妖精の里
翌日の早朝。アルク達はカシスに案内され、森の妖精の里へと向かうことになった。
結局初日はお喋りのみで一日を費やした。途中昼食や夕食を挟み、後半はカシスをコテージに招いて、バトラーも話に加わることとなった。夜はカシスの家にベッドが人数分ないこともあって、結局はカシスがコテージの空き室に泊まることになった。
「さあ、こっちにゃん」
カシスが迷う素振りもなく、森の中を歩いていく。確かに目を凝らせば、他の場所より踏みならされた道らしきものはあるのだが、鬱蒼と覆い茂る草のため、よほど注意をしなければ見失ってしまうだろう。
暫く歩くと、人家らしき物が見えてくる。近づいてみると、それは人が住まう家にしては大分小さい。森の中にはそのような家が多く点在していた。中には大木の中を繰りぬき、窓や扉を取り付けたものまである。それを見たパナシェとライムが歓声を上げる。
「うわあ、ちっちゃくって可愛らしいねえ」
「本当ね。見事なまでに森の中に溶け込んでるわね」
そこで二人の幼い小人が、アルク達に気付いて駆け寄ってくる。昨日会ったビオとカヤだ。
「カシスお姉ちゃんだー」
「昨日の子たちもいるのー」
二人はカシスの周囲をぐるぐる回り始める。カシスはそんな二人をあやしながら、昨日のことについて説明してきた。
「昨日はこの二人があの近辺で遊んでたから、気になって見に行ったにゃん。お祖母ちゃんの結界も反応したから、少しばかり肝を冷やしたにゃんね。ちょうど二人に追いついたとき、アルク達もあの場に来たって訳にゃん」
「あんたもいきなり撃ってきたもんね」
「カシスにとっては初めての来訪者で少しテンパってたにゃん。ごめんにゃさいだにゃん」
ライムの指摘に、カシスは頬をかきながら謝罪する。ライムもそれ以上追及する気はないらしく、小さく手を横に振る。
「まっ、もう済んだことだから別にいいけど」
「おや、これはカシス様。今日はお友達と一緒ですかな」
一人の老人が、そう声を掛けながら近づいてきた。頭髪も長い顎髭も真っ白であり、杖をつきながらゆっくりと歩いてくる。その身長はアルク達とあまり変わらない。
『森の妖精族はいわゆる小人という種族だ。その成人の身長はアルクの身長とあまり変わらない』
ハルがアルクの疑問にそう答えてくれる。確かに外を出歩く里の妖精たちの中に、アルクの身長を越えるものは見当たらない。
「ビリー、今日はアルク達にこの里を見せにきたにゃん。でも、アルクの持つ剣のハルさんは、おじちゃんと古い友人だから安全にゃん」
「ええ、私も昨日ライオネル殿からお聞きしました。カシス様、昨日はカヤとビオがご迷惑をお掛けして申し訳ありません。いくらこの森が比較的安全とはいえ、あまり外へは行かないようにとは言いつけているのですが。お聞きした冒険者のこともありますし、きつく言いつけておきました」
「大丈夫ー」「もう行かないー」
双子が呑気にそう頷く。その気軽さに果たして本当にきつく言いつけたのだろうかと、アルクは少しばかり疑念を抱かざるを得なかった。ビリーは、アルク達に向き直ると自己紹介をする。
「カシス様の御友人方、私はこの里の長をやらせて頂いておりますビリーと申します。この里は何もありませんが、ゆっくりと寛いでください」
アルク達もビリーへと自己紹介を行う。そんな時、カヤとビオがビリーの袖を引く。
「どうした、お前たち?」
「爺―、アルク達冒険者―」「依頼、するー」
「こらこら、アルクさんたちはお客さんなのだぞ。アレは今回は我慢しなさい」
ビリーが子供たちを窘める。アルクはそんな二人の依頼とは何だろうと思い、カシスを見る。しかし、カシスも思い当たる件がないらしく、首を傾げていた。
「なんなんだろうね、ハル」
『さあな。だが冒険者として頼みたいことがあるらしい。話ぐらいは聞いてみてもいいのではないか。ライオネルの試練も受けれないことだしな』
