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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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ライオネル


『ああ、久しぶりだな、ライオネル。この子はアルク。ラッドの孫だ。隣の少女達はパナシェとライムだ。共に旅する仲間達だな』


 ハルは獅子の名を呼びながら親し気に話しかける。ライオネルと呼ばれた獅子は、その言葉に頷くと、アルクに優しそうな瞳を向ける。


「アルク殿、パナシェ殿、ライム殿。お初お目にかかる。我はライオネル。かつて、ここにて冒険者を志す者たちに試練を与えて、勝利と引き換えに財と祝福を与える役割を担った者だ。と言っても、世界の形も大分変ってしまい、我の存在すら知る者は少なくなってしまったが」

「よろしくお願いします」


 ライオネルの理知的な態度に、三人は先程までの警戒心が一瞬にして解ける。ビオとカヤが笑いながら、いつの間にかその太い尾へとまとわりついていた。ライオネルはそれをゆっくり振りながら、二人をあやしている。


「ここに来られたということは試練を受けに来られたか」

『ああ、どうせ通りかかるなら一つ君に揉んでもらおうと思ってな。前に来た時も退屈で仕方がないと話していたしな。頼めるか』

「むぅ、あの時の我であれば諸手を上げて歓迎したのだが……」


 言い淀むライオネル。すぐさまカシスがそんなライオネルを庇うようにその前に立った。


「おじちゃんはもう戦える体じゃないにゃん」

「……すまない。剣殿」


 頭を下げて、ライオネルは謝る。その声には本当に申し訳ないといわんばかりの忸怩たる思いが込められていた。


『ここに来た時、前回いなかったカイナの孫のカシスがいたり、森の妖精族がいたりと不審に思ったが、やはり何かあったのか』

「ラッド殿がここを去られてから暫くして、一組の冒険者が我を捕獲せんとここに訪れたのです。珍獣を集めるのが趣味の有力貴族の依頼で来たと話しておりました。性根は腐りきっておりましたが、その腕は本物で自らをAランクと称してましたな。悔しいながら我は敗れ、命辛々逃走しました。追跡から身を潜めているときに出会ったのが、カシスの祖母で紅蓮の魔女の異名を持つカイナ殿でした。カイナ殿はご夫婦で世界をさすらっている際に森の妖精族が迫害されているのを救い、彼らの安住の地を探し、ここに来たのです。我とカイナ殿は協力し、その冒険者たちをなんとか撃退できました。ですが一連の戦いで力をごっそり削られてしまい、最早試練を行うにはふさわしくない存在となってしまった」

『そうか、ラッドとここを出てからそんなことが……』


 ハルが静かに呟くと、ライオネルもまたその瞳に悲しさを湛える。


「ラッド殿のこともカイナ殿からお聞きしました。残念なことです。優れた御仁だった。世界を救う偉業を成し遂げたとはいえ、その代償が命とはやるせない」

『ああ、本当に……。だが、今はアルクがいる。ラッドとマーサの血と意思を受け継いだ、私の自慢の所有者だ』


 ハルが明朗にそうライオネルに告げる。獅子は小さくくぐもった笑い声を漏らすと、再びアルクをじっと眺め、そしてその視線をカシスへと移す。


「剣殿とは長い付き合いですが、昔はやたら所有者の自慢話をする姿を不思議なことと感じていました。世界に仕えるために創造された我にとっては、特定の個人に想いを抱くというのがあまりぴんとはこなかったのです。ですが、今はその気持ちが我にも理解できる」

『そうか、君も色々あったのだな』

「ええ、ただひたすらに世界から与えられた役割をこなすことしか頭になかった我にとって、この数十年は、とても充実していたように思えます。満たされるということはこういうことなのかと、まるで子供のように驚嘆しました」


 しみじみと呟くライオネル。ハルはそんなライオネルを慮りながら、ライオネルに村で聞いた話を伝える。


『だが、この森に一組の冒険者が入ったらしい。近くの村の村長の話だと、容易く人を傷つけるいかれた男とのことだ。その話を聞いたときはこの森を迂回しようと思ったのだが、アルク達が君を心配してな』

