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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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在りし日の


 目を開けると目の前には見知らぬ少女がいる。小柄だが、意思の強そうな勝気な瞳と真横に引き締められた口元、そして少年のように短く刈り上げられた頭髪が、他者に自らを弱いと思わせないというような気負いを感じさせている。少女は真剣な表情で自分を見つめていた。それはどことなくライムに似ているな、と感じたアルク。そして口を開こうと思ったが、何故か言葉は出てこない。


「じゃあな、ラッド、マーサ姉さん、ポンコツ。達者でな」


 少女の言葉にアルクはこれが夢だと理解する。少女は自分をラッドと呼んだ。ならば今の自分は祖父の視点を覗いているのだろう。しかし、これは唯の夢ではなく実際の過去を見せているのだと、アルクの意識はそう認識する。メレンでみたものと同質のものなのだろう。


「ああ、達者でな。元気でやれよ」

『ああ、君は危なっかしいからな。だが治安の悪いこの街で犯罪を生業とすれば、君に待つのは不幸な結末になるだろう。心を入れ替えて、堅気として生きるんだぞ』


 あっけらかんとした様子で自分の口から言葉が出る。それと同時にハルの声も聞こえてきた。


「わかってるよ。また、あんたみたいな化け物みたいな奴に絡んだら、次は命が無いかもしれねえしな。今回のことで、あたいも自分の才能を見限ったよ。適当に食える職を探して、せいぜい娼婦なんかには落ちないように頑張るよ」


 少女は首筋をぽりぽりと掻きながら、とぼけた感じでそう答える。


「そうね。あなたは良い子だもの。天涯孤独の身でも、決して弱い人たちからは奪おうとはしてなかったのでしょう。そんなあなたならきっと大丈夫よ」


 隣を見ると、黒髪を背中まで伸ばした、優しそうな雰囲気の清楚な女性がいた。おそらく彼女が祖母のマーサだろう。アルクより少し年上らしい祖母は、しかし穏やかな目元や優し気な雰囲気がよく似ていた。


「姉さん」


 少女はマーサの言葉に、一瞬表情が齢相応のものへとなる。しかし、ラッドはそんなことはお構いなしに少女を小馬鹿にしたように豪快に笑う。


「ワハハ。確かになあ。それにこんなちんちくりんなガキ、買う奴だっていねえよ、マーサ」

『いや、世の中にはロリコンという闇の深い者達もいる。油断はできないぞ』

「うるせぇよ、オラァ!」


 激高した少女が、勢いよく前蹴りを放ってくる。ラッドは慌てて膝にてそれを防いだ。


「うおっ、危ねえな」

「うるさいっ、死ねっ」


 執拗に攻撃を加えてくる少女を、ラッドは笑いながらいなしていく。それは少女が大きく肩で息をするようになるまで続いた。マーサはそれを呆れたように見守っている。


「はあはあ、あんたとは最後までこんなんだったな」

「そうだあな」


 息一つ乱さないラッドを見て、諦めたように笑った少女。しかし、すぐに先ほどの様に俯いて視線を逸らしてしまう。


「これからあんた達は、ずっとずっと遠くまで行くんだろうな。あたいじゃ絶対いけないような場所までスイスイ行っちまうんだろうね。その時もきっとあたいはこの街で、半端に生きているんだろうなあ」


 掠れたような声で絞り出すように、その想いを吐き出す少女。その声は泣いているかと思わさせるものであった。


「ラッド」


 マーサが心配そうな表情でラッドを見つめている。それは何かを訴えているかのようにアルクには思えた。


「うーん、そうだなあ」


 ラッドは顎に手を当て、天を仰ぐ。そして、再び少女へと向き直った。


「なあ。お前は、どうしたいんだ」

「わからないよ。今までただ生き抜くことだけ考えてきた。あんた達みたいに目指しているものがあるわけじゃない。あんた達と出会って、ならあたいにもって少し思ったけど、何にもなくて自分でも驚いてるんだ」

