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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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プロローグ


 川の流れに乗って、垂らした釣り針が絶えず揺れる。その周りを魚の影がうろつくが、何故か食いつくことはなかった。辛抱強く待つと、隣から歓声があがる。


「やったあ、また釣れたっ」

「やるじゃない。あっ、あたしも」


 アルクがそちらへ視線を向けると、二人の少女がほぼ同時に魚を見事に釣りあげていた。互いにはしゃぎ合い、ハイタッチを交わす。


「パナシェ凄いじゃない。これで四匹目でしょ」

「ライムも凄いよ。ライムの三匹、全部オイラのより大きいもん」


 無邪気な会話に、しかしアルクは少し歯ぎしりをする。何故なら、まだ一匹も連れていないからである。以前、セゾンたちと釣りをした際には、それなりに釣れた記憶があった。そのため、周囲の木々から木漏れ日の差すちょうどよい川を見つけたため、二人を誘い釣りをすることになったのだ。しかし、結果はこのざまであった。


「アルクは釣れた?」


 パナシェが無邪気にそう問いかける。アルクはどう答えようか悩んでいるとき、釣果ゼロでも泰然としているセゾンの姿を思い出した。竿から手を放し、適当な本をアイテムボックスからさりげなく取り出すと、これみよがしに開く。


「やっぱさ、釣りってこうやってのんびりできるっていうのが、一番いいことだね」

「アルク、引いてるわよ」

「えっ、嘘ッ⁉」


 ライムの指摘に、自分の釣り針を見ると、確かに引いている。アルクは本を放り出すと、勢いよく釣り竿を引いた。


「よしっ。ん?」


 釣り針には食用にはどう考えても適さない、まだ小さな魚が食いついていた。


「わあっ、可愛い」

『流石にこれは食べるのが躊躇われる。リリースだな』

「……そうだね。でも、ようやく食いついたし、これから……」

「ねえ、もう魚も大分釣れたしお昼にしましょうよ」

「わあ、賛成―」


 パナシェとライムは釣った魚の入ったバケツを持って、整地した野営地へと行ってしまう。アルク一人残るわけにもいかず、仕方なく釣り竿をアイテムボックスへ収納する。自信満々に言い出した張本人が何も釣れなかった事実に、少しばかり気落ちしてしまう。


『まあ、前のはビギナーズラックだったな。何事も鍛錬あるのみだ』

「バーチャルでも釣りって出来るの?」

『……まあ、出来ることは出来るが。釣りも身持ちを崩しやすい趣味だからな。冒険を疎かにしてはいけないぞ』

「うん、わかってる」


 頷きながらアルクは、今度一人で隠れて練習することを心に決めたのであった。




 腸を抜き、塩をまぶし串に刺した魚が、起こした焚き火でパチパチと焼けている。皮が香ばしく焼け、脂がしたたり落ちる。その匂いにアルク達は思わずゴクリと唾を呑みこんだ。


「もういいかな」

『ああ、もう充分焼けただろう』


 ハルが焼き具合にGOサインを出すと、アルク達は串を手に取り、焼き魚へと齧り付く。


「ん~、美味しいねえ。お魚さんは美味しいから偉いねえ」

「まあ、魚もあたし達に食べられるために美味しい訳ではないでしょうけど。でも、こうやって釣ってその場で食べると一層美味しいわね。アウトドアの醍醐味ってやつね」


 アルクもたき火で焼かれた香ばしい皮ごとその白い身を、パリッと音を立てて齧り付く。そんなアルクにパナシェが再び無邪気な笑みで尋ねてきた。


「アルク、オイラたちの釣った魚美味しい?」

「う、うん。凄く……美味しいです」

「ま、まああたし達はパーティーなんだから、得た成果は分かち合うもんでしょ。アルクもそんな落ち込んだ顔しないの」


 アルクが心に少しばかり傷を負ったが、魚は大層美味く、三人の昼食は和やかに過ぎていった。

 



