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少年と剣  作者: 編理大河
冒険の始まり
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救出チーム結成!


「嘘……」


 気付くとアルクはかすれた声で、今しがたの発言をした男の前へ、ふらふらと歩み寄っていた。周囲の冒険者たちは、突然騒ぎの中心に躍り出てきたアルクに一斉に視線を向ける。


「この子は?」

「パナシェ君の友人のアルク君よ。最近はよく一緒にクエストをしていて……」

「そうか……」


 パナシェと共に行動していた冒険者たちは一様にすまなそうな顔を浮かべる。リーダー格の男が、アルクの前で膝を折り、目線の高さを合わせてくる。


「すまなかったな、ボウズ。パナシェは勇敢だった。自分の命を賭して、あの兄妹を守ったんだ。立派な冒険者だった」

「……まだ死んだわけじゃないでしょ。なんでそんな風に……」

「あの子は俺たちを巻き込まない様、一人で奥へと向かったよ。だが、その先に救いはない。あれから大分時間が経った今、生き残っている可能性は、皆無だ」

「でも、助けに……」


 震える声でアルクは訴えるが、男は小さく顔を横に振る。


『アルク、あるかどうかわからぬ希望のために、命を投げ出す者はいない。それは蛮勇という名の行為だからだ。それに彼らはこれから町の防衛のため戦わなくてはならない。貴重な戦力を裂くことなどギルドが許さない』


 その言葉を肯定するかのように、アネットが前へ出て、全冒険者に向かって非常事態の宣言を行う。


「冒険者の皆さん、只今をもってギルドはスーラ国王から与えられた権限を持って、非常事態宣言を発令します。メレンに所属する全冒険者はこれよりギルドの指揮下に入っていただきます。このクエストを拒否された場合、ランクの降格や、賠償金の支払いなどが課されるのでご注意ください。今、職員が非常事態を告げる鐘を鳴らしに行っております。今から役割を分担し、指名を行いますので、指名された冒険者は……」


 アネットが多くの冒険者に指示を与えていく。そこには既にパナシェの安否を心配する余裕は残されていなかった。気付くとアルクの周囲にはアネットもベテラン冒険者もいなくなっていた。この事態を飲み込めず呆然としていると、後ろから肩を叩かれた。


「残念だったわね、パナシェ君」


 ペールがアルクを労わる様に、優しく声を掛けてきた。後ろにいるセゾンやヴァイツも悲しそうな表情でこちらを見てくる。


「ペールさん、僕パナシェを助けに……」

「……それは無理だよ。私たちはそれ程強くはないもの。行けば死んでしまうわ。冒険者は生きてこそよ。命を助けてもらってこんなことを言うのは心苦しいけど、アルク君も行けば冒険が終わっちゃうんだよ」

「あ……」

「弱いって、悲しいわね……」


 アルクはペールたちを説得する何かを口に出そうとするが、何も出てはこなかった。ペールもそれ以上は何も言わず、アルクの背後から両肩にそっと手を置く。それはアルクが飛び出していかないようにとのことに思われた。


『アルク、これもまた冒険だ。時として冒険は命を失うこともある。それは自分の命であるかもしれないし、仲間のもののときもある。いずれも辛いが、少なくとも自分の命があれば、また次がある。今回は諦めるしかない。パナシェのことは残念だった。いい子だったが……』


 ハルの非情な言葉は、アルクの凍った心に突き刺さり、じわじわと痛みを与える。しかし、ハルの言葉が理解できない程アルクは愚鈍ではなかった。先ほどまで自分も、スタンピードでの最悪の結末を迎えた場合、誰を助けるか選別しようとしていたことを思い出す。それぞれ皆大切なものがあるのだ。

 皆の言葉を飲み込もうと目を閉じると、不意にあのデーヴァ山での光景がよぎる。共に幻想的な光景を目にし、冒険者になろうと夢を語り合った、初めての友人の少しばかりはにかんだ笑顔を。


「……っり」

「ぇ?」

「やっぱり、納得なんて出来ないよ」


 アルクは肩に置かれたペールの手を振り切り、ギルドの出口へ向かおうとする。ハルの権能さえあれば、きっと何とかなる。魔物を振り切って進んで、それでパナシェと合流できればコテージに逃げ込んで……。


