兄妹
グレナディン一家の三代目、ロックはそのとき確かに荒れていた。周囲からの勝手な期待と失望、名声をとどろかせる家族、至らない自分への不満、様々なものが大人になりかけている青年の心をかき乱していたのだ。
そんなある日、一家で一番敬われていた伝説と謳われる祖母が一人の少女を連れてきた。ガリガリに痩せたライムという名のハーフエルフの少女だ。祖母のそうした行為は珍しくなかったので、最初はその少女を気に掛けることなどはなかった。しかし、最初はただ弱々し気だったライムという少女は思わぬ成長を遂げることとなった。一家の誰よりも、その家名に強い誇りを抱き、その理念を体現しようと振る舞い始めたのだ。その健気さに、ロックの反抗期に揺れていた一家は次第に惹かれ、やがてその中心となっていた。
ロックはそれが面白くなかった。その血統を受け継ぎ期待され、そして失望の声を勝手気ままに届ける周囲に反発していた自分。そんな中、現れたライムという少女にロックは焦りというものを感じてしまったのだ。そんなある日、グレナディン一家としてさも当然と振る舞い始めたライムに苛立ちを覚えたロックは、つい挑発的な一言を投げかけてしまう。
「拾われた分際で随分偉そうだな」
「ッ⁈」
ライムのその揺らいだ弱々し気な表情を見た瞬間、ロックは途轍もない後悔に襲われた。手折られた花のようになってしまったライムの、その落ち込んだ表情が自分を途方もないクズと認識させるには充分であった。謝りたいという気持ちは強かったが、常に胸に渦巻く行き場のない怒りがそれを押しとどめる。やるせないその想いが、ライムへの素っ気ない態度を加速させ、いつしか父親のジョーとはライムのことで毎日のように殴り合うようになってしまっていた。
そんな、ある日。あてもなく街をぶらついていると、普段ロックと敵対しているゴロツキたちがライムへと絡んでいるのを発見した。それは先日ロックがしこたま殴った男であり、たまたま通りがかったライムを小突きまわすことで憂さを晴らそうとしたのである。ロックはすぐさま助けようと思ったが、普段グレナディン一家の理想を声高に唱えているライムの顔が浮かび、誰も助けを呼べないこの状況でどう振る舞うのかということに興味が湧き、暫く傍観することにしたのだ。
「おうおう、このクソガキ。グレナディン一家がなんぼのもんじゃい」
「うぐっ」
男に軽く蹴り飛ばされ、地面へ転がるライム。
「ほらっ、謝れよ。でかい顔して、ごめんなさいって。そしたら勘弁してやるぞお」
そういって、男達はライムを嘲笑う。しかし、ライムはなんとか立ち上がると、自分よりも大きな男達へと向かって啖呵をきった。
「いやだっ。グレナディン一家は非道なことには屈しないんだよっ。仁義だもんっ」
「あははっ、拾われたガキがなんか言ってやがる」
髪を掴まれ、ふたたび地面へと引き摺り倒されるライム。
「お前、ロックの野郎と大層仲が悪いみたいじゃねえか。あの野郎は嫌いだけど、その点だけは同情するわ。お前みたいな生意気なガキを家族扱いしないといけないんだもんな。お前らのとこのは、しょせん家族ごっこなんだよ」
しかし、ライムは何度倒されても立ち上がる。そして、想いをぶちまけるように叫ぶ。
「お婆が言ってた。同じ思いを貫くなら、家族になれるのがうちの一家だって。あたしだって、グレナディン一家の仁義を貫くっ。それで……あたしも家族に、なるんだっ!」
「チィ、うぜえ」
その横っ面を殴り倒そうと振り上げた腕は、しかしビクとも動かない。振り向いた男は、自身の腕を掴んでいた人物の顔を見て凍り付く。
「なっ、ロッ……」
「飛べ」
ロックは男の顎に拳を見舞う。その体は宙へと浮き上がり、きりもみしながら地面へと落ちた。
「失せろ、殺すぞ」
「ヒィ」
ゴロツキたちは、気絶した男を引っ張りながら一目散に退散する。ライムは地面にぺたんと座りながら、ただロックを呆然と見上げていた。
あの時、ライムが想いの丈を叫んだ時、ロックの胸の中に今までわだかまりとなっていた想いが氷解し、すとんと落ちていくのを感じた。今まで感じていた焦燥は、ただ自分がかつて憧れていた祖母や祖父、そして両親と同じように出来ていないという己の未熟さからであったことを思い出す。一人前になろうとして上手くいかず、いつしか唯の反発となってしまったかつての想い。その憧れを今、目の前の幼い少女が体現していた。気付くと、足は自然に動き、ライムを助けていた自分がいた。
いまだに信じられないといった様子で、自分を見上げる幼い表情の義妹。これまでのことを謝りたいと思ったロックは、どのように謝ろうか頭を悩ます。なかなか適切な言葉は浮かんでこなかった。ただ、ロックはしゃがみ込むとライムの頭を撫で言った。
「よくやったな」
その瞬間、ライムの瞳が大きく見開く。そして、まるで花が開くかのように、満面の笑顔を浮かべ、「うんっ」と大きく頷いた。その笑顔に思わず見惚れてしまったロックは、家族がこの少女に入れ込む理由を理解したのであった。
その日からロックは憑き物が落ちたかのように穏やかとなり周囲を驚かせた。そして、その後ろには常にライムがいて、「お兄ぃ」と懐く姿があり、一体何事があったのかと一家の者は首を傾げたのであった。
駆け付けたロックは全身に滝のように汗をかいていた。肩で大きく呼吸をし、ライムの姿を見つけると安堵の表情を浮かべる。