アルクは頷くと、村長に何事かを尋ねることにした。
「ビリーさん。僕たちも冒険者なので可能なことであれば、お受け出来ますが」
「しかし、アルクさん達は大恩あるカイナ様の孫娘であるカシス様の御友人ですから、何かあったら」
『大丈夫だ、問題ない。アルク達はそんじょそこらのクエストでどうにかなるような、柔な鍛え方はしていない。まずは話を伺いたいのだが』
「今のは剣の方とやらですな。ううむ、ではそういうことなら」
悩む素振りを見せるビリーであったが、ハルにそう促され、一つ頷くと口を開き始めた。
「実はこの森には琥珀蜂という魔物が生息しているのです。そして我々は毎年里の者総出で、その蜜を採取しているのです。奴らはすばしっこく、獰猛。だが火に弱いので里全体で当たればなんとかなっていたのです。しかし、今年は希少種が生まれてしまいましてな」
「希少種が?」
「ええ。希少種が生まれると、そいつが女王となり、指揮系統が格段に上がってしまうのです。他の群れにまで影響を及ぼし、森全体の巣を防衛するのです。故に今回蜂蜜を採取しようして手痛い反撃を受けてしまいました。幸いなことに死者は出ませんでしたが。まあ希少種は何故か越冬が出来ないので来年以降は何とかなるのですが、今年は蜂蜜は諦めようと皆で話していたのです」
「にゃぁああーー」
それまで、うんうんと頷きながらビリーの話を聞いていたカシスが突然叫び声を上げる。
「そういえば今年は蜂蜜を一度も口にしてないにゃん。いつ出るかって楽しみにしてたのにっ!」
カシスがそういうことだったのかと無念そうにそう叫ぶ。アルクはそのカシスの残念そうな様子に琥珀蜂の蜂蜜とはどういうものなのか興味が湧く。
「ハルはその蜂蜜知ってるの?」
『ああ、琥珀蜂は魔物だから通常の蜂よりも多くマナを取り込み、蜜へと混ぜるんだ。だから、通常の蜂蜜より遥かに芳醇で香り高い蜜が出来る。蜂蜜の中では最高級グレードの物だな。琥珀蜂自体がレアモンスターなので、非常に稀少な物だ。他の生息地ではその土地の領主などががっちり抑えているから、一介の冒険者が気軽に手に入れられるものではないな』
「へえ、美味しそうだねえ。ねえ、ライム」
「そうね。それを聞くと食べたくなっちゃうわね」
パナシェとライムが、興味をそそられたらしく、アルクに期待の視線を向けてくる。アルク自身もそれが無茶でないクエストなら、別段受けても構わないと思っている。それで人の為になるのならば冒険者冥利に尽きるというものだ。
「美味いにゃん。琥珀蜂蜜はカヌレの森随一の名物にゃん。是非、アルク達にも食べてもらいたいにゃん。というわけで、依頼を受けて欲しいにゃんよ。カシスも当然手伝うから大丈夫にゃん」
カシスも気合十分とばかりに拳を掲げながら、アルクへそう頼み込む。
「ハル、その琥珀蜂っていうのは」
『まあ、単体での戦闘能力は大したことない。討伐ランクはEだ。しかし、問題は数だな。まあ、森の妖精たちに死者が出なかったということは、それも大したことではないとは思うがな。まあ、駄目なら引き返せばいいだけだ。受けてみたらどうだ』
「そうだね。ビリーさん、この依頼お受けします」
「おお、受けてくださいますか。成功すれば里の皆も喜びます。ですが、皆さまの安全が第一ですからくれぐれも無理はなさらぬよう」
ビリーはそう言い、頭を深々と下げる。少女たちは既に蜂蜜に心奪われているのか、ウキウキとした様子ではしゃいでいる。
「蜂蜜かあ。昔師匠とよく取ったなあ。蜂の子もまた美味しいんだよね」
「……まあ、幼虫はともかく甘味は乙女の必修科目よ。その琥珀蜂蜜、絶対ゲットしましょう」
「味はカシスが保証するにゃんよ。あの濃厚なのにくどくない甘さは一度食べたらやみつきにゃん」
こうして、アルク達は琥珀蜂蜜を求め、琥珀蜂の稀少種を退治することになったのであった。




