エピローグ 別れと旅立ち
旅立ちの日を迎えた早朝。
それまでにアルク達は準備を整え、旅立ちへと備えた。関わった多くの人に挨拶をしに行ったり、モルトに訓練をつけてもらったり、パナシェの師匠のお墓へ別れを告げにいったりと忙しく、瞬く間に時間は過ぎていった。
メレンの門の前には、今まで関わった多くの人たちが見送りへと来てくれていた。ギルド職員のアネット、冒険者のモルト、セゾン、ヴァイツ、ペール、モルトやペールの師匠にあたるラルフ、ウェイン、ユアン、そしてパナシェが迷宮より助けた双子の兄妹リラとリタ。双子は現在ペールの師匠であるユアンに引き取られて暮らしていた。
「旅立ってしまうのね、寂しくなるわ。アルク君が来て、まだほんの少ししか経ってないのに、随分と色んなことがあったわね」
「アネットさん、駆け出しの僕に色々と教えて頂いてありがとうございました」
「オイラも師匠が死んでからアネットさんは唯一話せるお姉さんみたいな人でした。本当に今までありがとうございました」
「パナシェちゃんも元気でね。あなたが困ってる人たちの不人気な依頼をたくさん受けてくれて本当に助かってたわ」
パナシェとアネットが涙を浮かべて、抱き合う。
トリプルファングの三人がアルクの前へと進み出る。
「僕たちは君たちみたいな才覚や加護はないから、当面はモルトさんやラルフさんたちに鍛えてもらうことになったよ。だが、僕たちもいずれアデルハイドを目指す。そうしたら、また一緒に食事をしながらでも語り合おう」
「まあ、せめてこの武器に見合うぐらいには強くなってみせるぜ。あの巨人ぶっ倒したときのモルトさんやアルクは格好良かったからなあ」
「アルク君、ちゃんとパナシェちゃんを守ってあげてね。あの子も女の子なんだからね」
今や友人となった三人と固く握手を交わす。
「はいっ、任せてください。三人もお元気で。アデルハイドでまた会いましょう」
『私は多くの冒険者を長い間見てきたが、君たちならきっと高みを望むことも可能だろう。アルクを助けてくれてありがとう』
「ペールさん、女の子のたしなみとか教えてくれてありがとうございます。オイラ、頑張ります」
次にアルク達は老人たちに向き直る。
「男子三日会わざればというが、見違えたのう。お主らのおかげで馬鹿弟子も立ち直ったし、感謝しきれんぐらいじゃわい」
「まあ、パナシェちゃんは女の子だったわけじゃが」
「君たちのような若者に会えて、本当に良かったよ」
まるで自慢の孫を見るように、優しい笑顔で迎えてくれる。
「冒険譚、すっごく楽しかったです。冒険者のいろはもとてもためになりました」
「ご飯もすっごく美味しかったです。ありがとうございました」
次にあの双子が二人の前に来た。
「あのね、私師匠に魔法教わって、将来お姉ちゃんみたいな冒険者になるよ」
「命を助けて頂いてありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
「頑張ってね」
パナシェがリラの頭を撫で、アルクはリタと握手を交わす。
最後にモルトに別れを告げることとなった。あの頃より幾分か優しい表情でモルトは、二人の頭をぽんぽんと撫でる。
「最初会ったときは難儀なガキどもと思ったが、本当に大したガキどもだったな。大層な手間がかかったが、それはこっちも同じか」
気さくにそう話しかけてくれるモルトは、まるで年の離れた兄のような感じだ。こちらが素のモルトであり、案外気さくな青年なのだろう。仲間を失うという痛手が、陰鬱な印象を常に与えていたが、今はそれが嘘のように晴れやかな表情をしている。彼の中で、そのことに一つ区切りをつけることが出来たのだろう。
「アルク、パナシェ、冒険者の先達として最後のアドバイスだ。お前たちの中に憧れや理想があるうちは、決して立ち止まるなよ」
「うん、わかってる。モルトさんが背中を押してくれたから、僕は行けるよ」
『君のような優れた冒険者に出会えたことは、アルクにとってこの上ない糧となるだろう。改めて礼を言わせてくれ』
「そうだな。ハルの旦那がついていれば、こいつらも大丈夫だろう」
別れの握手をモルトと交わしていると、パナシェがおずおずと歩み寄ってくる。
「あ、あの、モルトさん。その、アネットさん、モルトさんがメレンに残るって聞いた時すっごく喜んでました。だから、そのアネットさんと仲良くしてあげてください」
「?」
パナシェは小声でモルトにそっとそう伝える。アルクは何故今更パナシェがそんなことを言うのか、疑問に思った。モルトはパナシェの言葉にやられたといった感じに苦笑すると、再びパナシェの頭を撫でる。
「そうだな。心配かけちまったからな。どれだけ応えれるかはわからないが。ありがとな」
全員と挨拶を交わすと、別れの時がやってきた。
「皆、本当にありがとうございました。冒険者として成功して、またいずれここに来ます」
「皆も元気で―」
皆に別れ告げたアルクとパナシェは、手を振りながら、何度も振り返り、次の町への道へと歩き始める。後ろからは皆が声援を送ってくれる。その声に後ろ髪惹かれながら、前へと進む。やがて、声も聞こえなくなり、姿も見えなくなる。途端に、胸を切なさが締め付けてきた。
「見えなくなっちゃたね」
パナシェが寂しそうに俯く。そして意を決したように面を上げると、メレンの町へと向かって両手を口に添え、叫ぶ。
「師匠―――――。いままで有難うーーーー。オイラ、仲間と冒険に出掛けまーーーす。師匠の語った素晴らしい世界を見てきまーーーーーーす」
記憶を失くして以降、ずっと過ごしてきた町と、そこに眠る師に最後の別れを告げる。叫び終えた後、パナシェの頬には一筋の涙が伝っていた。
『取るに足らない町と思っていたが、この上ない想い出になったな。素晴らしい冒険だった。次の場所でもよき冒険が待っているといいな』
「きっと、大丈夫。だって――」
別れは寂しいが、この胸には憧れが灯っている。既に心は次の冒険を渇望していた。アルクはパナシェに向かって手を差し伸べる。
「行こう」
「うん」
パナシェは涙をぬぐうと、微笑みながらアルクの手を取る。アルクはその手を引いたまま、次の道へと駆け出した。アルクは確信に満ちていた。きっと、この次の冒険も素晴らしいものになると。