「そっか」


 途方に暮れるような少女に、ラッドは素っ気なく頷き、そして尋ねる。


「じゃあさ、一緒に来るか。マーサもお前のことが心配で堪らないみたいだしな」

「えっ⁉」


 その言葉に、少女はハッと顔を上げる。その瞳が揺らいでいた。そして一瞬の逡巡の後に、その首を横へと振った。


「でも、あたい、まだ何にも出来ないガキだよ。今回だって、トラブルばっか起こして何もしてないし」

「俺は強いから足手まといが一人ぐらいいようが大丈夫だ。今回だって全員ボコってやっただろ」

「それにあんた達と違って、今日の今日まで冒険者になんかになろうなんて思ったことなんてないよ。急にもういいやって抜けるかもしれない」

「その時はその時さ。人間自分が一番大事だからな。無理に合わせる必要なんてない」

「だけど……」


 更に言葉を続けようとした少女は、しかしそこで言葉を止める。そして言葉を遮るようにラッドが差し出した手をじっと眺めていた。


「お前に何もないっていうんなら、見つかるまで俺たちが一緒に探してやる。来い」


 力強いその言葉に、少女は顔を歪める。そして、恐る恐る伸ばしたその手がラッドの差し出した手と重なり合うように触れ――




「起きて―、アルクー」


 パナシェに体を揺さぶられ、アルクは目を覚ました。目の前には覗き込むように見下ろすパナシェの顔が見える。あの後、疲労が限界を超えたアルクは、周囲の勧めもあり、宴の準備が整うまで与えられた客室で入眠していたのであった。アルクは今しがたの夢を思い出し、己の掌をじっと見た。


「? どうしたの」

「いや、夢を見たんだけど」


 あの少女はもしかすると。そう思ったとき、ドアが叩かれライムが入ってきた。


「パナシェ、アルクは起きた?」

「うん、今起きたよ」

「そう、よかった。アルク、体の調子はどう?」


 ライムに尋ねられ、アルクはベッドから体を起こすと、少しばかり腕を回してみる。依然として筋肉は悲鳴を上げている。少しばかり怠さも残っていた。しかし、仮眠のお陰で眠気は不思議な程に吹き飛んでおり、動くことに支障はなさそうだった。


「うん。万全という程ではないけど」

「そう、よかったわ。準備が出来たから行きましょう」


 ライムに促され、部屋を出る。途端に賑やかな笑い声が聞こえてくる。


「男の人たちは着いて早々酒宴をしてるわ。まあ、厨房に立たれても邪魔だからいいって、ママもお姉ぇも言ってるけどね」


 悪戯っぽくライムは笑うと、食堂の扉を開ける。そこにはすでに顔を赤らめているジョーやキジョウ、ロックといった男達と、鍋の準備をしているお婆や、ギン、チェイスの姿があった。ミズハやフランもグレナディン一家の女性たちの手伝いをしていた。


「お、主役のアルクさんたちがやってきたぞ」

「さあ、アルク君たちは上座のこっちだよ」


 ジョーがアルク達を見て、陽気に声を上げる。チェイスに促さるままにキジョウ達の隣へと座らされた。手際よく、小皿や箸が配られていく。そして準備が整うと、ジョーが乾杯の音頭を取る。


「では、今日は家族であるキジョウの帰還と、グレナディン一家とアルクさんたちの勝利を祝って――乾杯ッ」


 乾杯ッ、と皆が叫び宴が始まる。思い思いに酒を飲み、料理に舌鼓を打ちながら、歓談が始まる。アルク達もお茶を飲みながら、ライムがよそってくれた鍋を味わった。今日の鍋は鳥鍋だ。醤油ベースの味付けに、鶏肉やもつ、つくねなどが入っている。その濃い味付けが疲れた体に染み渡る。ネギや豆腐なども味が染みており絶品であった。


「おう、キーちゃん。お前が一家に連れてくるということは、ミズハさんは当然お前の良い人なんだろう」

「ああ、ミズハは私を公私にわたって支えてくれてね。実はもう婚約しているんだ。義母さんや皆に紹介しようと思って連れてきたんだよ」

「まあ、それは素晴らしいわ。キジョウはうちの人と違って、モテモテだったのにこの年まで独身なのがおかしかったのよね。でもいい人が見つかってよかったわね」

「私もキジョウから皆さんのことを聞いて、会えるのを楽しみにしてました。特にギンさんの話はよく聞かされて、一度はお会いしたいと思ってたんです」


 ジョーやキジョウ達は幼いころから知っている仲のため、昔話などに華を咲かせていた。その隣では意外にもロックとフランが話し合っている。


「野獣騎士団ってのは、そんな強い奴が集まっているんですかい」

「あら、ロックちゃんも興味ある? ロックちゃんなら余裕で入れるから、推薦してあげてもいいわよ」

「…いえ、俺は強い奴には興味はあるけど、異性愛原理主義派なんで遠慮させてください。まあ、フランさんが相手してくれるってんなら、喧嘩なら喜んでお相手しますけど。キジョウの叔父貴に聞いたけど、昔は騎士団長だったんでしょう?」

