倉庫での決闘
ラチャオの魂の叫びを聞いたアルク達も、手下たち同様にドン引きしていた。
『あの男、正真正銘の本物のようだな』
「何言っているのかいまいちわからないね」
ねえ、パナシェと続けようと隣を見ると、スコップを両手で強く握りしめ、目を爛々と輝かせている姿があった。その姿はまるで獲物を見つけた猟犬のようだ。パナシェはアルクに許可を求めるように、じっとこちらの表情を窺ってくる。
『アルクッ! あの入れ墨の男がライムに近付いているぞ』
「ここが限界だね。行こう、パナシェ。あの入れ墨の男は任せていい?」
「うん、ちゃんと潰すから大丈夫だよ」
パナシェはすぐそばに転がっていた、大きめの石を拾いにこやかに笑う。アルクはその鬼気迫る様子にごくりと唾を呑みこむ。そして頷いて見せた後に、サンダーボルトを放つ。狙いは男達の後方。ライムを巻き込まぬようにしなければいけないので遠目に放つ。
「さあ、始めるよ。サンダーボルトッ」
ライムを巻き込まぬよう、男達の後方ぎりぎりへと放った雷撃は、少しばかりそれて更に奥へといってしまう。しかし、それでも五人のごろつきがそれを受け、悶え倒れる。それと程同時に、パナシェが石を投擲し、入れ墨男の顔面へとそれがめり込むのが見えた。
「行くよっ」
「うんっ」
アルクとパナシェは作業用通路からその身を乗り出し、跳躍する。それと同時にスローイング用ナイフをアイテムボックスより取り出しラチャオへと放つが、それは抜きはらわれた剣によって振り払われてしまった。そして、ラチャオは地面へと降り立ったアルク達を驚きの表情で見ている。
「大丈夫、ライム」
パナシェが、ライムへと駆け寄り、その捕縛に使われている縄を引き千切る。
「どうして……」
「ホップがあの現場を見てたんだ。だからすぐに助けにこれた」
『とはいえ、市街をひたすら駆けまわるのは骨だったがな』
涙を浮かべている少女の姿を見て、アルクはこの卑劣漢どもに怒りを覚えた。このレーヌの街で出会った、新しい友人。共に冒険に臨んだ仲間ともなった。そんな少女を傷つけようとした者達を許しておくわけにはいかない。
「さあ、落とし前をつけようっ!」
『ああっ、きっちりとな』
アルクは、いまだ狼狽している有様のラチャオに、挑発的な笑みを浮かべてみせた。現状を飲み込んだラチャオは怒りもあらわに、アルクを睨みつけてきた。
「ガキどもがっ! 何故、ここがわかった。尾行はなかったはずだ。こんなに早くたどり着けるわけがッ」
「ふふん、チートってやつさ」
そう答えるアルクに、ラチャオは一度俯いて深く溜息をつくと、再び顔を上げる。その表情は獲物を狩ろうとする肉食獣のように獰猛であり、今までの優男のような雰囲気は皆無だった。
「ただのガキと侮り過ぎたか……。だが、その中途半端な有能さがお前たちの死因となる。こっちにも余裕はもう無ぇ。悪いが……死んでもらうぞ」
ラチャオの放つ殺気が、アルクの肌をピリピリと刺激する。いつでも行動に移れるよう警戒していると、隣にライムとパナシェが並ぶ。そして己の武器をアルク同様構えて戦闘に備える。
「アルク、パナシェ、助けてくれてありがとう。こいつ等を倒すのに力を貸してくれる? あのロリ野郎をぶっ潰す!」
「うん、もとよりそのつもりだよ」
「そうだよ、ライム。それに師匠が言ってたもん。ロリコン死すべし、慈悲はないって」
アルクは武器を奪われたライムに、アイテムボックスを使用し、手早く手持ちの武具を何式か渡す。そして、戦闘を前に戦意を高揚させるかのように、声を掛けあった。そんな中、散々にロリコン呼ばわりされたラチャオは激高する。
「貴様らっ、俺をロリコンと呼ぶんじゃないッ!。 俺は、天使崇拝者だっっっ! 野郎ども、かかれっ」
男達が一斉にかかってくる。しかし、迎撃しようとするアルク達にすぐには襲い掛かることはせず、取り囲むようにして距離を詰めてくる。その動きも隙というものが少なく、荒事に慣れていることが見て取れた。アルク達が歩を進めると、その包囲も同じ様に動く。
