見守る星
夢を見た。目の前に景色が現れた瞬間、またかと自覚することが出来る程、アルクは過去の記憶を映し出す不思議な夢に慣れてきている。今目の前にいるのは白いローブを着た長い黒髪の細身の少女と、剣士風の短髪の背の高い少年、そして魔術師のような黒いローブに大きな杖を持った背のひくい小太りの少年だ。アルクの視点となっている人物と合わせて四人、ひたすら森の中を歩いている。
「しっかし楽しみだよなあ。遂にボス戦が出来るんだぜ」
「もう、ナギサったらはしゃぎすぎよ。何回おんなじこと言ってるの」
「だってさあ、ナユタ。同じ風景で変わり映えしない兎とかスライム倒しててもつまんないじゃないか。いくら本物そっくりとはいえさ」
ナギサと呼ばれた小太りの少年がウキウキと皆へ話しかけるのを、ナユタというらしき少女が窘める。アルクはその声をどこかで聞いた気がしたが、不思議と頭に靄がかかり思い出せない。ナギサは次に隣を歩く、背の高い少年へと話しかける。
「なあ、トウヤだって楽しみだろ」
「まあな。でもお前ほどじゃないよ。昨日も夜中まで電話で長々と同じようなこと喋ってただろ。俺はお前と違って学校や部活帰りで疲れてたのに。おかげで寝不足だ」
トウヤがやれやれとばかりに大きく欠伸をする。
「学校なんて行かなくても別にいいだろ。知ってるか、かの発明王と呼ばれた偉人も学校には行かなかったらしいぞ。それにアユムやナユタだって行ってないだろ」
「おまっ、言っていいことと悪いことがあるだろ。お前とは事情が違うだろうが」
「んだよぉ、俺だって理由ぐらい……」
途端に膨れっ面となるナギサ。その姿を見て不機嫌そうにトウヤは眉間にしわを寄せる。ナギサは急速に雰囲気が悪くなる中、助けを求めるようにこちらを見る。そんな中自分が口を開いた。
「そうだね、人は皆色んな事情があるし、そこに優劣はないと思うよ。それに今日はせっかくのボス戦をナユタのお父さんが用意してくれてたんだから、それを皆で楽しもうよ」
「そうね、アユムの言う通りよ。喧嘩なんて止して楽しみましょう」
アユムとナユタにそう言われ、二人は顔を見合わせる。そして互いに謝った。
「その、すまなかったな」
「いや、俺も悪かったし」
照れくさかったのか、すぐに顔を反らす二人。ナギサが照れ隠しなのか、その場にいる四人以外の者に話題を振ってきた。
「しかし、今日はハルまでこっちにいるんだもんな。なんかすげえな。しかも剣の形してるし。おい、ハル。その姿はどうよ」
アルクの視線が動き、手にした剣を見る。それは白銀に輝く一振りの剣であり、今アルクが振るっているものと全く同じものであった。ハルが言葉を発する。
『はい、ナギサ。とても不思議な感じです。この姿では一切動くことが出来ないのでいつものようにアユムをサポートできるかわかりませんが、アビリティというものは使用できるようです』
今とは全然違うハルの口調に、アルクは驚愕する。もし体が自由に動くのなら飛び跳ねて叫んでいただろう。それは砕けた親密ないつもの様子でなく、どことなく無機質めいた何かを感じさせ、何故か少しばかりアルクを悲しい気持ちにさせた。
「これもテストの一環なんだって。人間以外の存在をこの空間に入れたらどうなるかって実験。最初は人としてプレイしてもらおうと思ったけど、ハルが少し嫌そうだったから剣にしたんだ」
『別に嫌と言う訳ではありませんが、それでは私の製造された目的を逸脱してしまう気がしたのです』
アユムの説明に、そんなもんかと呟くナギサ。更に少しばかり行くと見覚えのある祭壇が見えてきた。ナユタが歓喜の声を上げ、それを指さす。
「あっ、あそこじゃないかしら」
「本当だ、奥になんかいるっぽいね」