『アルクッ』


 ハルが叫ぶと同時に、アルクの身体が鉛のように重くなり、思わず膝をついてしまう。なんとか立ち上がろうとするが、身体はピクリとも動かすことができなかった。


『剣が所有者に害意からではないとはいえ、行動を阻害するなど不本意だが、今回ばかりはしょうがない。少しばかり頭を冷やした方がいいな』

「ハルっ、どうして」

『私は君の剣だ。君が無駄死にするのを見ていることなど到底看過は出来ない』

「待って、お願いだよ、ハルっ」

『心苦しいが君のその願いは断じて聞き入れられない』

「そんなっ」


 周囲は突如倒れ伏したアルクを憐憫の目で見つめている。ハルとの会話も友人を失ったショックで取り乱していると思われていた。緊急事態に備えて、続々と動き出しているギルド内は喧噪に包まれていたが、一人の男が入ってきたことでそれはピタリと止まった。


「おお、モルトだっ」

「C級冒険者が来たぞっ」


 ギルド内に歓声が上がる。アルクはかろうじて、顔を上げると、扉の前に立つアルクと目が合った。その時アルクがどんな表情をしていたかは自分でもわからない。モルトは小さくため息をつくと、地面に蹲るアルクの横を通り過ぎていく。


「モルト、遅いわよ」

「すまない、アネット。ちょっとばかし、師匠のところに寄っててな。非常時の鐘もなっているし、大体想像はつくがどんな状況だ」


 アネットがモルトに現在の状況を説明をする。その間、ペールたちがすぐ側で心配そうにアルクを見つめていた。アルクは、必死に体を動かそうとするが、四肢を大量の汗が伝うも、指一本動かすことは出来ない。


『アルク、もう諦めるんだ』

「嫌だっ」


 アルクを諭すハルの声にも苦痛が込められているのに、アルクは気付いた。だが、それでもアルクは抵抗をやめることが出来ない。ここで諦めたら、本当に可能性はゼロになってしまうからだ。そのとき、歯を食いしばるアルクに影がかかる。見ると目の前にモルトが経っていた。モルトは射貫くような視線でアルクを見据える。


「モルトさん……」

「……助けに行きたいのか」

「……うん」

「……もう死んでいるのかもしれないぞ」

「それでもっ、まだわからないじゃないか。死んじゃったら、もう会えないんでしょ。そんなのは嫌だっ。だって約束したんだもん」


 ――いつか一緒に冒険しよう。


 叶うかどうかもわからない、ただ希望に押し出されただけの約束。だが、今それが潰えそうになるのを目の前にすると、アルクはそれがとても大切な約束であったことに気付いたのだった。しかし、今のアルクは駄々っ子のようにもがくことしかできない。

 アルクの言葉にモルトは、ただじっとアルクを見据える。アルクも負けじとモルトを睨み返した。互いに暫し、そうした後に唐突にフッと、モルトが笑う。


「そうだな、死んじまったらもう会えないからなあ。確かに……まだ死んだって決まったわけじゃないな。贖罪……にはならないだろうが」


 モルトは前髪をかき上げ、ぼりぼりと頭をかく。天井を見上げ、何かを思い返しているようだ。そんなモルトにアネットがその意を察して詰め寄ってくる。


「ちょっと、モルト。あなた、まさか」

「ああ、ちょっとばかし行ってこようと思う」

「メレンの防衛はどうするの。あなたがこの町の最大の戦力なのよ」

「まあ、確かにな。だが、防衛に不足しているわけでもない。俺が迷宮で出来る限り数を減らしてやるよ。それにこれがスタンピードならダンジョンコアを破壊すれば、治まるだろう」

「っ、それはそうだけど。でも、そしたらこの町は」


 モルトの言葉にアネットが息を呑む。周囲の冒険者たちも騒めきだす。


「ああ、迷宮は枯れてしまうだろうな。でも、この町の人たちの命には変えられない」

「どうしても行くの。いくらC級といっても危険すぎるわ。なら他の冒険者も……」

「いや、俺一人で行く。分が悪い蛮行に付き合わされるのもアレだしな」

「……お姉ちゃんのことがあるから?」


 最後のアネットの言葉は消え入りそうな程小さかった。モルトはそんなアネットの頭にポンと優しく手を乗せる。その行為にアネットは「あっ」と驚き、一瞬体を竦ませるがすぐに項垂れ、されるがままになる。


