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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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一件落着


 レーヌからすこし離れた丘では、ロックとドラン騎士団との闘いが繰り広げられていた。と言っても、もっぱらロックがドラン騎士団を殴り飛ばし、殴られた相手は派手に宙を舞うといった光景が延々と繰り広げられている。初めはドランの提示した褒章にやる気満々だった団員たち。しかし、己の剣は容易くいなされ、それと同時に徒手空拳の男の拳の前に仲間が一撃でのされていくのを見るにつれ、最初の頃にみせた戦意はすっかり消え失せていた。


「うわっ、今の人派手に飛んだね」

『ああ、あれは流派などない、いわゆる喧嘩殺法という奴だろう。だが単純に強いな。しかも、恐ろしく喧嘩慣れしている。単身なのにも関わらず、常に自分に有利な位置を保ち、相手に数的有利な状況を作らせていない。アルクも参考にするといいだろう。お、今度はヤクザキックだな』


 ロックが繰り出した前蹴りが、ドラン騎士団の男のプレートアーマーをへこませ、後方へと吹き飛ばされる。後ろにいた男たちも巻き込まれ地面へともんどりうって倒れていく。その光景はまさしく無双という言葉がぴったりであった。


「ロックさん、強いねえ」

「でしょ。お兄ぃが本気出せばこんなもんよ」

「うーん、でもちょっと相手が弱すぎるなあ。曲がりなりにもいい装備整えて、騎士団なんて名乗ってるなら、もうちょっと骨があってもいいと思うんだけど」


 アルク達は少しばかり離れた場所で、地面に腰を下ろしながら、その戦いを眺めていた。時折チェイスが持ってきてくれたお菓子などをつまみながら、和気藹々と話していると、まるで観劇でも見ているかのように楽しくなってくる。ライムやパナシェはしきりにロックに声援を送っていた。

 そんな中、アルクは騎士のキジョウとその秘書らしい女性がこちらに向かって歩いてきたのに気付く。すぐ隣まで来ると、キジョウはロックの戦いを頼もしそうに見ながら口を開く。


「いや、大したものだね、ロックは。あのぐらいの腕っぷしの者は、中央の騎士にもそうはいないよ。うちに欲しいぐらいだ」

「あら、駄目ですよキジョウ叔父様。兄さんはグレナディン一家の跡取りなんですから。それよりも一杯どうです。ちょうど見物な華もありますし」

「やれやれ、相変わらずだなチェイスは」


 澄ましたようなチェイスの態度に、キジョウは苦笑しながらも杯を受け取る。どうやら知己であったらしい二人を前に、ライムが呆然としながらもチェイスへ問いかけた。


「ちょ、ちょっと待って。お姉ぇ、その騎士の人と知り合いなの?」

「何言ってるのよ。ライムだって面識があるわよ」

「えっ⁉」


 こんどこそ驚愕に目を丸くしながら、ライムは叫ぶ。キジョウはチェイスから注がれた酒を一気に呷ると、ライムへと微笑みかける。


「まあ、会ったといっても一度きりだし、ライムはまだ小さかったから忘れてしまったのだろう。面白い子が入ったとジョーから聞いて逢いに行ったんだが、その時の私は少しばかり忙しい時期でね。お土産はたくさん持参したのだが、君と話す時間はあまり取れなかったしね」

「ほら、あなたも散々お菓子のおじさんって呼んでたじゃない」

「あ~~~」


 思い出したのかライムは両手を口に当て、驚きの声を上げる。


「じゃあ、この人ってパパやママと兄弟のように育った、あの王都に行ってすごい出世してる人のこと?」

「ああ、私も幼き頃に天涯孤独の身であったところを、グレナディン一家に拾われてね。本当は私もジョーやギンと共に一家を盛り立てていきたかったのだが、まあ色々あってね」

「父さんに母さんを取られたショックで、レーヌを飛び出ちゃったんだって」

「おいおい、チェイス。そんなあっさりと」

「えぇー。パパにねえ、まあ気持ちはわかるかも」


 わざとらしくしかめっ面を浮かべるキジョウを、ライムは顎を手にやりしげしげと眺める。アルクもグレナディン一家の頭領であるジョーの姿を思い浮かべた。山の熊を連想させる山賊然とした容貌のジョーと、まるで貴族の様に洗練されている精悍な偉丈夫のキジョウ。恋愛の物語の主役に据えたい人物としては圧倒的後者だろう。


『まあ、恋にも様々な形があるからな。アルクも大人になれば色々解ってくるさ。ああ、そういえばラッドのパーティーにもいたなあ。面食いのくせにジョーみたいな野暮ったい男とくっついてパーティーを離脱した仲間が。ほら、以前話をしたミオという女性がそうだったんだ』