四人はそのまま奥に進む。あの開けた空間に巨大な獅子の獣が蹲っている。
「うっひゃあ、でけえ。本物みたいだ」
「まあリアルにあんなのいないけどな」
驚嘆するナギサの言葉に、トウヤがぽつりと呟く。四人が足を踏み入れると、獅子がその体を起こし、咆哮した。
「よく来た、冒険者たちよ。我は試練の獣ライオネル。世界を冒険せんと志すのであれば、まず我を乗り越えて見せよ」
その迫力に四人は身動ぎしながら構える。
「怖えぇ! しかも言葉喋ってるし」
「確かに凄い迫力だな」
「勝てるかしら。ねえ、アユム」
「うん、とにかく頑張ろう。ハルッ、行くよっ」
『ええ、サポートは任せてください』
そうして四人と一振りは、獣の試練を受けて立ち、己の武器を携えながら巨大な獅子へと駆けて行った。
目を開けると、そこは見知った天井だった。アルクは今見た不思議な夢の感慨に耽りながら、ぽーっと天井を眺め続ける。今の夢を見て、祖母が語ってくれたこの世界の創造の物語を思い出した。そして、その主人公の持つ一振りの銀の剣のことを。
『おはよう、アルク。どうした、今日は寝坊助だな? それに呆けた顔をしてるぞ』
「うん、おはよう。ちょっと不思議な夢を見たんだ」
ハルに話しかけられ、アルクは眼前に右手の腕輪を掲げながら答えた。
『夢、か。またラッドの夢でもみたか』
「ううん、今度は別の人」
『ほう、それは興味深いな。名前は憶えているか』
「……ううん、忘れちゃった」
『そうか、まあ夢だしな。仕方ないな』
ハルの呑気な声。それは夢で見たあの口調とはやはり全然違っていた。アルクはハルに先ほどの人物のことを尋ねるのが怖かった。さっきの世界は今感じている世界や、ラッドの夢とは全然違って見えた。特に夢でのライオネル。姿形は寸分たがわず同じだが、何故だかあの夢の中のライオネルはまるで生きていないような、張りぼてのように感じられた。それにアユム達のあの会話、あれはまるでこの世界が――。
「アルクー、起きてるー?」
パナシェの元気な声と共に、ドアが叩かれる。アルクはそれをきっかけにその考えを振り払うと元気よく声を出す。
「起きてるよー、パナシェ―」
「そう、よかったあ。珍しく起きるのが遅いから風でも引いたのかと思った。もう、朝ご飯出来てるよ。皆待ってる」
「うん、すぐに着替えていくよ。食堂で待ってて」
アルクはベッドから飛び出すと、パジャマから服に着替える。勢いよくドアをあけ放つと、皆が待つ食堂へと駆け出した。今はただ皆の顔が無性に見たかった。
ライオネルからカシスを冒険に連れて行って欲しいと頼まれてから三日が経った。翌日、アルクたちはライオネルにカシスが森に残ることを伝えた。獅子はただ頷き、すまないとだけ呟いた。
それからアルク達はカシスと共に日中はカヌレの森のレアな素材を一緒に集めたり魔物を狩ったりし、夜はトランプやボードゲームをして遊んだ。カシスもボードゲームが得意らしくライムと熱戦を繰り広げていた。より軍配が多く上がったのはカシスであり、序列のトップに躍り出ることになった。
この日もレアアイテム探しをしながら、昼はのんびりと外で昼食を食べ、日が暮れ始めたためカシスの家へ帰ることとなった。その途中カシスが足を止めると皆を呼び止める。
「ちょっと待って欲しいにゃん。今日はとっておきの場所に皆を招待したいにゃん」
そういってカシスはわき道にそれ、歩き出す。アルク達三人も顔を見合わせるとカシスに黙ってついていくことにした。途中陽が落ちて暗くなってきたので、ライムが光の精霊を呼び寄せ、その灯りを頼りに進む。やがて、少しばかり開けた場所に出る。その中央には地面より突き出た大きな岩が存在していた。
「こっちにゃん」
