外道冒険者
それは一目で異様な風体とわかる男であった。
首にはジャラジャラといくつもネックレスをぶら下げ、両手の指全てに指輪をはめている。指によっては二つや三つもつけており、見ている者がそれで拳を握りしめられるのかと心配に成程だ。獣じみたボサボサの頭髪の間から、驚くほど深い隈に彩られたギョロリとした目が覗いている
「いやあ、しかし結界の外で待ったかいがあったな。帰ろうかどうか悩みどころだったが。エルフの奴隷だけあって値段も張ったが三号を購入してよかった。やっぱし一人は魔術を使える仲間がいないとなあ。でなければあの結界に引っかかるところだったしな。逆に妖精を探知し、罠にはめることだって出来た。俺たちは本当に最高なパーティーだ。そう思うだろう,一号」
「ええ、その通りです、ガーフ様」
一号と呼びかけられた女性はただ追従の笑みを浮かべる。でなければ、辛い拷問が加えられるということは短くない日々の奴隷体験で分かっていた。ガーフには三人の女奴隷がいるが、与えられた名前は一号、二号、三号であった。今、話題に出たエルフである三号は捕獲した妖精を気の毒そうに見つめている。そんな表情をしたら、後で拷問を加えられる可能性が上がるだけなのに、と一号は追従の笑みを張りつかせたまま三号の身を心配した。
「痛いのー、放すのー」
「糞みたいな噂話だったが、来てよかったなあ。コレ、見た目は悪くないし、結構な稀少種族だ。あのコレクターの伯爵になら高く買い取ってもらえるだろうよ。あれは人間相手、成人相手に欲情できない真正の変態だからなあ」
「そうですね」
妖精の声を一向に気にすることなく、ガシっとその頭髪を掴みながら顧客の趣味を思い浮かべ、ガーフは暗い笑みを浮かべる。
「こいつを売った金でまたマジックアイテムを買おう。といっても最近は屑みたいなもんしか出回ってないからなあ。この剣みたいな掘り出しもんがあるといいんだが。あんまりいいもんが無ければ奴隷をもう一匹購入してもいいかもな」
ガーフは自身の腰に下げた剣をうっとりとしながら眺める。実際それはガーフが買い漁ったマジックアイテムの中でも、一番の優れものである。使用者に対するデメリットが大きいため、購入する者がいなかったのをガーフが買い取ったのだ。
「結界の中には、試練の獣やら紅蓮の魔女がいるかもしれんし、迂闊には中には入れんしな。今の俺なら勝てる気もするが、強さも解らん相手に挑むのは得策じゃない。もうそろそろ王都にでも戻るか。ほとぼりも冷めたころだろうしな」
「そうですね」
一号はただ頷くと、この辺境の森にまで来た経緯を思い出す。王都近郊の迷宮で戦利品を巡って他の冒険者と諍いになったのがその原因だ。その際は気前よく譲るふりをしたのだが、こっそり後をつけ、背後から襲い掛かる形でその冒険者グループを皆殺しにしてしまったのだ。しかし運の悪いことに、その冒険者のうちの一人が有力貴族の子弟で、犯人捜しが始まった。ガーフの悪名は非常に高く、嫌疑をかけられることは確実なため、ほとぼりが冷めるまで王都から一時離れることにしたのだ。その際、この森での噂話を耳にして、なにか目ぼしいものがないか探索することになったのであった。
「冒険者の心得その七。冒険者、冒険を犯さずってな」
一人呟くとグヘへと笑うガーフ。そんな自身の主人を見て、一号は心の中で改めて戦慄を覚えた。そして主人の人となりを示す二つ名のことを思い出す。高名な冒険者には敬意とともに二つ名が与えられることも多い。ガーフのは悪名であるが、その名を知る者はとても多い。もとは農家の次男坊であったらしく、うだつの上がらぬ凡庸なパーティーの一員に過ぎなかったという。しかし、ある時仲間から見捨てられ、命を落としかけたことをきっかけとして、凡庸な男は豹変した。誰よりも強さを追い求めるようになり、危険な薬物や呪いのかかった魔具であろうと平然と使用し、あらゆる手段をもって敵を殺す人物となったのだ。その中には人間も含まれており、毒殺、暗殺などの手段によってガーフに殺された同業者も多い。ガーフを裏切った冒険者達はその後皮を剥がれた遺体となってギルド前にうち捨てられていたという。ガーフの悪行が響き渡る中、いつしか誰かが呟いた言葉がそのままガーフの二つ名となった。それはまさしくガーフという人物を表すのにぴったりの言葉。――狂人ガーフ。スーラの王都のギルドを拠点とするB級冒険者。同業者は彼をそう呼び、侮蔑や恐怖から誰もがガーフを忌避している。
