森での生活
希少種である琥珀蜜蜂の女王を討ち取り、それを妖精の里へと戻り報告したアルク達。その後は里の者総出で巣を解体し、蜂蜜を取り出していく。小唄交じりで陽気に巣を解体し里へと運ぶ様はお祭りのようであった。功労者であるアルク達にはひときわ大きな蜂蜜が入ったものが受け渡される。人間の頭部程もある、琥珀色の蜜を湛えた板状のそれをアルクは興味深くしげしげと眺める。
「これ、このまま食べれるの?」
『ああ、巣蜜というやつだ。蜜蝋で蓋をしてあるから、これが一番鮮度の高い食べ方だな』
「へえ」
「まあ、とにかく食べてみましょうよ」
「賛成―」
ライムがナイフで器用に切り取り、皿に盛ると皆へと渡す。アルクはさっそくそれを摘まむと恐る恐る齧った。途端に濃厚な甘さと爽やかな花の香りが口中に広がる。通常の蜂蜜よりもかなり甘い。だが、不思議とくどくなく感じるのは、その香り高さのお陰だろう。いくらでも食べられるのでは思わされる。
「これは……美味いね」
「言ったにゃん。カヌレ随一の名物にゃんって」
「うん、カシス。これ凄く美味しいよ。ねえ、ライム」
「ええ、これならフランちゃんも星三つつけるレベルね」
とろけるような蜜を堪能すると、ガムのように残る蜜蝋を口の中で楽しんだ。クエストの後の報酬であることを考えると、琥珀蜂蜜は一際美味しく感じられる。アルクはアイテムボックスから早朝に作った紅茶の入った魔法瓶を取り出すと、皆に配る。口に残る甘さを紅茶が清々しく流してくれた。そこへビリーが現れ、アルク達に礼を述べる。
「いやあ、アルクさん達のお陰で今年もこいつにありつけました。里の者も皆大喜びです。しかし、その若さで琥珀蜜蜂の希少種を倒してしまうとは大したものだ」
「カシスからもお礼を言わせてもらうにゃん。あれは流石にカシス一人じゃ無理だったにゃん」
「いや、僕たちもカシスがいてくれたお陰で助かったよ。あんなに色んな魔法をたくさん使えるなんて凄いね」
実際、アルクが使えるのは雷属性の魔法だけである。魔法において、属性とは絶対的に先天性な才能が必要とされる領域であると、アルクはハルの座学で教わった。そしてアルクは雷属性の一つだけということになる。一体カシスはどのくらいの魔法を使えるのだろうか。
「いやあ、大したことないにゃん。カシスは全部の属性を一応使えるにゃん。でも、お祖母ちゃんは火属性一つで世界を渡り歩いたにゃん。大事なのは練度にゃん」
『まあカシスの言うことにも一理ある。カイナの使う炎は本当に恐ろしい程だった。だが、属性は才能ということもまた事実だからな。全属性を扱える魔術師なら様々な状況に対応することも出来る。冒険者だったら引っ張りだこになるだろう。先ほど見せてもらった魔法はいずれも見せかけだけのものでなかったし、本当に大したものだ』
「にゃはは。褒められると照れくさいにゃんねえ」
そんなとき、里の女性がビリーの下へとやってきて、何事かを告げる。ビリーは頷くと、アルク達を昼食へと誘う。
「せっかく皆さんが我々の依頼を達成してくれたのに、報酬が現物だけというのも申し訳ない。昼食の準備が整ったので、是非食べていってください。大したものはありませんが、量だけはありますから」
冗談めかして笑うビリー。アルク達は今巣蜜を食べたとはいえそれは少量であったし、戦闘でお腹も空いていたので喜んでその申し出を受ける。アイテムボックスに琥珀蜂蜜を収納すると、ビリーに案内され家の前に置かれている木のテーブルにつく。ビリーの奥さんが家から現れると、テーブルに料理を次々に置いていく。ジャガイモを蒸かしたものや、カボチャのポタージュ、焼きたてのパンに野菜のピクルス、搾りたてのヤギの乳といったメニューだ。
「さあ、大したものではありませんが、どうぞ召し上がれ」
ビリーの奥さんに促され、アルク達はいただきますをすると、食事を始めた。穏やかな陽気に、野外で食べる家庭的な料理は美味く、アルク達を和やかな気持ちにさせた。その様子を微笑ましく見ながら、ビリーはこの里について語り出す。
