死闘
(こいつ、バテないのかッ⁉)
ガーフの猛攻を受けながら、アルクは焦燥感に駆られる。こちらの心臓は正直破裂寸前であった。戦闘開始からずっとフルスロットルで切り結んでいるのだ。なのに、一向に相手は衰える気配がない。既に二人共多くの傷を体に負っている。
『いや、バテてないというわけではない。この男、どうやら違法薬物によってドーピングを定期的に行っているらしいな。この手の連中は限界を超えて心臓が止まるまでピンピンと動き続けるからな』
アルクの念話にハルがそう指摘する。実際、ガーフ自身も口角に大量の泡を纏わりつかせている。時折ゲエゲエとえづいてもおり、肉体の限界はとっくに越えているのだろうことを窺わせる。しかし、狂人は止まらない。哄笑しながら刃を振う。
「ハッハァア、いい感じになってきただろう、ボウズ」
その凶悪な顔に笑みを張り付けて、アルクへと絶え間なく迫るガーフ。その圧力に堪らず後退するアルク。その時――
「ぐわあっ」
横殴りに放たれた不可侵の風弾がガーフを襲う。指輪が一つ砕け散り、ガーフ自身も横殴りに吹っ飛んだ。仲間達がアルクの周囲に駆け寄ってくる。
「アルクっ、大丈夫」
パナシェが駆け寄ってきて、癒しの加護でアルクを癒してくれた。
「うん、なんとかね。そっちは終わったんだ」
「ええ、全員気絶させて無力化してるわ。後はそいつを全員でやりましょう」
ライムがアルクの肩をポンと叩きながら笑いかける。ガーフに視線を向けると、流石というべきか既に跳ね起き、臨戦態勢となっていた。
「くそっ、俺様のマジックリングが。一体どうなってんだ? 大人数で卑怯と思わないのか」
「別に~。子供攫ったり、奴隷虐待してるような奴にモラルなんて説かれたくない、にゃん」
カシスがワンドを掲げ、魔法を発動させる。炎や氷、風といった様々な魔法が連続して放たれ、避けようとするも完全には避け切れず、その度にガーフの指輪が砕け散る。
「ちょ、待てよッ! ひえぇ、俺様のマジックアイテムがァ」
ガーフは堪らないとばかりに頭を掲げ、脱兎の如く木の後ろへと逃げ込む。
『ふうむ、形勢は有利となったが……。追撃するか?』
「うん、この奴隷の人たちも解放してあげたいし」
『なら、あの男を殺すなり、説得するなりしないといけないが……出来るか? 後者は特に厳しそうだが』
「うん、やってみせる。出来れば殺さずにすんだらその方がいいけど」
今までの旅路で殺人が必要になる状況には出くわさなかったアルク。その覚悟は何度かしてきたが、幸いというべきかまだ人を殺したことはない。今絶対有利な状況において、ガーフであろうと抵抗するだろうかと、アルクは考えた。しかし――
「おいっ、ボウズ。その答えはブッブーだぞ。不殺なんてのが許されるのは子供向けの小説までだっ」
「あれっ? また出て来ちゃった」
突如木から姿を現したガーフを見て、パナシェが素っ頓狂な声を上げる。この不利な状況でガーフは何故か逃げ出さない。そのことにアルクは嫌な予感を覚えた。こちらが身構える前に、ガーフは懐に素早く手を入れると小さな小瓶を取り出し、栓のコルクを口で外すと勢いよく飲み干した。
「ポーションの類?」
ライムの呟きが森に静かに響く。一瞬の静寂。それを破ったのはカシスだった。
「ううん、違うッ。あれはっ⁉」
それと同時に素早く魔法を矢継ぎ早にガーフに放つ。しかし、ガーフは体を蛇のようにくねらせながらぬるぬると動き、次々に襲い来る数多の魔法をことごとく回避してしまう。その俊敏性は先ほどまでとはく比べ物にはならない。最早人というカテゴリーすら逸脱してしまったかのようだ。
『強化薬か。しかも相当な劇薬だな。あそこまで即効性の強化すると、最悪その場で即死するリスクだってあるぞ。それを平然と……』
「はあ~、こいつを飲むと最高に気分がいい。とっておきってのは最後まで取っておくのがセオリーだからな。まあ、こいつが切れた後は地獄だが。しかし、奴隷どもは役に立たん。まあ、俺様みたいな英雄は頼むべきは己ということだろうなあ。悔しいけどデスティニーってやつだなっ」
満面の笑顔をアルク達へと向けるガーフ。だが次の瞬間一歩を踏み出すと共に獰猛に笑う。
