スタンピード
メレンの迷宮、最奥の扉。その中ではケイネスが地面に寝そべりながら、ミミを眺めていた。ミミは部屋の奥にあるオーブを両手で触り、ぶつぶつと何かを呟いている。ここにきてからミミはずっとその行為を繰り返していた。
ケイネスの傍らには、パペットゴーレムと呼ばれる魔物の残骸が散らばっていた。この迷宮のダンジョンボスである。以前のケイネスであったら単身では倒せない存在だった。しかし、今は違う。なぜならケイネスにはミミという存在がいるからである。
ミミは外見こそ幼いが魔導に通じており、ミミから渡されたマジックポーションはケイネスの身体能力を飛躍的に向上させていた。しかも、そのマジックポーションの効果はなんと恒久的なものであり、効果が切れることはなかったのである。
ケイネスはパペットゴーレムの残骸を見ながら、憎い男の顔を思い浮かべた。かつては自分の憧れであり、そして初恋の女性の想い人であった男の顔を。今の自分ならアイツに勝てるのではないか。かつては雲の上の存在だったが、今ではそう思えるほど己の力に今は自信を抱いている。
こうなれたのも全てミミのおかげであった。ミミがどこから来たかはわからない。しかし、突然ケイネスの前に現れ、「力が欲しくない?」と話しかけてきたのが、ミミとの出会いであったと思う。そこを詳しく思い返そうとすると、不思議なことに頭に霞みがかかったようにぼやけてしまうのだが、別段そんなことはどうでもよかった。現実にミミは自分に力を授けてくれたのだから。
ミミが更なる力を得、ケイネスに新たな力を授けるにはダンジョンコアが必要とのことであった。そのため、最奥に他の冒険者を近づける訳にはいかず、最奥を自身のグループで占領して締め出すことにしたのだ。ダンジョンコアが目的と気付かせないために、高利貸しのフロッグに、最奥で取れる素材などをギルドを通さず、売り捌いた。やがて王都から自分を誅殺しに冒険者がやってくるかもしれないが、そのときには既に自分はここにはいないであろう。
新しい力を得たらどうしようかとケイネスは考える。とりあえず、モルトを殺しにいくことはケイネスの中では確定事項となっている。最近盾突いてきたアルクというガキを殺してもいいだろう。ミミも殺したがっていた。後思いつくのはアネットであった。リーネによく似た顔立ちの妹。この町を去るときにさらっていってもいいかもしれない。最初は嫌がるだろうが、そのうち自分になびくだろう。なぜならそのときの自分はモルトよりも強くなっているのだから。きっと自分に靡くに違いない。
「出来た」
ぐちゃぐちゃに流れる思考の中、ミミのそんな声が聞こえた。見ると、ミミが触れていたダンジョンコアはいつのまにか透明からその色を真紅に変えていた。そこから溢れ出す光はどす黒い。
「おぉ、出来たんだな、ミミ。でかしたぞ」
ケイネスはその光を見た瞬間、溢れ出す喜悦を抑えきれず、ミミの隣へと歩み寄る。
「これでモルトに勝てるぞ。もう半端ものなんて言わせない。こんな小さな町とはおさらばして、富と名声を手にしてやるんだ。やった、やったぞ」
「ケイネス」
感情を抑えきれず、喉の奥から快哉を上げていると、突如名を呼ばれ、隣のミミを見る。ミミは両手を広げ、ケイネスに向かって微笑んでいる。それはまるで母親が子供を迎え入れるようであった。
「はは、なんだよ……」
幼い子供のそんな仕草に、ケイネスは苦笑するが、足は自然と動き、何故か少女の前に跪いていた。そんなケイネスの頭をミミは己の胸に掻き抱く。
「ありがとう、ケイネス。おかげで全部成功したよ。だから、だからね」
