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少年と剣  作者: 編理大河
冒険の始まり
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メレンの迷宮・下


「成る程、確かに違うね」


 昼食を終え、第五階層へと降りたアルクはその様子に目を見張る。それまでは迷宮内は建物の内部のように舗装されていたが、ここはまるで天然の洞穴のような様子で、ゴツゴツとした岩などがそこらに見受けられる。


『もともとの地下空洞をそのまま迷宮に利用したとも言われている。迷宮を作っているときにたまたま掘り当てたのか、最初からここが目的なのかは分ってはいないが』

(へえ)


 先ほどとは違い、湿った土の匂いが周囲には漂っている。アルクがマップを確認するとそこには魔物以外の存在も見受けられる。


(一番奥にたくさん人がいるな。ケイネスたちのグループか。別の場所にもいるけど、それらは違うのかな。この中にモルトさんもいるのかなあ)

『さあ、会ってみない限りわからんな。だが、接触するなら気をつけろよ。迷宮という閉鎖空間では他の冒険者に襲われることだってありうる。それを生業にしているものもいるくらいだ』

(わかったよ)


 マップにて周囲を警戒しながら進む。五階層は他の階層よりも遥かに広く、複雑に入り組んでいる。この階層では人もいるため、極力魔物を避けて進むこととした。そして、最奥に近づくと一度立ち止まる。


(この先に四人いるね)

『ああ、動かないところを見ると、何かしらトラブルがあったのかもしれないな。どうする』

(とりあえず様子を見てみようか)


 パナシェに人の気配がすると告げ、静かに近づいていくと声が聞こえてくる。


「くそっ、ケイネスの野郎。マジかよっ、ぐうぅ」

「おい、大丈夫か」

「ああ、モルトさんからもらったポーションのおかげでな。でも、あの人が来なかったら殺されてたかも知れねえなあ」

「ああ、いきなり斬りかかってきやがったからな。前からむかつく野郎だったけど、あれ程短慮な奴じゃあなかった。気持ちの悪いガキまで引き連れやがって。今回の件はギルドに報告しよう」

「でも、上はケイネスやフロッグとズブズブだっていうじゃないか。言っても変わらないんじゃないか」


 その会話内容からケイネスと関係がないということが分り、アルクはパナシェと共にその四人組の冒険者グループの前に姿を現す。


「こんにちは、大丈夫ですか」

「あっ、ああ。何とかな。お前ら、この先に進むのか。辞めといたほうがいいぞ。この先にはケイネス達がいるからな。最近、流石に行動が目に余るから文句ぐらいは言ってやろうと思ってたんだがな。知らない中じゃあないし、流石に暴力沙汰にまではならんと思ってたんだが」

「ああ、突然斬りかかってきやがった。あの野郎マジで目がイってやがったぜ。なんとか逃げ出したが、下手したら死んでたかもしれねえ」


 地面に寝ている男は、意識こそはっきりしてるものの、肩口から大きく切り裂かれており、包帯の上から血がにじみ出している。


「この先にモルトさんが?」

「ああ、ここで倒れてるとき通りがかってな。手当をしてポーションも分けてくれた。ケイネスの様子を見に行くって言って行っちまったよ。俺は危険だって止めたんだが。まあ、あの人はC級だから殺されるようなことはないとおもうが」

「はあ、ケイネスに同調してあの人のこと、落伍者なんて笑ってたのが恥ずかしいなあ。こうして助けられてんだから」

「……本当にワリィことしちまったな」


 男たちは助けてくれたモルトに対し、過去の所業を悔やんでいる様子だった。確かに以前ギルドでモルトとケイネスが対立したとき、周囲の様子は冷ややかであったのをアルクは思い出す。


「モルトさんは奥にいるんだよね。ねえ、アルク、どうするの?」


 パナシェが心配するように、アルクに問いかけてくる。


(ハル、モルトさんは大丈夫かな?)

『彼ほどの男なら殺される可能性は低いと思うが、今の話を聞く限り、ケイネス達は歯止めがかからない様子のようだ。戦闘にならないとは限らない。数も多いし、絶対とは言えないな』

(わかった)


 ハルの話を聞き、アルクは覚悟を決める。確かにケイネス一派の数は多いが、そこにアルクが加われば、モルト程の男なら状況を打破できるだろう。今日はまだサンダーボルトも撃っていない。


「パナシェ、僕はこの町を出るから、ケイネス達と揉めても大丈夫。だから君は」

「駄目だよ」


 パナシェはアルクの提案を一蹴する。


「オイラたちはパーティーでしょ。その間は一蓮托生。それにオイラだってモルトさんに恩があるんだ。ここで駆け付けなかったら冒険者の沽券に関わっちゃう。師匠にだって顔向けできない。見くびらないで」


