領主の息子
「来いっ!」
アルクは雷撃を己の剣に宿さんと、自身にむけてサンダーボルトを放つ。しかし――
「アギャァ」
雷撃の威力を収縮させようとするも、力を制御しきれなかったアルクの腕が、無残にも爆ぜた。腕を抑えて蹲るアルク。ごの隙を狙ってコボルトがアルクに向かって襲い掛かってくるが、そのコボルトは頭部にナイフの投擲を受け、崩れ落ち絶命する。
「うわーん。パナシェ~。痛い、痛いよ~」
「うわぁ、腕が千切れかけてる。グロッ」
駆け寄ったライムが、雷鳴剣の失敗で千切れかけているアルクの右腕を見て、口元を抑える。
「はいはい、今治癒するからね、アルク」
駆け寄ったパナシェが千切れかけたアルクの腕を、加護を使用して治療する。次第に神経が繋がる様をみて、ライムが感心しながら治りつつある腕を覗き込んだ。
「本当に大したものね、加護って」
「まあ、全部アルル様のお陰だけどね」
アルクの千切れかけた腕を繋げると、パナシェがライムに微笑む。
『今日も無理だったな』
「うん、でも最近は腕も千切れなくなったし、大分威力を纏まられてきたかも」
「そうだねぇ、最初は根元まで吹っ飛んでたもんねぇ」
「あんたたち、何やってんのよ。アルクはそんな涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で……。まあ、仮想空間とやらだから出来るのか……」
ライムが呆れたように言う。今、アルク達はバーチャルを使用し、仮想ダンジョンへと赴いていた。現実のアルク達の身体は、グレナディン一家が用意してくれた寝室で、横になっている。ライムが限定的にパーティーに加入し、ハルの存在を教えた後、日常ではこうして三人で訓練なども行っているのであった。そして現実でも、いくつかのクエストも一緒にこなし、ライムはすっかりアルクのパーティーへと馴染んでいた。
『お、アルク。部屋に誰か近づいてくるぞ。チェイスかな?』
「そっかぁ、もうすぐ朝ご飯だもんね。じゃあ、今日はここまでにしておこうかな」
アルクは、パナシェやライムにそう告げると、バーチャルを解く。
「アルクさん、パナシェさん、朝食が出来ましたよー」
「あっ、はいっ、今行きます」
アルクはチェイスの呼びかけに、大声で答え、立ち上がる。ライムやパナシェも、目を擦りながらベッドから体を起こした。アルクはそんな二人を朝食へ誘う。
「チェイスさんが今日の朝食が出来たって。行こう」
「わぁい。ここのご飯は美味しいからね、行こう」
「まあ、お姉が作ってるんだから、美味しいのは当たり前だけどね」
三人は最低限の身だしなみを整えると、食堂へと向かった。
用意されていた食事は、ホウレンソウのお浸しや、焼き鮭、納豆と豆腐の味噌汁といったメニューであった。それを美味しそうにライムは頬張っている
「やっぱり朝は和食よねー」
ライムが味噌汁を啜り、そうしみじみと呟く。アルク達もその素朴ながらも満足感のいく朝食を、ただ腹の欲求にまかせて、貪った。確かにライムのいうように、和食は不思議とその素朴さに反して、とても大きな満足感を得られる食事のように思える。
「はあ、この納豆の味噌汁、ほっとするねぇ」
パナシェもご満悦な様子で、ホッと一息ついている。そんな中チェイスが、アルク達の食べ終えた食器を下げに来た。
「そう言ってもらえると、こっちとしても嬉しいわ」
「あっ、すいません。食べたやつはオイラが片付けます」
「いいのよ、お客様なんだから。休んでて」
チェイスは、立ち上がるパナシェを制止し、食後のお茶を出してくれる。香り豊かに淹れられた緑茶は、コテージ内でもバトラーがたまに出してくれるものであった。そして、それはバトラーが淹れてくれたものと遜色ないレベルだ。アルクはその香気を胸深く吸い込み、茶を啜る。
「でも、ここって結構和率が高いよね。インテリアも東方風だし」
「昔、お婆が冒険してたころ、アデルハイドでハマったのが原因なんだって。特に東方の島国のものが好きで、お婆の部屋には侍ものや任侠ものの小説がいっぱいあるの」
「へえ」
