正体
パナシェがアルクの冒険へと同行する仲間となることとなった。そして、アルクはまだパナシェに紹介していない者がまだ一人いることを思い出す。
「そうだ、パナシェにバトラーを紹介しよう」
『そうだな、これから生活を共にするのだから、早い方がいい』
アルクは善は急げとばかりに、コテージを発動させ、扉を出現させる。それを見たパナシェは目を丸くする。
「これもハルさんの能力?」
「うん、中はもっとすごいんだよ」
扉を開けると、中ではバトラーが既に待機しており、恭しくお辞儀をする。
「アルク様、パナシェ様とのパーティー結成おめでとうございます。パナシェ様、私はアルク様の執事を務めさせて頂いておりますバトラーと申します。何かご要望がありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」
「わあっ、可愛い」
バトラーが顔を上げると、パナシェが小さく歓声を上げる。そして非礼だと思ったのか、慌てて自己紹介をする。
「って、すいません、つい。オイラ、パナシェです。これからアルクと一緒に冒険することになりました。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ニコニコと笑うバトラーの美貌に見惚れたパナシェは、少しばかりソワソワすると、意を決したようにバトラーに問う。
「あっ、あの、バトラーさん」
「さん付けでなくバトラーとお呼びください、パナシェ様。何でしょうか」
「あっ、はい、それでバトラーさん、あ、バトラー、は……男の子ですか。女の子ですか」
パナシェはアルクとバトラーを交互に見ながら、おどおどとそう尋ねる。中性的な雰囲気を漂わせ、執事服をビシッと着こなすバトラーの性別は判り難い。というか、アルク自身もまだ知らなかった。別段問題なく過ごせていたため、尋ねなかったが、そういえばバトラーは男なのだろうか、女なのだろうか。
「それはですね、パナシェ様」
バトラーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。アルクも耳を澄まし、次の言葉を待った。
「それは禁則事項です」
人差し指を顎につけ、片目を閉じてウインクをして見せるバトラー。
「ええっ、何それ」
「すいません、アルク様。私には一応性別不詳であるという設定がありまして、教えるわけにはいかないんです。まあ、世の中には男、女、の他に男の娘というものもありますし、好きなようにご想像なさってください。パナシェ様も一つそういうことでお願いしますね」
残念がるアルクに、愉快そうにバトラーはコロコロと笑う。
「わかりました。すいません、変なこと聞いて」
「いえ、至極まっとうな疑問だとおもいますよ。性別が分らなかったら聞きたくなりますもんね」
「そ、そうですね」
バトラーの言葉にしどろもどろに答えるパナシェ。そんなパナシェをバトラーはまじまじと見つめる。パナシェはその視線に、自分になにか粗相があるのだろうかというように、体を小さく竦ませ、自身の身なりを見た後でハッとする。
「あ、オイラ汚いですね。すいません」
「いえ、別に構いませんよ。理由がおありなんでしょうし」
確かにパナシェの身なりはお世辞にもいいとはいえなかった。出会った時から、ボロボロの服を着て、ボサボサの髪をしており、顔はわざと塗っているかの如く黒く汚れている。しかし、衣類自体は清潔な様子で、匂いも草花の良い匂いがするため、不潔というイメージはなかった。
「大丈夫だよ、バトラー。パナシェはボロボロだけど清潔だし、臭くないよ」
「うぅ」
パナシェを庇うため、アルクはパナシェの擁護をする。しかし、それを聞いたパナシェは顔を両手で覆い、俯いてしまう。そんなアルクを見て、バトラーが小さくため息をつく。
『そうだな。パナシェも我々の仲間となったのだから、あまり見すぼらしい恰好をさせておくのは駄目だな。ここにはちょうど風呂もあるし、一度身を清めてもらうのも悪くないな』
「そうだね。ここのギルドのお風呂はすこし汚いし、コテージの風呂に入るといいよ。サウナだってあるんだよ」
「えっ、そのっ」
ハルが入浴を提言し、アルクが賛同する。突然のことにパナシェはあたふたとしてしまう。