「ここは何もありませんが、本当によいところですよ、アルクさん。土地は豊かだから少し田畑を耕すだけで、何倍も恵みを返してくれる。暇なときは皆で飲んで歌ったり、レスリングをしたり、釣りをしたりしてのんびり過ごすのです」
「へえ、なんだか毎日が楽しそう」
パナシェがその牧歌的な生活を想像したのか、うっとりとした表情となる。
「ですが、ここを見つけるまで我々の生活は地獄でした。労働力欲しさに領主に無理やり囚われて、森の民であるはずの我らが炭坑にて、穴の中で生活させられていたのですよ」
「酷いわね」
ライムがビリーの話に顔をしかめる。しかし、そう話すビリーの顔は穏やかだ。もはや乗り越えた過去ということなのだろうか。ビリーは再び口を開くと話を続ける。
「そんなときでした。紅蓮の魔女と名高きカイナ様が通りかかったのは。カイナ様は俗世に疲れ果て、伴侶であるクルス様と一緒に隠棲できそうな場所を探しておりました。カイナ様は最初我々を助ける気などなかったのです。しかし、縋りつき懇願する姿を哀れに思ってくれたのでしょう。我々を牢獄から解き放ち、追っての騎士団を焼き尽くした後で、我々をここへと導いてくれました」
「その時に出会ったのがおじちゃんにゃん」
「ええ、ライオネル殿もカイナ様に助けられて恩義に報い、この森への居住を許可してくださいました。そして、その後この里を興したのです。そして、カイナ様に縋りつき懇願した少年は今、こうして非力ながら里の長をさせてもらっているという訳ですな」
ビリーはカシスに目を向けながらににっこりと微笑む。それは、そこにカイナの面影を見ているかのようにアルクには思われた。
『そうか、なら今この森にあまりよろしくないらしい冒険者がいることは大層苦痛なことだろう』
ハルの言葉にビリーは真顔へと戻る。
「ええ。ですが、我々にはカイナ様がもしもというときに残してくれた場所があるのです。ここから更に奥まった場所に多重に結界を張ってある場所があります。そこにも有志として我らの同族が少数、いざという時のために生活基盤を整えています。カイナ様は死の間際に遺言してくださいました。カイナ様、そしてライオネル殿がいなくなり、弱く脆弱な我らを庇護するものがいなくなった際はそこに居を移せと。ただ、そこはここより少し不便で土地も痩せており、一度入ると我々も容易に出られなくなってしまう程強力な結界なのです。ですからここの生活を失わないためにも、今回も穏便に済んで欲しいですな」
『そうか、徹底しているな。流石カイナだ』
「まあ、今のところ探査の結界にも反応はないし、ここに入ってこれるだけの力量はないのかもしれないにゃん」
「そうだね、何事もなく済むんだったらその方がいいね」
隷属を逃れて、穏やかに暮らしている森の妖精族の生活が脅かされることが無ければいい。アルクは心の底からそう願った。
その後も昼食を食べながらの歓談はしばらく続いた。里を出る頃には森の木々がオレンジ色に染まっていた。アルク達はカシスの家へと向かう。途中カシスがライオネルに蜂蜜を持っていきたいと言ったため、アルク達も同行することになった。あの一際広い空間へと行くと、金色の獅子は最初に会った時のように優雅に寝そべっていた。
「おじちゃーーん」
「カシスか」
カシスの呼びかけに、目を見開くと顔を上げる。
「蜂蜜をもってきたにゃん」
「ああ、今年はまだ食べていなかったな」
「実は希少種が生まれてたにゃん」
「そうか、それで今年は持ってこれなかったか。ビリーの奴も遠慮する。言ってくれれば狩ってやったというのに。それで、アルク殿と一緒に討伐したと」
「そうにゃん。怒ったにゃん?」
「……いや、剣殿が一緒なら問題なかろう。カシスが世話になった。礼を言わせて欲しい」
ライオネルはアルク達へと向き直り、頭を下げる。
『気にするな、ライオネル。カシスは大したものだった。流石はカイナの孫だな。こちらが助けられたよ』