 

 ハルも気が抜けたかのように、昔話を披露してきた。アルクがロックの方へちらりと視線を向けると、依然として大人数相手に立ち回る姿がある。あちらは流石に命のやり取りであるので、無双しているロックの表情も鬼気迫るといった感じだ。そんなロックをよそに会話に勤しんでいることを、アルクは少しばかり申し訳なく思った。流石に緩み過ぎていると思ったのか、パナシェも申し訳なさそうにロックの方を見ている。


「お~、やってるなあ」

「中々盛り上がってるじゃないの」


 再び呑気な声と共に、今度はジョーとギン、そしてお婆が街の方からやってきた。ジョーはキジョウの姿を見つけると、手を上げながら嬉しそうに駆け寄ってくる。


「キーちゃん、久しぶりだな」

「おおっ、ジョーちゃんもギンさんも元気そうでよかった。義母さんもお変わりないようで安心したよ」


 キジョウも手を広げ、ジョーを迎える。そして二人はガシッと固く握手を交わす。ギンも少しばかり遅れてやって、そんな二人の肩を両手でバンバンと叩いた。一しきり笑い合うと、ジョーとギンはライムへと視線をうつす。


「おぉ~、我が娘よ。無事だったか」


ジョーは、ガバっとライムを抱きしめた。


「ちょ、やめてよパパ。恥ずかしいじゃない」

「親子なんだから、恥ずかしいことなんかあるかっ。奴らに何かされたか?」

「ううん、危ないところだったけど、アルク達が助けてくれたわ。ラチャオもアルクがきっちりしめたしね」


 ジョーは隅で転がされているラチャオをジロリと睨む。続々と集まるグレナディン一家の姿を見て、ラチャオは顔面を蒼白とさせていた。次にアルクの方を向くと、頭を深々と下げる。


「アルクさん、娘が二度までもお世話になって……感謝の言葉もございません。今後アルクさんに何かありましたら、グレナディン一家総出となって加勢しましょう」

「えぇ……」


 その剣幕にアルクは引いていしまう。そんなジョーの頭をギンがスパンと叩く。


「だから、子供を脅すのはやめなさいって。でも、義母さんの言った通りだったわ。アルク君がいるから大丈夫って。お婆は本当にアルク君のことを買っているのね」

「だからいっただろう。アルクさんは他の人たちとは少しばかり違うって。いわゆるチートって奴さね」


 お婆がそう言って、アルクににっこりと笑いかける。そして、今戦闘中のロックへと視線を向けた。


「ふむ、そろそろ終わりそうだね」

「なあ、キーちゃん。なんでロックはドランなんかと闘ってるんだ?」

「それは、ドランがグレナディン一家の麻薬密売をでっち上げて、この街の領主へと治まろうと画策していたからだろうね」

「はあ、なんだぁそりゃ」


 キジョウの説明に、ジョーは素っ頓狂な声をあげる。


「なあ、ドランの野郎って、ノーマンから本当に何も聞いていないのか?」

「らしいね。まあ、あのドランという男は誇大妄想な癖があってね。おまけに非常に利己的ときてる。ノーマンも、息子とはいえ我々との関係を知られたら密告でもされるとでも思ったのかもしれないね。彼の息子を語るときの顔は本当に苦しそうだからね。次男のデキスは非常に優秀なんだが」

「じゃあ、なんだ。ノーマンと俺らが裏でがっつり協力関係にあるってことすら知らねえのか。じゃあ、今回の一件は茶番もいいとこだなあ。そんな茶番に全力で乗っかって、裏でこそこそ工作する裏切り者もとんだ道化者だな、おい」


 憐憫すら感じられる表情で、ジョーたちはラチャオを眺める。

一方、ジョー達の会話を聞いたアルクたちはその話の内容に、思わず顔を見合わせる。アルク達は、今まではキジョウがレーヌの街に査察に来るものと思い直訴にきた。それは違うことは判ったが、依然としてドランが領主の息子であるということは変わらない事実であり、麻薬を扱った事実があればグレナディン一家が冤罪に陥れられるとアルク達は思っていた。


「ねえ、パパ。これってどういうことなの?」


ライムが堪らず、ジョーへ説明を乞う。ジョーも少しばかり困惑した様子で、


「いや、俺らも正直よくわからん。今回のことは、唯麻薬を売買する馬鹿がいたとしか思ってなかった。だから不可解に思いつつも虱潰しに潰してたんだけどよ。まさか、グレナディン一家を冤罪で潰し、レーヌを乗っ取ろうなんて大それた計画があるなんて、思ってもみなかったんだよなあ」