 食休めとばかりに、三人は先ほどの川のほとりまで戻る。ライムが靴を脱ぎ、冷たい川の水にその足を入れた。


「くぅ~、冷たくて気持ちいいー。二人もやってみなさいよ」


 ライムに促され、アルクとパナシェも同様に足を川につける。川の水は驚くほど冷たく、そして心地よかった。陽気というには少しばかり暑い気温に、その冷たさは汗ばんだ体を優しく冷ましてくれる。


「ふう」

「ふわぁ、気持ちいいねー」


 二人もライムと同様、その心地よさに声が漏れる。その心地よさに三人はしばらく足を川の流れに任せる。


「もうほぼ夏って感じね。これからもっと暑くなるんでしょ。たまらないわね」

「オイラもあんまり暑いのは得意じゃないんだよねえ。アルクは」

「んー、別に苦手ではないかな。得意でもないけど」


 村にいたときはどれだけ酷暑でも農作業はさぼれなかったので、ある意味耐性はついていた。


『この調子だとアデルハイドには秋になる前には着けそうだな』

「この先にある森を突っ切るんだよね」

『ああ、この先はカヌレの森というんだが、別名、帰らずの森と呼ばれていてな。地層が少々特殊で、通常のコンパスなどだと狂ってまともに動かないんだ。それに住んでいる精霊の力も加わって、入ってくるものを惑わすため、帰らずの森と呼ばれている訳だ。常に正しい位置を示してくれる魔道具などが無いと、十中八九迷ってしまうだろうな』

「ハルさんのマップなら問題ないんだね」

『ああ、前回はラッドとこの森に来たからな。その時も問題なく通り抜けられたぞ。それほど強力な魔物はいないし、通り抜ければアデルハイドとの国境はすぐそこだ。それにあの森には私の古い知己がいてな。是非君たちに会わせたいんだ』

「ハルの知り合い? ミオさんみたいな?」

『いや、もっと古い知己だよアルク。そう、ずっとずっと昔からの、な……』


 その声に秘められた深い感情に、アルクは思わず腕輪を眺める。しかし、ハルはそれ以上は何も言わなかった。今更ながらアルクは、ハルが自分以前の多くの所有者や、それと関係した人たちとの想い出を持っていることに気が付かされた。それはアルクがハルと過ごした時間よりも当然ながら、遥かに長い時間なのだろう。昔の所有者の話は、それに縛られてしまったらよくないとのことで、ハルはあまり話さない。しかしながら、やはりアルクは少しばかり興味を覚えてしまうのであった。




 その数日後。アルク達は旅を続け、カヌレの森の前にある小さな村へと来ていた。その村はほぼ自給自足に近く店すらなかったが、大分年のいった白いあごひげを山羊のようにたくわえた村長が、アルク達のような小さな子供たちだけが冒険者をしていることに感心して自宅の昼食へと案内してくれた。

 そこで出された豆のスープと黒パンはとても質素であるが、奥さんの工夫のためか、それが逆にそれがたまらなく美味しく感じられ、何度でもおかわりできそうであった。


「そうか、君たちもアデルハイドを目指すのか。まあ、冒険者を目指すなら当然か。このスーラには何もないからなあ」

「はい。僕も祖父の知人からそう言われて、目指すことにしたんです」

「そうかあ。でも当然君たちは森を迂回するのだろう」

「え、ええ」


 心配する村長に、アルクはたじろぎながらもそう頷く。アルクのその返答を聞き、村長もほっとした


「あそこは本当に恐ろしいところだからな。精霊が入った者を惑わすと言われているが、それだけでない。あそこには立ち入ったものを食い殺す恐ろしい獣がいるんだ」

「獣?」

「ああ。狡猾な奴で、特に駆け出しの冒険者を好むらしい。試練と称して、冒険者を喰らっちまうっていう話が、この村ではずっと受け継がれてきているんだよ。まあ、それだけなら迷信とも言えるんだがな」