 少しばかり語気を強め、パナシェが言い放つ。パナシェとはこういう人物であるということを失念していたアルクは、己の至らなさを恥じた。


「うん、ごめんね。僕もモルトさんに恩があるから、加勢に行きたいんだ。ついてきてくれる?」

「勿論!」


 二人は満面の笑みを浮かべ、そして握手を交わす。アルクは道具袋からポーションを取り出し、男に差し出した。男たちは、命こそとりとめたものの、動くには辛そうな様子であったからだ。ポーションのグレードは、ハルの進言に従い、彼らが歩いて帰れる程度のものに留めておく。


「よかったら、コレ使って下さい」

「いいのか、すまないな。先に行くなら本当に気をつけろよ」


 素直に頭を下げる男たちに別れを告げ、アルクたちは先に進んだ。しばらくすると、すぐに怒号らしき声が聞こえてくる。


「アルクっ」

「うん、急ごう」


 駆け足で、最奥へと向かう。最奥は開けた場所となっており、一番奥には扉らしきものが設置されていた。そこでモルトが複数の男に囲まれている。まだ戦闘には発展していないらしいが、皆武器を抜いており、一瞬即発の状況となっている。


「モルトさんっ」


 大声を上げながら、アルクたちはモルトの側へと駆け寄る。


「お前たち」


 モルトが少しばかり驚いたように、こちらを見てくる。もしかしたら呆れているのかもしれない。しかし、恩人が危機に晒されているかもしれないのに、看過することは出来なかった。


「さっきモルトさんが手当てした冒険者たちに、この人たちが他の冒険者に危害を加えると聞きました。それに数が多そうだったから」

「万が一があると思ったのか」

「……すいません」


 アルクの思惑を察したのか、モルトは眉をひそめる。アルクがモルトという人物を侮ったと思われたかもしれない。故に謝罪の言葉を口にした。


「ふっ、いやいい。流石にこの数を殺さずに無力化するには、俺一人では骨が折れそうだったからな」


 しかし、モルトは口の端を吊り上げ、そう挑発的に笑う。その言葉にアルクは驚嘆する。それはすなわち殺すことが前提なら可能ということだ。ブラフである可能性もあるが、大剣を構えながら、余裕の表情で堂々と立っているその姿は、それがブラフであるということを否定していた。


「おいおいおい、ガキが二人助っ人に来たからって、いきってんじゃねえぞ」

「そうだそうだ、C級といっても、逃げ帰ってきた野郎だ。大したことはねえ」

「無事に帰れると思ってんじゃねえぞ」


 しかし、男達はそうとは感じないらしく、怒り狂い侮蔑の言葉を吐いてくる。しかし、罵詈雑言をまくしたてても、一向に近寄ってくる様子はない。アルクはその間に、かつてギルドで虐げられていた兄妹が端の方で振るえているのに気付いた。


「ただのガキじゃないさ。立派な魔法も使えるぞ。お前たちより遥かに格上の冒険者だ」


 その言葉に、男たちは嘲笑する。


「はあっ、魔法ねえ。どうせたき火の火をつけるとかそんなんだろ」

「おい、当てずに撃てるか。一発でいい」


 なにがそんなにおかしいのか、わざとらしく腹に手を当ててガハハと大笑いする男達。そんな中で、モルトがアルクに小声でそう尋ねる。モルトの意図するところを察して、アルクは頷くと前に躍り出る。


「いけっ、サンダーボルトッ」


男達のちょうど手前あたりにサンダーボルトを放つ。落雷は轟音と共に、誰もいない地面へと落ち、地面を焦がす。


「ひいっ」


 突然放たれた魔法の威力に何人かの男が悲鳴を上げ、尻もちをつく。その様子はどこか滑稽であり、パナシェなどはクスリと笑いを漏らしたが、それに気づき、咎める余裕を持つものさえいなかった。


『うーん、戦いは数とはいえ、彼らはまさしく雑魚というやつだな』


 いつも慎重なハルの声にも少し呆れが混じる。


「これで分かったか。こいつは実戦で通用する魔法が使える。お前たちじゃ相手にならん。大人しくケイネスを出せ」


 魔法を使える者は、肉体のみを使用する戦士と比べると、数が少なく稀少だ。その魔法使いの実力もピンキリであり、松明程度の光を出したり、たき火の火を灯すのが精一杯の者もいれば、トップクラスとなれば軍隊すら吹き飛ばすものもいるという。スーラという貧しく、冒険者制度も貧弱な国では、魔法を使える冒険者は少ない。そのため、アルクの繰り出したサンダーボルトの効果は甚大で、ごろつき達の先程までの横柄な態度はすっかりと無くなっていた。C級冒険者のモルトに加え、実戦レベルの魔法を行使できるアルクがいると到底かなわないと思ったのだろう。

