森の守護者
自分は届かなかったのだろうか。力が足りなかったのだろうか。そう懊悩する最中にも敵は迫り寄ってくる。
「だが、実際大したもんだぜ、お前さん。よし、苦しめずに一思いに殺してやるよ。士は士を知るってやつだ」
ハルの権能で力を上げても、届かないのであろうか。チートですら足りないのか。
「女たちも普通の娼館に売ってやるよ。あ、俺の奴隷にするって手もあるのかあ。こいつらあの役立たずより強いからな。奴らは処分しよう。俺様とこいつらの楽しい冒険の始まりだな」
ガーフの言葉に仲間たちの姿を見る。パナシェとライムは倒れ伏したまま動かない。カシスはこちらへ来ようと必死に立ち上がるが、すぐさま崩れ落ちてしまっている。
「だから、お前は安心して死んでいいぞ。空で見守ってくれ。ここまで来たらもう俺様達フレンズだろ」
痛みをこらえて膝を立てる。ガーフは酷薄な笑みを浮かべながら近づいてくる。
『アルク、逃げながら時間を稼ごう。すぐにライオネルが来る。それまで……アルク?』
自分は本当に届かないのだろうか。未だ力を持たない子供に過ぎないのか。仲間を倒され何もできないのか。アルクは必死に自身の中に現れる能力値を表す数値を意識する。これらはオーバーブレイクの使用によって上げることが出来、それによって自身の能力も向上する。ならば、この数値を上げることさえできれば。アルクは憎き男の顔を見据える。
「森の妖精どもを変態貴族に売り払れば、今回壊れたマジックアイテムのことを考えてもおつりが出る。優れた奴隷共も手に入る。ああっ、俺様の冒険の可能性がまた広がった。やっぱ冒険は最高だぜ。そうだろ、アルク」
気安く呼び掛けてくるガーフ。その言葉にアルクの胸の奥より強い情動が湧き起こる。仲間と共にした素晴らしい冒険。それと同じ言葉を目の前の男が口にしている。アルクにはそれが何よりも許せなかった。
(殺してやる)
その瞬間、数値が上昇した。アルクはこの感情がそれを為したのだということを本能的に理解した。
「……ろしてやる」
「あぁん?」
「殺してやる。お前を殺してやるぞ」
『おいっ、アルク。冷静になれ。戦いにおいて正気を忘れるのは下策だ』
上がれ。この憤怒と共に上がれ。アルクは己の中のステータスに向かって、そう呼び掛ける。次第にSTR、DEF、INTといった各種の数値が上昇を始める。それに気づいたハルが警鐘を鳴らす。
『アルクッ、それは危険だッ! ただでさえ負担のかかる権能なのだぞ』
「でも、そうじゃなきゃこいつは殺せない」
体に力が満ちるのを感じながら、アルクは立ち上がる。そして殺すべき存在を睨み据えると、心のままに叫んだ。
「殺してやるぞッ! ガーーーーフッ!」
数値の上昇が加速する。ガーフは豹変したアルクをポカンと口を開けてみていたが、やがて口角をこれでもかと吊り上げてけたたましく笑った。
「そうだっ! それだっ、アルク。そいつが正解だ。綺麗ごとなんざいらねえ。いいぜ、来いよ。俺様はお前という難敵を倒してみせる。そうやって俺様が俺様を証明するっ。さあ、来いっアルクッ」
「気安く呼ぶなああああ!」
爆ぜるように飛び出すと、両者は剣を交える。先ほどまでは刃を合わせることすら難儀した剛腕。しかし、今この時両者のそれは拮抗していた。アルクは強く刃を押し込むと、ガーフと暫し鍔ぜり合う。互いの視線が交錯すると、ガーフはアルクの向上した腕力に目を丸くしている。それを見たアルクは加虐的な満足感を覚え、獰猛に笑った。
「ああああああっ」
二合、三合と撃ち合う。互いに体をぶつけ合うようにして切り結んでいるため、その度に鮮血が飛び散り、周囲の草花へと降り注いだ。剣を振う度にアルクの筋肉は悲鳴を上げ、時折プツンと千切れるような音が響く。骨も軋み、耐えきれないのか、木の枝を割ったかのような乾いた音が聞こえる。だが今は痛みすら心地よく感じられた。そうやって二人は十数合切り結ぶと、一度距離を取る。
「剣よ、もっと俺を喰らえぇぇ」
ガーフがそう叫ぶと、剣に纏わりつく黒炎が燃え上がる。
「邪魔だあああああああ」
アルクも雷撃を繰り出し、自身の刀身へと宿す。荒れ狂う雷撃が収束しきれずにアルクの腕を焦がすが、構うことなく殺すべき敵へと叩きつけた。両者の刃が触れ合った瞬間、凄まじい爆音が轟き、二人は吹き飛びながら地へと転がる。
『アルクッ、無事かっ! アルクッ!』
「……ああ、大丈夫だ」
体を起こしながら、アルクは己の腕に目を向ける。今しがたの暴発の為か、利き手の肉が爆ぜ、溢れ出す血の中からは時折白い骨らしいものが覗く。だが握る柄に力を入れると、ちゃんと指は動いた。どうやら問題はない、とアルクはそう判断することにした。
「奴は……」
前方に目を向けると、ガーフは既に立っていた。だが、その全身はズタボロで所々に焦げ付いた肌が露出している。ガーフはアルクの姿を見つけると笑みを浮かべる。その手にはあの強化薬が握られているのが見えた。
『まさか二本目!』
ガーフは躊躇いなく、その中身を飲み干すとふぅとため息をつき、天を仰ぐ。しかし、次の瞬間頬を膨らませ体を仰け反らせる。そして次の瞬間、暗褐色の液体を大地に向けて大量に吐瀉した。
