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少年と剣  作者: 編理大河
冒険の始まり
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23/109

パナシェ


 その日、アルクはパナシェと共に、パナシェの師匠の墓前へと来ていた。旅立ちの報告を告げるためにだ。その墓は一般の墓地ではなく、貧民が家族を埋葬する、町はずれの辺鄙な墓地であった。適当に見繕ってきただろう岩に、その名と没年が刻まれている。


「一緒に来てくれてありがとう。アルク」


 墓前に野に咲く花を添えながら、笑顔で振り向くパナシェ。今日は旅立ちを告げるために、パナシェがアルクを誘い、ここへと赴いていた。アルクもアイテムボックスからムーンセレッソを取り出し、墓前へ添える。


「ううん、いいよ。パナシェのお師匠様だもん。僕も挨拶したかったし」

『ああ、パナシェの師匠には一度、会ってみたかったからな。撲殺天使の二つ名を持つ優れた冒険者であったと聞く』

「うーん、まあ確かにそう呼ばれてたってことは聞いてはいるんだけどね……。でも、本当に優しい人だったんだよ。出会いはそう……」


 そのハルの言葉に、パナシェは苦笑しながら、自身の馴れ初めをアルク達に語っていく。




 意識が混濁している中で、少女は意識を取り戻した。頭は燃えるように熱く、それに反して気怠い体は自身の意思では微動だに動かせそうになかった。うっすら目を開く。どうやら自分は人家の中にいるらしい。その前は冷たい雨の中、森をひたすら歩いていたような気がする。視界が次第に定まってくると、長い黒髪を、左側だけやけに伸ばした女性の姿が映った。


「おや、目覚めましたか。駄目元で手持ちの薬を試してみましたが、助かるとは。あなたは強い子なのですね。だけど、今は眠りなさい。まだあなたは、起きれる状態ではないですから。眠れるときにはお眠りなさい。直に、あなたは現実と戦わねばならないのですから」


 少女は女性の言葉にただ従い、目を閉じると再び眠りへと落ちた。




「つまり、あなたには記憶がないと」

「はい、私は自分の記憶がないみたいです」


 少女は自身を助けてくれたらしい女性にそう告げる。その容貌は美しく、素晴らしく整っているが、その左半分は酷い火傷で覆われていた。しかし、不思議と少女はその女性そのものを美しいと感じていた。

少女は、目覚めてから必死に思い浮かべても、自分の名前すら思い出せなかった。それでも、小さな納屋で寝藁に包まれた少女は、必死に自分という存在を思い出そうとする


「私の名前は、確かル、うーんパ、フ、うーん」

「思い出せないのですか。……では、便宜上一時的に貴女の名前はパナシェとしましょう。おもいだしたらその名を名乗ればいいのです」


 悩む少女に、女性は冷淡ともいえる態度でそう告げた。


「パナシェ?」

「気に入らなかったですか」

「いえ、別に。ただ何か由来でもあるのかなって……」

「……別に、ただ適当につけただけですよ」


 女性は淡々とそう告げる。しかし、記憶を失った少女は他に術を知らず、その日からパナシェという名で生きることとなった。




「師匠、今日のクエストは成功だったね。わた……オイラ、結構いい線いってたでしょ」

「今日のところは70点といったところですね。薬草採取というのは新人冒険者ということを勘案され、評価が甘くなることが多々あります。しっかりと品質を保つため、もっと丁寧に採取を行なわなければ。今後はギルドからも足を見られて、査定されてしまいますよ」


 ギルド内でそう話すパナシェの容貌は、煤に汚れ浮浪児のようであった。これは師匠がパナシェの容姿では、孤児院の施設長などが欲に駆られ、すぐさま娼館などに売られてしまうとの危惧を抱き、少年として振る舞えとの指示で行っていることだ。それ故、今メレンの町でもパナシェは師匠と暮らしてる。その口調は、身近に存在していた自身を乞食の子と罵る少年たちと、同じようなものといつしかなっていた。

 独り立ちするまで、面倒を見ると告げられたパナシェだが、同時に師がその体に病を得て、数年しか生きられないということも告げられていた。かつて娼婦であったその境遇を聞かされ、パナシェはただ師の教えに従うのみだった。師も両親の顔を知らず、ただ流されるままに娼婦として売られていたのだという。




「師匠、これって武器なんですか」

「ええ、スコップは世界でもっとも多く人を殺傷している優れたる武器です」

 

師の指導の下、パナシェはただひたすらスコップという一見変わった武器を振い、冒険者としての基礎技能を磨く日々送っていた。戦闘がいまいち好きになれないパナシェは、極力暴力に関わらない依頼をこなしていたが、いざというため戦闘訓練も怠ることはなかった。