そのお婆とやらも、食事を共にし、今は食後のお茶を啜っている。ライムから聞いた武勇伝の主とは、テーブルにちょこんと座るその姿からは到底想像つきにくい。そんなアルクの視線に気付いたお婆は、ほっこりとアルクに微笑みかける。
「最近、ライムと仲良くしてくださって、有難うございます、アルクさん。ライムが何か粗相をしていませんか」
「いえ、そんなことはありません。ライムには助けられて」
「お婆、ちゃんとやってるから大丈夫よ。あ、そうだ。今日はアルクたちに賭場を見せてやりたいんだけど、いい?」
「そうねえ、まあ賭けないのなら、別に構わないわ。アルクさんたちも一度はそういったところを見ておいて損はないでしょう」
お婆の許可を得たライムは、やったとばかりにアルク達を振り返り、満面の笑みを浮かべる。
「だって。だから、今日は賭場へ行きましょう」
「別に僕はいいけど」
「オイラもお金を賭けないっていうなら、別にいいよ」
「じゃあ、決まりね」
ライムが指をパチンと鳴らす。チェイスがニコニコとそれを見ながら、緑茶のお変わりを入れてくれる。
「賭場には兄さんもいるから、声をかけてあげると喜ぶわよ」
「あ、そういえばお兄ぃは今朝はどうしたの。最近見ないね。パパやママも」
「最近は色々忙しいみたい」
「へえ、そうなんだ……。まあ、パパやママ、お兄ぃが動いてるのなら大丈夫ね」
「そうねぇ」
チェイスがそんなライムに微笑みながら、台所に去っていく。ライムはアルク達に向かって振り返ると、今確定した本日の予定を声高に伝える。
「じゃあ、準備を済ませたら早速行きましょうか。グレナディン一家の仕切る賭場へ、ね」
賭場はレーヌの街外れに存在していた。そこは常に怒号や歓声が飛び交い、止むことがない様であった。様々な遊戯が行われ、そこでギャンブルに興じる人たちは、意外としっかりとした身なりをしている。中には富裕層と見受けられる者も、派手なドレスを着こんだ女性と共にギャンブルに興じていた。
「凄い活気だねえ」
「大したもんでしょ。昔はもっとガラが悪かったのよ。うちが取り締まって、一般人でも入れるようにして、いかさまなども厳禁にした結果、こうなったのよ」
感嘆の声をあげるアルクに、ライムが人差し指を立てながら、それを顔の前で振り、胸を張った。
『確かに前に来たときはもっと殺伐としてたな。常に喧嘩や流血が絶えなかった記憶がある。成る程、大したものだな。結果的にはこっちのほうが収益も上がるだろうしな』
ハルも感心したように言う。そんな中、賭場の奥からロックが手下を数名引き連れ、こちらへとやってくるのが見えた。
「ライム、来てたのか」
「うん、お兄。お婆の許可は取ってるよ。まずかった?」
「ああ、それは若い衆から聞いてるよ。まあ、まずいということはないが、今日は少し変わったお客さんが来るからあまり関わらないようにしろ」
「変わったお客さん?」
「ああ、領主の長男のドラン様だ」
「うげえ」
その名を聞いた瞬間、ライムがうんざりした様子で、そう吐き捨てる。
「ドラン?」
「ここ一帯を治めている領主のドラ息子よ。何回か見たことあるけど、アイツ、やたら熱っぽい視線であたしの全身を嘗め回してきてさ。きっと変態ね。それにやけに気取ってるし、あたしは好きじゃないわ」
『むう、ライムの年齢の少女にそんな視線を向けるとは。きっと、そいつはロリコンだな』
「ロリコン?」
「大人の女性が怖くて、小さな女の子しか愛せない病気の人のことだよ、アルク。取り合えず、そういった輩と出会ったらとりあえず二つとも潰しなさいって、師匠がそう言ってたよ」
「何をっ?」
やけに具体的な数字の物騒な言葉に、思わずアルクは己の股間を守護るごとく隠した。
「そのドランとかいう人がロリコンだから嫌なの?」
「それもあるけど、そいつここの賭場を狙ってんのよ。強欲な奴で、金と女に目が無いって評判よ。最初のうちはやたら親しく近づいてきたけど、ここの儲けを山分けしろってすぐ正体を現したわ。もともとうちは非合法な組織だから、貴族である自分が取り締まるのが正当だって。勿論パパたちは笑って黙殺したけどね。うちは儲けで治水とかもやってるけど、それまでは放置されて、しょっちゅう氾濫させてたのよ。きっと、アイツがここを仕切る様になったら、以前みたいに麻薬や人身売買だって、すぐ復活するわ」」