「とにかく入ってきなよ。さっぱりするよ。案内するね」
「お待ちください。私がご案内します。パナシェ様、さあこちらへ」
バトラーがパナシェを風呂場へと案内する。パナシェは少し迷う素振りを見せながらも、諦めたようについていく。しばらくすると、バトラーが一人戻ってきた。
「ご案内してきました」
「うん、ありがとう、バトラー」
「パナシェ様が加入してくださったおかげで、これから華やかになりそうですね」
バトラーはパナシェが気に入ったのか、ご満悦といった様子だ。
『そういえばアルクも一週間は風呂に入っていないな。そうだ、一緒に入ってきたらどうだ』
「ええっ! 本気で言ってるんですか、ハル様」
ハルの提案に、バトラーが珍しく声を張り上げる。アルクはかつてパナシェが連れションを凄く嫌がっていたことを思い出す。バトラーが言いたいことはつまりはそういうことなのだろう。
「確かにパナシェはそういうの嫌がりそうだなあ」
『ああ、彼はシャイだからな。だがな、アルク。風呂というのはな、別物なんだ』
「そうなの?」
『ああ、古来より裸の付き合いというのがあってだな。本当に親しい友人同士なら男同士で入浴するのは、むしろ推奨されるレベルだ。ここで一緒に入浴したのなら、友情度も大アップ間違いなしだろう』
「えっ、本当に」
『本当だとも。男同士は浴場で友情を深め合うものだ。昔、私が組んだ最初のパーティーの女性が言っていたから間違いはない』
友人同士は普通に風呂に入る方が普通ということに、アルクは衝撃を受けた。確かに自分のいたユーリカ村は風呂がなく、体を拭くだけであり、かつ自分には友人もいなかった。故にそういった常識にも疎いのだろう。アルクは己の寂しい過去の友人事情と無知を悔やんだ。
「あ、あの、アルク様。ハル様の言っていることは」
「バトラー。僕もお風呂に行ってくるよ」
アルクは遅れてはならないと、バトラーにそう言い残し、制止しようと手を伸ばす姿も見ずに、浮かれた様子で風呂へと急ぐ。故にバトラーの独り言にも似た言葉を聞くことはなかった。
「ああ、ハル様も本当に気付いてなかったんですねえ。まあ、面白そうですし、これはこれでありですかねえ。いわゆるフラグってやつですか。では、私も気付かなかったことにしましょうか」
パナシェはバトラーに案内された風呂場を見て、息を呑んだ。それはちょっとした大浴場であり、ドアを開けた瞬間、一糸まとわぬ肌を暖かい湯気が包み込む。ほう、とため息をつき、パナシェは恐る恐る足を踏み出す。メレンの町にはギルドにも浴場があるし、市営のものも存在するが、パナシェは極貧でかつ理由もあったため利用したことはなかった。清潔には気を付けていたが、せいぜい井戸水で体を拭くか、川でこっそり沐浴するぐらいであった。
「ふわぁ」
シャワーにて暖かい湯を浴びると、自然に声が出る。体の汚れと共に緊張しきった心も解されていく。ついに自分はアルクとパーティーを組んだのだ。しかし、まだパナシェはアルクに伝えていないことがあった。それを伝えなければと思うと少しばかり気が重い。パナシェの胸の内に、自分を育ててくれた師の言葉が思い出される。
――いいですか、パナシェ。弱いとされる女子供は唯世間から喰い物にされてしまいがちです。あなたのその容貌や性格では、私の死後決して上手く生きていくことは出来ないでしょう。だから、信頼に足る仲間を得るか、成人し、一定の力を持つまではそれを隠して生きなさい。いいですね。
師の言うつけを守り、いままでパナシェは生きてきた。実際、メレンで自分と似た境遇の子は冒険者として消息を絶つか、娼婦や富裕な者の愛人となっているのを見て、師の言葉は正しかったと思っている。しかし、信頼した仲間を得た後、それを明かす術も一緒に聞いておかなかったことをパナシェは悔やんだ。
「本当のことを知ったら、アルク怒るかなあ」
友人を騙していたという罪悪感からパナシェは懊悩する。それを忘れるために頭からシャワーの湯を浴び、一心に身を任せていたパナシェは、故に浴室のドアが開くのにがつかなかった。
浴室に入ったアルクの耳にシャワーの音が聞こえた。アルクは自身も服を脱ぐと、ドアを開ける。アルクの視界にちょうど椅子に座り、シャワーを浴びているパナシェが映る。アルクはタオルを片手にパナシェへと近づくと声を掛けた。