「さあ、お仕置きの時間だ。生まれてきたことを後悔させてやる」
『来るぞっ』
ハルの警告に剣を構えなおすアルク。次の瞬間、ガーフがまるで瞬間移動したかの如く、アルクの眼前へと現れる。そして、暫し制止し目の前のアルクをジロジロと眺めやる。
「クソッ」
痺れを切らしたアルクは、心臓目掛けて突きを繰り出した。
「ヒャッハー」
「ッ⁈」
体を思いっきり仰け反れせ、その一撃を躱すと、全身の筋肉をこれでもかとくねらせ、ガーフは無造作に下から天へと剣を振り上げる。その斬撃の鋭さから回避は出来ないと判断したアルクはその攻撃を刀身で受け止める。
「あっ⁉」
冗談でなく、アルクの身体が浮き上がる。ガーフの身長程は浮かされてしまったアルクは、かなり後方の地面へと降り立つと追撃に備え、剣を構える。しかし――
「腕がッ⁉」
今の一撃で痺れ切ったアルクの腕は上がらない。剣を手放さなかったことすら運がよかったといえる。
「アルクッ」
その窮地にパナシェがガーフに飛び掛かり、スコップでの一撃を見舞う。大の大人すら凌駕するパナシェの怪力が繰り出した一撃。しかし、ガーフは僅かに後退るだけでそれを受け止めてしまう。
「おいおい、なんつー怪力だよ。まあ女は売り物にしないといけないからな。暫く寝てな。目が覚めたら地獄の生活の始まりだ」
ガーフの蹴りがパナシェの腹部を穿つ。吹っ飛んだパナシェは二転三転すると、うつ伏せになって小さく痙攣する。その隙にカシスが近距離からファイアーボールを放つ。これも獣じみた身のこなしでガーフは難なく回避する。
「パナシェ⁉」
「さあ、続きをしようぜボウズ」
いまだ腕の痺れは回復していない。ガーフがアルクへと向き直る。その時、死角から突如ガーフへと四つのナイフが襲い掛かる。機を窺っていたライムがこっそり忍び寄り投擲したものだ。ガーフはまるで背中に目があるかのようにそれを察知し、軟体生物のように身を捩らせるとそれを当然の如く避けてしまう。
「ハアッ!」
しかし、その終わり際を狙ってライムの短刀がその首筋を薙ごうとする。完璧なタイミングで放たれた一撃。勝利を確信したパナシェはしかし、目の前の光景に唖然とする。その一撃を首をひねり頬で受けとめたガーフは、歯にてそれを噛み受け止める。刀身を捻ろうとするもビクともしない。
「ひふぇな、ひゃはうあぁ」
ガーフはそのままライムの顔面を殴りつける。宙を舞ったライムはそのまま大地に叩きつけられると、動かなくなってしまう。ガーフは頬に刺さった短刀を引き抜くと、再度アルクへと向き直った。
「情けないなぁ、アルク君。女の子に守られてばかりじゃ駄目でしょ」
おどけたような仕草を交えたガーフの挑発。アルクは一瞬で全身の血が煮えくり返ったような錯覚を覚える。それにパナシェやライムの傷はどれぐらいなのだろうかも気にかかった。しかし、次の瞬間袖を引かれ正気へと帰る。振り返るとそれはカシスだった。
「落ち着いて、アルク。まだ二人のマナは消えてない。それにあの男も女は殺しはしないといってるわ」
「……そうだね、カシス。でもアイツを倒さないと……」
アルクは殺され、残った女性たちは娼館に売られるだろう。あの男なら絶対にやるだろうということが、これまで戦ってきたアルクには嫌でも理解できた。
「誤算だったわ。あそこまで手強いとは思わなかった。私たちの体力も少ない。だから……次で決めたい」
「……どうやって?」
「私がとっておきを使って隙を作る。その間に仕留めて」
そう言ってカシスはガーフの前へと歩み出る。
「作戦会議は終わったかあ」
「いくね」
背中越しにアルクにそう伝えると、カシスはガーフに向かってワンドを突きつける。
「ファイア―ブラストッ、サンダーストームッ、シューティングレイッ」
同時に発動された三つの広範囲魔法。ガーフは目を見開くと、咄嗟にネックレスを引き千切り天へと掲げる。凄まじい爆音と共に、三種の魔法がガーフを襲う。
「ハァ……」
カシスは虚脱したかのように、そのまま膝をついてしまう。
『アルクッ、好機だっ』
「うん」