「いやあ、しかし結界の外で待ったかいがあったな。エルフの奴隷だけあって値段も張ったが三号を購入してよかった。俺たちは最高のパーティーだ。結界の中だと流石に危険もあるし、取り敢えずで来たからこんなところだろ。戦利品も期せず手に入ったしな」
最近では違法薬物による強化のためか、記憶力に鈍麻が見られている。そのためか何度も同じ話をすることもある。しかし、用心深さは変わることはない。ガーフという男は外道そのものだが、その関心はもっぱら冒険にて己のランクを上げることのみに注がれており、娼館などにも一切行かない。異性であるにも関わらず、好き勝手できる奴隷の自分たち相手にもそのような行為をしたことがないのだ。すくなくとも三号などはエルフでもあるし、容姿においては同性の自分も見惚れるぐらいではあるのだが。同性愛者ではないことは本人が明言していた。その代わり、その代替行為なのであろうか、ガーフは拷問というものを非常に好んでいる。
「売るなんて駄目なのー。ライオンのおいたんが怒っちゃうのー」
「チッ、うるせえなコイツ」
「あう」
ガーフが妖精族の髪を更に強く引き上げる。ぶちぶちと頭髪の抜ける音が一号にまで聞こえてくる。
「おい、二号。この前買ったアレ出せ。ほら、爪剥ぐヤツ」
「えっ、あっ、はいっ」
少しばかり大柄な二号と呼ばれた女性が、一瞬ためらいつつも素直に背の荷袋を下ろすと、拷問器具を取り出し、ガーフに手渡す。ガーフの奴隷である三人はいずれも前身は冒険者であった。いずれも騙されたり、仲間に売られたりして奴隷になった者であるが、二号は剣士ということもあって、最初強く抵抗したが、その分より多くの拷問をその身に受け、今は誰よりも従順になっている。その有様を思い出し、一号は悲しみを隠すように顔を伏せる。この生活から解放されるときは自分に訪れるのだろうか。最悪もうそれが死という形でも構わないと、一号は心の底から想っていた。
「ほら、ガキ。しつけの時間だぞ。これ見てみろ。この針をな、爪の真ん中にぶち込んでから開くと、爪が栗みたいに外へパカッと割れるんだ。痛ぇぞぉ、俺は喰らったことないけどな」
ガーフが妖精にその拷問器具を見せつける。心底楽しそうなその笑顔に、一号は吐き気を催しそうになる
「ひっ、や、やめるの」
「ダーメ。あっ、こら暴れるな。おい、2号、このガキ抑えてろ」
「はっ、はい」
二号がしゃがみこみ、その小さな手を握る。
「いやっ、助けてッ! おいたんッ、お姉ちゃんーーー」
「だーれも来ませんよぉ。いくぞ、いっちゃうぞー」
その瞬間、ガーフの頭部に衝撃が叩きつけられ、凄まじい炸裂音が響く。それとほぼ同時にガーフの身に着けた指輪が一つ、音を立てて砕け散った。
「あっ」
ぽかんとした表情で粉々になった指輪を眺めるガーフ。そして、次の瞬間天をも揺るがすような音声で叫び声をあげた。
「あああああああああああああああああああッ⁉ このマジックリング高かったのにいいいいいいいいいいいいいいいい⁉ 三号ッ!」
「はっはい」
ガーフは激高しながらも襲撃者に備えるべく、三号に指示を送る。三号はガーフを守るためその前へと踊り出ると、マジックシールドを展開する。襲撃者は立て続けに魔法を放ち、シールドを揺るがす。
「何て魔力ッ! しかも連発してくるなんてッ! 相手は複数?」
「いいぞっ三号。もし通したら後でおしおきだからな。気張れよ。ああっ、俺様のマジックリングが」
「ひっ、分かりました」
拷問の恐怖を思い出し、唇を噛みしめながらシールドを維持する三号。不可視の風弾が何度も叩きつけられ、衝撃の凄まじさに屈しそうになるが、拷問の恐怖が体を突き動かしていた。噛みしめた唇からは血が流れている。暫くマジックリングの破片を名残惜しそうに眺めていたガーフが立ち上がる。
「おいっ、魔法を止めろ。でないとこのガキを殺すぞ」