「まあ、そうだな。ずっと考えてた。自分が生き残った意味を。あの時、俺とあいつらの冒険は確かに終わった。でも、俺の冒険はまだ続いていたんだ。この町に戻って出会った奴らが、それを思い出させてくれた。なあに、死にはしないさ。俺は腐ってもC級冒険者だし、タイマンならB級にだって、そうそう負けなかったんだからな」

「……わかった。絶対だよ。絶対に死なないでね、モルト……お兄ちゃん」

「ああ、任せておけ」


 モルトはもう一度アネットの頭を優しく撫でると、次にアルクの前に屈みこむ。


「という訳だ。俺が行ってやる。だが期待はするなよ。正直もう死んでしまっている可能性も高い。お前は、ここで町の防衛に努めろ。魔法を使える奴は貴重だからな。頼んだぞ」

「なんで……」


 アルクの問いかけに答えず、モルトは立ち上がるとギルドの出口に向かう。


『厳しいだろうが、これで可能性はゼロではなくなったな』

「ハル、僕も……」

『スタンピードの規模も解らぬのに、君を向かわせることなど出来ない』


 ハルの再度の拒絶に、項垂れるアルク。本当にこれでいいのかという想いが、激しく胸の奥から湧き上がってくる。確かに救出に向かう者は現れた。だが、それを願った自分が、隣で共に戦うこともせず、待ってていいのか。いや、良い筈はない。アルクはハルの呪縛を振り切れるように、全力で立ち上がる。歯を食いしばり、筋肉をこれでもかというぐらいに総動員する。骨が軋む音がしたが、構わず両足を踏ん張り、立ち上がる。


『アルク、止めろ。自分の身体が傷つくぞ』


 ハルが不安げな声でアルクを制止する。そんなハルに、アルクは声を張り上げ、自分の想いを吐露する。


「ハルっ、僕は行かなくちゃだめだなんだ。だって、これは僕の物語で、僕が主人公なんだもの。選ぶのはいつだって自分自身って、いつもハルは言ってたじゃないか」

『だが、しかし……』


 アルクはまだ呪縛の解けぬ自分の足を、歯を食いしばり一歩動かす。


「モルトさんだって、行ってくれる。さっきとは状況は違う。可能性は上がってきている。なら僕が迷わず一歩を踏み出せばっ」

『ッ! 君のその想いは尊い。だが、君にラッドのような末路は……』


 ハルの声に懊悩が混じり始める。心なしか、身体は先ほどより軽く感じられる。顔を上げるとギルドの出口で何事かといった様子で立ち止まるモルトが見えた。

 そうか、傍から見ると、ただ一人叫んでいる危ない奴だな、僕は。そう自嘲する余裕が不思議とアルクには生まれていた。振り絞る様に一歩、一歩前へ進む。


――フフッ。流石ハル君の持ち主だね。芯が強いなぁ。


「えっ」


突如、小さく笑いながら、そっと話しかけるような女性の声が聞こえた。アルクは周囲を見回すも、それらしき女性の姿は見えない。しかし、ハルにもその声は聞こえたらしく、珍しく怒気を含んだ声をあげる。


『チィ、こんな状況で干渉とは。余計なことを』

――大丈夫だよ。その子はまだ生きてるよ。お願いね、アルク君。あの子を助けてあげてね。


 途端に脳裏に、一つの情景が映し出される。そこにはパナシェの姿が映っており、アルクは思わずその名を叫びそうになる。パナシェは暗い洞窟の中で、目立ちにくい場所にある岩の裂け目に、その小さな細い体を潜めていた。その体は魔物の臓物に塗れ、真っ赤であった。周囲にはどこか普通の魔物とは違ったおぞましさを醸し出す魔物が、何体も周囲をうろついていた。そんな中、パナシェは必死に息を殺して、周囲に気を配っている。その眼はいまだ生きることを諦めておらず、死地を抜け出すことだけを考えているようだ。


『やはり、多いな……』

「でも行かなくちゃ」


 そんなとき、その光景が掻き消え、代わりに上書きされたマップが脳裏に浮かび上がる。それはメレンの迷宮の中の魔物の数やパナシェの位置まで、全てを写していた。本来マップはその場所に足を踏み入れなければ発動できない権能である。アルクは突然話しかけてきた謎の声の人物がコレを与えてくれたのだとなんとなく悟った。その正体には興味が非常に湧いたが、今はそれよりも優先すべきことがあった。


