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少年と剣  作者: 編理大河
冒険の始まり
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平穏の日々


 今日、アルクはセゾンとヴァイツに誘われて釣りへと出かけていた。あのクエストの後、より親密な関係となったアルク達は時折クエストをしたり、遊んだりする仲となっていた。パナシェは今日はアネットやペールと買い物に出かけて別行動となっている。夕刻に食事の約束があり、そのときに落ち合う算段だ。


「たまにはこうして男だけでゆっくりと息抜きをするのも悪くねえだろ」


 メレンの町外れの小川に腰かけ、釣り竿を引き上げて魚を釣ったヴァイツがアルクにそう語り掛ける。


「うん、楽しいよ」

『よかったな、アルク』


 初めての釣りであるアルクは、既に数匹が釣れていた。初めてする、この遊びに早くも夢中になっていた。


「釣りは心を静めてくれるからね」


 そういうセゾンの竿にはいまだ一匹も魚はかかっていないが、気にした様子もなくのんびりとしていた。手元には本が置かれており、時折ページをめくっている。セゾンにとってはゆっくりとした時間を過ごすのが主な楽しみなのだろう。


「しっかし、驚いたよなあ。パナシェがまさかあんなカワイ子ちゃんだとは」

「いまじゃギルドのアイドルだからなあ」


 セゾンとヴァイツがしみじみと話す。

 パナシェが女であるということは既に当たり前の事実となっていた。前から気立ての良い少年として好ましく思われていたパナシェだったが、それが美少女であるとわかってからは声を掛ける者が格段に増えた。あいさつ程度ならいいが、年の近い冒険者の中には強引にパーティーに誘しようとするものまでおり、その度に周囲の冒険者に取り押さえられていた。

 メレンの冒険者はアルク達の功績を知っており、いまや一目置かれる存在となっている。アルクだけの時でも顔見知りの冒険者からは声を掛けられたり、励まされたりすることが何度もあった。中にはアルクのことをからかい半分に小英雄と呼ぶものまでいる。


「モルトさんも来れればよかったけど」

「まあ、あの人はガチで英雄だからなあ」


 アルクの言葉に、ヴァイツが仕方ないとばかりに天を仰ぐ。モルトは今回の功績でBランクへと昇進した。しかし、その代償とばかりに王都のギルドに呼び出されたり、王都から派遣されたギルドの調査員の相手をしたりと未だ多忙の身だ。今回も仕事と重なり、来ることが出来なかったらしい。


「あの人、王都のギルドや貴族から引き抜きの話が来てるらしいな」

「ヘッドハンティングってやつかあ。どうするんだろうな」


 有力な冒険者を召し抱えたいものは多いという。モルトが望むなら、どこにでも行くことが出来るのだろう。しかし、とアルクはアネットのことを思う。最近笑顔でモルトと話しているのをよく見かけるが、モルトがいなくなってしまったらアネットはどうするのだろう。そして自分はこの後、どうすればいいのか。

 あのクエスト以降、アルクの胸のうちに潜む火種のようなものは、何故かくすぶってしまっていた。いまの穏やかな生活が、存外自分でも気に入ってしまっていることには気づいている。ふと、焦燥感に駆られ、己の熱量をかきたてようとするもするも大抵不発に終わってしまう。あの戦いで覚えた全能感に似た何かは、もう二度と訪れないのではないか。

 そんなことをぼんやりと考えていたアルクは、手元の釣り竿が引いているのに気付き、慌ててそれを引く。そして、今浮かんだ疑問はいつのまにか消え去ってしまっていた。




 夕刻。

 釣りを終えた三人は待ち合わせの店へと赴く。入店すると、既にパナシェ達が待っていた。アルク達の姿を認めた三人が手を振ってくる。アルクたちはテーブルへと向かった。


「遅いわよ、レディを待たせるなんて」

「まだ、時間になってねえだろ」

「時間じゃなくて、女の子より先に来るのよ」


 入店早々、ヴァイツとペールがいつものやり取りを行う。それを横目にアルクはパナシェの隣の席へと腰を下ろす。パナシェは以前とは違い、バトラーの仕立てた上質のブラウスやスカートを着用している。毎日手入れを行っている金髪は、太陽を浴びた向日葵を思わせ、今や三食バトラーの作った食事を口にしているせいか、肉付きも少女特有の柔らかな曲線を帯びていっている。


「どう、釣れた?」

「うん、楽しかったよ。お昼は釣った魚を焼いて食べたんだ。パナシェは?」

「オイ……私も楽しかったよ。メレンにもいろんなお店があったんだねえ。オイラ、全然知らなかったよ、あっ」


 パナシェが女であることが判明し、意図的に男のように振る舞う仕草はなくなったが、それでも一人称だけは沁みついてしまったのか中々治らない。今も出来るだけ私というように心がけているらしいが、すぐに元に戻ってしまうようだ。

