エピローグ 冒険を探して
アルクたちがレーヌを旅立つ日が来た。そこにはライムも加わっている。
ライムとトランプ遊びをした次の日の朝。ミオに呼ばれ、ライムと一緒に部屋へと行くと、孫を自分たちの冒険に同行させてほしいと頭を下げられたのだ。当然、異論などなかったアルク達も喜んでそれを受け入れた。
その後は、いままで世話になった人たちに挨拶をし、旅の準備を整えるのに数日を費やす。その間、チェイスなどはバトラーがよほど気に入ったのか、コテージに入り浸り、その一室で寝泊まりしていた程だ。また、ミオもよくコテージへと入りバトラーやハルと昔話をして盛り上がっていた。そのため、グレナディン一家のアジトには常にコテージのドアが現れていた。皆気軽に来訪できるように解放することにしたのだ。夜にはグレナディン一家の面々がふらりと訪れ、一緒に酒などを飲んで過ごす姿があった。
そして、今アルク達はレーヌの門の外にいる。しかし、アルクとパナシェは目の前の光景に圧倒されてしまっていた。そこにはグレナディン一家や、それを慕うレーヌの住民が総出となっており、横断幕を掲げる者までいる。屈強なゴロツキたちが「お嬢ッー」と号泣する様は、見ていて引いてしまうぐらいだ。
「アルクさん、パナシェさん、ハル。ライムをお願いしますね」
グレナディン一家を代表してミオが、アルク達の前へ進み出て頭を下げる。
「はい。ライムはもう僕たちの大事な仲間ですから」
「うん、何かあってもオイラの加護で護ります」
『任せておけ。ハルメソッドでライムも君のように立派な冒険者にしてみせる。大船に乗ったつもりでいるといい』
ハルの言葉にフフッ、とミオは笑う。
「まあ、あなたはポンコツではありますけど、チートですからね。そこは信頼してます。文字すら読めず、盗みしかできない私に文字を教え、Aランクまで鍛え上げてくれたことは、本当に感謝していますよ。ライムをよろしくお願いします」
旧友に孫娘をお願いすると、ライムへと視線を向ける。
「しっかりおやりなさい」
「うん、お婆。ちょっとばかし、行ってくるね」
語り合うべきことは全て語り終えていたのだろう、二人はただ短く言葉を交わす。次に進み出たのはジョーとギン、そしてホップであった。ジョーはその熊のような容貌をくしゃくしゃにして、涙を流している。
「うおおおん、ライムッ。行かんでくれーーー」
「バカッ、娘の旅立ちを邪魔するんじゃないよっ。アルク君、パナシェちゃん。それにハルさんも、ウチの娘をお願いね」
ギンがジョーの頭を叩きながら、アルクに頭を下げる。アルク達も出会った頃から変わらぬ二人のそんな姿に苦笑しながらも頷く。そんなアルクの前に、次はホップが進み出た。
「俺も将来冒険者になるのも悪くないかなあ。アルクの兄ちゃんを見てると、それも悪くないかなって。お婆も昔冒険者だったらしいしね。あ、それとパナシェ姉ちゃんのポーチ盗んじゃって本当にゴメンね」
「もういいよ。あれがきっかけで皆とも出会えたし」
アルクはそう言って、ホップの頭を撫でる。ホップは目をギュッと閉じながらも、嫌ではないのかされるがままになっていた。ホップが手を振りながら下がっていくと、次に来たのはフランとキジョウ、ミズハだった。
「王子様は旅にでるのが英雄譚のお決まりだものね。私というお姫様がこの街で待ってるってこと忘れないでって、言いたいところだけど。あなたには二人もヒロインがいるんですものね。ちゃんと守ってあげなさい」
「はい、フランさんには色々お世話になりました。ありがとうございます」
「ありがとね、フランちゃん。アデルハイドに何か美味しいスイーツがあったら教えてあげるね」
「ありがとう、フランさん。奢ってくれたクリームあんみつ美味しかったです」
フランはウインクをしてアルク達に応える。相変わらずギルドの受付嬢の制服をミチミチと音をさせながら、後ろのキジョウ達に場所を譲った。
「婚約者を紹介しようと里帰りをしたら、とても面白いものを見られたよ。君たちのような勇気ある子供たちなら、アデルハイドでもきっと成功できるだろう。君たちの名声が耳に届くことを楽しみにしてるよ」
「私もキジョウと結婚するからグレナディン一家の娘のライムさんは妹の様に思えます。頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります。キジョウ叔父様、ミズハ叔母様」