その言葉に魔法がピタッと止まる。三号がシールドを解除すると、地面に膝をついた。その息は荒く、全身を滝のように汗が伝っていた。ガーフは妖精を前へと突き出すと、その首に剣を当てる。
「出てこいっ。逆らったら解っているだろうな」
少しばかりの静寂。そして、一人の小さな少女がひょっこりと木々の間から姿を現した。
「お姉ちゃん」
カヤの喜びの声を聞きながら、カシスは最初の一撃で決めることが出来なかったことを悔いていた。最速の速度で撃ち出したウインドブロウ。決まれば地に落ちた木苺のごとく、相手の男の頭部は爆ぜる程の威力は込めたつもりだった。しかし、なんらかのマジックアイテムによってそれは防がれてしまった。相手全員を薙ぎ払おうとするも、二撃以降は相手のエルフのマジックシールドによって防御された。おまけにカヤが人質として囚われてしまっている。全ては初撃で決めきれなかったことが原因であった。
「子供……」
奴隷らしい女性がカシスを見て、驚きの声を上げる。奴隷の女性はいずれもみすぼらしい服を着て、首輪をしている。冒険者としての奴隷なのに、碌な装備もしていないのはなんとも非合理的とカシスは感じた。男がマジックアイテムでジャラジャラと着飾っているのとは対照的だ。
「お前は紅蓮の魔女……じゃねえな。その孫あたりかぁ?」
「そうよ。そして、その子は紅蓮の魔女が庇護している存在。それに手を出すということはどういうことか理解はしているの?」
「ハン、こんな小さな森に隠棲してる奴なんか怖くはねえよ。このガーフ様は誰にも屈さねえ」
ガーフはカシスをジロジロと眺める。
「へえ、こいつは大した上玉だ。しかも伯爵好みに育ってない獣人の娘。こいつも高く売れそうだな」
「ッ⁉」
まるで物でも見るかのような男の視線に、カシスの背中を冷たい汗が伝う。それに異様に深い隈に彩られた目には正気というものがあまり感じられない。狂人という言葉がカシスの脳裏に浮かんでくる。
「そんなことをすれば、試練の獣や紅蓮の魔女に追われることになるのよ。その覚悟があなたにあるの?」
「おうともさ。俺様の覚悟はバリバリだぜ」
ふざけたようなガーフの態度に苛立つもなんとかそれを抑えつけ、カシスは会話を続けることにする。今は少しでも多くの時間を稼ぎたかった。
「もし、その子を返してくれるなら祖母の持つマジックアイテムと引き換えてもいいわ。仮にもA級冒険者の所有するマジックアイテムよ」
「なっ、マジか」
その提案にガーフは悩む素振りを見せる。しかし、すぐに真顔となると獲物を狙う目でカシスを見据える。
「いや、いいや。お前時間稼ぎしようとしてんだろ」
「ッ⁈」
「一番最初にお前が駆け付けた時点でなんか引っかかったんだよね。仮にもAランクがバックにいるんなら、そんなことはまずしないだろ。俺様もAランクとやり合ったことがあるが、流石最上位は伊達じゃない。いたらもっと上手く動く。お前の祖母さん、もう死んでんじゃねえ」
「くっ⁉」
カシスはガーフの指摘に動揺してしまう。一見して狂人のような男だが、頭はかなり回るらしい。そんなカシスの様子を見たガーフは破顔する。
「ははっ、ビンゴだ。お前の今の様子だと試練の獣とやらも大したことなさそうだ。プラン変更だ。結界内に入ってそいつを殺して、妖精族は根こそぎ奴隷にする。妖精一匹でスゲエ情報が手に入ったぜ。これぞまさしくエビで鯛を釣るってやつだな」
「外道……」
祖母が外の世界に愛想をつかした理由が分かった気がした。私欲のために他人を躊躇いもなく傷つけようとする人間がこれほど醜いものだとは、森の中で生きてきたカシスには知りようがなかった。
「二号、そいつを捕まえろ」
「……ごめんね」
二号と呼ばれた大柄な女性がこちらへと歩み寄ってきている。その顔は悲しそうであり、決して望んでやっていることでないことが見て取れる。カシスは後退りながらどうするべきか考える。今自分までも捕まってしまったら、後からやってくるライオネルやアルク達の足を引っ張ってしまう。それだけは避けたかった。しかし、逃げた場合、結界に踏み込むと発言したガーフはカヤを殺してしまうかもしれない。八方ふさがりの状況で、カシスは不安に胸が潰されそうになる。そんなとき、脳裏によく知る人物の声が響き渡った。