 ウェイターが来たため、各々が思い思いに料理を注文する。料理が来る前に、ワインやビール、果実水で乾杯する。一斉に飲み物を口にし、そこからとりとめもない会話が始まった。今日したこと、思ったこと、世間のことなど。そうしていくうちにテーブルに料理が届き、楽しい夕食会となった。

 そんな中で、セゾンが何気なくアルクへと問いかけてきた。


「アルク君、君はこれからどうするつもりなんだい」

「えっと、一応アデルハイドを目指すつもりなんですけど」

「それは今すぐにかい?」


 セゾンの質問にアルクは首を傾げる。


「君はまだ若い。というか幼いな。まだ十一なんだろう。パナシェ君も記憶がないらしいが、たぶん同じぐらいだ」

「そうねえ、冒険は危険が多いしねぇ」

「確かになあ。ハルの旦那がいるとはいえ、子供だけだと小さすぎるな。しばらくここにいたらどうよ」


 ヴァイツのその言葉に、アルクは少しばかり考えさせらた。ここでしばらく暮らすということを。今の様に気心の知れた友人と共に過ごす。周りの人たちも自分の存在を認めてくれる、そんな暖かい環境。その生活を思い浮かべたとき、存外悪くないじゃないかという内なる声が聞こえた気がした。しかし、アルクの内には言葉に形容できない衝動のようなものが常に存在していた。そんな時、ふとアネットと目があう。その視線に気付くとアネットは少しばかり寂しそうな笑みを浮かべた。


「そうね、確かにアルク君は幼いからね。でも、冒険者であることに変わりはないから。一度モルト辺りに相談してみたらどうかしら」


 アルクはモルトのことを思い浮かべる。一度全て失い、今はその名誉を回復し、英雄として持て囃されているあの青年を。彼ならどう答えるのだろうか。その後、すぐ話題は別のことに移ってしまう。しかし、一度湧いた戸惑いは胸のうちをぐるぐる回り、アルクはずっと思案し続ける。そんな自分を見つめるパナシェの視線に気付かぬほどに。




 店を出ると、互いに別れを告げてそれぞれの帰路につく。アルクとパナシェはあの小高い丘へと向かい人気のない道をテクテクと歩いていく。そんなアルクの背中に向かって、パナシェが声を掛ける。


「ねえ、アルク」

「ん? 何」

「迷ってるの?」


 その言葉にアルクは振り返る。パナシェは微笑みながら、真っすぐにアルクを見つめていた。暗闇の中、バトラーに散髪され整えられた艶やかな黄金色の髪が月の光を受け、淡く輝いている。


「オイラ、んっ、私ね、今凄く楽しいと思ってるんだ。毎日美味しいもの食べて、今日みたいに友達と遊んで、凄く楽しい。でも、それと同時にふと思うんだ。これで、いいのって。オ、私が望んでたものってこれだったの、他にあったんじゃないのって」

「パナシェ……」

「オイラ、冒険の旅に行くことを夢見て、アルクとここにいるんだ。でも、アルクについていくって決めたから、歩くペースはアルクが決めていいよ。もし、ここでしばらく過ごしたいんだったら、オイラも付き合う。みんなと一緒にいたいって気持ちも強いからね」


 そこまで言うと、パナシェは月を見上げ、そしてそれに向かって両手を突き出し、「うわーーー」と叫ぶ。


「パナシェ?」

「あー、言葉遣いを治そうと思っても駄目だね。むずむずするよ。しばらくはオイラでいいかなあ。ねえ、アルク。変わるって難しいねえ」


 無邪気にアルクに笑いかけると、パナシェは大股歩きで丘へと先に歩いていく。


『いい子だな、パナシェは。私もパナシェと気持ちは同じだ。私は君の剣故、君に唯従う。君がここに残りたいのであれば、特に異論はない』

「うん、考えてみるよ」


 パナシェやハルのお陰で、平穏の日々の中でもやもやとした気持ちの正体が掴めた気がした。どうやら自分はよほどこの町を気に入っていたらしい。しかし、とアルクは思い出す。ハルを手にして初めて歩いた時のあの高揚感を。アルクは胸を一つ叩くと、パナシェを追って歩き出した。