この機を無駄にしないと、大量の土煙の中へとアルクは身を踊らせる。目視出来ない中で、マップを頼りに距離を詰める。土煙が落ち着き、薄らいでいく中でガーフの姿が見えた。どうやら少なくない傷を負っているようだ。全身から血を流している。身に着けていたネックレスはどうやら全て使ってしまったらしい。この最後の好機に、アルクはガーフへと駆け出した。その殺気を察知したのか、ガーフがハッと目を見開くのが見えた。互いの視線が交錯する。
「来いっ」
マナを練り上げ、虚空より雷を発生させる。それはアルクの剣に降り注ぐ。すぐさま放逸しそうになるそのエネルギーを必死に留めたアルクは、上段に振りかぶってガーフに向けて己の必殺技を放つ。
「くぅ」
しかし、刀身がガーフに届く前に雷は放たれてしまう。それ以上耐えたら腕が爆ぜてしまっていただろう。だが、その行先はガーフであった。必死に後退り雷撃を避けようとするガーフ。当たる直前、ガーフは身を反らし、雷撃は肩を掠めるに止まる。その衝撃に少しばかり身を捩らせるのがアルクに見えた。
「ここぉぉッ!」
アルクは全力で駆け抜け、体ごとガーフにぶつかっていく。その勢いのまま白銀の刀身はガーフの背中を突き抜ける。しかし、やったかと顔を上げたアルクの瞳には勝ち誇った顔のガーフがいた。。
「残念だったな」
見ると、ガーフは利き手の腕で刀身を受け止めていた。それは確かにガーフの心臓目掛けて放たれ、胸部を刺し背中を貫いた。しかし軌道は僅かに反らされてしまっており、心臓を刃が貫くことはなかった。
「おらぁ」
「ぐがっ」
そのまま刀身を捻ろうとしたアルクの腹部をガーフの前蹴りが襲う。剣ごと吹き飛ばさたアルクは堪らず膝をついた。追撃されるかと冷や汗をかきながら、すぐさま体を起こそうとする。
「ごふぅ」
しかし、ガーフの体力も限界に近いのだろう。アルクを追撃することなく、地面へと俯き、大量の血を吐き出した。再び顔を上げたガーフ。その表情はまるで憑き物が落ちたかのように穏やかなものであり、それを見たアルクが動揺してしまう程だ。
「あぁ、大したもんだよ。子供のくせに、ここまで俺様を追い詰めるなんて。もし、このまま大きくなれたなら英雄と呼ばれる男になったかもしれないな。俺様がなりたくて、なれなかった……」
そして、再びその瞳に狂気を取り付かせたガーフは、獰猛に吼えた。
「だから、俺様は断じて認めん。俺様の目の前に現れたことがお前の不運だ。ここまで追い詰めた褒美に、俺様の本当の最終兵器を見せてやるよ」
ガーフは胸から流れ出る血を手ですくうと、自らの剣へと塗りたくる。
「俺様の命、存分に喰らえ。だから、今回もちゃんと敵をぶっ殺すんだぞ」
ガーフの言葉に呼応するように、剣からどす黒い瘴気のようなものが立ち上る。
『己の命を代償とする魔具かっ⁉ アルク、気を付けろ』
「これで終わりだぁぁあぁ」
その黒い瘴気を纏わりつかせたまま、ガーフが剣を振りかざす。途端に黒い瘴気が燃え上がり、そのまま黒い炎へと化した。なんとか、避けようと思うアルクであったが、足に鋭い痛みが走り、回避が遅れる。次の瞬間に訪れたのは凄まじい爆音。そして襲い来る黒い炎。アルクが認識できたのはそれのみであった。
――全身に走る耐えがたい苦痛であった。何故か目の前は真っ暗だ。誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。そもそも自分は何をしていたのか。
『アルクッ、気を失うな。オーバーブレイクが切れるぞっ!』
その言葉にアルクは飛び起きる。そして凄まじい激痛が全身を襲う。見ると服はボロボロで、肌は焼け焦げたようにただれている。しかし、完全には命中しなかったのだろう。ギリギリでの回避行動にて、かろうじてアルクは命を拾っていた。
「ぐっ」
『よかった、気絶は免れたか。まだ戦えるか、アルク。もうすぐライオネルが来てくれる。それまで持ちこたえねばっ!』
未だぼやける視界の中、かなり遠くからガーフがアルクへと歩み寄ってきているのが見えた。剣には暗い炎が纏わりついている。どうやら派手に吹っ飛ばされたらしい。半ばまで近付くと、ガーフは迫真の表情でアルクへとその死を宣告してきた。
「ゲームオーバーだ、アルク」