「ねえ、パナシェ。僕も来ちゃった。ねえ、知ってる? 友達同士って、裸の付き合いで友情を深めるんだって」
「えっ! アルク、どうしてっ」
雷に打たれたかのように跳ね上がり、パナシェが振り向く。シャワーによって汚れを落とされた頭髪は栗色から眩いばかりの黄金色となり、その肌も雪のように白くなっている。頬は血色がよくなったためか紅潮しており、いつもは前髪で隠されている目はその空のような碧さを湛えている。その整った顔立ちにアルクはお人形さんみたいだ、という感想を抱いた。続いて視線は自然と身体の下へと自然と移る。けた外れの怪力を誇るとは思えない程、華奢な体つきだが、視線がふと胸へと移る。何故だか、そこは淡く膨らんでいるように見えた。そこで唐突な違和感を覚えたアルクはまさかという思いを抱きつつ、反射的に爪先を上げ、硬直しているパナシェの太ももの間を除き込んでしまった。
「あれ?」
そこにあるべきものが、パナシェにはついていなかったのだ。何故だろう、工事現場のおっちゃんたちにもついていたものがない。もしかして、世の中にはついていない男もいるのだろうか。
「ねえ、ハル?」
『うーむ、アルクよ。パナシェは……女の子だったようだ』
「えっ?」
ハルの言葉に理解が追い付かず、呆けたように答えるアルク。パナシェが弾けるように立ち上がり、そして叫んだ。
「わあああああああああああ」
「ぶべらっ」
頬に衝撃を受けたアルクの視界が目まぐるしく動いた。世界が回転する。吹っ飛び、地面に叩きつけられる衝撃がアルクを襲う。いつのまにか床に大の字で天を仰いでいた。視界が歪み、ぼやけていってしまう。
「わあ、アルクぅ」
『いかん、アルク。しっかりしろっ。バトラーーーー』
「はーい、どうなさいました。わっ、パナシェさまおんなのこだったんですねー。アルク様は私がなんとかしておきますから、ゆっくり身を清めてくださいね。女の子は綺麗なのが一番ですから。よいしょっと」
そんな話を聞きながら、アルクは体が引き摺られるのを感じ、ゆっくりと意識を手放した。
「うぅ、ごめんなさい」
「いや、こちらこそごめんね」
『ああ、すまないパナシェ。君がまさか女の子とは全く気付かなかった』
「いやー、ほんとうにびっくりですねえ」
入浴を済ませたパナシェを交え、談話室のテーブルに一同は会していた。テーブルには人数分のジュースが置かれている。あの後、アルクはバトラーから手当を受け、入浴を終えたパナシェと話し合うために談話室へと移動していた。
『いや、しかしパナシェがこれほどまでに美しい少女とは』
「確かにパナシェ様のお師匠様の危惧も解りますねえ。結果として正しかったのではないでしょうか」
パナシェは風呂から出た後、バトラーの用意した女性用のブラウスとスカートを着用していた。そんなものがあったのか、と疑問に思ったアルクがバトラーに尋ねると、アルクの祖母のマーサの所持品を、アルクの手当の後に仕立て直したという。あの短時間でそこまでしたのかと感心したアルクに、バトラーは執事ですからと、胸を張って答える。
パナシェの髪も今は目が隠れぬよう整えられており、その外見を少年と間違える者はもはやいないであろう。
「でも、結果としてオイラが皆を騙すことになったから。本当にごめん。これでパーティーを組まないって言われても仕方ないって諦めるよ」
パナシェは項垂れ、かすれた声で頭を下げる。
「いや、別に全然構わないよ。パナシェはお師匠さんの言いつけを守っただけでしょ」
「そうですよ。こんなに可愛らしいお嬢さんが、仲間になってくださるなら、むしろ生活が華やかになっていいってものです」
『そうだな。というか、むしろ捗る』
アルクたちの言葉に、パナシェは涙を浮かべる。
「本当にいいの?」
「うん。それよりパナシェはもう隠さなくていいの?」
「うん、隠すのは信頼できる仲間が出来るまでって話だったから」
「それじゃあ、改めてよろしくだね、パナシェ」
全てを打ち明けてくれたパナシェに、アルクは手を差し伸べる。パナシェもアルクの手を握り、それに答えた。手を握られた瞬間、アルクは痛みを覚悟したが、伝わってくるのは柔らかい暖かさだけであった。