カシスはその岩に駆け寄ると、よじ登り始める。そして一番高い場所まで登るとアルク達を手招きした。促されるままにアルク達も岩によじ登る。四人乗れるか少しばかり不安だったが、上は足場も安定しており、四人程度なら治まるスペースがあった。
「ここがカシスのお気に入り?」
「そうにゃん。ライム、灯りを消して欲しいにゃん」
「わかったわ」
光の精霊に礼を述べると、光は粒子となって消えていった。急激に暗くなる視界。既に辺りは真っ暗闇となっていた。ふと空が明るいことに気付いたアルクは頭上を見上げる。そして思わず歓声を上げる。
「うわあ」
『大したものだな』
空には満天の星々が輝いていた。二つの月も今日は満月であり、煌々と輝いている。蒼い夜空に散りばめられた宝石のようなその光景に、皆が無言で見惚れていた。
「ここが一番星が綺麗に見えるにゃん。昔はよくお祖母ちゃんと一緒に星を見たにゃんねえ」
カシスが愛おし気に星を眺めている。祖母との懐かしい思い出を振り返っているのだろう。そんなカシスの横顔はいつもより少し大人びて見えた。
「昔、お祖母ちゃんが言ってたにゃん。生きとし生けるものは皆死ぬと星になるって。そして大切なものを見守るんだって……。だからカシスはお祖母ちゃんもお祖父ちゃんもお母さんも星になって見守ってくれてると思ってるにゃん」
「へえ、素敵だね」
「うん、とってもロマンティックね」
パナシェとライムもうっとりと星を眺める。そこでアルクはカシスの両親について初めて思い至る。話さないということはあまりいい話ではないのだろうか。そこでカシスはアルクの視線に気付き、その考えを察したのか自身の両親のことを語る。
「カシスのお母さんもこの森で生まれ育ったにゃん。でもある時お祖母ちゃんと大喧嘩して、森を出ていったにゃん。しばらくして突然戻ってきたときにはお腹にカシスがいたらしいにゃん。父親のことについてはお祖母ちゃんにも一切語らなかったみたいにゃんねえ。お母さんは恋愛脳のビッチだったから、大方どこかのボンボンと泥沼の恋をしたんだろうってお祖母ちゃんは言ってたにゃん。そんなお母さんもカシスを産んだ後、産後の肥立ちが悪くて死んじゃったにゃんけど」
カシスは苦笑まじりにアルク達に説明してくれる。
「だからカシスはお祖母ちゃんに育てられたにゃん。八歳まで一緒で、すっごく仲良しだったにゃん。お祖母ちゃんが亡くなってからも、おじちゃんがいたから寂しくはなかったにゃん」
再び星を見るカシス。
「お祖母ちゃんたちが星となって見守ってくれて、おじちゃんがいる。森の妖精たちもいるにゃん。だから、カシスは寂しくない」
カシスはアルク達に穏やかに微笑む。
「アルク達もそろそろ森を出て方がいいにゃん。アルク達がカシスのことを思って滞在してくれているのは知ってるにゃん。実際、ここ数日はとても楽しかったにゃんよ。でもあまり慣れ合うと互いに未練が出て来ちゃうにゃん」
アルクにはその時のカシスの表情が寂しげに見えた。楽しい日々が続く程別れもまた辛いものとなるのは今までの旅で分かっていることだった。
「そうだね、もうそろそろこの森を出ようと思う。ねえ、ハル」
『そうだな。必要以上の長居も互いによくないだろう』
アルクはパナシェとライムに視線を向ける。二人共想いはアルクと同じなのか、寂しそうな表情ながらも頷いた。
「また来るね、パナシェ。その時はオイラ達沢山お土産を持ってくるから」
「あの蜂蜜と同じぐらい美味しい物もいっぱいね」
「楽しみにしてるにゃん」
その後、四人は長い間岩の上で星を眺めながら語り合った。それはここ数日話したのと大差ない内容であったが、会話は尽きることなく静かな森の中で笑い声が絶えず響いていた。




