鍋パーティー
「お帰りなせぇ、ロックの兄ぃ、お嬢」
ひときわ大きな屋敷に案内されたアルク達。中へと入ると屈強な男たちが腰をかがめて、こちらへと大声で挨拶をしてくる。
「ああ、帰ったよ」
「こちらのちっこいのは?」
「グレナディン一家の大切なお客人だ。くれぐれも非礼のないようにな」
「へいっ。お客人、お荷物をお持ちいたします」
男たちに催促され、おずおずと鞄やポーチを渡す。アルクたちの荷物を受け取ると恭しく、頭を下げて去っていく。大したものは入っていないが、何か取られないかと考えていると、それを見透かしたのかライムが横からアルクの顔を覗き込む。
「あんた、今盗まれないかと考えてたでしょ。安心なさい。うちにはそんな不届き者はいないから」
「うん、わかった」
次に通されたのは食堂だった。そこにはたくさんの具材の入った籠を抱えた女性がいた。茶色の長い髪を後ろで束ね、涼やかな目元をしている。
「あら、お帰りなさいロック兄さん、ライム。大分遅かったわね」
「ああ、色々立て込んでてね」
「チェイスお姉ぇ、ただいま」
チェイスはライムの姉らしい。チェイスはアルク達に目を止めると、優しそうに微笑んだ。
「あら、お客様?」
「ああ、少しばかり非礼をしてしまったお詫びも兼ねて、招待したんだ。男の子がアルクさんで、女の子がパナシェさんだ」
「まあ、今日はお鍋だしちょうどいいわね。それに年もライムと同じ位じゃない。ねえ、あなた達いくつなのかしら」
「十一です」
「オイラもたぶんそのぐらいです」
それを聞いたチェイスが嬉しそうに目を細める。その瞳は兄妹らしく、とてもよくロックに似ていた。
「あら、そうなの。ライムと同じね。この子あんまり同年代のお友達がいないから仲良くしてやってね」
「お姉ぇ、余計なこと言わないで。この子たち冒険者よ。どうせすぐどこかへ行っちゃうわよ」
慌てた様子で姉を制止するライム。最後の言葉は、唇を噛みしめながら吐き出されていた。
「あら、ごめんなさい。でも、友情は時間の長さだけで測るものじゃないわよ」
「あぁー、ライム姉ちゃんだ。お帰りー」
「あっ、ロック兄もいるー」
そんなとき、数人の小さな子供が入ってきた。そして、ロックやライムへと抱きついてきた。
「この子たちも兄妹なの?」
「こいつらはウチの一家に引き取られて育てられている奴らだよ。本当にお婆と血がつながっているのはロック兄ぃとチェイス姉ちゃんんだけだよ。ウチは恵まれない子供たちとか結構引き取ってるからさ。俺も、それにライム姉ちゃんだってそうなんだぜ」
隣にいたホップが、アルクにそう説明する。アルクはライムに目をやると、ライムはフンと顔を背けた。
「おぉー、みんな揃ってるなあ。お、お客人かぁ」
更にもう一人屈強な男がのそりと入ってくる。鍛え抜かれた長身の身体を持つその男の顔には大きな刀傷が一つ斜めに大きく入っている。声も野太く、のっそりと歩くその姿は、野生の熊を思わさせた。
「パパよ」
ライムが手短にアルクに説明をする。
「あらあら、今日は賑やかな夕餉になりそうね。ジョー」
「おお、ギンか。夕食の準備はできたのか」
その背後から二人の女性が出てくる。一人は長身のすらりとした肢体に、茶色の髪を肩越しまで伸ばした妙齢の女性であり、チェイスと容姿がそっくりであった。また、その後ろには背の小さな老婆が立っている。
「そうねえ、お客人もいることだし、さっさと始めることにしましょうか。歓談は食べながらしましょう」
老婆はにっこり微笑むと、そう周囲に告げ、グレナディン一家の宴は始まった。
「いやあ、アルクさんやパナシェさんには本当に迷惑をかけて申し訳ない。若い衆には厳しく言ってはいるんですが」
グレナディン一家の長であるジョーが、テーブルに手をつき、深々と頭を下げる。
「いえ、もう済んだことですし」
「いや、そういうわけにはいかない。渡世の仁義を貫くのがグレナディン一家だ。アルクさんがこのレーヌで困ったことがあったら、何でも言ってください。娘のライムの不手際を、笑顔で許してくださるアルクさんという漢の頼みなら、グレナディン一家が総出で叶えて見せます」
「えぇ……」
そんなジョーの頭を、妻であるギンがはたく。
