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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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休息


 レーヌでの麻薬密売の事件が解決し、アルク達はレーヌで休息を取ることにした。オーバーブレイクの後遺症もあるため、それを治す期間はクエストは受けず、体を休めるという名目でレーヌの街を楽しむことにすると、パナシェと話し合い決めたのである。そして、数日が過ぎた。


今日、アルクたちはライムやフランの一押しという甘味処でクリームあんみつを食べていた。


「ん~、美味しい」


 パナシェがスプーンであんみつを口に運ぶとその顔を綻ばさせる。アルクも木の匙で器から口へと運ぶ。餡や黒蜜がアイスや寒天、季節の果物と絡み、絶妙なハーモニーを奏でる。えんどう豆がちょうどいいアクセントとなっている。今日のような春の陽気な日に、外の席に座って食べるものとしてはベストチョイスともいえる逸品だ。


「美味い」

「でしょ。あたしもフランちゃんもレーヌでどの甘味が一番かって話し合ったとき、一番はここって話になったのよ」

「そうね。まあ、ここはミオさんプロデュースのお店だから、外れは絶対ないけどね」


 ライムとフランも同じようにクリームあんみつを食べている。ライムはフランの言葉に少し思い当たることがあったのか、フランへと尋ねる。


「そういえば、フランちゃんとお婆ってどんな関係なの?」

「うふ、それを聞いちゃう? まあ、大した話じゃないんだけどね。とある事件で騎士団を辞めた私が荒れながら、放浪してレーヌにたどり着いた時、ミオさんと出会ったのよ。触れる者皆傷つけていた私に、気安く話しかけてきて、いきった私はミオさんに絡んだんだけど結果は完敗ね。老いぼれと馬鹿にして飛び掛かっても、手も足も出なかったわ。それからミオさんが私のメンターになったの。そして私は乙女に覚醒したわけ。それを語ると今日一日じゃ足りないと思うけど、聞きたい?」

「いえ、いいです」

「いけずぅ」


 即答するアルクに、フランは大仰に身もだえる。しかし、フランが乙女という名の怪物になった理由があるならば、少しばかり聞いてみたいという気持ちも少しばかり覚えた。怖いので聞かなかったが。そんななかで、ハルは得心がいったとばかりに話す。


『成る程。フランの情報はミオ経由というわけだな。ならば私の正体を知っているというのも納得というものだ。結局、フランもミオの指示で動いてたいたのだろう? 今回の件はミオの掌という訳だ』

「ふふっ、そうね。ハルちゃん。国、組織、何も信じられなくなった私の恨み。それを振り払ってくれたのがミオさんなの。ミオさんのためなら、確かに私は国や組織なんてどうでもいいのよ。だからアルクちゃんたちの情報が漏れることもないから安心して 」

『ハルちゃん……』


 テーブルの上に両肘をつき、顎に乗せたままフランは微笑む。


「みんな色々あるんだねえ」

「そうだねぇ」


 パナシェの呑気な声に、アルクもただ頷く。こうして、クリームあんみつを堪能したアルク達はその後も散策を続け、レーヌでの休日を満喫したのであった。




「やった、オイラ、ロイヤルストレートフラッシュだよ」

「えっ、嘘ッ!」

「残念、アルクはフラッシュね。お菓子、もう無くなっちゃったわね」


 レーヌでの一日観光を終え、夕食の後、アルク達の客室で三人はポーカーに興じていた。アイテムボックスにトランプがあったので、ライムに色々教えてもらうことにしたのだ。現在、賭けているのは金ではなくお菓子であった。しかし、やってみてパナシェの豪運やライムの駆け引きの前に、あっというまに全てむしり取られてしまう。


「いやあ、楽しいねえ。でも、お菓子賭けるだけでこんなに楽しいんだから、お金なんて賭ける必要はないね」

「……そうだね」


 パナシェの言葉に、むしろお菓子だけでこんなに盛り上がるのだか、金を賭けたらもっと凄いのでは、と思ったアルクだったが、それを口にしたらどうなるか読めてしまうため、ただ頷く。ライムが器用にトランプを切りながら、アルクたちに尋ねる。