ケイネスはミミの胸に抱かれながら、その不思議と冷たい肌が放つ不思議な芳香に囚われていた。どこかで嗅いだ匂い。記憶を辿り、それが何に似ているか気付いた。幼い頃、夏の日に、納屋の中で死んで腐っていた犬のすえた甘い腐臭――
「あなたも一緒に贄にしてあげるね」
ケイネスの思考はそこで途絶えることとなった。永遠に――。
ケイネス達との事件の二日後、パナシェは再び迷宮にいた。それというのも、パナシェが普段懇意にしてい冒険者パーティーのメンバーの奥さんが病気になったため、急に入り用となりポーターとしてパナシェを指名したのだった。初め、パナシェもモルトとケイネスとの諍いがあったことを説明し、思いとどまらせようと努力したが、最奥にはいかないということでパナシェに頼み込んできた。このパーティーのメンバーは皆気のいい人たちで、パナシェにもいつも少しばかり多く賃金を弾んでくれていたため、断りにくかったのだ。
(ケイネス達に会わなければ、大丈夫だよね……)
明日はこの町を出るアルクの見送りにも行きたいため、パナシェとしては早く町へと戻りたかった。今日は本来ならアルクへの贈り物を探しに、店を巡る予定だったのだ。
「よっしゃ、また一匹仕留めたぞ。しかも希少種だ」
「おぉ、今日はよく湧くなあ。ついてるぜ。これならお前のかみさんの薬代もすぐだな」
四人組である冒険者たちが手際よく、魔物を倒している。この冒険者パーティーは町でも有数のベテランであり、年も三十、四十代のまさに全盛のパーティーだ。この近辺の魔物に後れを取るということは、まずない。彼らも若い頃に一度メレンを出た口であり、やがて限界を悟って故郷へと帰ってきた冒険者だ。冒険者ランクこそDだが、豊富な経験と規範を守る高いモラルを持っているため、メレンの町では重宝され、ほぼ冒険者一本で生計を立てることのできる数少ない存在であった。
「凄いですね、もう三匹目ですか」
「おお、そうなんだよパナシェ。俺もこの迷宮に潜って長いが、こんなのは初めてだぜ」
希少種とは、時折出現する突然変異種のことである。当然ながら、通常種より稀少なため、素材などは高く売れるし、魔石もグレードがワンランク以上、上のものとなっている。パナシェは魔物の素材を受け取ると、袋へと入れて、それを背負う。今日はよく魔物が湧き、すでにパナシェの背負っている荷はかなりの重さとなっていた。
「よし、この調子で次に行くか」
「えっ、でもこの下は五層ですよ」
五層の最奥には当然ながらケイネス達がいるだろう。彼らは交代しながら、決してその場を離れないのだ。しかし、ケイネスだけは常に最奥に籠り、離れることはないという話だ。
「ん、まあ五層といっても広いからな。奥には行かないから安心してよ」
「今日の調子なら五層でもレアが出るだろ。そしたらちょっとした一財産稼げるし、パナシェ君がいるから、素材も多く持ち帰れる。君にもボーナスを弾んでやれるぞぉ」
「そうですか、それなら……」
正直、怖いという感情の方が強かったが、ボーナスという言葉に惹かれる気持ちもまた強かった。今までは自分のペースで堅実に働いていたパナシェだった。別段焦りなどは感じていなかった。貧しいながらも、人に感謝されながら働く。それはとても心地よかった。
しかし、アルクとあってからそれは変わった。再び幼い日の、あの燃え上がるような気持ちが湧いてきたのだ。自分と年も大して変わらないアルクが、目の覚めるような活躍をするたびに、自分もこうありたいと触発されていた。アルクのようになるために一日も早く、借金を返し、冒険の旅へ出かけたいと願うようになっていたのである。
