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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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救出


 ホップは信じられないものを見てしまった。暇を持て余し、ぶらぶらと散策していると、若頭のラチャオがライムの口に布を押し当て、気絶させた現場へと出くわしたのだ。そして、どこからともなく男たちが現れ、袋へとライムを押し来み、どこかへと連れ去ってしまった。

 ホップは恐怖からその場を飛び出すことも、尾行することも出来ず、ただその場へと座り込んでしまう。錯綜する感情の中、ふと姉と慕うライムが自分を親し気に呼んでくれる声が、頭の中に響いた。

その声でようやく立ち上がったホップは、周囲を見回す。あまりのことにどれぐらい時間がたったのかも分からない。不安で苦しくなる胸で、ホップは咄嗟にアジトへと駆け出した。暫くすると、ホップの目に以前盗みを働こうとした二人の冒険者の姿が見えた。相手もホップの姿を捉え、少女の方が軽く手を振ってくる。その気安い態度を見て、転びそうになりながら、這うように両手で地面とつき、その下へと駆け寄るホップ。そのただ事ならぬ様子に、冒険者二人も異常事態であることを察し、こちらへと歩み寄ってきた。


「どうしたの、ホップ?」

「大丈夫?」


 膝をつき、擦りむいた膝をパナシェが癒してくれる。ホップはありったけの想いを込めて、アルクに懇願するように叫んだ。


「お願いっ、ライム姉ちゃんを助けて」


 その言葉にアルクの雰囲気ががらりと変わる。表情はいつも通りの穏やかさを保ちながらも、真一文字に引き締められた口元には強い覚悟が現れている。


「ああ、まかせておけ。ホップ、何があったか教えて欲しい」




「じゃあ、僕らはライムを助けに行くから、ホップはこの件をグレナディン一家の人たちに伝えてね、いいね」


 バーチャルの訓練を終え、街を散策していたアルク達は、切羽詰まった様子のホップを発見した。ホップから詳しく話を聞いたアルク達は、すぐさまライムを助けに行くことに決める。泣いてるホップには、この件をグレナディン一家のアジトへ伝えてくれるように頼む。涙で濡れた顔で、ホップは頷くと、すぐさまアジトへと全力で駆けだしていった。


「やっぱし、あの男がクズだったんだね、アルク」

「ん、そうだね。証拠がなくても、とっ捕まえるべきだったかな」

『いや、それでしらばっくれられても拙いことにはなっただろう。だが、ライムを一人にしてしまったのは失敗だったな。まさか、こんな強硬策に出るとは。必要以上に追い詰めてしまったのかもしれないな』

「今は悔やんでも仕方ないよ。行こう、パナシェ、ハル」


 アルクはそう促すと、ホップが教えてくれた方向へとひたすら駆ける。


『幸い、ライムはパーティー登録をしているから、マーカーで判別できる。マップの範囲内に入ったのなら一瞬で位置を判別できるだろう。殺さず、攫ったということはまだ無事であると考えられるが、楽観は止した方がいいだろうな』

「うん、絶対に助けて見せる」

「落とし前をつけないとね」


 二人は全力で市街を駆け抜け、ライムの反応を探す。仲間の危機という焦燥が、いつも以上に全身に力を与えている。ただがむしゃらに走っていると、何事かと街の人々が若い冒険者二人を好奇の瞳で眺めてくる。そして、ついにマップの権能が仲間であるライムのマーカーを捉えた。アルク達は一度立ち止まると、顔へと流れ出る汗を拭い、呼吸を整える。


「いたね」

『案の定、敵の数も多いな。十五人か。廃工場のような雑魚であることを期待したいが、今回は黒幕殿が相手だ。そうもいかないだろう。気を引き締めて行けよ』

「うん、いざとなったらオーバーブレイクを使う」

『そうだな。だが、連戦となってしまった場合、あれは諸刃の剣だということも忘れるなよ。倒し切れなかった場合は我らの敗北ということになる』

「わかってる。パナシェ、着いたよ」


 アルクたちが辿りついた場所。そこは少しばかり奥まった場所にある、物流倉庫であった。ここにライムが囚われている。アルクはパナシェにそのことを伝えると用心深く、そこへと近づく。見張りらしい男が二人、周囲を警戒するように立っていた。


