グレナディン一家
「しまった、深追いしすぎたな」
『ああ、ここはごろつきたちのホームだったな。すこしばかり固執しすぎたか』
アルクはスリの少年を追い詰めたが、突如マップの周囲に赤い点が複数現れたのをみて、顔をしかめる。そして、凄まじい速さで赤い点が一つ、こちらに来るのを確認し、振り返る。そして、パナシェに向かって投擲された石礫を駆け寄り、手の平でそれを掴んだ。骨にまで響く衝撃とともに手が痺れる。
「アルクッ、大丈夫」
すぐさまパナシェがアルクの手を掴むと、加護により癒しを与える。
「あんたたちっ、ここで何やってるのッ! 弱いのも虐めッ? ここがグレナディン一家のシマとしっての狼藉なんでしょうね?」
勢いよくそう話す目の前の人物は、アルク達とそう年は変わらなそうな少女であった。耳の隠れる長さの、ショートカットの黒髪と釣り目がちな黒い瞳の整った顔立ちを、勝気な表情で飾っている。膝までのショートパンツに、へそが露わになる短さのタンクトップ。その上に、革のジャケットを羽織っている。腰のベルトには短剣と投擲用のナイフが何本もささっていた。
「グレナディン一家って、あの」
『ああ、いきなりビンゴみたいだ。お好み焼き屋の店主がわざわざ忠告してくれてのにな』
スリの少年は少女の登場に、喜びの表情と共に少女の名前を呼ぶ。
「ライム姉ちゃんっ」
「ホップ、もう大丈夫よ。あたし達グレナディン一家のシマで、冒険者ごときに好き勝手はさせないから」
優しい声でスリの少年の名らしいホップにそう告げたライムと呼ばれた少女は、次にアルク達を睨み付ける。
「さあ、あんたたち覚悟は出来てるんでしょうね」
ライムはそういって、戦闘態勢とばかりに身を屈ませる。その姿勢に隙はなく、洗練されていた。格闘技術でも収めているのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってよ。オイラ達はただ盗まれたポーチを取り返そうとしただけだよ」
「はあっ、出鱈目言ってんじゃないでしょうね」
「いや、まんまその通りなんだけど」
アルクの言葉にライムは戦闘態勢を解くと、ホップへと厳しい視線を向ける。
「ホップ、それは本当なの? あたし、堅気には手をだすなって言ってたよね」
「いやっ、それは、その、そいつらが嘘をっ」
ホップがしどろもどろとなりながら、アルクに指を突きつける。
「えぇ、ひどい。この期に及んでそんな嘘を」
『アルク、少しばかりわからせる必要があるな』
「うん、わかってる」
アルクはホップへと向き直ると、声のトーンを落とす。
「ホップ、僕たちは本当にただポーチを返してもらいたかっただけだ。そこにははした金しか入っていないけど、無節操な盗みが将来君の未来によくないと思ったパナシェの優しさから追いかけただけだ。だけど、グレナディン一家とやらが出てくるんなら話は別だ。僕たちも身を守らなくてはならない」
アルクはそこでハルを剣に変える。アルクには早急にこの場を収めねばならない理由があるのだ。剣を見て、ホップは顔を青ざめさせ、ライムがちょっと、と声を荒げる。
「そのうえでもう一度、問うよ。僕たちが嘘をついていて、それはパナシェのポーチじゃないのか」
「うぅ、だって……僕」
少年は膝を折ると、さめざめと泣きだしてしまう。早急に無罪を証明したかったアルクだが、その目論見は外れてしまったようだ。
「失敗しちゃったかな」
『ああ、少しばかり怖がらせすぎてしまったようだ。……来るぞ』
ハルが警告するとほぼ同時に、怒声と共に数人の男が乱入してくる。
「お嬢ッ! 大丈夫ですかい」
「おうおうおう、うちのシマで悪さしよるお馬鹿さんってのはそいつらかいのぉ」
「たたむぞ、わりゃあ」
風体の悪い男達が、すぐさまアルクたちに罵声を浴びせかけてくる。そんな中、周囲とは一線を画すやけに見栄えのいい、長身の優男がライムの隣に歩み出てきた。そして、そっとその肩に触れると、やけに甘ったるい話し方でライムへと話しかける。
「ああ、ライムお嬢様、ご無事でよかった。あなたの優しさは判っていますが、下々のために飛び出すのは勘弁してください。もし、大切なライムお嬢様の身に何かあったら、このラチャオ、生きてはいけません」
「わ、悪かったわよ。でもうちのシマで舐めた真似されたら、放置なんてできないじゃない」
