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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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カヌレの森


 森の中は静寂に包まれていた。時折、鳥の甲高い鳴き声が響くのみだ。森の中は人の手が全く入っていないためか、鬱蒼と覆い茂る木々に陽光は遮られ、ほの暗い。だが日中であるためか、灯りを必要とする程ではなかった。マップを確認しながら進むが、今のところ魔物との遭遇もない。


「静かだね」

「うん、ちょっと怖いぐらい」

「何にせよ、気を付けて進みましょう」


 アルクを先頭に、森の中をただ進む。ただ木々が延々と立ち並ぶ森であってもマップは

進むべき道を明確に示してくれる。アルク達が地面を踏みしめる音だけが聞こえてくる。時折、木の根や石などに足を取られ、アルクは度々転びそうになった。それを見かねたライムが自ら先頭へ行くと申し出た。


「大丈夫なの?」

「うん、あたし半分エルフだし。こういう場所は結構得意なの」

『エルフは森の民だ。こういう場所での行動は誰よりも優れている』


 ハルの説明に、アルクは納得する。そしてライムに先頭を任せることにした。


「任せておいて。もし魔物が近くに出るようなら、教えて頂戴ね」


 ライムを先頭にして、一同は再び歩き始めた。すると、確かに歩きやすさが格段に上がる。先ほどまでは草木に隠れてゴツゴツした石や隠れた木の根に足を取られていたが、今はあまりそういうものがない道を進んでいた。


「あ、パナシェ。そこの木の根、すこし尖ってるから気を付けて。刺さるわよ」

「うわっ、本当だ。危ないなあ。踏むところだったよ」


 パナシェがライムの注意で目の前の木の根を寸でのところで避ける。アルクはその観察力に感心した。アルクも注意して周囲を警戒するが、ライムの半分も気付けていないからだ。


「すごいなあ、ライムは」

「いや、まあ生まれ持ったものだからねえ」

「それでも凄いよ。現にライムのお陰で、足に木が刺さらずにすんだもん」


 ライムは二人の賛辞に、照れくさいのか曖昧に笑う。そうして歩くこと数時間。陽が落ち始めてきたのか、周囲がだんだんと暗くなってきた。


「ランタンを使う?」


 アルクはそうハルに尋ねる。そうすれば、まだまだ進むことは出来そうだ。


「あっ、ちょっと待って。ちょうどいい子が。お願いね」


 ライムがアルクを制止し、宙にむかって話しかけると、淡い光がぽうっと浮かび上がる。


『光の精霊だな。精霊魔法というやつだ』

「へえ、こんな事できたんだ」

「まあハルに教えてもらいながら色々ね。こう見えて半分エルフだし。せっかく冒険者になったんだから、戦力になりたいし自主練してたの」


 そう話しながら、微笑むライム。ハーフエルフという自分の出自を忌避する姿はそこにはもうない。ライムが光の精霊と共に先導し、暗くなってきた森の中を進む。いつしか昼には聞こえなかった鳥の鳴き声が聞こえ、ときおり遠くで枝を踏みしめながら遠ざかっていく獣の足音もする。


『さすがに暗くなってきたな。これ以上は光の精霊がいるからといっても危険だ。今日はもうコテージへ戻ろう』


 ハルが一同にそう告げる。三人は一斉に頷いた。広大な森をひたすらに歩いたため、皆疲労だけでなく精神的にも摩耗していた。「ありがとう」とライムが光の精霊に呼びかける。すると、光の粒子となって宙へと溶け消えてしまった。


『では戻ろうか』


 アルク達はコテージへと戻り、今日一日の冒険を終えることとなった。




「ふう、さっぱりしたあ」


 アルク達はあの後、すぐ入浴をすることにした。最初に女性陣が入り、男のアルクは最後という割り振りだ。別に汚くはないと思うが、皆の提案でこういう順序となっている。大人になれば解るとはハルの言葉だ。だが、アルクは面倒くさいから、コテージも男と女に分かれていればいいのに、と少しばかり思うのであった。それはキャパシティ的に無理だとういうことは解っているのだが。


「あっ、アルク。終わったんだ」

「今日のご飯はカレーですって。手伝おうと思ったんだけど、休んでくださいって言われてね。だからこうして時間を潰してるってわけ」


 アルクが入浴を終え、エントランスに出ると、そこではパナシェとライムがソファーに座り、テーブルの上でオセロをして遊んでいた。飄々としたライムに対し、パナシェは少しばかり悔しそうな表情だ。


「ライムは強いねえ」

「まあ、あたしはお兄やお姉に一通り鍛えられたからね。こういったのは結構得意なのよ」


 ライムは謙遜するように肩を竦める。パナシェは助けを求めるようにアルクを見た。


『どうする、アルク』

「あんまり自信はないんだけどなあ」


 しかし、パナシェの訴えに耐えきれず、ピンチヒッターとしてライムとオセロをすることになった。しかし、結果はやはり惨敗。アルクも一勝も挙げることは出来なかった。期せず熱中している内に、バトラーがカレーが出来たと知らせてくれ、オセロは中断される運びとなった。

 食堂に行くと、香辛料の香しい匂いがアルク達の食欲を刺激してきた。それに伴い腹の虫も刺激される。急いでテーブルに着くと、バトラーがアルク達の前に、カレーライスとサラダが置かれた盆を置く。三人に行き渡ったところで、いただきますと三者三様にカレーライスを貪った。カレーは三人共が好物にあげるあたりメニューの一つであり、今日も当然のように一皿目を食すのに黙々と没頭する。バトラーもそんな子供たちの反応を熟知しており、カレーの日はいつもより多くご飯を炊き用意してくれている。