「昔の話よ。……そう、昔の、ね。まあ、私も恋に仕事に忙しい身ではあるから約束は出来ないけど、ロックちゃんとなら喜んで受けて立ってあげるわ」


 アルク達はお婆やチェイスたちと一緒に鍋を囲んでいる。ホップやほかの子供たちも一緒だ。チェイスが鍋奉行をしながら、お婆の器に都度酒を満たしつつ、自分は手酌でぐびぐびと酒を呷っている。その量は他の者の倍近い。その飲みっぷりに酒とはそんなに美味いものだろうかと、じっと眺めているとチェイスがそれに気付き、ニヤッと笑いながら酒瓶を持ち上げる。


「アルク君もこの魅惑の飲み物に興味があるのかしら?」

「美味しいんですか?」

「そりゃもう。ちょっとだけ飲んでみるかい」

「ちょっと、お姉ぇ。子供に酒を勧めないでよ。アルクは体が資本の冒険者なんですからね」

『アルク、酒は趣き深い飲み物ではあるが、体の成長しきっていない子供にはひたすらに毒だ。やめた方がいい』

(うん、わかったよ)


 腕輪に向かって頷き、チェイスに「まだ、ちょっと」と断りを入れる。「冗談だよ」と笑いながら、チェイスは感慨深げな様子でライムを見る。


「しかし、あの冒険者嫌いのライムが、アルク君たちとは随分仲良くなれたねえ。お婆は心配ないって断言してたけど、実際その通りになったねえ」

「べ、別に嫌ってないわよ。ただ、少し苦手だっただけよ。でも今はそんなことどうでもよくなったわ。アルク達みたいな冒険者もいるってわかったし。それにお婆もお祖父ちゃんも冒険者だったんだもんね」

「ええ。私がこの街で身寄りもなく燻っているとき、とある冒険者の財布をスッたのが私が冒険者となるきっかけでした。それから色々なことがあって、この街を出るとき、その冒険者が一緒に来るかと手を差し伸べてくれたのです。その手を取ったからこそ、私は広い世界を見ることが出来、夫とも出会うことが出来ました。だから、私が夫とこの街へ戻ったとき、私と同じような子供たちに同じように手を差し伸べてあげたかったのです」

『……ん、どこにでも似たような話はあるのかな?』

「へえ、それがグレナディン一家の原点なんだあ。私はお婆に冒険のことは色々聞いたけど、それは初耳だなあ」


 ハルが少しばかり困惑した様子で呟くが当然周囲には聞こえない。そんな中でチェイスがほうほうと頷く。ライムも興味津々といった様子で、お婆に冒険者時代のことを尋ねた。


「あたしもお婆の冒険者時代の話、もっと聞きたいな。今まで私からは聞かなかったから。実際、あたしもアルク達と冒険してみて結構楽しかったし。お婆はAランクまでいったんでしょ」

「そうだねえ、凄いねえ。アルクのお祖父さんも雷鳴のラッドって有名な人で、Aランクだったんだけど、それと同じだもんねえ。オイラも詳しく聞きたいな」


 周囲からの期待にお婆は微笑むと、口を開き始める。


「私を連れ出してくれたその人は、腕は凄まじくたちましたが、少しばかり変わった性格の人でしたね。駆け出しのころから、自分に自らで二つ名をつけたり、格好いいからという理由で意味のないことに熱中したりする人でした」

『なにか既視感があるなあ』

(ねえ、ハル。お婆ってもしかして)


 アルクが、自身の推測をハルの伝えようとしたが、それより先にお婆が口を開く。


「私も疾風などと恥ずかしい二つ名を勝手に付けられ、随分恥ずかしい思いもしましたしね。挙句の果てに自分たちのパーティーに独断でつけた名前が漆黒の刃。今でこそ、勇名として轟いていますが、当時はギルドに行く度にクスクスと笑われ、皆恥ずかしい思いをしたものです。それにその人の持っている魔剣というのが人格を持つ類のものなんですが、破格の性能をもっているくせに、どうしようもないポンコツで」


 お婆はアルクと、その腕輪に視線を向け、悪戯じみた表情で笑う。


『ああっ⁉ いや、そんな馬鹿なッ。しかし、ポンコツというこの響き……まさかっ』

「やっぱりそうなんじゃないかな。ハル」


 ハルが信じられないとばかりに叫び、アルクはやはりそうだったのかとばかりにハルに呟く。パナシェとライムも会話の流れから、もしやと顔を見合わせた。そんな中、お婆は目を細め、そしてハルへと告げる。


「結局、最後まで思い出しませんでしたね、ハル。まさか、ここまで気付かないとは夢にも思い出しませんでした。共に旅した仲間としては、寂しい限りです」

『ああっ、ミオっ⁉ やはり、ミオなのか⁉』

「えぇ~⁉ お婆とハルって知り合いだったの!」


 ハルが驚愕の声を上げる。ライムもまたその事実に驚きの叫びを上げたのであった。


 


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