集団戦闘
「行くぞ、オラァ」
「ッ⁉」
ガーフはアルクに向かって一直線に突進してくると、両手に握りしめたゴテゴテな装飾が施された剣を袈裟掛けに斬り下ろす。先ほどの剣を交え、その腕力の凄まじさを知っているアルクは、まともには受けずにその威力を受け流した。ガーフの斬撃はそのまま大地を抉るのではと思われたが、ビタッと踏みとどまると強引にその軌道を修正し、アルクへと横薙ぎの一撃を見舞う。
「ぐうっ」
アルクは躱し切れず、刀身にてその一撃を受け止める。しかし、その威力は身体を浮かすほどのものであり、堪らず後退る。
『なんという膂力。剣術自体は素人に毛が生えた程度のものだが、相当やり慣れているな』
「うん、くらったらヤバそうだ」
ハルの言葉に頷きながら、アルクは仲間達の方へと視線を向ける。奴隷の三人組がパナシェ達に襲い掛かろうとしていた。カヤは後ろの木々へと隠れており、時折窺うようにこちらを見ている。
「余所見してる暇があんのかァ!」
「ちぃ」
ガーフが追撃せんと迫ってくる。滅茶苦茶な軌道でやたらめったらにアルクへと斬撃を繰り出してきた。アルクは集中力を研ぎ澄まし、それらを全ていなしていく。しかし、その攻撃は途絶えることなく、むしろ鋭さを増してきていた。
「これを受けるなんて、やっぱしお前が一番危険だなあ。その剣の力かぁ? いいねえ、お前を殺したら俺のコレクションに加えてやる」
『残念だが、私は君のような外道の剣には決してならない』
「うおっ、喋んのかよっ! いいぜ、それじゃあこのガキを拷問して、意地でもイエスと言わせてやる」
『……アルクは私の所有者だ。君如きには負けんよ』
「――」
その時、アルクはガーフの隙を見つける。耐え忍ぶ中で訪れた一際大ぶりな一撃。受ける瞬間、剣を翻すとその斬撃は空を切る。ガーフは強引に軌道を変えんとするが、それより早くアルクの一撃がガーフへと届く。その勢いのまま両者は距離を取った。
「浅い……」
「ぐおっ、痛ってえぇ。このクソガキがッ!」
ガーフの右腕からは決して少なくない血が流れ出ている。だが、それは決定打には程遠い。顔をしかめながら、その傷口に指を入れたガーフは、己の血の付いた指をなめしゃぶる。そのままニタァと笑みを張りつかせ、熱っぽい視線をアルクへと向ける。
「だが、いいぞボウズ。これこそが人の本質ってやつよ。殺って、殺られて、そうして証明していくんだ。今、この瞬間、お前は俺の贄になった。光栄に思え」
「……」
コロコロと変わるガーフの感情。そのプレッシャーに、アルクは全身から冷たい汗が噴き出すのを感じていた。
一方のカシスたちも、ガーフの奴隷たちと戦闘を開始した。まずはエルフの奴隷である三号が、カシス達に向かって火の精霊をけしかけてきた。渦巻く炎が三人を包み込もうとする。カシスが魔法にてそれを迎撃した。
「アイスウォール」
巨大な氷の壁がカシス達の前へと現れると、その炎を防ぎきる。氷壁は水蒸気をたててガラリと崩れ落ちる。白い蒸気をかきわけて一号と二号が突っ込んできた。パナシェとライムが獲物を構え、その二人を迎撃する。
「来るわよ、パナシェ」
「うん、頑張ろう」
ライムへと狙いを定めたらしい一号が槍を携え向かってくる。ライムはすばやく両手でナイフを投擲するが、初撃は身をわずかに反らし回避され、ほぼ同時に襲い来る二撃目も槍の柄にて防がれた。
「くっ」
その槍捌きに驚嘆しながら、短刀を抜き放ち両手で構えるライム。そんなライムの胸部目掛け、一号は鋭い突きを見舞ってきた。渾身の力を振い、全力でその穂先を払いのける。しかし、一号はその勢いを持って槍をくるりと回転させるとライムの鼻柱に柄の先端を叩きつけようとする。だが、悲痛な顔で攻撃を加えた一号の表情が、次の瞬間驚きへと変わる。
「なっ⁉」
眼前に迫る柄を、上体を思いっきり仰け反らせて躱したライムは、そのまま両手を大地に着けバク転すると、その勢いで宙高く舞い上がる。そして、体を逸らせながらベルトのナイフを抜き放ち一号目掛けて投げつけた。腹部目掛けて投擲されたナイフ。突きの姿勢を戻せない一号は懸命に身を反らせ、二の腕を持ってナイフを受ける。
「ぐぅ。……あたな、目が良いのね。それにとんでもなく身軽。あの人に会わなければ冒険者として大成できたでしょうに。残念だわ」
「まあ、お婆やハルに鍛えられたからね。……出来ればあなたたちを殺したくないわ」
「私もよ。でも無理ということはわかるでしょ。死にたくなかったら全力で私を殺しなさい」