「これで私はクソ虫どもな男どもの命を撲殺し、刈り取ってきました。故にこれは非常に頼れる武器です。あなたの謎の怪力にもきっとマッチすることでしょう」

「そうですね。わぁい……」


 この頃のパナシェは、若干抵抗を覚えはしたが、次第に慣れていった。病床にある師と共に、ただひたすら生き抜くための術を磨くのが、パナシェの日課となっていた。指導は厳しく、小さなクエストしか受けれぬため、極貧の日々が続いた。それは中々に厳しいものだったが、それでもパナシェは不思議と楽しかった。




 しかし、そんな日々は長くは続かなかった。


 「本当にあなたはしょうがない子ですね」

  

 病床にいる師匠は苦笑し、ただそう話した。その体は悲しいほどにやつれており、皮と骨だけのような有様であった。


「でも、少しは食べないと。体にも良くないですよ」


 パナシェは必死に作った小麦粥や、借金をしてまでなんとか購入した香草茶を懸命に師匠の口へと運び、介助する。その熱意にほだされてか、師匠は数口それを飲み込むが、やがて首を横に振り始めた。


「もう、無理な様です。病を得て、数年。思えばよく持ってくれたというべきでしょう」


 そう冷静に話す師匠の言葉に、パナシェは涙を浮かべる。


「師匠がいなくなったら、オイラ……」

「泣かないでパナシェ。本当にかわいい子ね。拾ったときには面倒ごとにしか思わなかったのに……」


 師匠が優しくパナシェの頭を撫でた。その優しさにパナシェの眦に浮かんだ涙が零れ落ちる。


「この顔を焼いてから、まさかこんな日がくるとは思いませんでした。ただ自身の性を呪い、衝動のままにあくどい男どもを撲殺する日々。伴侶を得、子供を得るなどということはとっくに諦めていたのに……。パナシェ、可愛い娘。あなたと過ごす中で、私はいつしかあなたのことを本当の子供のように思っていたみたいです」

「師匠……。オイラも師匠のこと、本当にお母さんみたいに」

「本当に愛おしいことを言ってくれますね、あなたは。パナシェ……私は常日頃、何故生まれてきたしまったのか自問していました。望んでもいないのに産み落とされ、ただ生きる日々。でも冒険者となって、世界を渡り、世の中にはとても美しいものもあるのだと気づかされ、私はここまで生きてきました」


 そこまで話し、疲れきった師匠はぜぇぜぇ、と荒く呼吸を繰り返す。しかし、伝えたいことがあるのか、言葉を止めることはなかった。


「パナシェ。この世界は残酷で無慈悲です。ですが、同じ位美しいものも満ち溢れています。あなたは一人立ちできるまでは、今のまま過ごした方がよいでしょう。でも、もしあなたの前に素晴らしい王子様のような存在が現れたなら、その正体を明かしてもよいかもしれません。あなたは聡明ですから、男の甘言に惑わされることはないでしょう」


 苦笑しつつ、師匠はパナシェの髪を優しく撫でる。


「でも、あなたは本当に可愛いから……。いずれ、物語のような素敵な王子様が現れてしまうかもしれませんね。もし、そういった存在があなたの前に姿を見せたなら、その人についていくのも……いいかもしれませんね」


 そう言って何度も愛おしむようにパナシェの髪を撫でてくれた師匠。翌日、パナシェが目を覚ますと、師匠は物言わぬ存在となっていた。それは、記憶も家族もないパナシェを、悲しみのどん底へと突き落としたのだった。




 師匠を失い、その亡骸を埋葬した後、パナシェは日がな一日泣き暮らす日々が続いた。しかし、そんな中でも空腹を覚え、パナシェはいつのまにかギルドへと赴いた。自分には借金もあり、立ち止まることは許されない。ひさびさに顔をだすと、新人らしい赤毛の美人な新人職員がいた。


「あら、僕? 今日は依頼をお願いしにきたのかした」

「いえ、オイラ一応冒険者で、今日はクエストを受注しにきたんですけど」

「ああ、ごめんなさい。あなたは、えっと、パナシェ君か。資料では……いつもは二人でクエストしてるらしいけど、今日は一人なの?」

「師匠は……お亡くなりになりました」

「えっ、そうなの! ごめんね、私知らなくて……。私の名前はアネット。何かあったら気兼ねなく言って頂戴ね」


 あたふたと対応するアネットに、当時のパナシェが抱いた感情はただただ頼りなさそうだなということだけであった。




「色々なことがあったなぁ、このメレンでも。でもそんな日々ももう終わるんだねぇ」

「後悔とかはないの?」


 昔を懐しむパナシェに、アルクはそう問いかける。


「うん、オイラやっぱり師匠が言ってた美しい世界をみてみたいしね」

「そっか」


 アルクは、パナシェの迷いのない表情に、ほっと息をつく。そんなアルクを悪戯っぽく眺めたパナシェはふいに、後ろからアルクへと抱きついてきた。


「わぁ」

「だからね、アルク。私の責任、ちゃんと取ってね」


 耳元でそっとささやいたパナシェは、すぐさまアルクから離れると、墓地の出口へと小走りに駆けていく。アルクは追いかけようとして、不思議と鼓動を早くしている己の胸に気付き、そっと手を当てた。



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