『あの廃工場のようにはいかないみたいだ。といいたいところだが』

「うん、裏側に道がある。ちょっと回ってみよう」


 マップには裏口へとの道が、明白に示されている。だが、ラチャオたちは気付いていないのか、そこは無警戒な有様であった。遠回りしていくと、そこには確かに扉がある。しかし、重そうな木箱によって、それは封鎖されていた。アルクは木の箱をためしに押してみるが、ビクともしなかった。


「……パナシェ」

「うん、任せてよ」


 アルクがお願いすると。パナシェが前へと進み出る。そして、木の箱を押すよう両手を添えると、全身を使うようにしてそれを押し出そうとする。


「ぐぬぬ」


すると、木箱はズズっと動きだし、扉は開くようになった。パナシェは手をぱんぱんと払い、笑顔でアルクに振り返る。


「退けたよ、アルク」

「うん、有難うパナシェ。よし、中に入ろうか」


 裏口から倉庫内へと侵入する。マップ内の敵を確認しつつ、安全地帯らしい二階へと駆け来み、作業用通路へと出る。そこから身を潜めて、下を窺うと、ライムが縛られ転がされているのが見て取れた。早く助けに行こうと、こちらを眺めるパナシェに対し、タイミングが重要だとハルが告げる。


『今は密集し過ぎてて、少しばかりやり難いな。相手も警戒を解いてはいない。タイミングを見計らってから飛び出すぞ』


 幸い、ライムの無事も確認している。アルクはパナシェに向かって合図をすると、ハルを剣へ変換し、機を窺うことにした。




 目を覚ましたライムは立ち上がろうとして、己の身が全身を縄で捕縛されていることに気付いた。状況を把握しようと、周囲を見回すと、風体の悪いごろつきたちが周囲にひしめき合っている。その中央にはラチャオがいた。


「お、目覚めたか。お嬢さんよ」


 しかし、その口調は今までのものとはガラリと変わっており、動かない体と合わせて、その正体をライムへと冷静に伝えていた。ライムは自分を謀っていた男を睨み付ける。


「全部、あなたの仕業だったのね」

「そうだよ。普通あの廃工場での件で、全部気付くだろ。それなのに、あんたときたら涙流しただけで、ペラペラ話してくれるんだからな。笑いを堪えるだけで精一杯だったぜ」


 以前とは違う軽薄な笑みを浮かべ、ラチャオが肩をすくめる。それを見たライムが歯ぎしりしながら、ラチャオを睨み付ける。


「あんた、ウチの家族をコケにして、無事で済むと思ってるの」


 しかし、そんなライムの言葉に、ラチャオは嘲笑をもって答える。


「はあ、お前わかってねえな。もう、詰んでんのはお前の一家なんだよ。中央から騎士が査察に来るって話、聞いてねえか。あれな、実は今日来るんだ」

「ッ⁉」

「ははっ、驚いたな。だから、お前には今日までは大人しくして貰わなくちゃならないんだ。あの忌々しい一家を殲滅するためにもな。お前が誰にも話していなかったのは幸いだった。これからお前は行方不明、グレナディン一家は麻薬製造の罪で獄につき、ドランのおっ坊ちゃんが、ここの町長として赴任するってのが今回のシナリオだ。俺もあの坊ちゃんに同志として気に入られているから、賭場や娼館などの経営利権を貰えるって寸法さ」


 もはやライムの生殺与奪を手にしていると感じているラチャオは、自分の思惑やドランとのつながりを、ライムへと向かってペラペラと話してくる。自分の家族を悪し様に言われ、ライムは怒りで目の前が暗くなるほどであった。しかし、今の自分は囚われの身であり、手足も満足に動かすことは出来ない。


「まあ、それまでは命だけは取らないでおいてやる。いざという時、ロックへの切り札になるだろうしな」

「あんたって奴は、どうしようもないクズね」

「あはは、怒ったってどうすることも出来ねえだろ。滑稽だねえ」


 そんな中、ラチャオの隣に一人の男が進み出てきた。それは廃工場で見かけた入れ墨の男だった。


「やっぱ、あんたの手下だったのね」

「ああ、こいつは腕っぷしは弱いが、色々使える男でね。こいつに指示して、ロックの名前で末端のクズどもに麻薬を作らせてたんだ。言っとくけど、お前が潰したあそこな、あれはそのうちの一つでしかない。今日、査察に来る騎士には別の場所を見せるつもりだ。それであえなくグレナディン一家は終わりさ」