「成る程」
要は領主がやらないから、ライムのお婆が代わりにそれを行ったということなのだろう。しかし、何故彼らがそれをやらないのか、アルクは不思議に思い、ハルに尋ねる。
『権力が必ず正しいことをしてくれるという訳ではない。むしろ、力があるからこそ非道も行いやすいのだ。故にライムの言っていることがすべて正しければ、グレナディン一家は義賊という訳だ。まあ、それも解釈の次第だが、我々の見てきた彼らが善良な人間だということも、既に我らは知っているからな』
「そうだね、ハル。ライムたちが正しいんだと僕も思うよ。町の人も皆グレナディン一家を慕ってるしね」
グレナディン一家のアジトに居候し、この街で過ごすことになって分かったのは、この街の住人がグレナディン一家を支持しているということだ。彼らの口からは常に暖かい称賛が語られている。特に年配の者ほどその想いは強く、グレナディン一家を慕っており、ライムなどは通りかかるとお姫様のように扱われるのを、アルクは何度も見た。
「ありがとうね、アルク。嫌な話はやめて、ここを案内するわ。といっても、お金はかけることは出来ないから参加は無理だけど。まずはあそこね、来てっ。じゃあね、お兄ぃ」
ロック達から離れ、ライムが二人を手招きして案内したのは一つのテーブルだった。そこでは数字の書かれたカードを使って、アルクの知らないゲームをしていた。カードを恭しく配る身ぎれいな服の男性。配られた客の一人は5枚のカードを配られている。悩んだ末に二枚を先ほどの男性と交換し、頭を抱えてしまう。
『これはポーカーというゲームだな。配られた五枚のカードで役を作り、相手と競い合うんだ。運だけでなく相手の思惑を読む、心理戦も特徴の一つだ』
「へえ、面白そう」
そうして、色々ギャンブルを見せてもらい、やがて客が一番熱狂しているらしい場所へと案内される。それは、回転している盤に小さい球を擦る様にして投げ入れている遊戯であった。球は数字の書かれた縁の窪みの一つに落ち、歓声と悲鳴が同時に上がる。
「あれはルーレットっていうの。どこに落ちるのか当てるゲームよ」
「あんなので、随分熱中するんだね」
「まあ、お金がかかってるからね。これでもここはレーヌの貴重な産業なのよ。ここが無ければ、もっと悪質なレートの賭場がたくさん出来るだけだし、そいつらが儲けをどんなことに使うかわからないしね」
ギャンブル嫌いのパナシェの呆れた声に、ライムが苦笑いで答える。アルクは、ライムの説明にふと以前ハルが語った言葉を思い出す。
「ねえ、ハル。これが必要悪ってやつ?」
『まあ、そんな感じだ。生きてく上で必要なことが全て正しいとは限らない、ということさ』
アルクが感心するのも束の間であった。突然、賭場に周囲を静止させる程の大きな怒声が鳴り響く。次第に騒然とする周囲。アルク達も顔を見合わせて何事かと、周囲を見回して、その原因を探る。
「あっちみたいだよ、アルク」
「行ってみましょう」
アルク達が駆け付けると、そこには一人の長身の男に食って掛かるグレナディン一家の若い衆がいた。男は悠然と、己の鼻の下に蓄えているカールした髭を撫でている。そんな男を見つけると、ライムが忌々しく吐き捨てた。
「あいつがドランよ。相変わらず嫌味な奴ね。ちょっと、どうしたのっ!」
ライムは声を張り上げると渦中の現場へと飛び込んでいく。ドランはライムの姿を見つけると、その目をランランと輝かせた。
「おお、麗しのライム嬢。相変わらず麗しい。可憐な花は今咲き誇っておりますな。むっ、それに今日は別の花も連れているようだ。二輪の花とも大層美しい」
「うっ、お久しぶりです、ドラン様。うちの若い衆が何か粗相でも」
「お、お嬢っ、俺は唯ッ⁉ コイツがあり得ないことを言うからっ」
ドランの明け透けな賛辞に怯みながらも、ライムは何が原因なのか問い質す。若い衆は自身に非がないことを証明するかのように、ドランに指を突きつけた。