 男達は顔を見合わせて、どうするか小声で話し合い出した。「リーダーに告げにいこう」という声も聞こえたが、「バカッ、殺されるぞ」との声に黙りこくってしまう。

 話し合いは平行線で終わりそうもなく、ため息をついたモルトが一歩足を踏み出そうとしたその時、最奥の扉が開いた。


「おいおい、なんだなんだ。やけにうるせえじゃねえか」


 針金のような痩身の長躯が、ゆらりゆらりとこちらへ歩いてきた。それはケイネスに間違いなかった。相変わらずアルクには、それが蛇のような爬虫類じみた気配に感じられる。


(あれっ?)


 そのケイネスの右側に一人の子供がいた。ケイネスの服の袖を掴んでいる。やけに青白い肌をしているその子の年頃は、アルクよりも少し幼いように見える。頭髪は白く、肩まで伸ばしている。真っ白いローブを羽織っているため、全身が白く、そのため幽霊じみた印象をアルクに与えた。

 ふと、その子供が俯きがちな顔を上げる。その瞳は血のような真紅であり、それがアルクの瞳を真っ直ぐと見据えた。中性的な顔立ちの整った容貌だが、口と目の周りには呪術的な紫色の濃い化粧を施している。それがアルクに対し見つけたと言わんばかりに、にたりと老人のように老獪に笑って見せたとき、背筋をぞぞっと寒気が走った。


「ああ、なんだ、モルトじゃねえか。何しに来たんだ。ここはC級冒険者様が来るとこじゃねえぞ」

「ギルドに多数の陳情が寄せられている。知らんとは言わせんぞ」


 まるで親しい知己のように言葉を交わすが、その口調は共に威圧的だ。


「そうはいってもよ、こっちにも事情って奴があんだよ」

「お前も冒険者だろう。ギルドの規範を侵すことは許されていない」

「ちっ、うるせえな。そっちがその気ならこっちだって、血は流せるぜ」

「……やる気か」


 モルトが大剣を握る手に力を込める。柄を握りしめる音がアルクにも聞こえてくるほどだ。


「はっ、まあそうだけどよ。それは別にここばっかりとは限らない。例えばお前がいないとき、お前の大切な誰かが夜の帰り道で襲われるかもしれないな」

「テメエッ!」


 モルトのドスのきいた怒号が響き、その迫力にケイネスの手下の誰かが、ヒィと悲鳴を上げる。


「お前が引けば、そんなことは起きないさ。それに、俺たちの目標も後ちょっとで終わるんだ。それが終わったらここから、立ち去るさ。いや、そればかりか俺たちはこの村からいなくなる。つまはじきものは皆去るんだ。よく考えろよ、モルト。何が賢い選択かってのを」


 ケイネスはどこからその自信がくるのかと疑問に思うほど、その態度に余裕を滲ませる。その喋りはどこか恍惚としており、アルクはふと以前にあったケイネスは、こんな人物だったかという違和感を感じた。


「そんな話は信じられんな」


 モルトは首を横に振り、ケイネスと対峙し続ける。しかし、構えた剣は先ほどより僅かばかり、緩みが感じられる。そんな中、白い子供がアルクを唐突に指さしてきた。


「ねえ、ケイネス。こいつ、臭い」

「えっ」


突然の発言に、アルクは戸惑う。思わず自分の身体の匂いを嗅いでしまう。わずかばかり汗臭いが、毎日の入浴と洗濯のおかげでそれほどではない。何日も風呂に入らないこともざらな冒険者ギルドのあの匂いと比べたら、無臭に等しいだろう。


「く、臭くないよ?」

「臭い。それにその剣も臭い」

『むうぅ、私は基本無味無臭の筈だが?』


 刀身に鼻を近づけるが、僅かに斬った獣の血の匂いがするだけだった。


「そんなに臭くないよ」

『……後で拭いてもらっていいか。武具の手入れも冒険者の基本だからな』

「ううん、臭いよ。ねえ、ケイネス、コイツ殺して。ミミ、こいつ等嫌い」

「なっ!」


 その傍若無人な有様に、パナシェが思わず声を上げた。突然殺してと言われてしまったアルクも、どう反応していいか分らず呆然とする。周囲もそれを冗談のように捉え、静観していたが、そんな中ケイネスは呆けたように頷き、剣を鞘から引き抜く。