ライムは顔を赤らめながら、ラチャオという男にそう話す。ラチャオは髪をかき上げ、わざとらしく微笑むとアルク達の方を向く。
「で、こいつらをやっちまえばいいんですかねぇ」
「ちょ、ちょっと待って。まだ事情はわかってないから。ねえ、ホップ、本当のところはどうなの?」
しかし、ホップは嗚咽を漏らすだけで、何も答えない。そうしている内に、増援らしき男達が数名、また加わってきた。
「お嬢、助成にきやしたぜ」
「とりあえず、あのガキをやっちまえばいいんですかい」
情報が伝わっているのか、マップ上の赤い点はますます増え、こちらへと向かってきている。
「また増えちゃったね、アルク」
「うーん」
パナシェが呆れた声で呟く。アルクもこの状況をどう打開するかを、うんざりしながら考えなければならなかった。スリの少年を捕まえようとしたら、とんでもない大ごとになってしまった。
『とりあえず、この包囲を抜け出して、コテージにでも逃げ込もう。さすがにこの人数は多いから、オーバーブレイクを使用するぞ。殺しは出来るだけ控えたい、といいたいところだが、この状況だ。己の命を守るために躊躇うなよ』
「オーバーブレイクか。あれ、疲れるんだよなあ。後遺症もあるし」
『だが、最善策を取らねばな。もう、メレンのような窮地はまっぴらごめんだ。こういう連中は揉めると闇討ち、お礼参りなんでもありだから、レーヌの街は今宵限り、ということになるだろうがな』
アルクは覚悟を決めると、パナシェに向かって視線で合図を送る。そして二人して武器を構えるとライムたちと正対する。
「なあ、君。とりあえずここはお開きということにしない。ポーチはホップにあげるからさあ。お互い痛いのは嫌でしょ」
「待って、本当にホップが盗んだなら、悪いのはあたし達……」
「お嬢、こいつら俺らグレナディン一家に剣向けてきてますぜ。こりゃ、やるしかねえ。真相なんてやっちまった後で構わないでしょう」
『本当にこの手合いは短絡的だな』
ハルが呆れたように言うのを聞きながら、アルクは全身に気力を漲らせた。一瞬触発の緊迫した空気の中、ホップの啜り声だけが響き渡る。互いが戦闘へと踏み込もうと、一歩を踏み出そうとしたとき、飄々とした声と共に、手をパンパンと叩く音が響く。
「はぁーい、皆そこでストップ、ストップー。この場は俺が預かるぞっ」
「お兄ぃ!」
突如響いたその声に男たちは一瞬で戦闘態勢を解く。そして、ごろつきたちの背後から、すり抜けるようにして中背中肉の男が歩み出てきた。茶髪のボサボサな髪をしたその青年は、糸の様に細い眼で、この場にそぐわないにこやかな笑みを浮かべている。
「ロックさん」
「ロックの兄貴」
そう呼ぶ男たちの肩をぽんぽん叩きながら、ロックと呼ばれた男はアルク達の前へと来る。ロックは顎に手を当て、アルク達をじっと眺める。そこには敵意は感じられず、警戒すらしていないのかマップの反応は緑を示していた。
「やあ、うちのモンがすまないことをしたねえ。大分怖い思いをさせてしまっただろう」
「いや、えぇ、まあ」
「とりあえず、俺が手を出させないから心配しなくていいよ」
『だが、警戒は解くな、アルク。この男相当の手練れだ』
悠々と振る舞うその挙動は一見隙だらけに見える。しかし、隙がありすぎて、それが作為的なものだとアルクやハルを警戒させていた。
ロックは次にアルク達の後ろで泣いていたホップの下へと行く。ロックが近づくとホップはびくりと体を震わせる。そんなホップの頭をロックは優しく撫でた。
「まったく、泣きべそばっかりかいてたら駄目だろ。男の子なんだからさ」
「うぅ、でもロック兄ぃ、俺のせいでとんでもないことに」
「お前やガキたちがそういうことやり始めてたの、大体は気付いてたぞ。他にも若い衆が上納金を競うようにやってて、もめ事が増えてたからな。やめさせようと色々調べてたけど、ちょっと遅れちまったな。ごめんな」
「そんな、ロック兄ぃが謝らないでよ。悪いのは俺なんだ」
泣き止み始めたホップは、必死に袖で目元を拭いながら顔を上げる。
「親父たちは常に家族が幸せに暮らせるように考えてる。だから、お前たちが無理して堅気に迷惑かけるなんてこと一切望んでないんだ。この後はどうすればいいか解るよな」
「うん」
にかっと笑うロックを見上げ、鼻をすするホップ。そして、パナシェの前へと歩み出ると、ポーチを両手で差し出し、頭を下げる。