「まあ、カシスはカイナ殿から見ても天才らしいからな。カシス、アルク殿たちとの冒険はどうであった?」
「ん~、まあまあだったにゃん。はい、おじちゃん、蜂蜜にゃん」
カシスがアルクから事前に受け取っていた巣蜜をライオネルへ差し出す。カシスの両手に置かれた巣蜜を長い舌で巻き取る様にして一息で食べる。
「どうにゃん?」
「うむ、美味いな。希少種の蜜だからマナも豊富に含まれている。そうだ、カシス。今回の冒険を我に語ってくれないか」
「いいにゃんよ~」
ライオネルに乞われ、カシスは今回のクエストを楽し気に語り出す。それは多少脚色がされ、女王蜂の大きさは象程となり、カシスの魔法は百体ばかりの蜂を一瞬で蒸発させてしまっていたが、それを聞くライオネルは時折低くくぐもった笑い声を漏らしていた。
「まあ、ざっとこんな感じにゃん」
「大分脚色されてた気がするけど」
「あはは……。まあ、でも実際カシスの魔法はすごかったし。ねえ、アルク」
「うん、僕も魔法は使えるけど、ああはいかないなあ」
どや顔で胸を張るカシスにライムが突っ込む。パナシェは苦笑いしながらも、カシスの魔法を称賛し、アルクも同意する。ライオネルは穏やかな瞳で微笑むと、アルクをじっと見詰める。
「アルク殿、我は汝に頼み事があるのだが、聞いてもらえるだろうか」
「頼み事?」
「……カシスを一緒に連れて行ってはもらえないだろうか」
「エッ⁉」
ライオネルの言葉に驚くアルク。思わずカシスの方を見ると、何の表情も浮かべずにライオネルをじっと見ている姿があった。
「この子は天賦の才を持っている。それにここにはカシス以外の人間種は存在しない。もっと広い世界を見る必要があると我には思う。剣殿の所有者であるアルク殿がここに来たのはまたとはない機会だ」
「えっ、でも……」
『まあ、カシス程の魔法の使い手が加わってくれるなら心強い。だが、一番大事なのはカシスの気持ちだ。ライオネル、君がなんといおうとまずそれを確かめるのが一番最初だろう』
ハルの言葉に頷くと、ライオネルはカシスに向かって呼びかける。
「カシス。カシスは……」
「おじちゃん、唐突に何を言うにゃん。カシスは冒険者なんかにならないにゃんよ」
カシスは遮る様に笑顔で、ライオネルにそう告げる。
「だが、昔は……」
「それは子供の頃の話にゃん。今はこの環境に十分満足してるにゃん。黙ってもビリー達が食べ物持ってきてくれて、毎日本を読んで、一日三食昼寝付きのこの最高の環境を手放す気なんて無いにゃんよ」
「うーん、この駄猫」
カシスのぐうたらな発言に、ライムが呆れ声で呟く。アルクも思わず苦笑いしてしまう。
「カシスは嫌みたいだね」
『……まあ、そうだな。残念だが、本人にその気がないなら仕方がない』
ライオネルは首を少し下げ、カシスと目線を合わせる。
「カシスは我を……」
「これでこの話は終わりにゃんよ。今日は暗くなったから帰るにゃん」
カシスはライオネルの話を遮ると、一人家へ向かって駆け出していってしまう。取り残されたアルク達はライオネルを見る。獅子は困ったような表情でカシスの背を見つめていた。
『まあ、本人にその気がないのなら仕方がないな』
「いえ、剣殿。あの子は間違いなく冒険に、外の世界に憧れている。幼い頃はよくその夢を我に向かって話してくれていたものです。そして、その夢の枷となっているのは我なのです」
『随分愛されているじゃないか』
ハルの言葉に、しかしライオネルは首を横に振る。
「もし我が健在であれば、存分に留守を守り、カシスを待てるのであれば、あの子は気兼ねなく冒険にむかって旅立てたでしょう。それだけの気概と聡明さはある子です。しかし、我の寿命は最早それを許さない」
『寿命……。そうか、君は』
「カイナ殿に救われた時にはもう、ごっそりと削られていました。今の我はもって十数年。その半端な命があの子をここに縛り付けてしまっているのです」