「やああああっ」


 気合と共に、アルクは持っていた鋼の剣をゴブリンに向かって振り下ろす。剣は固い鎖骨を分断し、胸骨の半ばまでのめり込むが、そこで止まってしまう。痛みに呻き、そして憤ったゴブリンが手を伸ばし、アルクの髪を掴む。ここで距離を取ろうとすると、逆にゴブリンの腕力で地面へ倒されてしまうと感じたアルクは、全体重を込め、剣を押し込む。筋肉の抵抗を何とか上回り、心臓を抉るとゴブリンは仰け反り、地へと倒れ伏す。その際、掴んでいた頭髪がぶちっと音を立て、一束引き抜かれ、痛みにアルクは地面に膝をつく。


「まあ、こんなところか」


 すこし離れた場所から、モルトが歩いてきた。


「これがお前の本来の実力ってところだな。普段はハルの旦那の剣の威力で誤魔化せているが、なければこの程度だ」

『ふふん、私の切れ味の凄さがわかったかな』


 今日はモルトに訓練をつけてもらえることとなり、二人のみで町の外へと出ていた。きっかけはアルクがモルトに自身の進路を相談したためである。手始めにハル無しで戦ってみろと促され、渡された普通の鋼の剣で単体のゴブリンに挑んだ結果がこれだった。


『本来こういうトレーニングもする予定だったが、バーチャルでない実戦で試せるとは思わなかった。見守ってくれる熟練の仲間がいないと無理な話だからな』


 ハルが弾んだ様子でそう説明する。確かに、ハルなしであれば今の自分はゴブリンにすら苦戦するほどだとたった今身をもって知った。今の自分は背も低く、膂力も弱い。ハルという魔剣なしでは、ゴブリンにすら決定打にかけるレベルであったのだ。


「とはいえ、同年代という目で見れば、お前はずば抜けてるよ。魔法もあるしな。それに本来ソロでの冒険なんていうのはリスク対策で石橋を叩いてしか渡れないものだ。小さな子供でソロでやってける奴なんて皆無だぞ」

『その点でパナシェの加入は大きいな』


 二人の話を聞きながらも、やはり自分の不甲斐なさに少しばかり落ち込んでしまう。あの巨人を倒したことで少し、自身の力に自負を持っていたアルクは現実を知る。あの必殺技の雷鳴剣もあれ以降成功していないのだ。危険だからというハルの勧めで、バーチャル内で使用してみたが、その度に腕が吹き飛び、激痛で強制シャットダウンばかりしてしまっていた。そのため、直近での実践使用は諦めることにしたのだ。


「やっぱり、すぐに冒険は無理なのかな」


 まだ体が成長しない自身の年齢を恨めしく思う。


「それとこれとは話が別だ。お前にはハルの旦那がいるだろう」

「えっ、でも」

「いかに現時点のお前が単体で取るに足らなくても、ハルの旦那の所有者であるという事実は変わらない。パナシェという加護持ちの仲間もいる。今、先を目指したってなんら不都合なんてあるものか」


 モルトはアルクの中にある迷いを看破するかの如く、厳しい表情でアルクを見やる。アルクはそんなモルトに、自身の疑念を尋ねることにした。


「ねえ、モルトさん。僕はどうするのが一番いいのかな」

「知るか、そんなことはお前が決めろ」


 素気無く、そう言い渡される。しかし、シュンとするアルクを見て、モルトは溜息を吐きながら次の言葉を続ける。


「だがな、俺は冒険するのに一番大事なのは気持ちだと思うぜ。これがないと、人は動けない。いつかいつか、と言い訳して、時期を逃した奴の末路は大抵、不満に埋もれて愚痴るだけだ。俺はアデルハイドでそういう同業者を多く見て、そうはなりたくないってよく思っていた」

「気持ち……」

「年齢も確かに理由になるが、それを理由に足踏みして結局踏み出せないってこともあるからな。情熱だけでも走れるうちは、止まらずに駆け抜けられるんなら、そうした方がいいと俺は思う。あくまで俺の意見だぞ」


 その後、モルトは恥ずかしさを隠すように、頭をぼりぼりと掻きむしり、再び口を開く。


「俺も情熱に突き動かされて、アイツらと一緒にここまでこれた。途中破れて、ここに逃げ延びたが、また再びそれを取り戻すことが出来た気がするんだ。まあ、これもお前のお陰かな」

「え、僕の?」

「ああ、あの巨人の野郎をぶっ倒したときのお前を見たとき、ああ、こいつはきっとどこまでも行ける。そう思わされた。それと同時に無我夢中で仲間と駆け抜けたあの時の気持ちも思い出すことが出来たんだ」