「用意してたお菓子はなくなっちゃったけど、次なんかやる?」

「七並べでお願いします」


 駆け引きで疲れた頭を冷やすためにもアルクはそうお願いする。だが、トランプのゲームはとてもよい娯楽ということを知り、ここを出てからもパナシェとやってもいいな、と思った。そんな中、ライムが口を開く。


「ねえ、アルク達はいつまでレーヌにいるの?」

「そうだねえ。体の調子はどうなの、アルク?」


 パナシェがアルクの体調を尋ねる。アルク自身の身体はすっかり筋肉痛もとれ、狂ってしまった五感も前回の使用よりもすぐに治っている。もう冒険に支障はないと言えた。


「大丈夫だよ。もう、冒険へ出かけても大丈夫だと思う」

「そう、それじゃあもうすぐ旅立ちって訳ね。寂しくなるね」

「うーん、そうだねえ。ライムともせっかく仲良くなれたのに」


 レーヌで共に冒険し、戦ったライムともこの街を出たら別れることになる。それは寂しいが、自分たちには目指す場所があるのだ。ずっとこの街にいるという訳にはいかない。


『まあ、他の街にいっても文などで交流することは可能だ。それにまたこのレーヌを訪れる機会だってあるだろう。今生の別れでないのなら、いずれ会う機会もあるさ』

「そうだね」

「うん、ライムに手紙書くよ。いっぱい」

「……うん、楽しみにしてるわ」


 そうして七並べや神経衰弱で盛り上がり、それは皆が眠気を覚え、パナシェが欠伸をし始めるまで続いたのであった。




「じゃあね、アルク、パナシェ。おやすみ」

「おやすみ、ライム」

「うん、おやすみぃ」


 パナシェは既に睡魔に耐えることすら限界となっている様子であった。ライムはアルクやパナシェにおやすみを告げると部屋をでる。カチャンとドアが静かにしまると、ライムはふう、と息を深く吐いた。気心の知れた仲間となった二人との別れ。それを思うと胸の奥がずきりと痛むのを感じる。

 喉の渇きを覚えたライムは水が飲みたくなり、そのまま食堂へと向かう。流石に夜遅くとなっているため皆自室へと引き上げているのだろう。アジトを静寂が包んでいる。食堂に着くと、そこにはミオがおり茶を飲んでいた。ライムは隣の椅子へと腰かける。


「あれ、お婆。まだ起きてたんだ」

「ちょっとね。ライムも随分な夜更かしさんだね。子供は早く寝ないと、大きくなりませんよ」

「あはは、ちょっとアルク達とトランプで盛り上がっちゃってね。あ、お婆あたしにもお茶頂戴。喉が渇いちゃって」


 ミオはお茶を急須から入れてくれ、ライムの前へと差し出す。それは大分温くなっていたが、喉の渇いたライムにはちょうどよかった。お茶を飲んでいるライムをミオはじっと見つめている。そしてカップを置いたライムに対してゆっくりと話しかける。


「それで……あなたはどうするつもりなのですか」

「えっ、どうするって?」


 ミオに問われ、ライムは一瞬その身を固まらせる。


「アルクさん達のことですよ。もうそろそろこのレーヌを出てしまうのでしょう」

「そうだけど、あたしにはどうにも……」

「……一緒に行きたいのではないのですか」


 ミオの言葉にライムはギョッとし、ミオを見つめる。ミオもまた真剣な眼差しでライムの目を真っ直ぐに見据えてきた。ライムは耐えきれなくなり、目をそらす。


「別に、そんなことは……。それにあたしはグレナディン一家の娘だし、まだ何もこの家に返せてないし」

「ふう、あなたも難儀な娘ですね。私の小さな頃に本当にそっくり。まあ、私の方が遥かに難物でしたけど」


 ミオは自嘲するように愉快に笑う。そして、一転して優しい眼差しとなりライムを見つめる。


「ライム、家族は見返りを求めません。誰も、あなたにそんなことを求めていませんよ。私たちは唯、あなたが心の底から笑ってくれるなら唯それでいいのです」

「お婆……」

「今回、あなたは一つ壁を乗り越えました。アルクさんたちと共に。でも、まだあなたのその胸の中にある疼きは、変わらずそこにあるのではないですか?」

「ッ⁉」


 ミオの言葉にライムはギュッと胸に手を当てる。今回の事件で得た家族や友との絆。それは今まで得ようとして、そして得られなかったものだ。それがあれば自分は満足できるものだとずっと思っていた。しかし――


