直訴
ラチャオたちとの闘いの勝利に沸き立つ三人。だが、すぐに次の問題に頭を悩ませることになった。今、こうしている間にも、中央より騎士が査察に訪れに、このレーヌへと向かっているのだ。時刻は既に正午近い。下手をしたら今この瞬間に、レーヌへとたどり着いているかもしれない。
『こうしてみると、問題は山積みだな。ラチャオの話を信じるなら、いまだにドランという難敵が残っている。しか、彼はラチャオのようなゴロツキとは違い、領主の息子という身分を携えてもいる。もし、彼が今回の査察の騎士と懇意にしているのなら、冤罪に近い形でのグレナディン一家の制圧も可能かもしれない』
「そんなぁ、じゃあどうすればいいの、ハルさん?」
パナシェが悲痛な声でハルへと訴える。そんな中、アルクはじっと考え込んでいるライムをただ眺めていた。ライムが何か覚悟を決めようとしているように思えたのだ。暫くして、ライムは決意に満ちた瞳でアルク達へと向き直る。
「こうなった以上、あたしが査察にきた騎士に直訴しようと思う。幸いラチャオはこっちで捕えているしね」
『だが、もしドランがラチャオを切り捨て、しらばっくれるようなら厳しいかもしれないぞ。フランなら今回の件の証言者になってくれるかもしれないが、相手は腐っても貴族だ』
「それでも、もうこうするしか他に道はないわ。あたしを拾って育ててくれたグレナディン一家を見捨てるなんてことは絶対に出来ない。例えあたしの命を懸けてでもね。あなた達には本当に感謝しているわ。でも、後はあたし一人でやるわ。さすがにこれ以上はあなた達に迷惑はかけられないし」
決死の想いを吐き出すライム。アルク自身も既にオーバーブレイクの使用によって、暫くはまともに戦えそうにはなかい。しかし、そのライムの決意に最後まで付き合いたいと思った。
「一緒にいくよ、ライム」
「……いいの?」
ライムの瞳が僅かに揺れる。すかさずパナシェが、ライムの手を両手で取った。
「だって、オイラ達友達でしょ?」
「……。本当は一人だと心細かったの。でも、あなた達と一緒なら、絶対にやれそうな気がするわ。ありがとう、アルク、パナシェ」
三人は見つめ合うと、頷いた。これからより大きな困難に挑むというのに、軽快に笑い合う。今回の戦いを経て、その絆はより確かなものになっていた。この三人ならば、怖いものなど何もなかった。
正午。レーヌの街が昼食時で賑わうとき、その街を見下ろす丘の上には五十名程の集団がいた。いずれもが兵士として正装に身を包み、それなりに高価な剣を携えていた。彼らはドランが地元で燻っているごろつきに声を掛け、直々に集めたドラン直属の部隊であった。といってもそれは正規のものではなく、地元ではドランの領主ごっこと揶揄されるものであったが。見る者が見ればそれは烏合の衆ということが一目でわかるほど、統率が取れていない。高そうな制服はだらしなく気崩され、絶えず下卑た談笑が止むことはなかった。その有様をみたキジョウは思わず眼がしらを抑える。
「どうされましたか、キジョウどの」
「いえ、少し立ち眩みがしまして」
「おお、それはいけない。すぐさまレーヌの街へといって、休息を取ることにしましょう。その間、私がこの街に巣食い、麻薬という悪魔の所業に手を染めた悪辣非道のグレナディン一家を、このドラン騎士団を率いて制圧するという手筈はどうですかな」
「どうですかな、と言われましても。ドラン殿、私は何度も言っていますが、この街にはただ知己に会いに来ただけなのです」
「ハハハ、表向きは、ということですな。いや、潰し屋キジョウの名は、私も聞き及んでおります。察するに苦労も多いのでしょう。今回の件は私が主として行うので、キジョウどのは休んでくだされ」
ドランはキジョウの言葉を一向に信じることなく、ただ鷹揚に頷いて見せる。そして、部下たちに自身の威を示すかのように、馬を走らせるとやあやあと声を掛けていく。その度にわっと歓声らしき声があがり、ご満悦の表情を浮かべるドラン。しかし、キジョウにはその中に嘲笑じみた雰囲気が含まれているように感じた。しかし、ドランはまったく気にしている様子はないが。