「バトラー、おかわり」

「あっ、オイラもっ!」

「あたしもいいかしら」


 ほぼ同じタイミングで差し出される皿をバトラーは受け取ると、食堂に持ってきたワゴンから鍋の蓋を開け、ご飯やカレーをよそう。差し出されたおかわりをアルクとパナシェは三皿食べ、ライムは二皿平らげた。


「はあ、美味しかった」

「やっぱカレーは最高だね」

「少し太っちゃうかも」


 満腹の腹を抱えて、三人は食堂でくつろぎのひと時を送る。そして、食後に入れてくれたコーヒーを啜る。 今日一日の緊張感など、吹き飛ばすように三人は食堂にて唯だらける。今日は村長から聞いた危険な冒険者らしき者はマップでも、その範囲に捉えることはなかった。アルクたちはそのことに強い安堵を覚える。村人をためらいなく斬ったとの話を聞いて、もし遭遇してしまったらというプレッシャーを常に覚えていたのだ。


「でも、その冒険者って何者なんだろうね。それに奴隷を連れているって」


 アルクは疑問に思い、ハルに尋ねる。


『まあ、冒険者にも色々いるからな。おおかた、この帰らずの森の稀少アイテムを探しにきたのだとは思うが。それと奴隷についてだが、スーラでも奴隷制は廃止されているし、法では禁じられている。表向きには、な』

「どういうこと?」

『スーラでは債務者に奴隷的な拘束をすることは禁じられていないのだ。そこに穴がある。そしてその穴は意図的に開けられていると言っていいだろう。奴隷を必要とするものは、奴隷にしたいものに、必要でなかろうと形式的に書類で多額の借金を背負わせる。そうすれば債務者という名の奴隷が手に入るのだ。そしてその制度を支える外道たちもいるという訳だ』

「そんなのが通るの?」

『良識持つ者からは指摘はされてはいるがな。スーラという国がそこまで成熟していないということだ。正さねばならない悪法がまかり通ってしまっている』

「酷い話ね」


 ライムがやりきれないとばかりに呟き、パナシェもうんうんと頷く。


「でも、冒険者に奴隷って必要なの?」

『奴隷は裏切れないからな。ある意味一番信用できる仲間という訳だ。背後から刺される心配もない。そう目論んだ奴隷は行動した瞬間、奴隷となった瞬間組み込まれた魔術拘束で絶命するからな。そういった形でだから信用はあっても、信頼というものは一切欠如してはいるがな』

「なんだか、哀しいね」


 そんな関係の者と一緒に行動して楽しいのだろうか。共に行動してわくわくするからこそ仲間として同じ場所を目指すのではないのか。アルクにはそれが理解できなかった。


『私の所有者がそう言えるモラルの持ち主で、私は本当に幸福だと思うぞ、アルク。絶対に分かり合えないということは確かにあるが、しかし人という生き物が持つ普遍的なというものも確かにある。願わくば君たちがそこから逸脱しないことを私は願う』

「うん、僕も奴隷を持ちたいなんて絶対に思わない。ずっと、これから先も」

『そうだな。難しい話となってしまったな。今日は疲れただろう。特訓も今日は辞めて、寝るといい』


 ハルにそう促され、アルクたちはそれぞれ部屋へと引き上げることになった。洗面所で歯を磨き、パナシェとライムに別れを告げると、部屋へと帰る。布団の中に入っても、先程の話が頭の中に渦巻いている。正義や悪ってなんなんだろうか。そう考えても答えは出ずに、いつしかアルクは夢の中へと入り込んでいた。




 次の日、アルク達は早朝にコテージを出た。まだ森は薄暗かったが、視認出来ぬほどではない。朝の冷えた大気がしっとりとアルク達の肌を濡らす。暗い森の中を、ハルの誘導に従って進みだす。魔物を避け、ライムを先頭にひたすら歩くと、マップに反応が現れる。その瞬間アルクは、緊張から心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じる。相手の反応は黄色であり、真っすぐこちらへと向かって来ている。何らかの方法でこちらへと気付いている様子だ。数は三人。アルクはパナシェとライムに警戒を促す。


「この先に三つ、反応がある。気を付けて」


 アルクの警戒をきっかけに、三人はそれぞれ獲物を構える。相手の反応を窺うと、アルク達の進行方向で、立ち止まった。どうやら待ち構えているらしい。アルクは再び先頭をライムと変わる。


『後もう少しで目的地なのだが。村長の話だと件の冒険者の数は四人だが』

「じゃあ、魔物か何かかもしれないよね。それにハルの友達も心配だし、行こうよ」

『……気を付けるんだぞ』


 アルクは頷くと、後続の二人に合図しゆっくりと歩き出す。相手は立ち止まったままだ。互いの距離が縮まり、やがて少しばかり開けた場所へと出る。相手の反応が黄色のままであることを確認したアルクは、物陰から相手の姿を探し、周囲を警戒する。その瞬間――


「うわっ」


アルクの前方に火の玉が放たれ、轟音とともに穿たれる。


「撃ってきたね」

「あのイカレタ冒険者かしら」


 パナシェとライムも、警戒を露わに周囲を索敵し始める。すると、森に甲高い女性の声が響き渡った。


「我こそは紅蓮の魔女カイナ。ここはわが住処である。踏み犯す無礼者は灰となっても文句は言えぬぞ。早々と立ち去るがいい」







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