「ばかっ、夕食のときに暑苦しい振る舞いをしてんじゃないわよ。ほらっ、見なさい、アルク君が困ってるじゃないの」
「むぅ、でもしかしだな」
「自身の満足より、お客さんの満足を優先するのがホスピタリティよ。アルク君、遠慮せずに召し上がってね。うちはお鍋にはちょっと自信があるのよ。これは白味噌を使ってるのよ」
ギンに勧められるがままに、アルクは手にした椀を見る。そこには多くの野菜やいくつかのキノコ、そして素揚げした川魚らしきものがよそられている。そして汁は白く濁っていた。おそるおそる口にしたアルクは、その美味さに目を見開く。だしの染み出た汁も、またその汁を吸った具材もいずれも、得も言われぬ美味さを湛えている。アルクは勢いよく椀の中身を平らげていく。隣のパナシェも同様であった。
「ふふ、気に入ってもらえたようでなによりね」
ギンが、そんな二人を見て、微笑む。
鍋は大層うまく、談笑しながら、食事は進んだ。話題はもっぱらアルク達の旅や冒険の話で、皆感心した表情でその話に聞き入ってくれた。大人たちはそれを肴に酒を呷りながら、時折甘えてくる子供をあやしたり、眠そうな子供を寝室に連れて行ったりしている。暖かな雰囲気の中、いつしか鍋の具材は空となった。
「あ、なくなっちゃったね」
パナシェが残念そうに呟く。
「いいえ、パナシェちゃん。ここからがある意味本番なのよ」
チェイスがいつの間にかお櫃を用意しており、その中のご飯を鍋へと投入する。
「やっぱ、鍋の後のしめは雑炊よねえ」
ギンがにこやかに言う傍らで、ジョーがうんうんと頷く。雑炊が出来上がるまでの間に、話は再びアルク達の冒険の話へとなる。
「でも、アルク君は剣を使うっていうけど、今剣は持ってないわよね。常日頃身に着けてないといざというとき危ないわよ」
ギンがそうアルクを心配する。
「ママ、こいつ魔法の武器を持ってるのよ。腕輪が剣になるのを見たもの」
「へえ、どんなのかしら」
「お祖父さんの形見なんですけど」
この夕食のため、警戒心の薄れたアルクは右手のリストバンドから、ハルの腕輪を皆に見せる。それをみた老婆が、目を見開き声を漏らす。
「それは……」
「どうしたの、お婆」
皆からお婆と呼ばれるこの女性は、今は亡き夫とともにグレナディン一家を立ち上げた女性らしい。皆、名前は呼ばずに、お婆と親しみを込めて呼んでいるようだ。
「……いえ、昔冒険した時に、私が見たものと大変似ていたものですから」
「お婆も冒険者だったんだもんね」
ライムが複雑そうな表情でそう話す。
『ふむ、ライムはなにやら冒険者に対し、複雑な感情を持っているようだな』
お婆は時折、腕輪の方に視線を向けてきた。何か知っているのか尋ねようとした時、チェイスが雑炊の完成を皆に告げる。
「さあ、出来たわよ。アルク君、パナシェちゃんも遠慮せず、じゃんじゃん食べてね」
そうして、よそわれた雑炊の美味さに、アルクの中の疑問は完全に消失していた。そして、それを思い出すこともなかった。
「アルクさん、パナシェさん、今回は孫が本当にご迷惑をおかけしました」
夕食が終わり、皆がお茶を飲んでいたとき、お婆が再び一家を代表して頭を下げる。
「ですが、言葉だけで謝罪を済ますなど、うちの一家にはあってはならないことです。ですのでアルクさん、一つお願いがあるのですが聞いていただけないでしょうか」
「? まあ、聞くだけなら」
「あなた方がこのレーヌで活動する間、ライムもご一緒させていただけないでしょうか。勿論あなた方の冒険の邪魔にならぬよう、好きに扱き使ってかまいません」
「ちょ、お婆っ⁈ 何言ってんの? 冗談はやめてよ」
ライムが驚愕し、そう訴える。だが、お婆はライムへ静かに向き直ると、ライムの方をじっと見据える。
「ライム、今回の失態はあなたに思慮深さがあったなら防げたことです。その失態を償うのはグレナディン一家なら当然のこと。それでも、あなたに異論があるのですか」
「でも、冒険者と一緒なんて」
ライムの震える声に、お婆は小さくため息を零す。
「ライム、お前が冒険者を嫌う気持ちはわかります。そしてそれに相応な理由もあることも。ですが、お前がいま抱えているその焦燥。それは逃げているだけでは克服できないものです」