「そうですか。誠に忠告痛み入る。だが、幸いにも我にはカイナ殿から託された魔具や結界がある。いざという時は安全圏に逃げ込めると思います」

『そうか。君がそうまで言うなら安心だな』

「ええ、カシスや森の妖精を守るには十分の用意はしております。剣殿はこれからどうされるのです。すぐ旅立たれるのですか」

『うーん、ひとまず君が安全かどうか尋ねに来たようなものだからなあ』


 ハルがライオネルの問いに、困ったようにそう話す。


「では、取り敢えず滞在されては如何か。この近くには森の妖精たちの住む里もあります。いざというときはカイナ殿の用意された結界で身の安全も図れましょう。剣殿の権能があれば、件の冒険者たちとも会わずに済ませることも容易いのでは?」

『と、いう話だがどうするアルク』

「うーん」


 アルクは悩みながら、ライオネルを見る。その巨大な獅子は懇願するような表情でカシスとアルクへとその視線を向けてきた。仲間たちの表情を窺うと、二人は曖昧に頷くのみである。


「じゃあ、少しばかり滞在しようかな」

「おお、そうですか。それは良かった。では是非カシスの家に寝泊まりするといい」


 ライオネルはアルク言葉を聞き、歓喜する。カシスもそのライオネルの態度を受け、アルク達を自らの住居へと誘った。


「まあ。アルク達が寝泊まり出来るぐらい設備はあるにゃんよ。おじちゃんも昔話をしたいみたいだし、アルク達が泊まってくれるとありがたいにゃん」

「よろしくね、カシス」

「まあ。世話もなるんだから不躾な態度は取れないわね。お婆に怒られちゃうしね……。まあ、よろしく、カシス」


 カシスの言葉に、パナシェとライムも少し打ち解けた様子となる。


「では、我は妖精たちにその冒険者のことを警告しに行くとしましょう。カシス、アルク殿達を頼む。我はビオとカヤと共に妖精達の里へと行く」

「任せるにゃん、おじちゃん。カシスがお姉さんとして、ちびっ子どもを完全にホスピタリティしてみせるにゃん」

「あんた、いつまでそれ引っ張んのよ」


 ライムが堪らず突っ込むと、それを聞いたライオネルが陽気に笑う。


「ライム殿。カシスは祖母以外の人間族と触れ合ったことがない故、少々舞い上がってるのだ。決して悪気はない。いい子のなので大目に見て欲しい」

「あっ、うん。そういうことなら……」

「あー、おじちゃん。ここで保護者ぶるのはなしなのにゃん」


 カシスが慌てたようにライオネルを制止する。その顔は照れているのか、少しばかり赤い。くつくつと笑いながら、「また」と去っていくライオネルを睨み付けると、照れくさそうにアルク達を自身の住居へと案内する。


「こっちにゃんよ」


 少しばかり歩きいたところに、カシスの家はあった。質素な茅葺の家だが、手入れはしっかりと為されており、みすぼらしいところはまるでない。


「さあ、入るにゃん」

「うん、お邪魔するね」


 カシスに促され、皆で家へと入る。家の中も調度品などは非常に簡単な作りの物で賄われていたが、全体的に統一性があり、少しも乱雑な印象を与えないものとなっていた。魔女と呼ばれるだけあってか、大量の魔導書らしきものが多く本棚に収まっており、玄関にまで置かれている。カシスはリビングへアルクたちを案内すると、テーブルへと促す。


「さあ、上座へどうぞにゃん。カシスはお姉さんだから、こんな気遣いも余裕にゃんよ」

「あんたって子は」

「あはは」


 冗談めかして言うカシスに、ライムも仕方ないとばかりに溜息をつく。パナシェもそんな二人の様子が愉快そうに笑う。少し待っててと告げたカシスは奥へと引っ込み、しばらくするとティーカップを複数、お盆に乗せてやってきた。