「コレ、盗んじゃってごめんなさい。嘘をついちゃってごめんなさい。俺にできる償いならなんでもします」
「いや、返してくれるんだったら別にいいよ。なんていうか、随分大ごとになっちゃったね。ごめんね」
パナシェが盗まれたポーチを受け取る。
「まあ、これで一件落着なのかな?」
アルクはロックに向かって、そう問いかける。ロックは笑いながら頷き、男達に向かって手を振って解散を告げる。
「皆もご苦労だった。問題は解決した。妹のためにありがとな。今日はこれで解散だっ!」
おう、と野太い声で手下たちが歓声を上げ、散っていく。
「さすがはロックの兄貴だぜ。カッコいいぜ」
「でも、暴れられなかったのは残念じゃのう」
「でもお嬢は今日も凛々しかったなあ。いいとこ見せたかったなあ」
物騒な話も交えながら、去っていく男たち。気付くとそこにいるのはアルクとパナシェ、ライムとラチャオ、ホップ、そしてロックだけだった。そんな中、ライムがアルク達の前へと来て、頭を下げる。
「あんた達、ごめんなさい。あたしの勘違いだったみたいね」
「ううん、いいよ。オイラ達も結局ポーチを取り戻せたし。ねえ、アルク」
「うん。まあ、石は投げられたけど」
あの投擲は結構な威力があり、涙が出るほど痛かった。手をぶらんと振るアルクに、ライムは「本当にごめんね」と両手を合わせ、謝る。ホップも責任を感じているのか同じように追随していた。
「はあ、大分暗くなっちゃったね。そろそろ帰ろうか」
「そうだね、もう辺りも真っ暗だ」
去ろうとするアルク達を、ロックが引き留める。
「ああ、君たち。ちょっと待った」
「えっ」
「今日のお詫びを兼ねて、うちで飯でも食ってかないか。お婆や親父たちも君たちみたいな小さな冒険者のお客さんなら大喜びだろう。見たところライムと同じぐらいの年齢だし、親交を深めるのもいいんじゃないかと思ってさ」
「はあ、お兄ぃ、何言ってんの。あたし、冒険者なんかと親交なんて」
慌てたライムが、それを制止する。だが、ロックは厳しい顔で、首を横に振る。
「ライム、お前この人たちに迷惑をかけて、これで解決とでも思ってんのか。そんなんで渡世の仁義を貫く、グレナディン一家の面子が保たれるのか?」
その言葉にハッとした様子のライムは、バツの悪そうな表情でアルク達をおずおずと誘う。
「そ、その、あたしも迷惑かけちゃったみたいだし、来てくれたら嬉しいかも。一応うちのママ料理上手だし、あたしの面目も保たれるし、どうかな」
「うーん。どうするアルク」
「どうしようっか」
『……あまり関わりたくないが、断って逆恨みされてもな。さっきの様子からこちらに危害を加えてくることはないだろうが』
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
悩みぬいた末、アルクは申し出を受けることにする。
「そ、そう。じゃあ、そういうことでいいのね」
ライムもほっとした様子だが、アルク達が来ること自体は別段嬉しくはなさそうだ。先ほどの言動からして、あまり冒険者というのが好きではないのだろう。それを聞いたロックは、両手を広げ歓声をあげる。
「おぉ、歓迎するよ。今日はお袋が鍋を用意してるからちょうどよかった。鍋は人数が多い程いいしね。お袋の鍋は絶品だから期待してくれていいよ」
(鍋って?)
『鍋とは様々な具材を目の前で煮て、そのまま食べる料理だ。そういえばアルクはまだ鍋を食べたことはなかったか』
「わあ、オイラ鍋って初めてです。楽しみだなあ」
ロックはそのまま、側にいたラチャオへと声を掛ける。
「という訳だ。お前は今日はここまででいいぞ。ご苦労だったな。それと、最近若い衆の上納金のノルマを厳しく上げ、収められない者に制裁を加える動きがあるらしい。その上納金の流れもあやふやだ。しっかり見張っておけ」
「わかりました。このラチャオ一命に変えましても、ロック様の命令を実行させていただきます」
「……そうか」
ラチャオはライムに向けてウインクをすると、その場を去っていく。アルクはそんなラチャオの背中を、ロックが厳しい表情で見つめているのに気が付いた。ロックもアルクの視線に気付くと、ふっと表情を緩める。
「さあ、君たち。グレナディン一家のアジトへ案内するよ。ついておいで」
ロックの誘いに従い、アルク達はグレナディン一家のアジトへと向かうのであった。