結局、パナシェは五層行きを了承する。五層でも希少種は当然のように現れ、ベテラン冒険者たちは危なげなく、それを狩っていった。その様子を見て安堵したパナシェだったが、次に現れた魔物を見たとき、戸惑いを隠せなかった。大の大人の背丈ほどある、百足のような魔物が一体、ゆらりと現れたからだ。希少種とはあくまで、魔物の突然変異的な存在であり、その外観を大きく変えることはない。しかし、今目の前にいる魔物はこのダンジョンでは現れるはずのない存在であった。それは起きるはずがないことであり、起きてはならないことであった。
「新種かな?」
誰かがおどけたような声を出す。しかし、それに追従する者はいなかった。ゴクリ、と唾を呑む音がパナシェの耳に届く。
シャアアアアア――
百足の形をした魔物は、その体についた無数の足を震わせ、身体をくねらせながら、こちらへと突進してきた。
「うわあっ、来たっ」
「びびんなっ、応戦しろっ」
「オラアッ、っ、こいつ硬ぇ! 刃が通んねえよ」
「隙間を狙えっ」
その硬い外皮の前に、本来この迷宮の魔物には苦戦する筈のないベテラン冒険者たちが攻めあぐねている。魔物が顎を振う度に、冒険者たちの鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。しかし、それでも一体であることが幸いし、冒険者たちの連携の前に、魔物は倒れ伏した。だが、それに喜びを示す者はおらず、皆魔物の死体を気味悪そうに眺めている。冒険者たちの身体は今の戦闘でボロボロとなっており、武器は皆刃こぼれしてしまっている。
「なんだ、こいつ。こんな強い奴、ここに出るはずないだろ」
「ああ、おかげで予備の武器までボロボロだ。おまけにたぶん、毒持ちだ。傷口からどんどん痺れが広がってきてる。皆、毒消しを飲んでおけよ」
「ああ、わかってる。しかし、これってアレじゃないか」
「まさか……。この迷宮でそんなことが」
パナシェは男達の会話を聞き、自身も一つの可能性に思いを巡らせる。すなわち、今この迷宮では魔物の集団暴走、すなわちスタンピードが起きているかもしれないということにだ。しかし、スタンピードのほとんどが自然型の迷宮で起こるとされており、また規模の大きいもの程、起こりやすいとされている。そのどちらにも当てはまらないメレンの迷宮でスタンピードが起きるなどあり得ない筈であった。
「どうする」
そんな中、冒険者の一人が、リーダー格の男に決断を求める。その声には緊迫感があり、今が非常事態であるという判断を既に自分の中でしているようであった。
「撤退だ。俺たちの手には余る」
リーダー格の男もすぐさま決断する。実際、目の前で息絶えていた魔物が、先程見せた強さを考えれば、それが複数体出てしまった場合、自分たちの結末は最悪のものとなるだろうという判断であった。
「この魔物は解体していきたいところだが、自分たちの安全には代えられない。放置してすぐ戻るぞ」
全員がその言葉に頷き、四層へと引き返そうとした時、背後からけたたましい悲鳴が複数聞こえてきた。
「なっ」
振り返ると、そこには数体のおぞましい魔物に追い立てられている冒険者がいた。魔物達はいずれも巨体で見る者に威圧感を与える。その巨躯の魔物から逃げてくる冒険者達は、よく見るとケイネスたちの一派の男達であった。
「ちっ、奴ら余計なもん引き連れて来やがった。巻き込まれる前に逃げるぞ」
男達は駆け足で去っていく。パナシェも後に続こうとしたその時、ケイネス一派の一人でデクと呼ばれている男が、すぐ側にいる少女を突き飛ばし、地面へと転がすのを見てしまう。思わずパナシェはその足を止める。
「パナシェ、何馬鹿をやってる。早く来いッ」
冒険者の一人が、パナシェの動きに気付き、叱責する。パナシェはその声に突き動かされるように、再び逃走を開始しようとする。しかし、視線の端にて、少女の兄が必死に妹の下に駆け寄り、覆いかぶさるのを見たとき、自然と身体が動いてしまっていた。