「なんというか、聞きしに勝る人物ですね」
「そうだな、ここまでとは思わなかった。私も彼の父親とは知り合いではあるが、彼が口を閉ざして語らなかった理由がよくわかる」
キジョウの隣にいた眼鏡の女性が呆れたように呟く。キジョウの秘書官であるミズハであった。黒髪のショートカットの出で立ち、誰もが美人と評するだろう容貌を持っている。今回のキジョウのレーヌ訪問では、個人的に付き添ってくれていた。二人でレーヌへ行く途上、何故かドランとその騎士団に待ち伏せされ、同行する羽目になってしまっていたのだ。
ドランの悪評は中央でも少しばかり有名だ。自身の狭い世界に閉じこもり、日がな一日ぶらぶらしては、小さな幼女に声をかけまくっているという話が常に聞こえてきていた。
「しかし、彼がグレナディン一家を襲撃したのなら、どうなさるおつもりなのですか。彼はグレナディン一家が麻薬製造をしていると自信満々に話しておりますが」
「ふむ、それは絶対にないと言えるが、あそこまで自信があるということは、何かしら画策しているのだろう。まあ、でも放っておいて大丈夫だろうとは思うが」
「えっ、いいのですか。いくら雑兵とはいえ、この数ですよ。キジョウ様がどうにかなさるのですか」
「いや、その必要はないだろう。彼らなら……おやっ、あれは」
キジョウが目を細める。その視線の先には、数人ほどの人影が見えた。どうやらこちらへ向かってきているらしい。丘へと登ってくるにつれ、その姿がはっきりしてくる。それは奇妙な光景であった。まだ幼い子供たちが、一人の男を縄で縛って引っ張っているのだ。キジョウは呆けたようにその姿を眺めているが、その中の一人に目を止めると愉快そうに声をあげて笑う。ミズハがびっくりとした様子でそれを眺めていた。
アルク達はラチャオを引っ立てながら、レーヌの郊外の丘へと登っていた。その先には夥しい数の兵士たちがいる。
「多いなあ」
『五十人程いるな。アルク、もし戦闘になりそうならコテージに強引に逃げ込むんだ。コテージでの移動は出来ないが、コテージ内には数か月籠れるだけの食料もある。暫くは見張られるかもしれないが、奴ら如きにコテージを抉じ開けられる技量はないだろう。耐久作戦というやつだな』
「もしヤバかったらそれでいこう」
すでに全身の筋肉が悲鳴をあげている。歩くのも億劫なため、少し投やりな感じになりながら、アルクは答える。今すぐにでも地べたに倒れ伏したい気持ちが強い。それを押しとどめるのは、悲壮な覚悟で丘を登るライムがいるからであった。
「お、お嬢様。もう少しゆっくり歩いてください」
「うるさいっ! もっと、シャキシャキ歩きなさい」
悲痛な声で訴えるラチャオを、しかしライムは無常にもその身を捕縛する縄を引っ張り引き立てた。
「せっ、せめてそちらの加護持ちのお嬢さんに治療をお願いします。これは確実に潰れてる痛みですって」
最早なりふり構わず哀訴するラチャオ。しかし、そんな彼を女性陣は冷たく突き離す。
「あら、そっちの方が世界は平和になるじゃない」
「そうだよ。慈悲はないよ」
その言葉に意気消沈しながら、内股で付き従うラチャオ。アルクは、流石に同性として流石に少しばかり気の毒になる。そして三人はドラン達の前へと進み出ることになった。中央から来たという騎士は、眼鏡の女性連れの精悍な顔立ちの男だろう。しっかり伸ばされた背筋や、服の着こなしが周囲とは一線を画す雰囲気を醸し出している。洒脱な雰囲気のドランですら、その男と比べるとどちらが貴族なのか分からなくなるほどだ。
「おお、ライム嬢。こんなところで奇遇ですな。それにご友人のお嬢さんも」
大手を広げ、ライムやパナシェに熱い視線を送るドラン。しかし、ライムはそんなドランを無視してキジョウを真っ直ぐに見据える。
「あなたが中央からやってきた騎士のキジョウ様ですか」
男は一瞬、おやっと首を傾げたが、柔らかくライムに向かって微笑むと頷いた。
「ええ、いかにも私がキジョウです」
「では、今回の麻薬の一件で来られたのですね」
「……まあ、そのことについても一応聞き及んでおります」