「ハルッ!」

『むう、確かに想定以上に全体の魔物は少ない。これなら、いやしかし』

「ハルッ、パナシェは生きていた。生きてるんだよ。まだ失ってない」


 その声にハルは一瞬沈黙する。アルクはハルが話すのを唯待った。そして、次に放たれた言葉はアルクに何よりも力を与えた。


『……わかった。確かにこの状況なら望みはある。本来なら行かせたくはないが、君が希望を知ってしまった以上、剣である私がそれを潰すような真似は出来ないな。それでも道は険しいが、君に覚悟があるのならば行くといい。だが、約束してほしい。決して、死なないと。君の祖父ラッドのようにはならないと』

「約束するッ! 僕は絶対に死なない。ありがとう、ハル」


 気付くと、先程までとは打って変わって体が軽い。ハルが呪縛を解いてくれたのだろう。アルクが立ち上がると、周りの目が自分に向かっているのに気付いた。確かに外から見ると、ただアルクが一人喚き散らしているように見えてしまっただろう。ヴァイツが、そんなアルクの精神状態を心配したかのように、おずおずと前に出て尋ねてきた。


「アルク。パナシェのことがショックだったのは分るが、大丈夫か。その、今お前は何か見えないものが、見ていたりとかするのか」

「えっ、ああ、それは」

『そんなことはないさ、ヴァイツ。アルクは剣の私と話していたのだ。精神状態はいたって正常だよ』

「えっ、今のって?」


 突如、ハルがヴァイツにそう話しかけていた。ヴァイツは突然響いた声に驚き、周囲を見回す。アルクも今まで極力その存在を隠し通していたハルが、その正体をさらけ出したことに戸惑いを隠せなかった。


『今はともかく緊急事態だ。アルクの友人の命がかかっているからな。隠している場合じゃないさ』

「ハル……」

「成る程、人格を持つマジックアイテムの類か。子供にしては妙に落ち着いてると思ったが、保護者がいたという訳だな」


 気付くと、モルトが再びアルクの側に来て、アルクの腕輪を凝視していた。


『ああ、私はハルという。よろしく頼む、モルト。君が救出に赴いてくれるのはありがたいが、正直単独では君でも厳しいと思う。私の能力があれば救出も一層捗るだろう。アルクを連れて行ってくれないか』

「こいつはまだ子供だぞ。命の保証はしかねるが、あんたはそれで構わないのか?」

『所詮、肉体を持たない非情なマジックアイテムと君は思うかもしれないな。だが、私としても、パナシェがいまだ生存しているという事実を知って、なおアルクに何もさせず、その心に傷を負わせるということは認めがたいことなのだ。アルクが友を救わんとし、危地に飛び込むなら、従うだけだ』

「存外過保護だな」

『私は、この子の先祖代々から振るわれてきた剣だからな。心境としては保護者のようなものだな。それで色よい返事はもらえそうかな。無論報酬は相応に支払おう』


 モルトは一度アルクの顔をじっと見つめてくる。それに対し、アルクは唯力強く頷いて見せた。


「まあ、保護者付きというのであればいいだろう。実力も相応にはあるということも分かってるしな」

「やった! ありがとう、モルトさん」

『これでまず一人か。もう少し欲しいな。我々と共に行ってくれる者はいないか。報酬は無論払う』


 ハルが周囲の冒険者たちに具体的な金額を上げながら呼びかける。ハルが提示する金額がどれほどのものかはアルクにはよく分からなかったが、歓声のようなものがおおいに上がったことから、かなりの額になるのだろう。しかし、実際に名乗り出る者はいなかった。


「まあ、こんなもんだろ。命より大事なものもそうないしな。時間もないし、行くぞ」

『むう、仕方ないな』

「よし、急ごう」


 居ても立ってもいられない気持ちで、アルクはギルドを飛び出す。モルトと並んで迷宮の方へ少しばかり進むと、後を追って声を掛けてくる者達がいた。


「待ってくれないか」


 それはセゾン達トリプルファングであった。三人とも真剣な面持ちでこちらを見ている。


「俺たちも、連れて行ってくれ。戦力になるかどうかは分らないが、命の恩人に報いれないようなら、これからずっと冒険者として名声を得ることなんて出来ないって皆と話し合ったんだ」

「勿論、アルク君がいいんだったらだけど」

「あれから俺たちも猛特訓したからな。あの頃よりかは少しばかり強ぇぜ」


 三人共、迷いなくそう言い放つ。そこには打算のない純粋な好意があった。あの時、何気なく助けたことを、この三人が危険まで冒して返そうとしてくれていることに、アルクは感動で胸がいっぱいになった。