「わあああああっ」
逃げるケイネス一派とすれ違い、今まさに兄妹へと忍び寄ろうとする大の男よりも背丈の高いダンゴムシ型の魔物に向け、全力で駆けていく。背中から抜き去った愛用のスコップを全身全霊で振りかぶる。それを振りぬく瞬間、パナシェの脳裏には以前ステップウルフからセゾン達を助けたアルクの、その背中がハッキリと浮かんでいた。
「ヤァッ!」
耳をつんざく轟音と共に、魔物の甲殻はひしゃげ、臓物を飛散させながら、身体を浮かせてその巨体がひっくり返る。今まさに襲われていた兄妹は、ぽかんとパナシェを見上げている。
「逃げるよっ、早く」
兄妹を助け起こし、出口へと向かおうとする。しかし、残りの魔物がその行先を無慈悲に塞いだ。兄妹を背後に庇い、スコップを構えるパナシェ。目の前の強敵に兄妹を守りながら、戦う無謀に目がくらみそうになる。今自分がこんな状況に置かれている経緯すら頭の中から抜け落ちてしまっている。ただ、生存本能のみが、しきりにパナシェの身体を急き立てていた。
「パナシェ、お前何やってんだ」
気付くと、魔物の背後にベテラン冒険者たちがいた。どうやらパナシェのために留まってくれていたらしい。感謝の気持ちと共に、自分の無謀に巻き込んでしまった後悔が押し寄せる。
冒険者たちは背後から魔物を牽制してくれていた。道を塞いでいる何体かの魔物が背後の冒険者たちに気を取られ振り返ろうとする。パナシェはそれを唯一の好機と見て、背後の兄妹に話しかける。
「オイラが道を作るから、駆け抜けて。いいねっ!」
パナシェはいまだこちらを捉えているカマキリに似た大型の魔獣に向かって駆ける。カマキリ型の魔獣はその鎌をゆらりと揺らすと、次の瞬間パナシェの頭部を刈り取るべく、薙ぎ払ってきた。
(ここっ!)
パナシェは頭から滑るように前方へとダイブする。チッ、と頭頂部あたりを鎌が掠める感触に、パナシェの総身は竦みかえるようだった。しかし、身体の勢いは殺さず、前方へ頭から一回転すると、身体を勢いよく起こす。すると、ちょうどいい具合にその脚部が目の前にあった。
「はあッ!」
勢いよくスコップを叩きつけると、メキャっという音とともに脚部がへし折れ、魔物は大きく姿勢を崩した。声を掛けようと、背後の兄妹の姿を確認しようとすると、すぐ横から兄が妹の手を引き、空いたスペースを駆け抜け、そして冒険者たちのもとまで駆けて行ったのが見えた。
「パナシェ、よくやった。次はお前だ」
パナシェも急いで、その隙間から彼らの下へ向かおうと、駆け出す。
「えっ」
突如目の前に、緑色の尾が現れ、パナシェを強く打ち付ける。叫びを上げる暇もなく、パナシェは五層の奥へと弾き飛ばされる。宙に浮いた浮遊感が消えたと思ったら、視界が地面を捉え、やがて全身を衝撃が走る。二転、三転と毬の様に地面を転がる。ようやく止まり、地面に倒れ伏すと全身を激痛が襲った。必死に体を起こすも、目の前の景色はぐるぐると乱れ、キーンと強い耳鳴りがして、それ以外は何も聞こえなくなっている。
それでも、気力を振り絞り、握りしめたままのスコップで体を起こしたときに目にした光景はパナシェに絶望を与えた。四層への道は遠くにあり、それは体勢を立て直した魔物達によって塞がれている。パナシェが片足をへし折ったカマキリなどは、背中の羽を大きく広げ、怒りを露わにし、片足でヨタヨタと、しかし執念を感じさせる素早さでこちらに迫ってきていた。
「パナシェーーー」
徐々に回復する聴力が、遠くで叫ぶリーダー格の男の声を拾う。どうやらまだ待ってくれているようだ。しかし、このままだとパナシェの取った勝手な行動によって、彼らの安全が脅かされていることとなる。パナシェは縋りたい気持ちを押し殺し、叫び返す。
