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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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エンカウント


 皆で星を眺めた翌日。

 アルク達は明日この森を発つことにした。思わぬ滞在となったが、その間に森の妖精たちからクエストを受けたり、森の稀少な薬草や素材などの収集などと、得た収穫は意外と大きい。今アルク達はコテージの中で旅立ちのためにそれらを整理したり、装備の点検などを行っていた。


「この靴だいぶボロボロになってきたなあ」


 アルクは自身の履いている靴を眺めながらぼやく。それは旅に出て最初に訪れたメレンの町で購入した、それなりに値の張るものであった。手入れは欠かさなかったし、時折バトラーに修繕してもらっていたが、そろそろ替え時かもしれない。予備の靴も数足用意はしてあり、ハルの助言によって時折履きならしているためいつでも変えることは出来る。


『あの町を出てからも、大分歩いたからな。パナシェのも大分ボロボロだな。新しいのに変えて、それは廃棄するか』

「うーん、でも」

「何か愛着が湧いちゃうよね」


 パナシェも自分の靴を手に取りながら、それを愛おしむ様に撫でる。アルクも全く同じ気持ちであった。特にこの靴は自身で稼いだ金で買った最初の装備なので、特に愛着は強い。


『まあ、なら気のすむまで取っておけばいいさ。アイテムボックスがあるからかさばらないしな』

「そうだね」


 アルクは頷くと、それを脇へと置く。そうして暫く黙々と整頓をする。アイテムボックスに無造作に放り込んだ何気ないアイテムなども、こうしてじっと手にして眺めるとそれを手にしたときの光景が目に浮かぶようで、意外と面白く感じた。気付いた時には結構な時間が経ち、いつしか昼前になっていた。


「ふう、大分時間が経ったわね。朝ごはん食べてすぐ始めたのにもうすぐ昼前よ。そろそろあの子も帰ってくるんじゃない」


 ライムが壁にかかっている時計を眺めながら、一つ大きく伸びをする。アルクも朝食後に少しばかり出かけてくるといったカシスのことを思い出す。家を出て大分長いがそろそろ帰ってくるだろうか。


「どうせならお昼ごはんも一緒に食べたいよね。オイラ達で迎えに行こうよ」

「いいわね。今日の夜はお別れ会のパーティーだけど、どうせなら一緒がいいしね」

『そうだな。今日はライオネルとも少し話がしたい。長いお別れとなるかもしれないしな……。アルク、頼めるか』

「……うん、大丈夫。そうだ、ビリーさん達にも挨拶しに行こうか」


 旅立つ前には世話になった人たちにしっかりと挨拶をする。それが旅の流儀というものだとはハルの教えだ。この森での日々も、メレンやレーヌと変わらぬ程充実したものだった。アルク達はコテージを出、更にカシスの家からも出る。カシスを探そうとマップを展開するも、そこにマーカーされたカシスの反応はない。


「マップの反応範囲内にいない? 大分遠くに行ったのかな」

『うーむ、だがそうなるとかなりの距離になるぞ。この森の探査結界から外れてしまう。カシスがそのような無謀なことをするとは思えないが』

「そうだね。あ、一つこっちに走ってきている。カシスじゃないみたいだけど」


 アルク達が森に入ってきた方向から、敵意無き緑の反応がこちらの方向に向かって勢いよく進んできている。


「行ってみよう」


 アルクがパナシェとライムに視線を向けると、二人はわかったとばかりに頷く。アルク達はその人物に向かって駆け出した。しばらくして、前方に息を切らせて走るあの双子の妖精の片割れの姿が見える。アルク達の姿を見つけると、涙声で叫びながら駆けてきた。その様子にアルク達は顔を見合わせる。何かあったのだろうと察し、緊迫感がアルク達を襲う。


「どうしたっ⁉」


 アルク達も妖精の下へ急いで向かう。


「アルクー。カヤが結界出たー。お姉ちゃん探しにー」


 拙い口調で必死に訴える。どうやらこの子はビオの方であるようだ。アルクはその小さな肩に手を置き、どうしたのかを詳しく尋ねる。


「ビオとカヤ、度胸試ししてたー。どっちが結界に近付けるかってー。ビオ勝った。でもそこで馬鹿にしたらカヤ怒って凄い勢いで結界の外出てった。ビオ怖くてそこで待ってたけどカヤ帰ってこない。怖くて、獅子のおいたんのとこ行こうと戻った途中、お姉ちゃんに会ったのー」

「まったく、何てことしてくれんのよ」


 ビオの話にライムが苦虫を嚙み潰したよう顔をする。


「なら、カシスはカヤを追って結界の外に出たんだね」

「大丈夫かな、アルク」


 パナシェが心配そうに話しかけてくる。皆の頭にあるのは、あの村で聞いた冒険者だ。目的はわからないし、もういない可能性だってある。だが、万が一――。


「いいかい、ビオ。僕たちはカシスを迎えに行くけど、ビオはライオネルさんにこのことを伝えてね」

「うん、わかったー」


 ビオは頷くと、ライオネルのいる場所目掛け、一目散に掛けていく。アルク達はその背を見送ると、カシス達を探すために再び駆け出す。杞憂で終わって欲しい。そう願いながらアルク達は駆け続ける。そしてマップが反応を捉えると、アルクの心臓は跳ね上がった。反応は複数。カシスのマーカーがあり、もう一つの反応はカヤだろう。そしてその他に反応が4つ。いずれも色は赤であった。カヤを取り囲んでいる。そしてカシスと敵対しているらしい。アルクはそのことをパナシェとライムへ伝える。二人が息を呑む様子が背中越しにもわかった。