 アルクはその話に、モルトの引き抜きの話を思い出し、尋ねた。


「モルトさんはこれからどうするの?」

「俺か? そうだな、俺はもう本格的な冒険者稼業はやめるつもりだ」

「えっ、でもさっき」

「ああ、確かに情熱は取り戻した。でもやっぱり、俺の冒険はあいつらと一緒だったからこそだってこともはっきり分かった。だから、俺は後進の育成に力を注ごうと思う。アデルハイドにはしっかりとした冒険者の育成プログラムがあるが、スーラはその点未熟だ。このメレンは大した迷宮はないが、その点駆け出しの育成には持って来いと思ってな」

「じゃあ、メレンに残るんだ」

「ああ、ここにはリーネとの思い出もあるしな」

「そっかあ。凄い色々考えてるんだね。僕はそこまではできてないなあ」


 アルクは、モルトの考え抜かれた結論に感嘆の声を漏らす。自分はそこまで明確な想いを持ててはいない。自身の胸を突き動かすのは漠然とした何かでしかない。アルクの言葉にモルトが少しばかり声を上げて笑う。


「言葉なんて後から出てくるもんだから、今はそれでいいんだよ。でも、そうだな。まあ、お前とは不思議な縁だからな。まあいいか。おい、アルク」


 アルクの名を呼ぶと、モルトはアルクに向き直る。


「冒険へ行け。駆けろ。まだ見ぬ土地やまだ知らぬ出会い、そして冒険がお前を待ってるぞ。今、ここで立ち止まるのは容易い。冒険者には用心が必要だ。力を蓄えるのもいいだろう。だが、それはアデルハイドでも出来る。むしろ、それはアデルハイドでやるべきだろう。この碌に冒険のない場所が本当にお前の立ち止まる場所なのか。お前を突き動かす何かがあるのであれば、ここが心地いい場所だろうと立ち止まるな、進め」


 一気にまくしたてると、再びモルトは背を向け、今度は両手で髪を掻きむしった。アルクは、その言葉に最初は驚き呆けたが、次第にそれは胸へと染み入り、やがて熱い何かがアルクの内へと灯る。


「モルトさん、ありがとう。なんかふっきれた」

「柄にもなく、暑苦しいこと言っちまったなあ。まあ、でも仕方ねえな。あの戦いで俺はお前に見ちまったんだよなあ。可能性って奴をな。そんなのロートルがやることだろうに。まあ、お前が将来英雄様になったときには、今日のことを多いに喧伝してくれ。アルクのファン第一号の俺の名をな」

「うん、絶対にするよ」


 アルクは笑顔で力強く頷くと、モルトに手を差し出す。モルトも仕方ないとばかりに諦めたような笑顔で、アルクの手を握ってくれる。その手は力強く、いまだ届かぬ領域の戦士の手であったが、それでもアルクはモルトと対等に向き合うことが出来ていると思えた。


『ありがとう、モルト。しかし、一つ訂正しても構わぬだろうか』

「なんだい、ハルの旦那」

『アルクのファン一号は私だ、それは譲れない』

「……そうかい」




 モルトとの話し合いを終え、町へと戻ったときには既に陽が沈み始めていた。アルクがあの丘へと戻ると、優しい歌声が聞こえてきた。それはパナシェの声だった。アルクは静かに近づくと、パナシェの邪魔をしないように、遠くからそっと眺める。歌はどうやら子守歌のようだった。


『これはアデルハイドの子守歌だな』


 パナシェが歌い終わると、ふとこちらに気付いた。歌を聞かれていたのに気付いたのか、はにかみながらこちらへとゆっくり歩いてくる。


「見てたんだ」

「うん。凄く優しい歌だった。アデルハイドの子守歌なんだね」

「へぇ、そうなの?」

『ああ、アデルハイドの最も古い子守歌だ。王族から庶民まで皆赤子はこの歌を聞いて育つ』

「そうなんだあ。オイラ記憶ないけど、何故か歌えるんだよね」

『もしかしたらパナシェはアデルハイドの出身なのかもな。アデルハイドにいったら何かわかるかもしれんな』

「そうだね、ハルさん。それとアルク、吹っ切れた顔してるけど、モルトさんと話して答えは出たの?」

「うん、パナシェ。後数日したら、ここを出ようと思う」


 アルクの出した答えに、パナシェは唯微笑み頷く。


「それがアルクの結論なんだね」

「うん。この冒険への想いが続く限りは駆け抜けようと思う。将来力が足りなくて、立ち止まらなくちゃいけない時も来るかもしれないけど、それは今じゃないと思うんだ」

「そっか。アルクがそう思うんだったらいいんじゃない」


 パナシェはアルクより少しばかり高い位置へと、場所を移動し、そしてアルクに手を差し伸べる。


「いこうよ、オイラ達の冒険に」

「うん、一緒に」


 アルクは、パナシェの手を握る。もう迷いはなかった。



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