『待たせたな、カシス。今は仲間だけに聞こえるように話している。話はビオから聞いた。今からカヤを助けるぞ』
(わかった。ありがとう、ハルさん。なら私も)
アルク達が来てくれたことで不安は一瞬にして消える。つい視線で周囲を探そうとしてしまうのを必死に耐え、ガーフ達を牽制することでアルク達をアシストすることにした。
「来たら撃つ!」
ワンドをこれ見よがしに掲げ、先端に炎を纏わりつかせる。
「おいっ、マジかよ。友達は大事にしろってママから教わらなかったのかよっ」
ガーフが驚愕しながら、カヤを盾とするように前へと押し出す。エルフの女性がハッと何かに気付いたように周囲を見回すが、一瞬悩む素振りを見せた後口を噤んだのをカシスは見た。
「おおっ⁉」
突如、木々の間から伸びた蔦が、ガーフの剣を持った方の手へと巻き付き束縛した。そして――
「うおっ、危ねえな」
突如頭上から舞い降りたアルクがカヤを掴む手を切断せんとばかりに、白銀の剣を振りおろす。ガーフはカヤを放し咄嗟にその攻撃を回避すると、蔦を腕力でぶちぶちと千切り、その勢いのままアルクへと斬撃を放つ。
「ッ⁈」
受け止めたアルクはその剛力に驚く。オーバーブレイクで向上したアルクの腕力を容易く凌ぐ威力に体が宙へと浮きかける。腕が蔦で拘束されていなかったらと思うと、アルクは肝を冷やす。
「カヤッ。逃げろっ」
アルクの呼びかけに、カヤはカシスに向かって駆け出す。
「捕まえろっ」
ガーフの命令に一番近い二号がカヤに飛び掛かろうとする。だが、その間にカシスの火球が放たれ、二号は足を止めてしまう。
「お姉ちゃん」
「カヤッ」
カヤはカシスに抱きつく。カヤが助かったのを見て、アルクは安堵する。
「小僧ッ、舐めた真似をしやがって。殺す」
「まだこんなとこでは死ねないなあ」
『アルク、このままでは囲まれる。いったん戻るぞ』
周囲には三人の女奴隷が、アルクを包囲しようとしている。アルクは一歩バックステップでガーフから距離を取ると同時に剣を大地に突き刺した。
「スタンボルト」
大地に流れる電流がアルクを中心に拡散する。
「こいつ、魔法まで⁉」
跳びあがり、それを回避するガーフ。三人の女奴隷も同様に回避していた。その間にアルクは更に距離を取ると、カシスの下へ駆ける。途中それを阻止しようと剣を手にした二号がアルクに斬りかかろうとする。しかし、自身に向かって投擲されたナイフを叩きおとしたため、足を止める。その隙にアルクは包囲をすり抜けた。
「ぶっつけ本番だったけど上手くいったわね」
「木の精霊さんに感謝だねえ」
カシスの隣には既にパナシェとライムがいた。駆けつけたときには、カシスの結構な窮地であったため行き当たりばったりな作戦であったが、なんとか成功させることが出来た。自身の能力を著しく向上させるオーバーブレイクを初っ端から発動し、単身木によじ登って敵を奇襲しカヤを救い、それをライムがアシストするというのがもっぱらの内容だ。
「皆、ありがとう」
「うん、何とか間に合ってよかったよ」
カシスがカヤの頭を撫でながら、微笑む。
『感動の再開と言いたいところだが、あちらさんは許してくれそうにはないな』
「うわっ、何あいつ。きもっ」
「すっごい顔してこっち見てるね。それにあれが奴隷の人たち……ひどいね」
ガーフが己の剣を一振りすると、こちらに向かって一歩を踏み出す。
「ガキどもっ、許さんぞッ! このガーフ様をコケにしやがって。お前らっ、死ぬよりも辛い目にあわせてやるッ! 女は両足の腱を切って、この国で一番劣悪な娼館にぶち込んでやるっ! 男は四肢をもぎ取って、芋虫みたいにして殺してやるっ!」
「こいつ……」
剥き出しの憎悪を叩きつけられ、アルクは己の心がざわつくのを感じる。目の前の狂人めいた男は、単純にその存在が唯々不愉快であった。
『ああ、不愉快な男だ。だが、気を付けろ。見てくれは奇怪だが、相当強いぞ。場合によってはライオネルが来るまで耐え忍ぶのもありだ』
「うん、さっき剣を合わせたから、それは解ってるよ。でも、出来ることなら」
アルクも負けじと一歩前へ踏み出し、剣の柄を強く握りしめる。
「こいつは僕がぶっ倒したい」
アルクは目の前の醜悪な男を睨み付ける。戦いの火蓋が今まさに切られようとしていた。