それから今後の冒険に向けて、パナシェの部屋割りが決められた。開いている個室のうち、今アルクが私室として使っている隣の部屋がパナシェの部屋となった。自分に割り当てられた部屋を見て、その部屋のベッドやタンス、調度品の立派さにパナシェは何度ももっとみすぼらしいところでいいと言い張った。しかし、バトラーのアルクの仲間ならある程度品格のある生活をしなければ認められないとの言葉に、最後にはただありがとうと述べ、受け入れる。
その後は一旦アネットの家へと帰ることとなった。リハビリがてらの散歩であまり遅くなっては心配させてしまうだろう。コテージを出て、アネットの部屋へ向かう。道中、パナシェが落ち着かないように、周囲をキョロキョロ見回していた。
「大丈夫?」
「うん、何とか。ねえ、アルク。オイラ、何か変じゃないのかな」
「別に変じゃないと思うけど」
アルクの目から見ても、今のパナシェは絵本で読んだお姫様のように見える。バトラーが仕立てた服も素晴らしい出来であり、この町で同様の質の服を着ている者はいないであろうレベルだ。
「でも、なんかチラチラ見られてるような」
『それは単純に目を惹かれているんだろう。気にすることはない』
「だって」
アルクがそう言うも、パナシェは落ち着かない様子であった。そんなとき、背後から声を掛けられる。
「やあ、アルク君じゃないか。目が覚めたんだね。よかった」
「おお、心配したんだぜ」
「見たところ元気そうね。安心したわ」
それはトリプルファングの三人であった。声を掛けられた瞬間、パナシェが飛び上がる様にして、アルクの背後に隠れる。そこで三人はパナシェの存在にも気付いたようだ。
「おうおう、アルクよぉ。目覚めて早々ナンパかあ。しかも、凄ぇ美少女じゃんか。やるねえ」
「やめなさいよ、馬鹿。怖がってるじゃない」
ヴァイツがアルクを茶化し、ペールにその頭部を杖で叩かれる。どうやらパナシェだと気付かなかったようだ。
「そちらのお嬢さんは?」
セゾンがパナシェに話しかけるが、パナシェは恥ずかしいのか顔を真っ赤にして身を竦ませる。それを見たアルクはすこしばかり意地悪をしたくなった。
「この子は僕の新しい仲間だよ。これから一緒に冒険するんだ」
「へえ、そいつは知らなかった。パナシェ君以外にもそんな相手がいたんだな」
その言葉に驚く三人。パナシェと気付かぬセゾンは、パナシェを見ながら、少しばかり悩んだ素振りを見せ口を開く。
「アルク君、君のその様子だと知らないかもしれないが、パナシェ君も実は借金を返済したんだよ。あの迷宮での功績が認められて、何割かが我々の報酬となったんだ。そこで、モルトさんが彼の背中を押してね。見事借金返済となったんだ」
「そうよ。あの子、アルク君が倒れてから、一緒に冒険に行くんだから死なないでってわんわん泣いてたのよ。それにずっとつききっりで看病してるってアネットさんから聞いたしね」
「そうだぞ、アルク。女の子に現を抜かすのも別に悪いとは言わないが、あんなにいいダチを裏切っちゃあ駄目だぜ」
口々にパナシェを擁護するトリプルファングの三人。それを聞くパナシェの顔は更に赤くなっている。そこでアルクはネタ晴らしをすることとした。
「はい、僕の初めてのパーティーはパナシェです。パナシェ以外にはいません」
「えっ、なら彼女は」
戸惑う三人の反応に満足しながら、アルクはニヤニヤとパナシェを振り返る。パナシェは涙目となりながら、アルクを睨み付けるが、観念したのか大きく息を吐くと、アルクの隣へと歩み出る。
「そっ、その」
何事かを話し出そうとする少女に、少しばかり戸惑うセゾン達。
「アルクとパーティーを組むこととなりました、パナシェです。オイラが今、こうしてここにいられるのも皆さんのお陰です。本当にありがとうございます」
一息にそういい、頭を下げるパナシェ。それを聞いたセゾン達は一瞬ぽかんと口を開けるが、その後互いに顔を見合わせ、驚愕の声を上げる。
「「「えぇ~~」」」
その後、事情を説明し少しばかり話した後、三人と別れたアルク達はアネットの家へと戻った。そして、アネットの家でも同様のやり取りが繰り返された。驚いたアネットを見て、笑い声をあげたアルクはパナシェに力一杯つねられることとなり、その痛みは一週間は引くことがなかった。