「別にあたし、何にも」
「言わなくてもわかります。小さなころから、ずっとお前を見ていますから。……お前は私の小さな頃によく似てます。といっても、私が小さな頃は、無辜の人さえ平気で傷つける子供でした。優しいお前とは大違いの……。ですが、ある日二人の冒険者との出会いがきっかけで、私は世界へと旅をすることになりました。私はあの旅で成長することができたのだと思っています。途中夫と出会い、その方たちと別れレーヌへ戻ってきても、今でもあの愉快な旅を夢に見るもの」
お婆はそこで一度、言葉を止め、思い出を懐かしむかのように瞳を閉じる。そんなお婆が珍しいのか、皆言葉を発さずそれを注視していた。
「だからね、ライム。アルクさんたちがこの街へといる間は、行動を共にしなさい。それでもし何も得るものがなかったのなら、最早私は何も言いません。それからはお前の好きにするといいでしょう」
ライムはしばし逡巡するが、やがて意を決したようにアルクを見やる。
「お婆がそこまで言うならいいけど、あたし雑務なんてやんないからね。扱き使おうってんならぶん殴るよ」
お婆はそんなライムを見て、愛おしそうに笑みを浮かべる。そして、再びアルクの方へ向き直ると、深々と頭を下げた。
「という訳で、お願い出来ないでしょうか。この子はこう見えて、愛情深い子なので、きちんと接してやれば、しっかりと働きます」
「うーん、そこまで言われるとなぁ。パナシェは」
自分だけで賛同するわけにもいかないので、パナシェに意見を求める。
「オイラは別にいいよ。ここまでお世話になったしね。一飯の義理って奴だね」
『ああ、この街にいる間だけなら問題ないのではないか』
「じゃあ、ライムが嫌じゃなければ」
ハルとパナシェの同意を得たため、アルクはお婆にそう伝える。
「構いません。お前もそれでよいですね、ライム」
「……うん」
ライムはそっぽを向きながらも、それを承認した。
「では、そういうことでお願いします。代わりと言ってはなんですが、あなた方がレーヌにいる間は、是非ここで宿泊してください。家のものには厳しく言っておくので、何かあったら遠慮なくお申し付けくださいね」
お婆の申し出にただアルクは頷く。なんにせよアルク達のレーヌでの冒険に、今後はライムも加わることとなったのであった。
夕食後――。
アルクたちはグレナディン一家の屋敷へ泊ることとなった。風呂も用意してもらい、それぞれに個室を与えられたアルク達は、入浴を済ませ、各々の部屋へと入っていた。風呂はそれなりに贅を凝らしたものであり、コテージ内での入浴以外で初めて満足感をアルクに与えるに足る風呂であった。
「はあ、いい湯だったなあ。檜のお風呂ってのも悪くないな」
用意されたローブを着こみ、部屋へと戻ったアルクは、用意されていた水差しから、それをコップに注ぎ、一息に飲み干す。人心地ついていると部屋をノックする音が聞こえた。
「アルク、いる?」
「パナシェか。入ってきていいよ」
アルクがそう告げると、パナシェが似たようなローブを着こんで入ってきた。アルクが
ベッドに腰を下ろしているのを見ると、同じように隣に腰を掛けてくる。いつも寝る前にはこうして二人で談笑するのが日課となっていた。
「よいしょっと。はあ、アルク。今日のお鍋美味しかったねえ」
「うん、初めて食べたけど美味しかった。今度バトラーに作ってもらおう」
すっかり鍋が気に入ったアルクは、そう心に固く決めていた。
「明日からオイラ達と一緒にライムも行動するんだね」
「まあ、ここを出るまでだから」
『そうだな。我々の最終目標はアデルハイドだからな。だが、思い出すなあ。ラッドとマーサはこの街で初めての仲間を迎えたんだ。とても口の悪い娘だったが性根は悪くはなかったぞ。違うパーティーの同郷の冒険者と結婚してパーティーから離脱したが、今頃なにをしているのだろうか』
ハルがそう言って、昔を懐かしむ。アルクは、祖父が多くの仲間と行動していたことを思い出す。祖父が死んだとき、その仲間も大半が死んだと聞いたが、生き残った者もいるのだ。アルクは彼らが今どう過ごしているのかが、ふいに気になった。




