手向けの花・下
「さあ、楽しい宴の始まりじゃ」
ウェインが酒瓶を取り出すと、四つの椀にそれを注いでいく。それとは別に二つ、薄荷の匂いのするお茶に蜂蜜を入れたものをアルクたちのために用意してくれていた。たき火の上に置かれた網の上には、串に刺さったロックバードの肉がジュウジュウと香ばしい匂いを発している。
「では、我らの楽しい冒険に、乾杯ッ」
ラルフが音頭をとり、皆で乾杯する。
「あっ、これ美味しい」
パナシェが薄荷の匂いのするお茶を飲み、喜びの声をあげる。その反応を見て、アルクも口をつけてみる。蜂蜜の甘さと、鼻にスッと抜ける清涼感とともに、優しい甘さが喉をくだっていく。次に渡された焼き鳥の串へと齧り付いた。弾力のある確かに噛み応えと共に、肉汁が口いっぱいに広がり、その美味さをダイレクトに脳に伝えてくる。すぐさまアルクは夢中となり、焼き鳥を貪った。
「おお、この酒も美味いな」
「そりゃ、ワシの畑で取れた葡萄じゃからな。樽で仕込んでるやつで、一番飲み頃のを持ってきたわい」
焼き鳥を肴に、大人たちは酒を飲み交わす。会話には参加しないものの、モルトも黙々とそれらを口にしている。
「ふふ、僕たちは普段は別の仕事をしているんですよ。専業の冒険者はとっくの昔に辞めてしまっていますから。メレンの町の近辺にある農村でラルフは鍛冶師として、ウェインは農家、僕は子供に学問を教えたりして生計を立てています」
『冒険者らしいクエストをして、冒険者としてだけで、しっかりと生計を立てていけるのは一般的にはCランクと言われているな。もちろんずっと冒険者として活動してはいけないから、引退後の生活というものも考えなくてはいけない。まあ、流石にアルクには早すぎる問題だが』
アルクはラルフ達がどのランクまで行ったのか気になり、尋ねてみた。
「ラルフさんたちは、どのくらいまでいったんですか」
「ん、ああ、俺たちはCランクまでいった。Cまでは順調だったんだが、そこが俺らの限界だったな。意気込んでBランクのクエストに突っ込んでったんだが、Bランクの魔物に手も足も出ず、危うく死ぬところだった」
「そうだねえ。あの時は僕たちも若かったから。勇気と蛮勇との差があまり分らなかったねえ」
「ああ、そうじゃったなあ。懐かしい。あの時は雷鳴のラッドに助けられたんじゃった。あの時は既にAランクじゃったか。剣に魔法を纏わせて、一振りで魔物を蹴散らしとったなあ。高名な冒険者の少ないスーラで、数少ない高位冒険者の筆頭みたいな男じゃったからな。まあ、あっちはこちらを一瞥したら、去って行ってしまったが」
思わぬ名前に、アルクはピクリと反応する。もしやと思って、ハルに祖父であるか問う。
『ああ、間違いなくアルクの祖父のラッドのことだな。ラッドは結構イケイケな性格だったからな。駆け出しのころから、自分の二つ名を考えて、自ら喧伝していた。雷属性と相性がよかったから雷鳴のラッドだ』
(自分で名乗っちゃったんだ)
『ラッドはシチュエーションというものを重視していたからな。ほら、私も洞窟に突き刺されていただろう。あの理由も唯格好いいというだけでもし自分が亡くなったら、ああしてくれとマーサに頼んだんだ』
(う、うーん)
思わぬ祖父の一面を知り、何となく複雑な気持ちにアルクはなった。
「そうだな。後、有名な人物といえば撲殺天使か」
「えっ、撲殺?」
物騒な言葉に、アルクの意識も再び会話に引き込まれる。
「ああ。なんでも元は王都の一流娼館の娼婦だったらしいんだが、ある時自分の顔を半分焼いて、娼館にいた男をスコップで皆殺しにしたらしい。それからそこを出奔し、以降女を喰い物にする悪い男や奴隷商人の金玉を砕いて回ってたって噂だぜ。なんでも最後はスーラに戻ってきてたって話だが、あんまり活躍は聞かなかったなあ」
「あ、あはは」
それを聞いたパナシェが冷や汗を掻きながら、己の獲物であるそれを背後へとこっそり移す。アルクの方に目を向けると、困ったような笑顔を向けてきた。どうやら今の話の人物とパナシェの師匠は同じ人物で間違いなさそうだ。
その後も、高名な冒険者の話や、ラルフ達自身の冒険譚が繰り広げられる。アルクたちは時が過ぎるのも忘れて、それに聞き入った。次第に空は青から橙色、そして薄紫へとそのベールを変えていった。
「おお、そろそろじゃな」
ウェインが空を仰ぎながら、そう呟く。
「ムーンセレッソは月のマナを浴びて輝く花だ。夜になると大気中に漂う月のマナを取り込もうとし、それを凝縮させるため発光現象が起こる。それは中々に見物でね。ここでは群生地ならではの光景が見られるよ」