「オイラに構わず先に逃げてください。オイラは後からコイツラを巻いて行きます」
それがどれ程の確立になるのだろうか。決して高くないだろう。しかし、諦めたなら、パナシェは冒険だけでなく人生を閉じることとなる。諦める訳にはいかなかった。パナシェは逃走すべく、一歩を踏み出す。
「ぎぃ」
脇腹に鋭い激痛が走り、思わず変な声が出てしまう。しかし、止まるわけにはいかないのだ。痛む体を鼓舞し、魔物から逃れるべくパナシェは最奥に向けて走り出した。
次の町への旅立ちを翌日に控えたアルクは、特にやることもなかったのでいつものようにギルドへと赴いていた。中に入ると相変わらず冒険者たちの姿は少なかったが、その中には見知った顔をパーティーがいた。
「やあ、アルク君」
リーダー格のセゾンが、手を振って挨拶してくれる。
「アネットさんから聞いたよ。明日、この町を出るんだって」
「はい。皆さんにはお世話になりました」
アルクがそういうと、三人は苦笑する。
「いや、それはこちらのセリフだよ。結局あの時の借りはまだ返せてないからね」
「そうだなぁ。アルクがいなけりゃ、俺は少なくとも冒険者引退の危機に追い込まれてたからな」
「まあ、でも私たちもようやく現状復帰にこぎつけたばかりだから、返せるのは当分先になっちゃうからね」
「まあ、冒険者として活動してればいずれまた会うかも知れませんし、その時にお返ししてくれれば」
「ああ。機会さえあれば、必ず返す」
実際、あれは祖父の遺産であり、まだまだアイテムボックスには少なくない数がストックされているため、すぐさま返してもらう必要性は全くないとアルクは思っていた。
「ああ、それはそうとアルク君。ユアン先生に会ったんでしょ」
ペールがアルクに向けて、そう話す。
「え、ええ。デーヴァ山に登った時、誘ってくれて。ユアンさんを知ってるんですか?」
「ええ、当然よ。だってユアン先生は私の魔法の師匠だもの」
「ええっ、そうなんですか」
予想外のつながりに、アルクは素直に驚く。
「この前、久しぶりに挨拶に伺ったら、ちょうど君の話を聞いてね。そこで初めてモルトさんが昔、ユアン先生たちの弟子ってことも知ったのよ。だから、モルトさんは私にとっての兄弟子ってわけね」
「へえ」
「まあ、だからといって、どうということもないんだけど、やっぱり凄腕の人が自分とそういう繋がりがあったっていうのは、なんとなく励みになるのよねえ。私たちも頑張らなくっちゃ」
「ああ、そうだな。冒険者として恥ずかしくない名声を、いずれは得られるように、日々努力しなくては」
「まあ、富が自然に入るなら、別にダラダラ過ごしてもいいけど、そんなことはあり得ないからなあ」
三人はそう話しながら意気揚々と笑いあう。そこには同じ夢を確かに抱いているのだという信頼感が見て取れた。冒険者パーティー、トリプルファング。メレンで出会った自分よりも少しばかり年上の、幼馴染の集まりである彼らの仲の良さを、アルクは素直に羨ましく思った。そして、この町で仲良くなった一人の少年のことが脳裏に浮かぶ。
(パナシェは今何をしてるのかな)
「大変だっ」
そんな時、突然ギルドのドアが慌ただしく開け放たれた。多くの冒険者たちがギルドへと流れ込むように入ってきた。壮年の冒険者が若い冒険者の襟を掴み、どつきながら前へと押し出している。その若い男には見覚えがあった。ケイネスの一派であり、以前アルクと揉めたデクという冒険者であった。
「どうしたの! 何があったの?」
その慌ただしさに、アネットが慌ててギルドの奥から飛び出てくる。