『最悪な形だな。急ぐぞ、アルク』

「うんっ」


 アルク達は全力で駆け、カシスの救援へと向かった。




 カシスは探査結界のすぐそばにある、花々の群生地にいた。ここは祖母から受け継いだとっておきの場所の一つであり、よく花が咲くように手入れもしてある。今日はアルク達への餞別としてハーブや祖母から教わった秘薬などを送ろうと思い、材料を集めにきたのだ。


「喜んでくれるかな」


 初めてできた人間の、同い年の友達のことを思う。ここ数日はカシスにとって、とても刺激に満ちていて楽しかった。会話は尽きることなく、自然と大きな声で笑っている自分がいた。森での暮らしが退屈と思ったことは一度もない。しかし、今後はそういう訳にはいかないかもしれない。大切な思い出が出来たことは嬉しいが、それが少々憂鬱ではある。

 雑念を振り払うようにカシスは、花を摘み取り籠へと入れる。こうして花を黙々と摘むと祖母に採集の方法を教わったことを思い出す。それはカシスをとても落ち着いた気持ちにしてくれた。そんな中、カシスの耳が甲高い泣き声を拾う。それはカシスのよく知る者の声であった。


「ビオ?」


 あの双子が喧嘩して泣きわめくことはよくあることだが、今日のそれはいつもとは少しばかり違っていた。胸騒ぎを覚えたカシスは、摘んだ花をそのままに声のする方へ駆けだした。


「ビオッ! どうしたにゃん」


 泣きながら駆けていくビオを見つけ、声を掛ける。振り向いたビオは顔を涙でぐちゃぐちゃにしたまま、カシスへ駆け寄り抱きついてきた。その必死な様子が更にカシスの不安を煽る。


「どうしたのっ、ビオッ。カヤはっ?」

「う~、お姉ちゃん。カヤ、外にー」


 詳しい話を聞いてカシスは不安を覚える。祖母が幾重にも張り巡らしてくれた結界。探査、防衛、幻惑などの多くの結界があり、その中でならいくらでもやりようある。ハルの権能の為、アルクには幻惑は効かなかったが、並みの魔道具では太刀打ちできない規模のものだ。だが、その外であるなら、敵意ある者がいたらやり難いことになるだろう。敵の実力次第ではライオネルでもきついかもしれない。

 カシスは悩んだ。一度ライオネルやアルク達の下へと戻り、その後カヤを探すべきか。それともカヤがなんらかの敵や魔物に会わないうちにカシス単独で素早く連れ戻すかを。カシスは、後者を選択する。万が一のことがあってからでは遅いのだ。カシスはビオにこの件をライオネルと、アルク達に伝えて欲しいとビオへ頼むと、結界の外へと駆け出した。

 途中、植物型の魔物である人食い茸が数体カシスの姿を認め、襲ってきた。結界は魔物の敵意も抑える力があるため、あまり妖精族も襲われないが外ではそうではない。カヤの安否が心配だった。


「邪魔っ」


 カシスは一瞬でマナを練り上げ、ファイアーブラストを放つ。無音に調整されたそれは瞬く間に人食い茸を炭化する。あまり大きな音を立てて、目立つのは避けたかった。

ある程度まで進むと、探査魔法を発動させる。マナを外へ放出する形で網のように張り巡らせ、周囲の地形や生き物を把握する魔法だ。鮮明な画像としては見れないが、だいたいの形は把握できる。ただマナを外へ放出するため非常に燃費が悪いのだ。常人の魔術師であれば、数分もすればバテテしまうだろう。

だが、カシスにとっては大したことはない。なぜならカシスは先天的にマナを常人より蓄える体質であり、胎児のころからそれが顕著であった。そのため、カシスの母はカシスを産んで命を落としてしまったのだが、結果生まれ落ちたカシスは生まれながらにして膨大なマナを持っていた。


「これだけ広げて見つからない? 流石にあの子でも……」


 森の妖精族は非常に臆病な一族である。流石にあの幼さで一人遠くまで行くことは考えられない。もしかしたら既に魔物の体内に――

 そこまで考えてカシスは首を横に振る。まだ捜索は始まったばかりだ。カシスは更にグンとマナの網を張り巡らす。その放出量にさすがにクラっと眩暈を覚えたカシスであったが、網は人影を数人捕捉する。その光景を把握し、カシスは心臓が止まる思いがした。四人の大人らしい人影。そして一際長身な男らしき男が小さな子供らしき者の髪を掴んで引き摺っている。子供らしき影は、痛みの少ないように必死に歩調を合わせているように見えた。


「どうしよう……」


 一度探査魔法を解いたカシスは考える。敵は非常に乱暴な手つきでカヤを扱っている。ライオネルたちを待っていたら、もしかしたらもっと酷い危害を加えられるかもしれない。考え抜いた結果、カシスは単身乗り込むことに決めた。隙を見て相手に一撃を加え、そしてカヤを救出して結界へと逃げ込む。そのために祖母に教わった、とっておきも躊躇いなく使用するつもりだ。ライオネルも、そしてアルク達もここに向かっている途中だろう。そこまで逃げ込めれば全員でなら何とかなるに違いない。カシスはゴクリと唾を呑むと、祖母から受け継いだワンドを握りしめ、カヤの救出へと向かった。


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