ハルとバトラー2
パナシェが加入した夜。身内だけの小さな歓迎パーティーを行い、いつもより豪勢な食事をしながら皆で歓談を行った。興は乗り、睡魔が襲う限界まで語り合った後、二人は互いの寝室へと眠い眼をこすりながら引き上げていった。
二人が寝入ったのを確認したバトラーは再び食堂へと戻ってくる。その手には酒瓶が握られていた。それは昔ラッドやマーサからプレゼントされたものである。ハルの所有者は、いずれも一人前となった暁には、定期的にバトラーへと日頃の勤労に対する感謝として、プレゼントをする決まりがあった。それはかつてとある一人の所有者が定めたものであった。
いずれアルクが一人前となった際は、その掟がハルの口から告げられることだろう。
「さて」
バトラーは手にした酒瓶を開けると、グラスへと移す。真紅の液体が満たされるにつれて、芳醇な香りが鼻腔を刺激した。それはアデルハイドの最高級ワインであり、王侯貴族や豪商でなければ手が出ない程の値段や価値があるものだ。
『おお、バトラー。今日は開けるのか』
それを見たハルがバトラーに話しかける。ハルの本体は現在腕輪となり、アルクの右手に装着されているが、このコテージはハルの権能であり、実質その中であるため、ハルはいつでもコテージ内を視認し念話を飛ばすことが出来るのだ。
「はい、アルク様にご友人が出来ためでたい日ですからね。だからラッド様やマーサ様に頂いたもので祝杯を挙げようかと」
『ふむ、私は飲めないがそういうことならつきあおうか』
「ありがとうございます」
バトラーは微笑むと、手にしたグラスを宙へと掲げる。
「アルク様とパナシェ様のパーティー結成に」
『乾杯だ』
数刻後――
『パナシェ、君本当は』
「女の子だったのかーーーー」
酩酊したバトラーが、今日浴場で起きたトラブルを真似し、ケラケラと笑う。いつもの礼儀正しく、柔和な表情を崩さないバトラーのその姿をアルクが見たら愕然としてしまっただろう。バトラーは酒好きだが、別段酒豪ということはなく、どちらかといえば酒乱に近かった。ただし、それを知っている主は過去に一人だけである。
『いやぁしかしパナシェが少女だったとは本当に驚きだ』
「これ系のイベントって、今までありましたっけ」
『いや、ありそうでなかったな。ヒロインだと思っていたら同性だった悲しいパターンはあったが』
「ですねえ」
あれはあれで大変だったなあ、とバトラーはワインに口にしながらしみじみと思い出す。すでに酒瓶は二本目であり、酒も回ってきたため二本目はいくらか安いものとなっていた。
「まあ、これでフラグは立ちましたかねえ」
『どうだろうな。アルクはそういったことにあまり関心のないタイプのようだが』
「紳士なのは結構なことですけど、淡白すぎるのはつまら……将来苦労されそうで心配ですねえ」
人の感情とは本当に難しい、とバトラーは様々な想い出を振り返り、改めて思う。特に男女の仲となればなおさらだ。それは本当に複雑怪奇であり、人を振い立たせることもあれば、堕落させることもある。でも、とバトラーはアルクの顔を思い浮かべながら、小さく笑う。
今回の苦難を、屈するこなく立ち向かい越えた、今の幼い主人であれば、それほど心配することはないだろう、と。バトラーはその性質上、主人の欠点や悪徳ですら愛してしまう。しかし、それでもアルクが今回見せた勇気と根性を堪らなく愛おしく感じるのだった。
「ラッド様、マーサ様、アルク様は大層ご立派に育たれておりますよ」
かつて共に杯を交わし、歓談したかつての主人へ黙とうし、バトラーは高まる感情に任せて、心地よく手の中にある酒を飲み干した。
翌朝、アルクは部屋から出て、バトラーがいないことに気付いた。いつもならせわしなく働き、常にその存在を確認できる者がいないことに、すこしばかり不安を覚えた。
『どうしたんだ、アルク』
「ハル、バトラーがいないよ。何かあったのかなぁ」
アルクの問いに、ハルが一瞬逡巡する。
『バトラーか。彼はふつか……いや、とある作業に没頭しているため、朝食は適当に食べてくれと伝言されていたのを忘れていた』
「そうなの? 何か手伝えることはないかなぁ」
『いや、ああいった作業は一人きりの方が捗るのだ。子供には判らない領域の話でな。今はそっとしておいてやろう』
ハルの慌てぶりに疑念を抱きつつも、アルクは自身の保護者であるハルとバトラーを疑うことなど出来なかった。
「そっか、そういうことなら仕方ないね」
『ああ、仕方ないのだ。我々にも色々あるのだからな、そう色々と……』
尻下がりに語調が弱くなるハルに、アルクは首を傾げつつ、そんなものなのかとただ頷く。そして、午後姿を見かけたバトラーの顔は、何故か心なしかげっそりとしていたのであった。