「げええええええええええええええ」
『自爆か。このままくたばってくれるといいが……』
しかし、ガーフはハアハアと荒く息をつきながらも、こちらへ獰猛な笑みを向けてくる。
「あいつがまだまだ上げてくるなら」
『アルクッ!』
「あいつは皆を傷つけた。だから僕が殺るんだ」
再び憎悪を呼び起こし、更に能力を向上させる。しかし――
「があぁっ」
激しい頭痛がアルクを襲った。心臓が破れるのではないかとばかりに加速する。視界は赤や黒に明滅しだした。頬や口元にどろりとした液体が流れ出す。触れてみるとそれは血であった。
『アルク、これ以上は無理をしなくていい。時間を稼げ』
「大丈夫、出来るよハル。この力があれば」
気合をもって立ち上がる。頭痛は耐えがたい程にまでなっていた。だが、数値はしっかり上昇している。まだ戦うことは可能だ。再び敵へ襲い掛かろうと剣を握りしめたアルク。突如、その耳に獣の咆哮が響いた。それは森全体を揺るがし、木々の影より巨大な獣が飛び出してくる。
『来てくれたかっ!』
「おじちゃん!」
その姿にカシスが歓声を上げる。現れたのはこの森に住まう試練の獣ライオネルだった。
「カシス、大丈夫か」
ライオネルはカシスを見ると、安堵したような声で優しく話しかけた。そして周囲を見渡し、その視線がガーフのところで止まる。
「貴様が元凶か」
「はんっ、こいつが試練の獣ってやつか。殺し甲斐がありそうだあ。レアなアイテムをドロップしそうだぜ」
ガーフは舌なめずりをしながら、その眼を爛々と輝かせる。
「本来ならまず立ち去れと勧告するのだが、貴様には必要なさそうだな」
「へっ、畜生風情が人間様に偉そうな喋り方しやがって。討伐してやらぁ!」
ガーフがライオネルに向かって突貫していく。ライオネルはその両手の爪を持ってガーフを迎撃する。その巨大な爪での連撃を、しかしガーフは容易く捌いていく。
「やっぱし、強化されてる。助けに行かないと」
アルクはライオネルへと助勢しようと歩き出す。しかし、すぐさま全身を襲う激痛に堪らず膝をついた。
『アルクッ、無茶し過ぎだ。少し休め。ライオネルなら問題ないだろう』
「でも」
傍から見ると攻防は互角に見える。ガーフが心底嬉しいと言わんばかりに哄笑した。
「お前もっ、贄にぃ、相応しいッ! 俺様の伝説の礎となれッ!」
「ふむ、そこそこはやるようだな。では、これはどうだ」
途端に段違いの速さの爪が、ガーフを襲う。捌き切れなかったガーフは吹き飛ばされて宙を錐揉みしながら大地へと叩きつけられる。ガーフはなんとか立ち上がろうとするが、既に余力がないのか、地べたを悶えるように動いている。
『やったか』
「……えっ」
しかし、ガーブが懐から更なる薬を取り出し、口に含むのをアルクは見た。それを飲み干すとガーフは跳ねるように立ち上がり絶叫する。
「ああああああっ、まだだっ! 俺様の冒険はまだ終われないっ! こんな所でええええええええ! 剣よ、持っていけ、アイツをぶっ殺せるぐらいのありったけだ」
ガーフがそう叫ぶと、眼や鼻から血が噴き出す。途端に今までより遥かな規模の大きな黒炎が剣に纏う。
『なんという執念。これは……』
「助けないとっ! ぐうっ」
ライオネルの下に行こうとしたアルクは再び激痛に襲われる。体に命令が伝わらず、立ち上がることすら出来ない。
「おおおおおおおっ!」
「妄執のみで……哀れな男だ」
ガーフが再びライオネルへと駆け出す。今までで一番鋭いライオネルの爪での連撃を弾き飛ばすとその懐へと飛び込んだ。
「全力ぅううううう、全開ぃいいぃ」
「ぬうぅ」
ガーフが剣を突き出すと、黒炎が放たれライオネルの胸部を貫き、天高く放射される。
「おじちゃんっ⁉」
カシスの悲痛な声が森へと響く。
「どうだあっ、にゃんコロめッ! 人間様を舐め、って、おおっ」
しかし、ライオネルはそれを苦にした様子もなく、両手にて足元のガーフを拘束した。
「はっ、放せッ⁉ くそっ、なんて力だっ」
「哀れなる男よ、もう去ね。この森にお前は似つかわしくない」
そう告げたライオネルはその口でガーフの上半身を覆いつくす。そして首を横に振ると、そのまま噛み千切った。上半身を失った下半身はしばしその事実に気付かぬように立ちつくし、しばらくしてばたりと倒れた。
「まずい」
ライオネルはぺっとガーフを吐き出す。アルクの方を向いたその顔は目を見開き、呆然としたかのような表情を浮かべている。最後まで自分の死を受け入れなかったのかもしれない。そんな男の最後であった。
「おじちゃん……」
そんな中、カシスはライオネルの側で呆然と立ち尽くし獅子を見上げている。ライオネルの胸部は貫かれたというのにすっかり元通りになっていた。
「大丈夫だ、カシス。そんな顔をしないで欲しい。我は大丈夫だ。まだ、な」
アルクは二人の下へ駆け寄っていきたかったが、既にその体力も尽きていた。オーバーブレイクが切れたためか、全身の苦痛は吐き気を催すほど辛くなっている。
『~~、~~~』
ハルが呼び掛けてくるがその言葉も聞き取ることが出来ない。視界の明滅も早くなり、いつしか黒一色となったとき、アルクの意識は途絶えた。




