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少年と剣  作者: 編理大河
義賊の街
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誘拐


 廃工場での戦いを終えた日。アジトに戻り、夕食を食べ終えたアルク達は、与えられた客間に集まっていた。今後の方針について話し合うためだ。ベッドに腰を掛けて、状況を確認し合う。結果として、麻薬の製造拠点を潰すことは出来たが、それを画策したらしい入れ墨の男は取り逃がしてしまい、真相はいまだ遠いままだった。


「でも、やっぱりあのラチャオが怪しいと、オイラ思うよ。あの入れ墨の男とあんな場所で話しあってたし」

「そうだねえ」


 状況から判断するに、ラチャオは限りなく黒に近い。しかし、証拠だけが皆無なので、アクションを起こすことは出来ないと、ハルは判断し告げる。


「でも、アイツがそんなことする訳が……。たまたまあそこにいただけかも」

「それで、たまたまあの入れ墨の男と話してた?」


 ライムが信じられないといった感じで呟く。ラチャオにあまりいい感情を持っていないパナシェは、複雑な表情でその問題点を指摘する。アルクも時折ラチャオが見せる敵意ある視線や、エリ湖での遭遇、そして廃工場で男達に指示をしていた入れ墨の男との接触からラチャオが黒幕ではないかと疑っている。むしろ、ライム程矜持を大切にする者が、あのきざったらしい男に肩入れするのか、理解に苦しむものがあった。


「ねえ、ライム。あのラチャオって奴のこと、好きなの?」

「なっ⁈」


 パナシェも同じ思いなのか、厳しい顔でライムにそう問い質した。ライムは一瞬、驚愕の表情を浮かべ、次に真剣な面差しとなり、それをはっきりと否定した。


「違うわよっ! 確かにアイツのことは信頼してるけど、別にそういうんじゃないの。アイツはあたしにとって、アルク達が来るまで、家族以外で唯一の理解者になってくれてたの」

「理解者?」

「うん。アイツが来たのは三年まえぐらいなんだけど、その時、あたしまだ完全にはここに馴染めてなかったの。特にお兄ぃとは、結構ギクシャクしててね」


 その言葉を聞いて、アルクは心底意外に思った。あれ程、兄を慕う様子を見せていたライムが、数年前はロックとそんなことになっていたとは、想像できなかった。


「そんなとき、あたしを励ましてくれたのが、アイツだったの。お兄ぃと喧嘩して、一人しょぼくれているアタシに声を掛けてきてね。そんな悲しい顔をしないでください、私まで悲しくなってしまいますって……。初めはグレナディン一家の娘になったアタシに取り入ろうとしているのかって思ったけど、その眼をみたとき、そんな気持ちは吹っ飛んでたわ。その眼には邪念っていうのかな、そんなものが一切なかった。それで次第に話すようになって、ああ、こいつは欲望や打算抜きにあたしを思ってくれてるって解ったんだ」

「えぇ~、そうかなあ。それドランとかと一緒じゃないの」


 パナシェは心底信じられないという表情をし、そう疑問を呈す。その言葉にライムは苦笑しながら、首を横に振る。


「いや、あたしも裏稼業のグレナディン一家の端くれよ。そういった界隈にだって知識はあるわ。アイツの眼差しには欲望はないって断言できるわ」

「へぇ」


 アルクそういうものかと、ライムの言葉に唯頷く。ハルは疑わしく思っているのか、ううむ、と唸っていた。


「確かに、あたしもラチャオが疑わしい動きをしているとは思っている。でも、あの時声を掛けてくれたアイツの顔を思い出すと、そんなことしてるって思いたくないの……」


 ライムは辛そうな表情で俯く。アルク達もそんなライムにこれ以上ラチャオを追及することは躊躇われた。それを見かねたのか、ハルがこの場を締めるように結論を口にする。


『まあ、現状ラチャオを取り押さえることは出来ないということだな。証拠がなさすぎる。といっても、問い詰めるのもやめた方がいいだろう。しらばっくれたら、それ以上は追及は出来ないからな。暫くは単身で奴に近付かない方がいい。奴はいまのところ灰色の存在だからな。ライムも、それでいいか』