刺さったナイフを無造作に抜き、投げ捨てた一号。首輪に触れると、それをライムに見せつけるように引っ張ってみせる。そして再び槍を構えると、ライム目掛けて襲い掛かった。
隣ではパナシェと二号が対峙していた。こちらはすぐに襲い掛かろうとせず、互いに探る様に距離を詰めている。すぐに攻めなかったのは二号の少なくない冒険者としての経験が、目の前の少女に外見以上の何かがあると警鐘を鳴らしていたからだ。それに獲物もスコップという一風変わったものであり、それに対しても警戒心を抱いていた。
「あなたは無理やり戦わされてるんですよね。どうにかならないんですか」
パナシェは悲しい気持ちで目の前の敵へと語り掛ける。二号は一瞬ポカンとした表情となるが、すぐさまそれは苦笑へと変わる。
「敵に同情するなんて優しいんだね。でも、それは君の命取りになっちゃうよ。それにごめんね。私は痛いのも、死ぬのも嫌なの。こんな境遇でもまだ諦められていないんだ。だから…ごめんね」
二号はそう言うと、パナシェに向かって斬りかかってくる。パナシェもグッと歯を食いしばると迎撃せんとスコップを振りかぶる。
「ッ⁉」
しかし、パナシェのスコップと二号の剣は交錯しなかった。悪寒と共に攻撃を止めた二号は後ろへと咄嗟に飛びずさる。パナシェのスコップはそのまま大地へと叩きつけられた。響き渡る轟音。揺れる大地。その威力に二号は目を剥く。もしも容易に武器を交えたら、この安物の剣では耐えられず折れてしまっていただろう。受け止め損ねて、自身の腕もへし折られていた可能性だってある。
「だけど――」
今の一撃で目の前の少女の戦闘技量や、そのスタイルは概ね把握できた、と二号は感じた。謎の怪力以上に秀でた何かはない。要は武器さえ合わせなければいいのだ。二号はパナシェを牽制しつつ、自身の間合いを保っていく。
「やあっ」
裂帛の声を上げつつ、牽制のための軽打を放つ。その攻撃の軽さにハッとしたようなパナシェの側面へと二号はフットワークを活かし左側へと回り込む。そして、研ぎ澄まされた一撃が繰り出した。
「痛ぅ」
パナシェはスコップの柄で何とか受け止めるも、勢いを殺し切ることは出来なかった。その腕に浅くないだろう傷というとを窺わせる量の血がしたたり落ちる。二号はそれを見て、この調子で戦っていけば勝つことが出来るだろうと安堵した。主人に失態を咎められ拷問されることは免れそうだ。しかし、その安堵は長く続くことはなかった。
「なっ⁉」
パナシェが自身の傷口に手を当てる。すると淡い光が発せられたのだ。冒険者として活動していた二号は、それが癒しの加護ということを理解していた。パナシェは再びスコップを構え、二号へと向き直る。
「ごめんなさい。オイラも負ける訳にはいかないんです」
「怪力に加護って、反則よ……」
こうして、攻めあぐねた二号とパナシェとの戦況は再び膠着状態へと陥ったのであった。
カシスは、開戦直後から三号の猛追を受けていた。できれば後方支援としてパナシェやライムを援護したかったが、それが出来ない状態となっている。
「お願い、大地よ」
「ッ⁈ ストーンウォール」
円錐状に形成された岩がカシス目掛けて襲ってくる。それでも、魔法の地力はカシスの方が上なため、相手の魔術がカシスへと通ることはない。目の前に形成された岩の壁は、岩の槍を容易く受け止める。
「ふぅ。……ッ⁉」
殺気を感じたライムは上を見る。そこには岩の壁に立ち、今まさに自分へ向かって飛び掛かろうとしている三号の姿があった。
「ハアッ!」
短刀がカシスへ向かって振り下ろされる。慌ててワンドにて受け止めるも、カシスの膂力はその小さい体相応のものであり、姿勢を大きく崩される。尻餅をついたカシスへ襲い掛かろうとする三号に、カシスは咄嗟に練り上げた少量のマナで形成したウインドブロウを放つ。
「ブッ」
顔面にそれを受けた三号は堪らずに仰け反る。が、浮き上がった足を再び大地に叩きつけ、再度カシスに飛び掛かる。しかし、時間を稼げたカシスは充分に練り上げられたマナで己の身体を浮遊させ、その必死の攻撃をするりと躱すと宙へと舞い上がる。
「……グラビテーション。そんな高等魔法まで……」
重力制御は魔法の中でもかなり難しいとされる部類だ。それをまだ子供の少女がいとも容易く行使するのを見て、三号は唖然とする。
「ふう」