『アルクッ!』
そんな中でハルがアルクに警告を促す。ラチャオが敢然とアルクへと突っ込んできたのだ。鋭く振り下ろされた斬撃を、しかし凝視し冷静に受け流す。モルトとの訓練を経たアルクにとっては、それは対処しうる程度の威力しかなかった。
「ッ⁈」
しかし、ラチャオはその勢いのまま、体を一回転させると、後ろ回しで蹴りをアルクの腹へと入れてきた。その予想外の動きに、まともに喰らってしまったアルクは勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
「がぁっ⁉ ごほっ」
腹部を貫く衝撃に胃液がせりあがる。堪えて、すぐさま立ち上がるが、目の前には追撃しようとしてくるラチャオの姿があった。咄嗟に体を捻らせ、その一撃を躱すと、地面を転がる様にして距離を取る。
『アルク、この男結構出来る。若頭の地位は伊達ではないらしい。油断するな』
ハルの言葉に黙って頷く。遠目にパナシェやライムを見ると、二人は背中合わせで戦っているが、波状攻撃の前に攻めあぐねているようであった。
「お前が一番危険そうだったからな。この俺が直々に相手してやる。男の子はタイマンだろぉ。このラチャオ様直々の最後の授業だ。あの世へと持ってきな」
ラチャオはそういうと両手に剣を構える。
『二刀流か、やっかいだな。アルクッ』
「うん、オーバーブレイクだね」
使用後はまともに戦闘が出来なくなるというデメリットがあるため、使用が躊躇われるが、長引けば自分たちの命がない。ここが使い時だろう。アルクは己の権能を解き放つ。
「ぐっ」
胸の鼓動が早まる。一瞬、周囲の騒音も途絶え、時間の流れがゆっくりと感じられた。自身の中の数値が急速に高められていくのが解る。権能が発動した後、アルクは四肢に力が漲るのを感じた。だが――
「この前ほどではないなあ」
『まあ、あの時は状況が状況だったしな。必要以上に出たのだろう。こいつをさっさと倒して、パナシェ達の援護へ行くぞっ』
「うん、そうだね」
オーバーブレイクの発動によって、一瞬それを警戒していたラチャオが何事もない様子のアルクを見、両手に剣を持ち飛び掛かってくる。アルクは難なくラチャオの斬撃を受け止めた。強化された膂力は、受け流すことも必要とせず、むしろ押し返せるほどだった。小さなアルクの身体でも、今はその斬撃で揺らぐことはない。驚愕に目を見張るラチャオだが、もう片方の剣をがら空きのアルクの胴にむかって薙いだ。
それもしっかりと見たアルクは、バックステップを踏み避ける。間発入れず、踊る様に二本の剣を繰り出してくるラチャオであったが、五感全てを向上させたアルクなら対処するのは可能であった。しかし――
「あらよっ、と」
「ぐふっ」
剣撃の合間に繰り出された回し蹴りが、再びアルクのみぞおちへと入り、アルクはたたらを踏んで後退る。二本の剣に意識がいっているため、どうしても足への反応が遅れてしまうのだ。肉体の頑健さも向上しているため先程のようには吹っ飛びはしないものの、それでも胸がせり上がるような呼吸の苦しさと、肋骨付近の痛みが辛い。
「どうだい、俺の長い足は。痛えだろう」
『アルク、トリッキーなあの動きに惑わされるな』
「気をつけるよっ」
再びステップを踏むラチャオへとアルクは向かっていく。受けるだけではどうしても後手後手になってしまうし、それが故に相手のトリッキーな動きに惑わされてしまうのだ。ならばこちらから仕掛ければ。
「おうおう、やるじゃねえか」
ラチャオは二本の剣で巧みにアルクの攻撃を捌いていく。そして、見覚えのある動きで、アルクに背中を見せてきた。
「ここぉ!」
「なんてな」