ユアンの言葉を確かめようと、アルクは周囲に目を凝らす。暫くすると、ポツリ、ポツリと淡い光が暗闇に浮かび始める。それは徐々に増え始め、やがて辺り一面を埋め尽くした。やがて光は地面の花に吸い込まれ、その薄いピンクの花弁をカーテンにして、ランタンのように淡く輝く。その幻想的な雰囲気に、アルクは瞬きも忘れて見惚れていた。
「うわぁ」
そんな中、パナシェが突如歓声を上げ駆け出し、光の中へ駈けていった。両手を広げ、ぐるぐると周り始める。そしてその手を天へと突き出した。それにつられて光球もゆらゆらとパナシェの周囲を回り始める。そんなパナシェに触発され、アルクも湧き上がる高揚感に身を任せ、パナシェの隣に駆けていく。そして同じように宙に手を突き出してみる。光球は実体こそないが、アルクの手に触れると反発するように、弾かれた。
「凄いねぇ」
「うん、これは凄い」
互いに顔を見合わせ、笑いあう。そして再び眼前の光景を脳裏に焼き付けようと目を凝らす。暫くそうしていると、いつのまにかモルトがすぐ側にまで来ていた
「随分とはしゃぐな」
「だって、こんなの初めてだもん。ねえ、パナシェ」
「うん、本当に綺麗だよ」
モルトは一度そんな二人を見下ろすと、自分も視線を前に向ける。暫くして、アルクたちにモルトは問いかけてきた。
「なあ、お前ら。冒険は楽しいか?」
「うん。ずっと憧れてたけど、今日でもっと冒険が好きになったよ。この場所みたいなところを、もっともっと見てみたい」
「オイラも。今はまだ難しくても、いつか絶対自分の足でこういった場所へ歩いていけるようになるんだ」
「……そうか」
感情を高ぶらせ、そう答える二人に対し、モルトはただそう呟く。しかし、その声は今までとは違い、とても穏やかであった。
「……」
モルトもそのままアルクたちに並び、黙って真っすぐにムーンセレッソを眺める。チラリと見上げて覗いたモルトは、相変わらず無表情だが、その瞳は何かを愛おしむように穏やかだ。
「お前たちにムーンセレッソの採取を依頼したのはアネットか?」
「それは……」
クエストの内容を第三者に言いふらすのは冒険者のタブーだ。それはここまで案内してくれたモルトも例外ではない。
「すまなかった。聞くべきことではなかったな」
アルクが口ごもるのを見て、モルトはそう謝罪する。そして、少し考え込むような素振りを見せた後、再びポツリポツリと自身について話し出した。
「俺は十五の時に冒険者となって、幼馴染と共にメレンを出たんだ。リーネと言ってな。アネットの姉だ。今日はあいつが好きだった花を供えてやりたくてな。もうすぐ一周忌だから」
「えっ⁉ それじゃあアネットさんのお姉さんって、もう……」
『確かに彼女の言葉は過去形だったな。気にはなっていたが……』
アネットの見せた寂しげな表情の意味がわかった。モルトを忌避するのもそれが原因なのだろう。どのような事情なのか、知りたいとは思ったが、それを聞くことはよくないことと思い、アルクは口をつぐむ。
「別になんともない普通のクエストだった。むしろB級目前の俺たちのパーティーにしては、物足りないくらいのな。だが、そこに変異種と呼ばれる魔物が突如現れてしまった。必死に奮戦したが、俺ともう一人を除いて結果は戦死だ。そこにはリーネも含まれていた」
「っ!」
相変わらず、感情を表さないモルトだが、その声が僅かに震えていることに気付く。屈強な男のそんな様に、アルクはたまらずそれを制止しようとする。
『アルク。彼は己の過去を話すことで向き合おうとしているんだ。その相手に選ばれたことを名誉に思って、ここは黙って聞いておくといい』
「確認されていない変異種との遭遇による戦死。よくある冒険者の死亡事例だ。自分たちの身にそれが起きると想定はしていたが、実際には対応はできなかった。全て失った俺は、それでも冒険を続けようとしたが、最初のクエストで体が動かないことに愕然としたな。そこで気付いた。もう自分の中で己を突き動かしてくれていた夢も、想いも、終わってしまったんだと」
「それは……」
「これから始まっていくお前たちとは正反対だな。だが、お前たちも冒険を続けていれば、何かを失う可能性もある。俺のような有様にならないように気をつけろよ」
最後に自嘲めいた笑みを浮かべるモルト。アルクたちにそう忠告すると、その場を離れムーンセレッソの咲いている場所へ歩み寄っていく。そして、優しく花弁に触れながら丁寧に摘み取り始めた。
「なんだか悲しい話だね、アルク。だからアネットさんはモルトさんのことが嫌いなのかな。仲直りとか出来ないのかなあ」
「うーん、どうだろう」
アネットもモルトも優しい人であることは、関わってきた中で理解している。しかし、姉の死別を恨んでいるのならば、それは厳しいように感じられた。