カシスは大地へ再び舞い下りると、大きく息を吐いた。この魔術はまだ未習得という類のもので、それを大量のマナを使用することで外面だけ整えているため、流石にその消費量に疲労を感じてしまったのだ。
そして、今空中に浮遊し見た戦況を冷静に分析する。状況はあまりよろしくないといえるだろう。今はまだ五分五分の戦いが出来ているが、アルク、パナシェ、ライム共に体力面で少しずつ劣勢となっているのが見て取れた。そして、今確実に勝利を収められる者が自分であるということも。
「終わりにしましょう」
「……本当に化け物ね、アナタ。でも時間さえ稼げば私たちの勝ちよ。私はあなたより弱いけど、他の三人は違うもの」
勝負の決着を促すカシスに、三号は呆れ顔となるも、すぐに真剣な表情となりそう告げる。
「勝って、あの男の下にずっといたいの?」
「……あやふやな希望には縋れないわ。あなたは爪をゆっくりと少しずつ剥がされたことがある?」
「でも、さっきのライムの精霊魔法は見逃してくれたよね。ありがとう」
「……お礼というなら大人しく捕まってくれないかしら」
「フフ、それは出来ないわ。でも次にあなたが目覚めたら、きっと世界は変わっているから」
「言っとくけど手加減は出来ないわよ。この首輪があるからね」
カシスはその言葉に頷くと、微笑みながらワンドを掲げる。三号も両手を突き出しマジックシールドを展開する。その障壁に向かってワンドを突き出すと、カシスはマナを練り上げた。
「ウインドブロウ……ダブル」
不可視の風の弾丸が放たれ、シールドとぶつかり合う。
「この程度では、ガッ⁉」
防いだはずの衝撃が三号の鳩尾を襲う。臓腑をこねくり回すようなその威力に二、三歩後退り、三号は倒れ伏す。見上げた空はひたすら青い。そんなことを考えながら、何が起きたか解らぬままに三号はその意識を手放した。
「ふう、実戦だけど上手くいったかな。並行魔法に障壁破り、お祖母ちゃんのとっておき」
魔法も熟練すれば同時に別々の魔法を練り上げられるようになる。だが、推奨はされていない。中途半端な者が行うと魔法が暴発したり、体内のマナが乱れ、マナ狂いとなる可能性があるからだ。カシスも祖母の指導の下、つきっきりでなければしてはならないと厳しく言われ、一度それを破った際は手ひどく叩かれたものだ。その一回が祖母の唯一の体罰であったことから、その危険性は嫌という程理解している。
だが、一刻も早く三号を倒さねば、形成は不利になるばかりの為、出し惜しみはしていられなかった。並行魔法が可能とする障壁破り、それが今回の決め手であったからだ。一度衝撃に対し抵抗をしたものはその一瞬抵抗を無くす。そこに間髪入れずに打ち込めば衝撃は届くという理論だ。これが出来るのは祖母曰く世界に五人とはいないらしい。カシスは最速を誇り、最も命中精度の高いウインドブロウを寸分たがわず、ほぼ同時にマジックシールドに撃ち込んだのだ。故に二発目のウインドブロウは障壁を突破し、三号へと届いた。
「さて、と」
難儀な魔法のみ行使していたカシスは流石に軽く眩暈を覚える。しかし、流暢なことは言ってはいられない。すぐさまライムと闘う一号に向かって、ウインドブロウを放つ。突如襲いかかった衝撃に一号は大きく仰け反り、そして槍を取り落とす。
「ライムッ」
カシスの叫び声と同時に、ライムは一号へと駆け寄ると己の膝を鳩尾へと強く叩き込む。呻くようにして崩れ落ちた一号はそのまま動くことはなかった。カシスは次に二号に向けて、アイスウォールを行使した。二号の足を氷が覆い、その動きを封じ込める。
「やああっ」
その好機を逃さず、パナシェがスコップにて二号の剣を弾き飛ばす。そして、すかさずスコップの柄で鳩尾に打撃を加え、意識を奪い取った。こうして、ガーフの奴隷三人は戦闘能力を喪失させた。残るはガーフだけという事実に、カシスの重苦しかった気持ちも和らぐ。カシスは飛び跳ねるように、二人の下へ向かった。
「パナシェ―、ライムー、大丈夫かにゃん」
「あ、カシス。ありがとう助かったよ」
「ええ、この人すっごく手強かったわ。手心を加えられてなかったら危なかったわね」
「残るはあの糞野郎だけだにゃん」
少しばかり離れた場所ではアルクとガーフが激しく剣を交えていた。見たところ互角の戦いを演じているように見えるが、アルクの肩は激しく上下している。
「よしっ、後はあいつを全員でボコるだけね」
「うん。とっととやっつけて、この人たちを解放してあげよう」
「よっしゃ、いっちょ行くにゃん」
三人はアルクの助勢をすべく、戦いの場へと駆け出した。




