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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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無礼講


「成る程、これがお袋がよく言っていた喋る魔剣殿ですか」

「実際、目の前で見ると、中々面白いわね」

「ふむ、私も騎士となってから、人格を宿す魔道具をいくつか見ましたが、かつて義母さんんが語ってくれたような規格外な性能はありませんでした。だが、実際に知己というハル殿がいるということは、それも本当なのでしょうね」

『私をそこらへんの凡百の魔具と一緒にしてもらっては困る』


 ライムの叫びに何事かと注目を集めた結果、アルク達はミオの顔を立てる意味でもこの場にいる人たち全てに、ハルという存在を明かすことにしたのだ。グレナディン一家の大人たちも皆、珍しいものを見る目で剣となったハルを見ている。


「確かに性能は破格ですよ。無尽蔵と言えるほどに物をため込めるアイテムボックス、いかなる場所でも快適に居住できる異空間のコテージ、決して迷うことなく敵すら選別してしまうマップ。これらがあれば中身がポンコツでも問題などないくらいのチートです」

『むう、ミオ。まだ根に持っているのか?』


 お婆と皆から呼ばれていたグレナディン一家の中心であるミオの言葉に、ハルが申し訳なさそうな様子で尋ねる。


「ええ、散々仲間の尊さを私に説いていたあなたが、まさかこれだけ推察できる条件にあって、一向に私の存在に気付かないとは思いませんでした」

『だが、あのひたすらに腕白だったミオが、こんな威厳のあるしわしわババアになっているなんて、想像できないに決まっているだろう。あの頃の君とはまるで別人ではないか』

「人はいずれ老いますから。あなた達と違ってね。あなたもマーサ姉さんの老いる姿を見ていたのでしょう?」

『ずっと見ているのと、暫くぶりに会うのは違うぞ。それに君は言葉遣いすら違うではないか』

「あの頃の文字すら読めない私に、散々教養の必要性を説いたのは誰でしたっけ?」

『ぐぬぬ』


 大人げないともいえる態度で、ミオと対峙するハル。その言葉の応酬にアルクは目を丸くする。それはアルクも知らないハルの姿であった。そんななか、ミオがふっ、とその表情を緩める。


「まあ、私もラッドやマーサ姉さん、そして漆黒の刃の皆と別れてからも色々あったのですよ。里心ついた夫とともにこの街へ戻って、ジョーを産んで、この子をこの悪徳に触れさせてはならないと思ったのです。幸いにして、あなたのバーチャルなどで鍛えられた私ですから、中途半端な犯罪組織などは私の敵にはなりませんでした。そして、その後もあなたに教えてもらった知識で勉学なども怠らないようにした結果、今の口調に落ち着いたという訳です」

『成る程。確かにあの頃の君は書室で任侠者の本にやたらハマっていたな。レーヌの街がこのようになったのもそのせいか』

「ふふ。そこは、まあご愛敬ということですね」


 そして、ミオはアルクへと視線を向ける。


「アルクさんが来たとき、もしやと思いました。そして、腕輪を見たときに確信しました。ああ、この子はあの人たちの血を受け継ぐ子なのだ、と。アルクさんは面影はラッドにそっくりですが、性格はマーサ姉さん寄りですね」

「僕、お祖母ちゃんの想い出しかないですけど」


 あの頃、祖母から聞いた冒険譚にミオらしき少女の話がでていたのかもしれない、とアルクは昔を振り返る。朧気ながらに、あのお話の少女はミオだったのではないかと思った。


「そうですね。私もラッド、あなたのお祖父さんの死を聞いて、愕然としました。殺しても死なないような人だったのに。その後、ユーリカ村に帰るマーサ姉さんがこの街に来るとき、偶然再開しました。その時、生まれたばかりの小さな双子をつれていましたね。あなたのお父さんですね。その後も文のやり取りを何度かしましたが、それも途絶えてしまって。いずれ訪ねに行こうと思ったのですが、こちらもごたごたがあって叶いませんでした。ハル、マーサ姉さんは幸せでしたか?」