ライムは、一度アルク達を振り返る。アルクとパナシェは唯黙って頷いて見せる。ライムも少しばかり微笑むと、頷き返し再度キジョウへと向き直る。
「キジョウ様。今回の件、全てこのラチャオと、そこにいるドランが企てたことなのです。麻薬売買を手掛け、そしてその罪をグレナディン一家へと着せ、この街の利権を奪わんと画策しておりました」
そして、手元の綱を引きラチャオを前へと突き出す。
「ど、同志ッ!」
ラチャオを見たドランが動揺したかのような声を上げる。キジョウは興味深げにそれを眺めている。そんな中、ラチャオが先ほどまでの殊勝な態度が嘘だったかのように豹変しながら、キジョウへと哀訴し始めた。
「騎士様ッ! この女の言っていることは全部出鱈目です。自分は麻薬の売買の真相を知ってしまい、この女たちに捕らえられ、拷問を加えられたのですっ。グレナディン一家は麻薬売買を行っていますっ」
「なっ⁉ あんたっ」
「むぅ、それは由々しき事態。キジョウ殿、やはりグレナディン一家は黒のようですな。今こそ我がドラン騎士団が正義の刃を振り下ろし、この腐敗の都を浄化せねば」
ラチャオの抗弁に、ドランがしらじらしく乗っかりながらキジョウへそう告げる。アルク達はその茶番じみた嘘に呆然としてしまい、一瞬言葉を詰まらせてしまう。そんな中、ライムが必死の思いで、ラチャオたちの嘘を糾弾する。
「キジョウ様、こいつらは嘘をついていますっ!」
「嘘とは心外な。こんないたいけな花を欺くとはやはりグレナディン一家は外道と言わざるを得ませんな。キジョウ殿、私はこの娘たちを保護し、今からグレナディン一家を騎士団全員で制圧しようと思うのですが、いかがか」
ドランはあくまでシラを切り続け、キジョウにグレナディン一家の制圧を促す。キジョウはそんな両者を比較するように見やる。そして、ライムに向かって優しく微笑んだ。
「ライム、安心してほしい。私は別に査察のためにレーヌに来たわけではない。グレナディン一家が潰されることなどありえないから大丈夫だ」
「えっ⁉」
「なっ⁉ 査察官殿ッ?」
キジョウの言葉に、ライムとドランが同時に驚く。ドランは信じられないという形相で、キジョウへと喰ってかかる。
「キジョウ殿、グレナディン一家は麻薬を扱っているのですぞ。この国の法で、麻薬売買に携わったものは極刑。いま、ここで彼奴等を看過するのは、無辜の民に刃を向けるのと同じことでは?」
しかし、キジョウはそんなドランに冷めた目線を向ける。
「たとえ、そうであってもスーラは法治国家なのです。しかるべき証拠をそろえ、正しい手順を踏まなければ、そのようなことは出来ませんよ」
「なっ⁉ 正義を行うのにそのような流暢なことをッ! それに私は領主の息子なのだぞっ」
「はあ、それがどうしたというのです?」
最早、投げやりなキジョウの態度にドランは激高する。そして、頼りにならないとばかりに自身の配下に向かって号令を下した。
「我が騎士団よ。この少女二名を保護せよ。我々はいまから逆賊グレナディン一家を討ち、このレーヌを開放する。武功を立てた者は褒章は思いのままだ。励めっ! ……ということだ、キジョウ殿。あなた達はそこで黙ってみていて欲しい。私が正道をしかと歩むところをっ」
「はぁ」
芝居がかったドランの態度に、キジョウは呆れた様子で答える。確かにあまりにもドランの態度が明け透けなためか、緊迫感には欠けていた。しかし――
「えっ。これ戦闘になる流れ?」
『あのドランという男、少しばかり頭のネジが緩んでいるな』
アルク達は戦闘の予感に緊張を強いられる。アルクは既にオーバーブレイクの代償で真面な戦力になるとは言い難い。仮にも相手の数は五十人。雑兵と言えど相手をするには無理がある。最悪、コテージへと逃走するしかないと覚悟を決めた時、周囲を揺るがす大音声とともに何者かが一人、こちらへと近づいてきた。距離が離れているため、アルクには何を言っているのか分からない。しかし、ライムはハッとした様子でその人物へと向かって叫んだ。
「お兄ぃーーーーーーーーーーー」
「ライムーーーーーーーーーーー」
こちらへと駆けてくる者。それはグレナディン一家の三代目、ライムの兄のロックであった。