「お、お頭ぁ。この子、めっちゃめんこいですねえぇ」


 そんな中、入れ墨の男が息を荒くしてライムを凝視しはじめた。どうやらこの男も、そういった性癖を持ち合わせているらしい。ラチャオはそんな男の様子に少しばかりうんざりした顔になるが、すぐさま意地の悪そうな顔をして、ライムを見下ろした。


「そうだな。まあ、ドランの坊ちゃんには傷をつけるなと言われているが、まあ舐める程度ならいいだろう。程ほどにな」

「い、いいんですかい」


 ラチャオの言葉に、目を見張り、一層息を荒くする入れ墨の男。ライムはラチャオの言葉を聞き、身を捩らせて、すこしばかり後ろへと下がった。


「でも、お頭はいいんですかい」

「ああ、俺にその趣味はない」


 しかし、その次に続けられた言葉に、その場の全員が凍り付いた。


「どう考えても年を取り過ぎているしな」

「は、はあっ?」


 入れ墨の男も、少しばかり反応に困った様子で相槌をうつ。しかし、ラチャオの中のなんらかのスイッチが入ってしまったのか、ラチャオは語り始める。


「いいか、お前ら、よく聞けよ。女の子ってのはな天使なんだよ。穢れを知らない、無垢で、無邪気で、あどけない天使なのさ。しかし、そんな時間は長く続かない。やがて少女は時の流れに穢され、打算でのみ動く牝になっちまうのさ。こいつも出会ったときは天使だったが、時間に穢されちまった。もう手遅れなんだよ。畜生、時間って奴は、なんてっ、なんてっ……残酷なんだ」


 ラチャオの頬を一筋の涙が伝い落ちる。辺りはしんと、静寂に包まれた。再びラチャオが口を開き、魂を絞り出すかの如く叫ぶ。


「知ってるか? 古のエルフの秘薬に、知性も魂も留める不死の薬があるらしい。それは伝説かも知れないが、俺はそれを生涯かけて探し出す。そしてッ! ここにっ! 天使たちの住まう王道楽土を築き上げて見せるっ!」


 感極まったのか、仰け反り、絶叫を上げるラチャオ。それをライムは感情の籠らぬ目で眺めていた。最早この男になんの感情も抱いてはいない。あの日、優しく自分を慰めてくれたのは、欲などない理知的な大人の優しさと思っていたが、純粋な狂人の欲望であったのだ。それに惑わされ、容易く拉致されてしまった自分の身を、ライムは唯々恥じた。


「はぁはぁ、熱くなっちまったな。って、訳だ。続きをしてて構わないぞ」

「えっ、あっ、はいっ」


 入れ墨の男は正気へ帰ると、ライムへと手を広げ、おそるおそる近づいてくる。ライムももはやこれまでと覚悟を決め、ただじっと目を閉じた。その瞬間、轟音が響く。


「ぐべぇっ!」


 そして次に鈍い音とともに、蛙の潰れたような悲鳴が聞こえ、ライムは目を見開く。目の前には顔面に大きな石をめり込ませ、昏倒している男、そして見知った二人の仲間の姿があった。


「大丈夫っ、ライム」


 パナシェがライムに駆け寄り、手足を捕縛している縄を引き千切る。ライムは自由になった手足をほぐしながら、立ち上がった。ラチャオたちも突然の乱入者に驚きを隠せず、その姿を呆然と眺めていた。


「どうして……」

「ホップがあの現場を見てたんだ。だからすぐに助けにこれた」

『とはいえ、市街をひたすら駆けまわるのは骨だったがな』


 振り返り、微笑むアルク。今、あっけなく自身の想いを打ち砕いた男がいれば、それとは別に頑なにそれを守ろうとしてくれる者もいる。自分の家族もそうだし、出会ってあまり日もたっていない目の前の友人の冒険者もそうだ。そのことに、ライムは自然と目尻が熱くなった。


「さあ、落とし前をつけようっ!」

『ああっ、きっちりとな』


 ライムの目の前でアルクは、いまだ狼狽している有様のラチャオに、挑発的な笑みを浮かべてみせた。


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