 アルクとパナシェは即座に頷き、了承する。ライムも少しばかり悩む様子を見せるが、やがて静かに頷いた。


『では、今日は解散としようか。あまり根を詰めても仕方ないしな』


 ハルが解散を告げ、今日の話し合いは終了となった。




「あたしだって……。グレナディン一家だもん」

「……拾われた分際で、デカい口叩いてんじゃねえぞっ」

「ロック兄さんッ!」


 お婆に手を引かれ、グレナディン一家の娘となったライムは、そこで荒れていた長男と激しくぶつかり合うこととなった。ことあるごとに突っかかり、頭ごなしに押さえつけてくる長男。その存在は両親から捨てられた過去を乗り越えようとしていた、ライムの心を散々に打ち砕いた。長男のロックは、拾われ後の自分を認めないかの如く、罵倒し、否定してくる。そして、その度にジョーと血なまぐさい程の殴り合いが始まりってしまうのだ。優しいチィエスがそれを見せぬように、ライムを抱きかかえ、寝室へ運ぶのが最近の決まり事であった。


「チェイスお姉ぇ、あたし……」

「ライムは悪くないよ。……ロック兄さんも今悩んでいるのよ」


 そう話す階下では、いまだに怒声や物が壊される音が響いてくる。もし、自分が来なければ……。そう思い、一層身を縮こまらせたライムの想いを察してか、チェイスが自分を抱きしめてくれる。すぐそばで起きる暴力の気配から逃げるように、ライムはチェイスの胸の中で、眠りへと逃避していった。

 ある日、いつものようにロックに罵声を浴びせられ、路地裏で泣いていると、一人の男が声を掛けてきた。それは最近加入した、若い一員であった。


「こんな所で、天使にあったのかと思いました。あっ、私の名は、ラチャオと申します」

「今……取り込んでんだけど。見てわからないの」


 一見優男風な男は、ライムの素気無い様子にも怯む様子を見せず、ただ隣に腰かけ、ニコニコとしていた。次の日以降も、ラチャオはしょげるライムの隣へとやってきて、同じようなやり取りが繰り返された。ある日、ライムはそんなラチャオに尋ねた。どうして、自分のような中途半端な娘の側にいるのか、と。ラチャオはその問いには答えず、唯側にいてくれた。時が進むにつれ、段々と周囲の環境が改善してきたライムを大丈夫と思ったのか、ラチャオは少しづつ離れていった。しかし、今でもその優しい眼差しはライムの胸の中に、しかと残っているのであった。




「はぁ。とは言ってもねえ」


 ライムは現在、一人で町をぶらついていた。アルク達は今頃バーチャルで訓練の最中であろう。あの廃工場の一件以来、ライムはさらに昔のことをよく思い出すようになっていた。あの頃はロックが特に荒れており、一家の中も殺伐としていたものだ。

 その時の悲しさを鮮明に思い出してしまい、ライムは切ない想いを振り払うように街を散策することにしたのだ。ただぶらぶらと自分の庭であるレーヌの裏路地を歩いていると、心の中のもやもやも大分晴れてくる。

 そんなときであった。女性の悲痛な叫び声がライムの耳に届いた。すぐさま声のした方へ駆けだすと、大の男が数人掛かりで女性を襲おうとしている現場へと出くわしてしまう。咄嗟に女性に手を伸ばす男の腕へ、ナイフを投擲する。腕を抑えて男は仰け反る。


「あんたたち、なにやってんの。あなたっ、ここはあたしが受け持つから逃げてっ」


 ライムの声に、包囲を飛び出した女性は遠くへと逃げていく。それを見つめ、安心したライムは男達に向き直る。男達もライムを見据えるが、その瞳に正気が宿っていないことにライムは気がついた。涎を垂れ流しているものまでいる。


「あんたたち、クスリを……」


 このグレナディン一家のシマで、平然とクスリを行使する様を見て、ライムはショックを受ける。男達はライムの姿を認めると、頷き合い近づいてくる。ライムも戦闘態勢となり、両手をベルトのナイフへと運ぶ。


「何やってんだ、お前らっ」


 その時、怒号と共に一人の男が乱入してくる。そして、瞬く間に男達を叩き伏せた。


「ラチャオっ」


 現れた男はラチャオであった。髪をかき上げると、ライムへと微笑みかけてくる。


「間に合ってよかったです。ライムお嬢様。たまたま通りかかったのですが、お嬢様が襲われているのを見て、驚きました。どうやらこいつらは正気というものを失っているようですね。例の噂の……」