「ねえ、ハル。モルトさん」

『ああ、人数は大いに越したことはない。パーティーとして経験の多い彼らなら文句なしだ。私の権能も多いに活用できるだろう』

「まあ、俺はボウズや魔剣の旦那がいいって言うんなら構わない。お前らも覚悟は出来てるんだろう?」


 三人はモルトの言葉に唯黙って頷く。


『よし、決まりだな。だが、彼らの装備には若干不安要素がある。アルク、彼らにアイテムボックスの装備を与えてもいいか』

「うん。僕のわがままなんだから、それぐらい全然構わないよ。それにそれは僕が集めた物じゃないしね」

『では、決まりだ』


 突如、目の前に扉が現れる。トリプルファングの三人はそれに反応し、身構える。モルトは流石というべきか、それがハルの何らかの力であることを見抜いているのだろう。悠然としていた。

 自然に扉が開くと、そこから見えるエントランスにはバトラーが立っており、恭しくお辞儀をするのが見えた。

 

「お待ちしておりました。アルク様、そして今クエストのパーティーの皆様方。私は執事妖精のバトラーと申します」


 バトラーが顔を上げると、そのいつも柔らかに微笑む中性的な美貌が露わになる。アルクの耳にペールの「か、可愛い」という呟きが聞こえた。


『バトラー、彼らに今回の苦境を脱するための武具を用意したいのだが』

「私もハル様を通して、事情は把握しております。既に準備は出来ております」


 バトラーが体を横にずらすと、その背後にきちんと整頓された武具が置かれていた。


「そちらの剣はセゾン様、杖はペール様、槍はヴァイツ様、そして大剣はモルト様のためにご用意致しました。いずれも倉庫に保管されていたもの中では最高の物でございます」


 トリプルファングの面々は用意された武具に歩み寄ると、おそるおそるそれを手に取る。

そして、一様に驚きの声を上げた。


「うおっ、これ魔法武具か。こんなの一流の冒険者でないと普通持てないぞ」

「しかも、半端ない逸品よ、コレ。纏ってるマナの量が尋常でないもの」

「凄ぇ! 手に持った瞬間、ぴたりと吸い付いてきやがる」


 それぞれ振り回し、狂喜乱舞する三人と対照的に、モルトは大剣を少し手に持ち、眺めると、それを再び元の場所へと戻す。バトラーがそれを見て、首を傾げる。


「お気に召しませんでしたか」

「そう言う訳ではないが、俺にはコイツがある」


 モルトが愛用の大剣を背から外し、ポンと優しく叩く。


「確かにそれもかなりの逸品ではあります。が、こちらの方がワンランクは上のものですが?」

「使い慣れた武具の方が扱いやすいというのも勿論あるが、こいつは俺のかつての仲間が危険なクエストの後、その全額を使って購入してくれたものなんだ。いわば形見ってやつだな」

「それは……知らぬとはいえ、出過ぎた発言をお許しください」

「いや、構わないさ。その大剣を見たとき、思わず目を疑っちまったからな。その剣一本あれば、しばらく生活には困らないぐらいの金は稼げちまうだろうからな。ボウズの祖父さんというのは大した冒険者だったんだろうな」


 まじまじと手放した大剣を眺めながら、モルトが感嘆の声を漏らす。


『ああ、私の以前の持ち主はアルクの祖父の雷鳴のラッドだ。それ以前の所有者では、ラッドを遥かに凌ぐ名声の持ち主も多数いる』

「マジか。あの雷鳴のラッドか。道理で……」


 モルトがその話を聞いて、納得する。やはり、祖父は凄い冒険者だったのだろう。そして、それ以前のハルの所有者たちも……。


「なら、今回のクエストも成功させなきゃな。でなきゃ、そいつらに顔向けできなくなっちまう。そうだろ、ボウズ」

「うんっ」


 犬歯を見せて、獰猛に笑うモルトに、アルクは力強く頷いた。パナシェ救出の準備は整った。アルクはこの戦いに協力してくれる仲間とともに、歴代の所有者の残してくれた武具を使って挑むのだ。先ほどまでとは一転し、胸は未だかつてない高揚に溢れていた。


『さあ、準備は整った。あまり駄弁っている暇はないぞ。事態は一刻を争う。パナシェ救出クエストを始めようか』



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