「お祖母ちゃん直伝の香草茶だにゃん。とりあえず飲んで欲しいにゃん」


 カシスが皆の前にティーカップを置く。アルクはそれを手に取り、匂いを嗅ぐ。甘く香しい花の匂いに陶然となるアルク。飲むと自然と気分が和らいだ気分となる。パナシェとライムも同様なようで、カップを啜ると深く息をついた。


「食事はこの森の中にある簡単なものしか用意できないにゃん。まあ、それでも美味さはカシスが保証するにゃん。お風呂はないけど、望むなら湯も用意するにゃん。でもお祖母ちゃんから聞いた話だと……」


 そこで、おずおずとアルクの腕輪を窺うカシス。それを見たライムはニヤニヤとしながら、アルクの肩を叩く。


「ねえ、あんた。お風呂って入ったことある? 沢山の湯を使って、そこに体全体をつけるのよ。気持ちいいんだから」

「失礼にゃ。……カシスだって妖精達に用意してもらって、週に一度は入っているにゃん」

「まあ、あたし達は毎日入ってるもんねえ。ねえ、パナシェ」

「えっ、うん。まあ、そうだね」

「ぐぬぬ」


 ライムから急に振られた話に、咄嗟に頷くパナシェ。カシスは悔しさから歯ぎしりをしている。尻尾もゆらゆらと揺れていた。カシスも女の子だから風呂には関心が強いのだろうか。


「そうだ、後でカシスも一緒に入ろうよ。ハルさんの権能を知ってるんだから、別にいいでしょ、アルク」

「うん。いいと思う」

「ありがとにゃん。アルクとパナシェはライムと違っていい子にゃん」

「あんたに言われたくないわよ」

 

 そんなやり取りを見たハルが、愉快そうに笑い声をあげる。


『すぐに打ち解けたようだな。やはり子供というのは素直でいい。まあ、何にせよせっかくこうして出会ったんだ。滞在中は存分に友誼を深めるといい。ラッド達もカイナとは少しばかり旅を共にしたことがあるからな。その孫たちがまたこうして出会うというのは、私にとっても感慨深い』

「だから結構詳しいんだ」


 アルクは、カシスがラッドの名前を聞いたときにハルの存在にまで言及したことを思い出した。カシスもアルク同様、祖母から冒険譚を寝物語に聞かされていたのだろうか。


「そうにゃん。お祖母ちゃんも冒険者の連中は消し炭にしてやりたい奴が殆どだったけど、アルクのお祖母ちゃんたちとは結構気が合ったって言ってたにゃん」

「お祖父ちゃんは?」

「燃やしても燃えないような男だって言ってたにゃん」


 その言葉で両者がどういった関係であったのか、アルクは想像がついた。心の中で苦笑していると、カシスがすこしばかり恥ずかしそうにしながら、アルク達にお願いをしてくる。


「にゃぁ、カシスは外の世界に行ったことがないにゃん。さっき、おじちゃんが言ったけど、お祖母ちゃん以外の人間にも会ったことがないにゃん。だから、もしよかったら外の世界の話を聞かせて欲しいにゃん」


 その言葉に先ほどのライオネルの懇願したような表情を思い出す。アルク達に滞在を求めたのは、このためなのだろう。ハルもその想いに応えたいのか、アルクに話しかけてくる。


『アルク』

「うん、わかってるよ。いいよ、カシス。僕たちで話せることなら」

「本当にゃん! じゃあ、カシスは最初は人間の街や村っていうのがどういうところなのかが聞きたいにゃん。一応本では読んだ知識はあるんにゃけど……。それと、アルク達のしてきた冒険の話も聞きたいにゃん!」


 ピコンと勢いよく耳を立て、好奇心に目を輝かせるカシスに、アルク達はゆっくりと自分たちの住んでた場所のことや、今まで行ってきた冒険の話を語っていった


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