「領主のノーマンと、私たちは幼馴染でね。彼も先代の数ある妾腹の子の一人だったから、幼少期は我々と一緒にこのレーヌで貧民同然の生活をしていたんだ。ある時先代が死んで、後継者争いが勃発したとき、ノーマンのバックについたのがグレナディン一家でね。友人と呼べる間柄ではないかもしれないが、我々に非常に理解を持つ有力者だ。今も表立っては動けない案件はグレナディン一家に依頼し、その変わりにレーヌでのグレナディン一家の権益を暗黙の了解として認めているという訳だ。義母さんのいたころは、そんな協力関係などない血みどろの抗争が日常茶飯事だったらしいけど、今はそんな時代じゃないしね」

「じゃあ、なんでドランはあんなことを」


 アルクは、ドランがあれ程自信満々に振る舞っていたこと全てが、虚偽だったとは未だ信じられなかった。


「まあ、それについては私が悪いのかもしれないな。出世する上で、悪名も散々に手にしてしまったからな。そんな私がレーヌに行くということを、なんらかの形で知ってしまったのだろう。そして、利用できると思い、自らの誇大妄想を刺激させてしまった、というところではないか」

「そして、同じ性癖を持つラチャオという間抜けな餓狼ちゃんと手を結んだって訳ねん」


 唐突に割り込んでくるバリトンボイス。まるで瞬間移動してきたかのごとく、すこし離れた場所には女装した筋肉がそびえたっていた。


「うわっ、いつの間に」

『アルク、さっきからマップの確認を忘れているぞ。疲れているときこそしっかりしなければ』


 全身の気怠さはピークに近い。次から次へと移り変わる展開に、思考を切って眠りたい衝動に襲われてくる。


「これは、ゴンザレス殿。お久しぶりです」

「うふっ、今は真名のフランよ、キジョウちゃん。面白そうだから見物にきちゃった」


 知り合い同士なのか挨拶を交わし合う両者。フランは最後に盛大にウインクするのを忘れない。呆然とするアルク達を見ると、面白そうなものでも見たとでもいうように、意地の悪い顔で笑い、そして知りたくない現実を平然と突きつける。


「ようは、アルクちゃんたちは先走っちゃったわけ。今回の一件はドランというお馬鹿さんの独りよがりな暴走よ。そこに間抜けなラチャオが乗っかった。ロックちゃんはライムちゃんを危険に近づけたくなかったから、麻薬の件に関しては緘口令を敷いてって訳ね。グレナディン一家は麻薬を製造する不届き者がいるとは思ったけど、それが領主の息子のレーヌ乗っ取り計画だとは夢にも思わなかった。だってグレナディン一家の最大のパトロンが現領主のノーマンなんだからね。グレナディン一家を潰すことは領主にとっても不利益よ」

「それってつまり」


 ライムがおそるおそるといった様子でフランに尋ねる。アルクもそれを知ってしまったらこの体の倦怠感が限界を超えてしまうため、出来れば聞きたくない思いだった。パナシェも難しい顔で話を聞いている。


「アルクちゃんたちが動かなくても、別にグレナディン一家はびくともしなかったわ。領主は良好な協力関係にあるグレナディン一家を、冤罪で追い込むことなんてするわけない。麻薬の製造拠点は一家総出で潰してたし、いずれラチャオがやったってことも判明したでしょうね。それにラチャオを刺激してライムちゃんが危険な目にあうこともなかったわ。それに、あそこで蜘蛛の子を散らしているかのように逃走している騎士団ごっこのボウヤ達。あんなの門閉じてレーヌに入れなきゃ問題なかったわよ。その間に領主に書簡なりなんなり送れば、ドランも自宅で蟄居処分ぐらいにはなるでしょ」

「それじゃあ、あたし達唯の馬鹿だったってことっ⁉ 今までのは全部あたしの独りよがりっ?」


 ライムの悲鳴に、フランは顎に指をあて微笑む。


「まあ、そこまでは言わないけど、端的に言うとそうなっちゃうかもしれないわね。ご愁傷様」


 その言葉が終わるや否や、ライムは兄の戦う現場へと駆け出していく。既に騎士団は潰走し、倒れている者と逃げている者しかいなかった。ドランも馬首を翻し逃走を図ろうとするが、拙い馬術のためか、馬が暴れ出しあえなく落馬する。這って逃げようとするドランへとゆっくり歩み寄るロック。ライムは遠くからロックへと向かってとびきりの大声で叫ぶ。


「お兄ぃーーーーーー! その馬鹿、殴ってッ! 思いっきりぶん殴ってーーーーー」


 既に襟首を持ち上げ、拳を握りしめていたロックは、きょとんとして表情でライムを見た。しかし、了承したとばかりに笑みを浮かべ、拳を宙に掲げる。次の瞬間、ドランの身体は大空を舞っていた。


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