「ふむ、私としては、ただ看過できない噂話を確かめようと、彼に尋ねただけですが」
「噂話?」
「左様。最近この街で、無節操に暴行事件を起こす者がいるとのかと。そ奴らは麻薬でも使用したかのような有様だったと聞きます。それは近頃よく、私の耳にも届きましてな」
ライムは驚愕に目を見開き、次に眦を吊り上げて、ドランを睨み付ける。
「それってうちが麻薬取引をしているってこと? ふざけないでっ!」
「私にもそこまでは……。しかし、最近少しばかり中央で噂話を耳にしましてな。なんでも、このレーヌに腕折りの騎士が査察へと派遣されると。なんでも、それは名高き潰し屋と噂されるキジョウだとか」
「キジョウ?」
「ええ。不正を徹底的に暴き、多くの領主の所領を改易させている凄腕だとか。もし、彼にこのレーヌが目を付けられ、そしてその噂が事実であれば大変なことになってしまう。だから今日は私も尊敬するお婆に忠是非とも忠告しようと思い、来訪したということなのですよ、ライム嬢」
「気安く……」
ライムは、ギリッと歯を食いしばり、怒りに耐えていた。敬愛する家族にあらぬ疑いを掛けられて怒り心頭といった様子だ。そんな中、騒動を聞きつけたロックがやってくる。
「どうしたっ。ッ! これはドラン様、来てくださったことをお伝えしてくだされば、迎えの者をやりましたのに」
「なあに、ここに来たのは私の気まぐれさ。忙しい友の手を煩わせるわけにもいかないからね」
ドランは心の底からというように、大仰に手を広げる。ロックは表情を変えず、ライムへと視線を向ける。
「お兄ぃ。こいつ、ウチが麻薬を扱ってるんじゃないかって」
「口の利き方に気を付けろ、不敬だぞ。……それでドラン様、今回は何用で」
「うむ、今ライム嬢が言ったとおり、少しばかりこのレーヌで麻薬が扱われているという話を耳にしてな、私としても友人たちに忠告できればと思い、来たのだよ」
「そうですか……。そんな噂が」
先程と同様の話をドランがロックに伝える。しかし、その話を聞いても、ロックは表情を変えることはなかった。
「お兄ぃ、こんなデマ許せないよ」
「ライム、口を慎め。わかりました、ドラン様。万が一があるとも限らないですからね。こちらでも詳しく調べておきます。忠告、痛み入ります」
「頼むぞ、友よ。互いにこのレーヌをよくしていこうじゃないか。では、ライム嬢、またいずれ」
ロックの肩を親し気に叩き、ライムに向けウインクをすると、ドランは悠々と去っていく。それを横目に、ライムはロックに食って掛かった。
「お兄ぃ、いいのっ! あんなこと言わせて」
「この件についてお前が出来ることはない。お前はお婆から言われたアルクさんたちのお世話を優先させろ」
「こんな大ごとがあるときにそんなことしてる場合じゃ」
「ライムッ!」
強い語調で名を呼ばれ、ライムはビクリと身体を震わせる。
「お婆がなんの思慮もなく、お前にアルクさんたちのお世話を命じたと思ってるのか」
「でもっ、あたしだってグレナディン一家の一員よっ! 皆のためになにかしたいっ!」
「現時点でお前の出来ることなどない。自分のやるべき事をしろっ!」
「ッ⁈ そんな言われ方したら……」
青白い顔となり、俯き黙ってしまったライムをバツの悪そうな顔で見つめるロック。それを振り切る様に、アルク達に向かいると、穏やかに微笑んだ。
「アルクさんたち、申し訳ありませんが今日はお引き取り願いませんか。少しばかり立て込んでしまって。出来ればあまりこの界隈にも立ち入らない方がいいでしょう。まあ、冒険者のあなた方の現場は、ここではないから大丈夫でしょうが」
ロックは一つ頭を下げると、周りの手下たちに声を掛け去っていく。アルクがライムを見ると、ライムはただじっと兄の背中を見つめていた。相変わらずその顔は、とても蒼褪めている。普段快活な様子からは信じられぬほどに、ライムは落胆していた。そして、一度小さく唇を開き、何かを呟いたが、アルクには残念ながらそれを聞き取ることが出来なかった。
その後、無言のまま三人はアジトへと帰ったが、ライムが口を開くことはなかった。