「ライム。よかった、無事か」
「うん、お兄ぃも大丈夫?」
「まあな」
見るからに疲弊しているロックであったが、ライムへと穏やかに微笑む。そして、ドラン達の姿を見つけると、敢然とその前へと進み出る。
「これはこれは、ドラン様。このような物騒な連中を引き連れて、今日はどうされたのですか」
「ふうむ、わが友。いや友だったというべきか。グレナディン一家が麻薬製造に携わったとの情報を手に入れてな。看過できぬと、我が騎士団を動員したのだ」
「成る程、ねえ」
ドランの説明に適当に相槌を打つロック。その眼には剣呑な雰囲気が漂っている。そして次にキジョウの方に視線を向けた。キジョウもそんなロックに対し、保護者のように優し気な表情で頷く。ロックはそんなキジョウに声をかける。
「おじ……。キジョウ殿は今回の件はどう思われますか」
「ふむ、私としては唯友人と会うために、レーヌを来訪しただけなのだが、偶然ドラン殿と出会ってね。今回の件はドラン殿の暴走だろう。私はドラン殿の父上のノーマン殿とは幼馴染なのだが、彼にこのレーヌを一任するなどという話は一切聞いていないからね。グレナディン一家が麻薬製造に携わったという証拠もないし、取り締まることはできないだろうね」
キジョウの話を知らなかったらしいドランが、驚きを顔に張り付かせキジョウを詰る。
「なっ、キジョウ殿と父上が知り合いなどとは今聞きましたぞ。キジョウ殿っ、私を謀っていたのかっ⁉」
しかし、キジョウはそんなドランに飄々とした様子で接する。
「聞かれませんでしたからな。ノーマン殿にはあなたの弟であるデキス殿をよろしく頼むと紹介されてはいますが」
その一言はドランにとって痛いところを突いたらしく、顔を歪めキジョウを睨み付ける。
「ぐぬう、父上め。私という存在がありながら」
ロックはそんなドランを面白いといった表情で眺めていた。そして、獲物を定めた狼のように眼光鋭くドランを見つめると、一つの提案を持ちかける。
「ドラン様、どうやら我々の容疑は証拠不十分で立件は出来ない様子ですね。ですが、こういうのはどうでしょう。今、私とそこのザ……ドラン様の騎士団で決闘を行い、全てを決めるのです。もし私が負けたのであれば、グレナディン一家の全てを、という訳にはいきませんが私が任されているシマの権益全てを差し上げましょう」
「おおっ、それはまことか。ははっ、決闘は騎士の誉れよな。君という奴もなかなか見上げたところがある」
じわじわと追い詰められていたドランは、ロックの提案に喜色満面の様相を浮かべる。そんなドランにロックは挑発的に笑みを浮かべた。
「ええ、ですが私が勝ったのならば……」
「ふむ、この人数でそれはありえないだろうが、言ってみたまえ」
「テメェのそのお目出度い顔を、全力で一発ぶん殴る。さあ、これに乗るかい」
ロックはその声に威を込めて、告げる。ドランはすぐにはその侮蔑を理解できず、ぽかんとしていたが、意味を理解すると顔を怒りで真っ赤に染め上げ部下へ振りかえる。
「誉れ高き我が騎士団よ。この不届き者に誅を下せ。首を取った者には、金も女も想いのままにくれてやる。殺せっ」
「ようしっ! 合意は取れたってことだな」
ロックは着ていたコートを脱ぎ捨てると、両の拳を合わせ、指をパキリと鳴らす。思わぬ展開に、アルクはライムに大丈夫かと問う。
「ロックさん一人で大丈夫なの? 僕たちも加勢した方がいいんじゃないかな」
「ん~~、お兄ぃなら一人で大丈夫じゃない? 昔、百人ぐらい一人でボコったって自慢してたし」
「そうよぉ、あれでもグレナディン一家の長兄なんだから、大丈夫。アルク君たちはここで休んでて」
「うわぁ」
突然チェイスが現れ、アルクの肩に顎を載せながら会話に乱入してきた。アルクは驚きに思わず声を上げる。ライムはそんなチェイスに気安く声を掛ける。
「あれっ、チェイスお姉ぇ、来てたんだ」
「まあね。ライムが攫われた後、ホップがウチに駆け込んできたんだけど、その時のロック兄さんが凄かったのよ。ライム―って叫びながら、アジト飛び出して街中走り回ってたんだから。まあ、お婆はアルク君がいるから多分大丈夫だろうって、お茶をのんびり飲んでたけどね」
そう言いながらコロコロと笑うチェイス。アルク達の横にどかっと腰を下ろしながら、酒瓶を取り出す。そして、手酌で杯に酒を満たし、飲み始める。
「ぷはあ、賭博と喧嘩はレーヌの華ってね。さあ、ロリコン騎士団とグレナディン一家の長兄との闘いが始まるよ。どのくらい持つのか見ものだねえ」
いつもの温厚なチェイスとはかけ離れたその姿にアルクとパナシェは戸惑ってしまう。しかし、ライムは見慣れているのか、笑いながらチェイスの隣の腰を下ろし、チェイスの持参した餅をぱくつき始めた。
「チェイスお姉ぇ、こういうの好きだもんねえ」
「いやあ、やっぱ喧嘩はステゴロだよぉ」
物騒な会話を呑気に交わす姉妹。唖然とするアルク達に、隣へどうぞというように、パンパンと地面を叩くライム。最早考えるのも疲れたアルク達は大人しく横へと腰を掛けることにした。
「おっ。始まるみたいだね」
「お兄ぃ、がんばれーーーー」
今、目の前ではドラン騎士団五十人と、グレナディン一家の長兄のロックの決闘が開かれようとしていた。しかし、呑気に声援を送る妹達の存在のため、緊迫感を覚えることは一向になかったが。