『むう……』


 ハルは村長の話に、唸り声を上げる。村長は話を続けた。


「それだけじゃない。その森には紅蓮の魔女と呼ばれる女が住み付き、その獣を下僕にしちまったって話だ。その魔女も自分の住処に近付くものを灰にしちまうらしい。これは命からがらこの村に逃げ延びた冒険者から聞いた話だから信憑性は確かだ」

『紅蓮の魔女、か。アルク、その魔女の名前を聞いてみてくれ』


 ハルは紅蓮の魔女という単語を聞くと、アルクにそう促す。


(まあ、別にいいけど)


 何かハルの思い当たる節があるのだろうと思い、アルクは村長に魔女の名前を聞く。


「その紅蓮の魔女さん、名前は何て言うんですか」

「ん~、なんだったかなあ、カイ、アナ……。そうだ、カイナだ。紅蓮の魔女カイナだ」

『紅蓮などと大層な名前の魔女がそういるとは思えなかったが、彼女か。だが、何故こんな辺鄙な場所に? 実物なのか?』


 どうやらハルはその人物に心当たりがあるらしい。


「炎を操る恐ろしい魔女だ。君らみたいなちびっ子冒険者なんてあっという間に焼き尽くされちまうかも知れない。それに試練の獣もいる。悪いことは言わん。迂回するのがいい。それに……」


 そこまでは若干面白愉快に話していた村長が、急にその表情を改める。やるせない顔でアルク達へと警告してくる。


「つい最近、帰らずの森に一組の冒険者が入ったんだ。一組といっても一人の男と、その所有物の奴隷が三人というパーティーだが。素っ気ない態度を取ったウチの若い集団が六人、そいつに半殺しにされてしまった。三人は腕を叩き斬られて、今後農作業をするにも苦労するだろう。私もそいつと会って少しばかり話をしたが、粗暴というよりは殺意と狂気に満ちているといった感じの男だった。危害を加えられなかったのは幸運と言っていいだろう。関わってはいけない類の人間だな。奴と会ってしまったら、とんでもない目にあうことだろう」


 アルク達は村長の剣幕にただ押し黙るしかなかった。そこで重苦しい会話は終了とばかりに村長は話題を変え、その後は和やかな会話となった。素朴な昼食を堪能すると、村長夫妻に礼を言いアルク達は村を後にする。そこでようやくハルが口を開いた。


『ううむ、どうするべきかな。森に行くべきか。……、いや、ここまで来たらアデルハイドは目の前だ。一月、二月遅れようと大した問題ではない。アルク、森を迂回しよう。獣や魔女はともかく、村長の話した冒険者はきっと危険人物だ』


 ハルは少しばかり悩むと、そう決断しアルク達に告げる。しかし、アルクは胸中の不安を拭いきれず、ハルに尋ねる。


「でも、ハル。あそこには古い友達がいるんでしょ。僕たちに会わせたかったんじゃないの?」


 その問いに、ハルは言葉を詰まらせてしまう。そして、絞り出すように言う。


『だが、奴は強い。そう簡単には害されないだろう』

「でも、もし殺されてしまったら?」

『……』


 アルクの問いにハルは答えられなかった。しばしの沈黙。それを破る様にパナシェがパンパンと手を叩く。


「とりあえず、悩むより行ってみようよ。ハルさんの能力があれば注意して会わないでおくことだって出来るでしょ。せっかくお友達と会う機会なんだから、もったいないよ」

「そうよ、それにそんなに強いなら、あたし達と協力すれば、もっと楽できるでしょ。行きましょう。仲間の友達を見捨てるなんて出来はしないわ」

「だって、ハル」

『……全く、君たちという奴はしょうがないな』


 二人の少女に背中を押され、ハルは沈黙の後、苦笑を漏らした。


『危なくなったらすぐ逃げるんだぞ。特にアルクは私が何度忠告しても、あっという間に巻き込まれてしまうからな。気を付けろ』

「うん。じゃあ、森に行こうか」


 ハルの言葉にアルクは笑って頷くと、パナシェとライムを振り返る。二人も承知したといわんばかりに力強く頷く。そして、一同は意気揚々と帰らずの森を目指し、歩み出した。


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