 襟を正し意味深に呟くと、優雅な足取りでライムの方へやってくる。


「ラチャオはこいつらが何なのか知っているの?」

「はい、少なくともお嬢様が知っている以上のことは」


 真剣な表情でライムへ頷いて見せる。その顔に、ライムはラチャオへの疑惑が胸をよぎるのを感じた。しかし――


「えっ、アナタ泣いてるの?」


 ラチャオの瞳から一筋の涙が伝い落ちる。賭場で負けた男が泣くのは何度か見ていたライムであったが、大の男が真剣な面持ちで泣くのを目の前にすると、激しく動揺した。


「はい、お嬢様。私は悲しいのです。この誇り高きグレナディン一家に、よからぬ噂がたてられている。それだけで私は……」

「ラチャオ……」


 涙を拭こうともせず、顔を俯かせる。その様子に先ほどよぎった疑念はあっという間に消え去ってしまった。心配そうに見つめるライムに、涙をぬぐうとラチャオは再び微笑む。


「お嬢様がグレナディン一家のために動いておられるのは知っております。そして、疑惑のあるあの方も清廉潔白であることも。お嬢様はやはりあちらへ?」


 ラチャオの涙にほだされたライムは、既に疑うことなどせず、その言葉を唯素直に受け取る。


「ええ、あたしも動いていたの。あの外れにある廃工場、そこで麻薬を作ってるのを見つけたわ。指示した奴は、それがロックお兄ぃの仕業だって、吹聴してるらしいの。とんでもない話よね」

「そうですか。では、奴も見かけましたか?」

「奴って……あの入れ墨の男」


 そのライムの言葉に、ラチャオは目を細めてゆっくりと頷く。ライムは意を決して、ラチャオに自分たちがそれを見ていたことを告げることにした。


「ええ。ちょうどあの森で、あなたと話しているところを見かけたの。だから、アナタが関係しているかもって思ったんだけど、そんなことないわよね」

「はい。あの男も昔は悪い男ではなかったんですが、最近特に素行の悪さが目立ち、よく出没するというあの場所に注意を促しに行ったのですよ。グレナディン一家の傘下にいる以上、筋は通させなきゃいけませんからね」

「ああ、そういうことだったのね」


 ライムはその説明に自然と納得する。ラチャオが白であるというのなら、協力し合えることであろう。ロックへのあらぬ疑いもすぐ晴れるに違いない。


「じゃあ、あたしに協力してくれる?」

「勿論でございます。お嬢様のためなら、このラチャオ、いつだってこの命を使ってみせます」

「そう、良かったわ。じゃあ、アナタに紹介したい人たちがいるから、着いてきてくれる? アナタが協力してくれるならお兄ぃの疑惑もすぐに晴れるわね」


 ラチャオを促し、アジトへ向かおうとするライム。その背後からラチャオが声を掛けてくる。


「ライムお嬢様、この件はジョー様やロック様には?」

「うーん、まだ伝えてないのよねえ。勝手に動いてるから、ばれると大目玉だし……」


 それにあのゴロツキが兄の名前を出したとき、自分の予想以上に大きく揺らいでしまったことがショックであった。普段、自信満々に振る舞おうとするのに、肝心なところでぶれやすい。それを克己するために、アルク達とともに動いているというのに。でも、アルク達やラチャオがいれば、それも越えられるに違いない。


「ねえ、ラチャ」


 振り返ろうとしたライムの口元に、ふいに布が押し当てられた。突然のことに、ライムの思考は混乱するが、呼吸をしようとした瞬間にライムの意識は闇へと瞬時に落ちていく。意識を失う寸前、ラチャオの声が耳へと届く。


「まったく、とんだ跳ね返りだぜ。だが、所詮は女だな。甘い言葉でさも思わし気に振る舞えばあっさりと靡きやがる。鎌をかけたら一発だ。しかし、ジャンキーどもは使えねえなあ。こいつを襲えって言ったのに、別の女を襲いやがった。まあ、のこのこ出向いてくれたから結果オーライだが。しかし、ジョーやロックの野郎にまだ話していないのは幸いだったなあ」


 しかし、その意味すら理解できぬほど、ライムの意識は混濁し、そして途切れた。



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