繰り出された足へ剣を振り下ろすも、その足はアルクにまで届くことなく、すぐに引っ込んでしまう。たまらず姿勢を崩してしまうアルク。その視界にラチャオのもう片側の足が靴の裏が見えた。今度は頭を仰け反らされ、先ほどよりも少しばかり多く後退する。
「ぐうぅ」
「俺の靴の味はどうだいっ」
衝撃とともに、鼻の奥がツンと痛み、暖かなものがこぼれ出す。拭うとそれは鼻血であった。口内にも錆びた鉄の味が広がる。目からは自然と涙がこぼれた。
「くそっ、フェイントか」
『大分やり慣れているな。オーバーブレイクを使用して、ここまで手こずるとは。どうする』
「このままじゃ、じり貧だし。何とかしないとね……」
ラチャオはニヤニヤと笑みを浮かべながら、片足を巧みに宙に浮かべ、アルクに向かって蹴り技を放つ真似をしていた。その挑発的な態度に、アルクは奥歯を噛みしめる。そんなとき、アルクの脳裏に一つの光景が咄嗟に浮かぶ。意を決して両手でハルを構え、アルクは気合の雄叫びをあげ、そしてドンと大地を踏みしめた。
じわりじわりとアルクは距離を詰める。その間、集中力を研ぎ澄ませ、四肢へと力を与える。ラチャオもそんなアルクを警戒しているのか、ステップを踏みながらゆっくりと距離を詰めてきた。互いの攻撃が届く距離まで縮まると、先に動いたのはアルクであった。
「おらあああっ!」
裂帛の気合とともに、全身全霊を込めて爆ぜるようにラチャオへと飛び掛かる。大きく振りかぶられた一撃をラチャオは受け流そうと、僅かに後退しながら利き腕で剣を構える。しかし――
「らああっ!」
次の瞬間、アルクの一撃はラチャオのその剣を断ち切り、少しばかりかラチャオの腕をも切り裂いた。驚愕に目を見張るラチャオ。アルクの狙いは初めから武器破壊にあった。メレンの迷宮でモルトが単眼の巨人相手に見せた、あの絶技。アルクという少年の自力では到底不可能であったが、ハルの権能と、そしてその刀身の絶大な威力ならそれは可能であった。
「てめえッ!」
ラチャオが残った剣でアルクの胸を貫こうと突きを繰り出す。アルクは身を屈めると同時に更に前へと出た。突きはアルクの肩を大きく切り裂く。焼けるような痛みがアルクを襲う。だが、これよりも強い痛みを自分はバーチャルで何度も経験している。耐えられないはずがなかった。
「何度も何度も蹴りやがってーーー」
アルクは踏み込んだ勢いのままに、己の足を振り上げた。
「ッ~~~~~~~~」
ラチャオの股間に埋まる爪先に柔らかな感触がある。内股となり、直立姿勢のままエビ反りとなった。口からは泡を吹き、ぐるんと白目を剥く。そのまま前のめりに倒れ、そしてぴくぴく痙攣しだした。
「やったあーーーーーーー」
「お手柄よっ、アルクッ!」
その瞬間、背後から歓声が響いた。振り向くと、パナシェとライムがこちらへと向かって手を振っている。周囲の男達もボスが倒されたことで動揺を隠しきれていない様子であった。アルクはオーバーブレイクが切れる前に片をつけんと、パナシェ達の加勢に向かう。その後、浮足立つ敵を片付けるのは容易く、戦闘は瞬く間に終了した。
「やったね、アルク。凄かったよ」
「ええ、最初はどうなるものかって冷や冷やしたけど、最高の一撃だったわね」
勝利の余韻に酔いしれるように、二人はアルクを称賛する。あの後、倒した男達を全て捕縛し、その動きを封じた。アルクの傷は、全てパナシェが癒してくれている。三人は勢いもそのままに、この後の話を始めようとした。しかし、アルクは急速に虚脱感に襲われ、たまらずぐらりと膝をつく。
「アルクッ」
「ちょっと、大丈夫なの」
「うん、オーバーブレイクが切れたみたいだ」
『やれやれ、ただのロリコンかと思えば、とんだ難敵だったな』
アルクは地面に転がされているラチャオを眺める。いまだ気絶しており、内股のまま腿をすり合わせていた。だがあの足技の前には本当に手こずらされた、とアルクは振り返る。次第に勝利を実感し、アルクは全身を襲う気怠さの中、安堵の笑みを浮かべたのであった。