『ああ、言葉こそ交わせなかったが、常にアルクのことを誇らしげに語っていた。その時の表情はとても満たされていた。彼女もきっとアルクこそがラッドの後継者ということを感じていたのだろう』

「そうですか。あなたがいうのならそうなのでしょうね。……よかった」


 かつて戦いで命を落とした祖父や残された祖母の話を聞くにつれ、アルクの中の切ない気持ちは積もっていく。そんなアルクに気を使ってか、チェイスがコップを差し出してきた。


「アルク君、大丈夫かい。まあとりあえずこれでも飲みなよ」

「有難うございます」


 そのコップを受け取り、切なさを振り切るように一息に飲み干す。その水は不思議と甘く、不思議な香りがした。そして飲み下すとそれは喉を甘く焼く。


「んッ⁉」

『どうした、アルク?』

「いや、なんかこの水甘いなって」

「ああっー、お姉ぇ。アルクにお酒飲ましたでしょ。さては相当飲んでるな。滅多に赤くならない顔が赤くなってるし」

「あっ、いけね。間違えちった」


 ライムの非難にテヘと舌を出すチェイス。舌こそしっかり回っているものの、その顔は大分赤い。アルクも今自分が飲んだものが酒であるということに気付く。


『アルク、大丈夫か?』

「うん、意外と平気」


 じん、とゆっくり頭が痺れる感覚はあるが、普段街で見かける泥酔者にはならない程度の理性は余裕で残っていると、アルクは感じた。それにやけに周囲の会話が鮮明に聞こえ始め、感覚が研ぎ澄まされているようだ。そんな中チェイスがアルクにしなだれかかり、耳元でささやく。


「ねえ、アルク君。私、お婆がいってた執事妖精の子に会ってみたいんだけど。凄く可愛いんでしょう」

「うーん。たしかにみんなそういうね」

『おいっ、アルク。先ほどからずっとぼーっとしているが、大丈夫か。やはりさっき飲んだ酒のせいか。もう宴も終わりに近い。我々は引き上げることにしよう』


 アルクの様子に気が付いたハルがそう促す。しかし、チェイスはアルクの腕を掴んで、その逃走を阻んだ。


「ねえ、お願いだよぅ。バトラーちゃんに会わせておくれよぅ」

「ああ、お婆の言ってた人を煙に巻くのが上手い、執事妖精さんか。俺も見てみてぇなあ」

「そうだなあ。お袋が世話になったなら、是非挨拶しておかねば。アルクさん、私からもお願いできないでしょうか」

「うん、いいよ」


 チェイス、ロック、ジョーといったグレナディン一家の面々のお願いを、アルクは間髪入れず許諾する。そして権能を発動させ、コテージの扉を発動させた。それを見た周囲はおおっ、と感嘆の声を上げる。そして、扉が開かれ、恭しく出迎えるバトラーが姿を現した。


「ようこそ、グレナディン一家の皆さま。私は執事、うぐぅ」

「きゃー、本当に可愛い」


 バトラーが面を上げると、チェイスが嬌声を上げながらバトラーに抱きついた。他の者たちも「へえ、ここがあの」などと言いながら、勝手気ままにコテージへと踏み込む。そんな中、ミオがチェイスに抱きつかれ、頬ずりされたままのバトラーへと歩み寄った。


「久方ぶりですね、バトラー」

「ええ、本当に。ご立派になられましたね、ミオ様」

「ふふ、ありがとう。あなたは何一つ変わっていないけれど」


 そう話しながら、互いに旧交を懐かしむように微笑みあう。ミオはコテージを見回し、ほう、と息をついた。


「ここも何一つ変わってない。雨風凌ぐ場所にすら苦労していた私が最初に来た時、ここは本当に楽園ではないかと思いました。皆と別れてからも、共に過ごしたあの暮らしを何度も夢にみましたよ」