「正気かッ?」


 モルトが慌てて、アルクたちの前へ躍り出る。ケイネスもそんなモルトも目の前にしてハッとして表情となる。


「あ、ああ。何の話をしていたんだっけな。そうだ、ミミ、俺たちの目的を果たすまでコイツと事を構えるのはまずい。あとちょっとなんだろ」


 ミミと言われた少女はぷぅと頬を膨らませ、外見通りのあどけない仕草を作る。ただし、それはどこか演技臭く、見る者に違和感を与える仕草であった。。


「ケイネスの役立たず。まあ、しょうがないか。確かにそっちの方が大事だもんね。いいよ、許してあげる」

「そうか」


 ミミの言葉にホッとケイネスはため息をついた。周囲を見回すと、周りの手下たちはそんな自分たちのリーダーを複雑な表情で見ていた。どうやら彼らにとっても、この事態は異常なことらしい。

 アルクは目の前の子供が、人の皮を被った何かではないかと思い、アナライズの権能を使用する。しかし、そこに現れた情報は目の前の子供がまごうことなき人間であるということだけだった。


『偽装する手段もないわけではない。鑑定阻止の魔法の装備や、マジックアイテムを装備している場合はこの権能は役に立たない。しかし、それを証明する術は今の我々にはないな』

「で、どうするんだ。殺るのか。そっちはお守りもあるんだろう」


 ケイネスが、アルクとパナシェを見ながら、口の端を吊り上げ嗤う。モルトも自身の背後にいる二人をチラリと見、少しばかり唸った。


「……今日は退く。だが、この件はうちのギルドだけでなく、王都のギルドにも報告させてもらう。何を企んでいるかわからないが、逃げ切れるとは思うよ」

「そうかい、まあせいぜい頑張れや」


 相変わらず余裕を崩さず、ケイネスはそうあざ笑う。ギリッと奥歯を噛みしめながらも、モルトは踵を返し、アルクとパナシェに帰還を促す。


「帰るぞ」

「いいの? 僕たちなら」

「……いいから帰るぞ」


 モルトは声を潜めながら、強引に二人の肩を押す。その様子にアルクとパナシェはただならぬ様子を感じ、素直に出口に向かって歩くことにした。


「別に普段のケイネス達なら、ここで叩き伏せても問題はないが、あの得たいの知れないガキ、あれはやばい匂いがぷんぷんする。ここでやり合うのは得策じゃない」

『そうだな。分らない危険にそのまま踏み込むのは下策以外の何物でもない』


 アルクはちらりと後ろを振り返る。その視線の先には、双子の兄妹がいた。彼らはアルクの視線に気付くと、一瞬縋るような表情を浮かべたが、すぐさま諦めたかのように俯いてしまう。


『行こう、アルク。今は少しでも早くここを離れたほうがいい』

「……そうだね」


 促されるまま、第四層への階段を早足で目指すと、背後からけたたましい哄笑が響く。ケイネスのもので間違いなかった。思わずアルクは奥歯を噛みしめる。唐突に心の中に悔しいという感情が溢れ出す。そんなアルクをなだめるように、その肩をモルトが力強く叩いた。

アルクは自身が無力であると改めて思い知らされる。祖母の死後はただ流され、その後はハルに導かれるままであった境遇である。メレンにやってきてからも、モルトやラルフ達、アネットといった大人たちのように振る舞うことはまだ出来ないと気付き始めていた。


(ハル、僕は無力だね)

『今は、な。初めは皆そうだ。これから強くなっていけばいい。それに何も全部自身で背負う必要はないんだ。その考えは君の身を滅ぼしかねないぞ。生者はすべからく自身の力で生き抜かねばならない責務がある。自分自身の力でどうこう出来ぬことに悩むのは不毛だ。他者の独立した生に干渉するなど、神ですら難しいのだから。……まあ、アルクもまだ幼いから飲み込めないかもしれないが、今は自分の足で立ち、自身を救うことを第一に考えるんだ』 

(……うん、そうだね)


 釈然としないものを抱えつつも、アルクはハルに宥められ、ただ前を向いた。




 その後、三人は迷宮を出て、ギルドへと戻った。ギルドではアネットが笑顔で出迎えてくれた。


「お帰りなさい、大変だったわね。あなたたちが助けた冒険者グループから話は聞いたわ」


 そう言って、アルクやパナシェに薬草茶を出してくれる。それを啜ると、身体があったまり、じんわりと疲労が抜けていくのを感じる。


「アネット、王都の冒険者ギルドに至急連絡をしてくれ。どうやら奴らは迷宮の独占が狙いじゃないようだ。何をしようとしているのかまでは分らなかったが、放っておくと厄介なことになりそうな気がする」