「……わからないの、お婆。あたし、壁を乗り越えて本当に欲しかったものがやっと手に入ったっていうのに、またその先のものも見てみたいって思っちゃったんだ。でも、それはたぶんアルクたちに触発されただけで、アルクたちみたいな本物じゃないと思う。皆が私を認めてくれたっていうのに罰があたっちゃうよ」

「ふふ、本当に難儀な子ね。そうだ、ライム。すこし昔話をしましょうか。昔、あなたと同じように、いえもっと酷い娘がこのレーヌにいたわ。親の顔知らず、自分が何者かも分らずにただ怒りだけを抱いて、裏路地を彷徨い歩いていたの。何も得られず、何者にもなれず、ただこのまま朽ちていくと思いながら。でも、焦燥すら凌ぐ諦めに前すら見えないその娘に、ある時転機が訪れたわ」


 ライムはミオの話にただ黙って耳を傾ける。ミオの昔話はライムも何度か聞いたし、兄や姉から又聞きはしている。しかし、それは輝かしい武勲や英雄譚のような話であり、ミオはあまりそれ以前のことは話したがらないということは聞いたことがある。ミオは、それを今ライムに話してくれていた。


「ある日、財布を盗んだことが原因で親しくなった冒険者二人に一緒に来ないかって、誘われて。私も本当は一緒に行きたいって切に望んでた。でも、言い出せなかったし、誘われても頷けなかった。今までただどん底を彷徨って生きてきた何にもない自分が、まっすぐに夢を追いかけるあの人たちの仲間になる資格はないと思っていたの。でも、そんな私に手を差し伸べて、外の世界に連れ出してくれた。外の世界は新鮮だったわ。見知らぬ人や街、そして冒険。あの日々で得たものがあったから、私はここでも諦めることなく頑張れたと思っています」

「お婆は見つけたの?」

「そうね。明確に、というわけではないけど。ある日ふと自身を振り返って、今いる仲間や家族といる自分というものが、存外悪くないといつしか笑えるようになっていました。きっと、そういうものが私の探していた本当だったのだと、今ではそう思います」

「……あたしにも見つかるかな」


 ライムの問いに、ミオは静かに穏やかに、そして優しく微笑む。それはあの裏路地で、全てを諦めた自分の手を引いてくれたときと何も変わらない。何も考えず唯手を取った自分。そこから優しい日々が始まった。それを与えてくれたそんな祖母の笑顔。


「ええ、一人では駄目でも友と一緒であれば。きっと、あなたにも自分に期待して赴ける、そんな冒険が待っている筈です」


 ライムはいつしか頬に伝わった涙を拭う。


「でも、皆と別れるのは寂しいよ」

「今生の別れでなければいつでも会えますよ。私も、グレナディン一家の皆もいつまでもこのレーヌにいますから。そうですね、手紙でも書いてくれれば皆安心するでしょう。ふふ、いつまでもあなたは泣き虫ですね。おいでなさい」


 ライムは誘われるままにミオの膝に顔を埋める。ミオがそんなライムの髪をそっと優しく撫でてくれる。幼い頃ライムが泣くと、ミオはよくこうして慰めてくれていたものだ。この街から旅立てば、もうこうして慰められることも出来ない。


「あなたが成長して帰ってくるのを楽しみに待ってるわ。そのときは、グレナディン一家の自慢の娘がどんな愉快な冒険をしたのか聞かせて頂戴ね」

「……うん」


 ライムは膝に顔を埋めたまま答える。祖母と孫娘は、しばらくそうしたまま、互いの温もりを確かめ合っていた。



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