すり抜けるようにアルクを切り刻むかと思われた斬撃。しかし、互いの剣がぶつかり合う甲高い金属音によって、アルクの意識は鮮明さを取り戻す。
「おっ」
「えっ?」
それは偶然だとアルクは思った。目の前にはニヤリと笑う祖父の姿がある。祖父は二撃目を容赦なく振う。それは幾度もなく体に刻み込まれた斬撃。アルクはいつしかそれを目だけで追うことなく、体全体で視認するようになっていた。隙の無い構えから、必殺といっていい程の鋭さを持つ攻撃が再度繰り出される。防がねばという思いだけが浮かび、そして自然とアルクの身体は動いていた。ギインと響く金属音。意図せずアルクはその二撃目も受け止めていた。
「あっ」
「そうだっ、それでいい。今は考えるなっ、唯感じろっ」
祖父のその声にアルクは素直に思考を放棄する。ただ見えるのは目の前で剣を振う祖父の姿のみ。一閃、二閃、三閃と振るわれるラッドの斬撃をアルクは不思議と防いでいた。先ほどまでは防ぐことすら叶わなかったのに。カチリと自分の中の何かが動きだしたような気がした。
「じゃあ、俺もギアをあげるぞ」
「ッ⁉」
その言葉通り剣速を速めたラッド。その初撃こそ身を捩って躱すことに成功はしたが、大きく姿勢を崩したアルクはなんなくその首をはねられることとなった。
「ふう、まあこんなところか。一歩、踏み越えられたな」
「う、うん」
回復したアルクは不思議な高揚感に包まれていた。先ほどまでとは確実に違う自分というものが、いま初めてこの世界に存在し始めたかのようだ。
「掴んだって感じだろ」
「うんっ」
言葉には表しにくいが、実際に自分は確実に先ほどの技量を身に着けたと感じられた。祖父の短い言葉はまさにそれを表していた。そうなるとそれをもっと試したいという気持ちが高まってくる。
「お祖父ちゃんっ!」
「おう」
「もう一回」
「ああ、いいぜ。と、言いたいところだがそろそろお眠の時間は終わりっぽいぜ。自分の身体を見てみな」
アルクはラッドの言葉に自分の体を見下ろす。すると確かにそれは半透明へとなっており、この空間での存在自体が希釈化しているようだ。どうやら体が覚醒しようとしているらしい。
「そんな、せっかく掴んだのに」
「なに、またすぐに会えるさ。なんとなくだが解るんだなあ、何故か」
「じゃあ」
「ああ、取り敢えずは目覚めてこい。あの娘たちを安心させてやれ。……また次の夢でな」
「……うんっ! またねっ」
アルクの身体はさらに透明となっている。目の前で剣を杖のようにして立ち、こちらに向かって微笑む祖父の姿は、この世界もろとも一瞬で掻き消えた。