「わかったわ。すぐ書簡を作るわね。アルク君、パナシェ君、これから私はその用意があるから、席を外すわ。二人共、今日はゆっくり休んでね」


 アネットはギルドの奥へとせわしなく去っていく。モルトはその背中を見送ると、アルク達に忠告をする。


「お前たちはもう関わるな。危険すぎる。この件が解決するまでは、できればあの迷宮にも入らない方がいいだろう」

「モルトさんはどうするの」

「王都のギルドに協力を仰ぎ、俺があいつらを捕縛する。それなりの腕の魔術師や神官が必要かもしれないしな。それに、少しばかり時間はかかるだろうが、出来るだけ死人は出したくない。甘いと言われるかもしれないが、奴らの家族にも顔見知りがいる。小さな町だからな」


 モルトは真剣な様子でそう呟く。だが、その言葉には明確な覚悟も含まれているようであり、必要であれば知己であろうと手にかけることを厭わないのだろうと思わされた。


「僕に手伝えることは……」

「ないな。……そんな顔をするな。お前は次の町を目指すんだろう。この件はもしかしたら結構長引くかもしれないぞ。そこまで付き合う義理はお前にはないだろう。それに俺は腐ってもC級冒険者だ。お前に心配してもらうほど、腕も鈍っちゃいないさ」


 この件を放り出して、次の町へ旅立っていいのかと悩むアルクに、モルトは子供を諭す感じで軽く笑いかける。その笑顔に、アルクは再び自身の自尊心が傷つき、疼き出すのを感じた。


『アルク、モルトの言うとおりだ。この件はメレンの町の冒険者たちが解決すべき問題だ。それにずっと冒険者としてやってきたモルトを差し置いて、我々が出来ることなどない。素直に任せればいいさ』


 ハルの言うことはもっともだった。自分はまだ冒険者となって一月程しか経っていないFランク冒険者に過ぎないのだ。心配することすら本来ならおこがましいだろう。しかし、胸の奥から湧き出る不安感を拭うことが、どうしても出来ないのだ。


「じゃあ、俺はもう少しケイネスの周囲を洗い出してくることにする。気になることも多いしな。じゃあな」


 モルトがギルドを出ていく。しばらくその場でじっとしていた二人だったが、パナシェがその沈黙を破る。


「なんかとんでもないことになっちゃったね。アルクも初めての迷宮だったのに散々だっったね」

「そうだね」

「まあ、ケイネス達のことはモルトさんやアネットさんに任せておけば大丈夫だよ。なんたってCランク冒険者だしね。オイラもあそこには暫く近づかないことにするよ。それはそうと、アルクはいつこの町を出るの?」

「とりあえず三日後ぐらいって考えてたんだけど」

「そっか、それじゃあ見送りに行くよ。今日は送別の意味もこめて、高いお店に行こうよ。夕食の時間だしね。今日はオイラが特別に驕るからさ。アルクの料理程美味しくはないかもしれないけどね」


 アルクが落ち込んでいるのを察してか、いつも以上に明るくパナシェは振る舞う。アルクもあまりくよくよするのは良くないなと思い、悩みを振り払うように頭を振ると、パナシェと向き合った。


「ん、ありがとう、パナシェ。でも、今日は僕に驕らせてよ。散々お世話になってるしさ」

「いいって、こっちだって色々助けてもらったし、今日はオイラが驕るよ」


 二人はギルドを出ながら、どちらが驕るか延々と話し合った。その結果、どこまでも平行線なため折半となり、少しばかりグレードの高い店へと入った。そこで出される料理はバトラー程ではないが、確かに他の店よりもレベルが高く、種類も豊富であった。そこでいつもより、少しばかり多く食べ、長くお喋りをした二人が店を出たころには、辺りは暗くなっていた。


「じゃあね、アルク。また明日」

「うん、またね」


 パナシェと別れるとアルクは丘へと向かう。ふと、空を眺めると空には二つの月がくっきりと浮かんでいた。


「わ、赤い」


 普段、蒼と赤に輝く月のうち、赤い月がいつもより赤く輝いていたのだ。それを見た途端、アルクの胸に、先程までの不安が再び浮かび上がってくる。それを振り払うため、アルクは丘へと駆け出し、そしてコテージへ一目散に飛び込んだのであった。


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