「ああ、迷宮の奥から見たこともないような、デカい魔物がわんさか湧いてきやがった。信じたくないが、たぶんスタンピードだろう」
「まさか? メレンの迷宮でそんなこと……」
「だが、実際に起きてんだよ。信じないのは勝手だが、放っておくと町にまで溢れ出すぜ。俺たちは何とか逃げ延びることは出来たけどな。しかしコイツラら、子供を囮にしようとしやがった」
チラリと視線を向けた先にはいつかの双子の兄妹がいた。壮年の冒険者が舌打ちしながら若い冒険者を地面へ転がす。
「仕方ねえじゃねえか。俺たちだって命がかかってんだよ。ケイネスさんだって結局ダンジョンコアの部屋から出てこなかったしよ」
「だからって信義にもとることをしていいって訳じゃねえんだよ」
怒号が飛び交う中、アルクはハルに語り掛ける。
(なんだか大変そうだね。スタンピードって、あの規模の人工型なら起こらないはずじゃなかったっけ。やっぱしケイネスが何かしたのかな)
『そうだな。その可能性も考えられる。残念ながらモルトが手を打つまで間に合わなかったみたいだな。ケイネス自体にそのようなことができそうな様子はなかった。あの不気味な子供が何かしたのかもしれないな。あれは悪魔か魔族の類だったかもしれんな』
(これからどうなるの?)
『スタンピードは規模にもよるが、最大規模のものは国や大陸ですら蹂躙する。ダンジョンコアの暴走により、増殖したり、召喚されたりした魔物が迷宮から外へ溢れ出してくる。町に被害がでないようにこれからギルドは冒険者に召集を掛けるだろう。町の住民に被害が出ぬよう防衛しながら、王都の主力冒険者に救援を求めるといったところか。それでも間に合わぬようなら軍の出番というわけだ』
(僕も参加した方がいいかな)
『そうだな。この町にも世話になった者がいるし、ここで逃げ出すというのは冒険者として落第の印を押されかねない。とはいえ、前線で体を張る必要まではないだろう。まあ、後方支援に回るぐらいでちょうどいいんじゃないか。そしてもし、防衛が駄目そうだったなら……』
(駄目そうだったら?)
『まず自分の命を優先すべきだな。アルク一人ならコテージに籠ってやり過ごせば、この町が滅亡し魔物が去るまで持つだろう。それが嫌なら親しい人だけ招き入れて、魔物の隙をつきながら、こっそり逃亡するという手もある』
ハルのその提案にアルクは思わず息を呑む。それはとても非情な選択であり、実際に想像するだけで胸が痛くなるようだ。とはいえ、もし、メレンの冒険者が町の防衛に失敗したなら、それ以外に手はないであろう。この町と共に滅ぶことなどアルクには考えられなかった。
(その場合には誰を助けるべきなのか。パナシェは一番最初に入るなあ。それ以外はアネットさん、セゾンさん、ペールさん、ヴァイツさん、それにモルトさんか……)
『まあ、まだスタンピードの規模すらわからないし、失敗すると決まったわけでないからな。そうせねばならない可能性もあるということだけ考慮してくれ』
アルクがハルとそのような会話を交わしているうちに、異変を察知したのか冒険者たちがギルドへ次々に入ってくる。
「でも、あなたたちは無事なのね。よかったわ」
アネットはその男のパーティーを知っているのか、全員の顔を見て安堵した表情を浮かべる。しかし、リーダー格の男は顔に苦悶の表情を浮かべている。訝し気に思ったのか、アネットが再び男達に問う
「……何かあったの」
少しばかり口ごもるが、意を決しリーダー格の男が告げた言葉は、アルクの心臓を凍らせた。
「ポーターに雇ったパナシェが迷宮に取り残された。そこの馬鹿が、子供を囮にしようと地面に転ばせたのを助けたんだ。俺たちも助けようとしたんだが、魔物に阻まれてしまってな。恐らくはもう……」