ライムが礼節ある態度で、二人に答える。最後にロックとチェイスがやってきた。
「あ、お兄ぃ」
「……行くんだな。俺も外の世界って奴を見たいと思ったことはあったけど、結局はここに留まったなあ。ここが自分の居場所だって、そう思えたから。……でも、お前は違うんだな」
「……うん、ごめん」
「いや、いいさ。謝る必要なんてない。しがらみが出来ちまう前に、存分に外の世界を見て来ればいいさ。でも、もしお前が辛いと思う時があるなら、いつでも帰ってこい。俺たちはいつでもここにいる」
「うん、お婆もそう言ってた」
「ん、そっか」
ライムとロックは、そう言い微笑み合う。しかし、そこへチェイスが割り込んできた。
「もう、二人共素直じゃないんだから。素直に寂しいって言えばいいのに。まあ、でもそうやって笑い合えるだけ一歩前進かな。本当にシスコン、ブラコンなんだから」
「なっ、お前なっ」
「ふふっ、兄さん、照れない照れない。ライム、旅立つのね。お姉ちゃんも寂しいわ」
「うん、あたしも寂しいよ、お姉」
「でもね、今度はアルク君たちが一緒だもんね。なら大丈夫かな。ハルッちやバトちゃんもいるしね」
『ハルッち、バトちゃん……』
「最後に一回ギュってさせてね、ライム。あなたが来てくれて、荒れてたロック兄さんも穏やかになって、揺らいでた一家も絆を取り戻せた。あなたがウチに来てくれて本当に良かったわ。……これから頑張ってね」
「……うん、お姉ぇも元気でね」
姉妹は感極まったように長い間、抱擁を交わす。名残惜しむように離れると、ライムはみんなへと顔を向け、そして手を振りながら別れを告げた。
「じゃあ、行ってきますっ! 皆も元気でね」
その瞬間、怒号とも思える程の歓声が響き渡る。そのいずれもが、旅立つライムへの声援であった。
「お嬢、頑張ってくだせえっ!」
「うぉぉ、お嬢――――。行かないでくだせぇ」
「バカッ、お嬢の旅路の邪魔をするなっ。俺だって辛いんだ。ぐすっ」
グレナディン一家のゴロツキたちが、皆感極まって泣き出している。最前列ではミオたちが、優しい笑顔でライムを見送っていた。アルク達は、皆に手を振りながらレーヌを後にする。何度か振り返り、その姿が見えなくなるまで進んでも、その声援は止むことはなかった。
見送る姿も見えなくなり、声すら聞こえなくなった後、アルク達はまたレーヌの方角へと振り返った。丘陵の果てにわずかばかりの街の端っこが覗く。
「見えなくなってきちゃったね」
「うん」
パナシェの寂しそうな声に、アルクは唯頷く。メレンの時もそうであったが、別れはただただ切ない。アルクはライムは大丈夫かとその様子を窺う。そこには、レーヌをただ愛おし気に眺める姿があった。アルクの視線に気付くと、ライムは穏やかに微笑む。
「何、心配してくれてるの? 流石にまだホームシックにはかかっていないわよ」
「そっか、ならよかった」
「皆、あそこで待っててくれてるからね」
ライムは強い風に吹かれる髪を撫でつけながら、再び穏やかな眼差しでレーヌを眺める。そして、アルクへと向き直ると、少しばかり唇を尖らして尋ねてきた。
「それより、アルク。今のあたしを見て、何か気付くことは無いの?」
「ん~、気付くこと? ハルは判る?」
『いや、特に変わったところは見受けられないが』
「はあ、アルクもハルさんも駄目だなあ」
一向に気付かぬアルクに、パナシェが呆れたように顔を横に振る。ライムも小さく笑うと、もう一度髪をかき上げた。そこでようやくアルクは、ライムの髪にある髪留めの存在に気付いた。
「あっ、それって、チェイスさんの」
アルクの指摘にただ微笑むライム。その髪にはチェイスがしていた髪留めがしてあり、あの少しばかり丸みを帯びた尖った耳が露わにされていた。ライムは二人へ真剣な眼差しを向けると、自分の想いを口にする。
「あなた達と違って、自分の求めるものもまだ分からないけど、それを探しに行きたいと思ったの。自分に期待して赴ける、そんな冒険の先にきっとそれがあるって思うから」
そんなライムにアルクは微笑みながら、手を差し伸べる。
「きっと見つかるよ。僕はまだそんなに強くはないけど、皆でなら」
「そうだよ。皆一緒ならきっと」
『ああ、絶対に見つかるさ』
あの時と同じように、パナシェがアルクの片側の手を取り、ライムへと手を差し伸べる。ライムもまた、満面の笑みを浮かべながらその両の手を二人が差し出す手へと重ねた。
「アルク、パナシェ、ハル。これからよろしくねっ」