「ええ、あの頃はとても賑やかでした。でも、ムードメーカーだったミオ様が抜けた後は、少しばかり皆気落ちしていましたけどね」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですよ、バトラー。皆、私のわがままを笑って許してくれて……。ヴァンとは今でも連絡を取っていますよ」

『ヴァンか。彼はあの戦いの後、私をマーサに届けてくれたんだ。その後も冒険者を続け、Sランクまでいった後、引退して王都の冒険者ギルドに勤めているとマーサからは聞いているが』

「今もアデルハイドの王都のギルドマスターだそうですよ。……そういえば、バトラー私が使っていた部屋は今どうなっているのです?」

「今もそのままになっております。あの後メンバーの加入は少ししかなかったですし、現在はアルク様とパナシェ様しかおりませんから」

「そう、あの当時のまま……。少し見ても構わないかしら」

「ええ、もちろん。アルク様」


 バトラーはアルクに許可を求めようとこちらを見る。アルクは鷹揚に頷くが、その様子を見たバトラーは何故か僅かばかり苦笑する。


「ごめんなさいね、うちの孫娘が」

「まあまあ、いずれ覚えることですし。ふわあ、バトラーちゃん、いい匂いがするねえ」

「いえ、あれぐらいなら健康には問題なさそうですし。では、ミオ様こちらへ」


 バトラーはチェイスをまとわりつかせたまま、ミオと共にかつての部屋へと向かう。ぼーっとそれを眺めるアルクに、パナシェとライムが心配そうに近づいた。


「大丈夫、アルク? 顔が真っ赤だよ」

「ごめんね、うちのお姉ぇが。ああなったら手がつけられないのよ」

「ううん、ぜんぜんだいじょうぶだから。むしろ、ちょうしがいいぐらいだ」


 理性は未だしっかりしている。問題はない。アルクは心配しすぎな二人を安心させるように朗らかに頷いた。そんなアルクにロックが酒瓶片手に話しかけてきた。


「アルクさん、お婆の昔話で聞いたんですけど、アイテムボックスってやつは、世界中の美味い物を腐らせずに保管できるんですよね。ちょうどつまみも切れたし、なにか珍しいものをお願いしたいんですけど、いいですかい」

「ちょっ、お兄ぃ。なんでたかってるのさ」

「いや、俺もガキの頃、お婆の昔話でそれを聞いて、一度見てみたいって思ってたんだ。今こうして目の前にすると、試してみたくなってな」

「べつにいいよ」


 アルクは権能を発動させる。何がいいかと思案し、アイテムボックスの中から肉や刺身、魚の乾物や珍味系のものを取り出した。目の前に突如としてそれが現れるのをみて、ロックは歓声を上げる。海の魚は、山国のスーラにとってはこの上ない御馳走だ。近くにいたジョーやギンもそれを物珍しそうに眺め、現れた食材に歓喜する。


「おおっ、こいつは大したもんだ。どれもかなりの逸品だなあ。大分値の張るものばかりですけど、いいんですかい」

「うん、いい」

「流石ね、アルク君。じゃあ、ここで酒宴の続きといきましょうか」


 アルクの出したつまみを肴に、大人たちエントランスで再度飲み始めた。そんな中、アルクはパナシェとライムに促され、いつの間にかソファーに座らされている。


「本当に大丈夫なの?」

「はあ、ああなったらもう手がつけられないのよ、ウチの一家は。ごめんね」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 ソファーに座ったことでふわふわとした心地よさが波のように全身に回ってくる。それに身を任せたまま、アルクは瞳を閉じた。耳には常に愉快な笑い声が届いてくる。それは不思議と子守歌のようにアルクを眠りへと誘った。愉快な気持ちを抱えたまま、眠りへと落ちる。

 夢の中で、アルクは祖父や祖母が、自分の見知らぬ多くの仲間と、このコテージで今のように飲んで歌ってバカ騒ぎをしているのを見た。そこには勝気な瞳の小柄な少女が、祖父をどやしながらも、常に寄り添っていたのであった。


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