(何とかならないかな、ハル)
『どうだろうな。まあ、それは彼ら次第といったところか。少なくともアネットの様子からは別段恨みは抱いていない感じだったが……。まあ、それよりも今は我々もムーンセレッソを採取しよう。アネットの依頼をかなえることが、今冒険者である我々に出来る唯一の助力だろう』
(そうだね)
ハルに促され、二人はモルトとは別の群生場所に行きムーンセレッソを採取する。そのピンクの花弁に触れると、中の光が淡くこぼれ出した。ムーンセレッソを袋に入れると同時にアイテムボックスへと収納する。
「まあ、これぐらいでいいか」
アネットに提供する分とは別に、自身で保管する用に多めに採取を行う。アイテムは多く持つに越したことはない。アルクの後にハルを所有する者がいるなら、なにかしらの役に立つかもしれないからだ。そうはいっても、それは遠い遠い未来の話になるだろうが。
「これで依頼が達成できるね。でも……いくら花を摘んだって、この光景はここでしかみられないもんね。世界にはこんなところがいっぱいあるんだろうね、アルク」
「……うん、きっとあるよ」
祖母やハルから聞いた冒険譚での美しき世界。それは絶対にあるはずなのだ。
「うん、そうだね。きっと、そうだよ」
遠くの空をパナシェは憧れに満ちた瞳で見つめる。しばらく二人はその場に佇み、同じ空を眺めていた。時間が経つにつれ、冷たい風が吹き付けてくる。春といってもまだ夜は冷え込む。そして、それが山の上でなら尚更だ。二人は体を震わせながら、野営場所へと帰った。震えながらたき火の前に座り込むと、モルトが木の椀に入った茶を渡してくれた。驚きながら受け取ると、アルクは思わずモルトの顔を眺める。
「なんだ、いらないのなら別にいいぞ」
「ううん。ただ驚いただけだよ」
受け取った茶をフーフーと息で冷ましながら啜る。すると甘い芳香が口に広がった。
「ブランデーを垂らしておる。体があったまるぞ」
ウェインのその言葉通りに、しばらくすると体がカッと熱くなった。その心地よさに身を任せながら、再茶に口をつけた。
「しかし、いいものが見れたな」
「?」
ラルフの言葉にアルクは首を傾げる。
「いや、本当にいいはしゃぎっぷりじゃったのう」
「そうだね。あんなに無邪気にはしゃげるのは子供の特権というべきものだね。ひさしぶりに若さというものが羨ましくなったよ。モルト達を弟子にとって以来だね」
老人たちが賑やかにそう囃し立てるのを聞いて、二人はそんなにはしゃいでいただろうかと顔を見合わせ、首を傾げる。
「おっと、気を悪くするなよ。感心してるんだ」
「そうじゃ。それにアルクたちのおかげでワシ等の目論見も大分成功したみたいじゃからの」
ウェインが片目を器用に閉じ、モルトの方に顔を向ける。それを見たモルトはやれやれとと言わんばかりに肩をすくめて見せた。
「おう、それに俺たちも若い奴らと交流できて、童心ってやつがなんなのか思い出せたよ。アルク、パナシェ、ありがとな」
ラルフがニカっと笑い、二人の頭を撫でる。
「別にお礼を言われるようなことは……ふわぁ」
パナシェが大きく欠伸をする。それを見たアルクも猛烈に瞼が重くなるのを感じた。必死になって瞼をこするも、睡魔はそれをあざ笑うかのようにアルクの頭に重くのしかかる。
「おっと、ブランデーが回っちまったかな。そんなに飲ませてないんだが」
「まだ、小さいからね。それに今日の疲れもあるんだよ。無理せず横になって寝てしまいなさい。番は僕たちがやっておくから」
「ああ、どうせ下山は陽が昇ってからじゃ。そうしたら起こしてやる。ゆっくり休むとええ」
耐えきれなかったのか、のそりと横になったパナシェが瞬時に寝息を立て始める。アルクも続いて横になると、あっというまに眠りはアルクの意識を黒に塗り替えてしまう。そんなアルクを見守るように、空には二つの月が静かに浮かんでいた
翌日、目を覚ますと既に大人たちは起きていて撤収の準備をしていた。掛けてくれたのだろう毛布から抜け出すと、朝の冷たい空気が肌にまとわりつき、アルクはぶるっと身を震わせた。近くにいたユアンがそんなアルクに気付き、声を掛けてくる。
「ああ、起きたんだね。おはよう」
「おはようございます、ユアンさん。でも、まだ薄暗いですね」
「でもそろそろ日が昇るよ。山の山頂で見る日の出もなかなかのものだからね。君も見てくるといい。パナシェ君は既に起きて、昨日の場所に行ってるよ」
アルクは頷くと、昨日二人で話し合ったあの岩へと行くことにした。そこには既にパナシェが座っており、日の出を待っていた
「あ、アルク、おはよー」
「うん、おはよう」
そのままアルクはパナシェの隣に座り、同じように日の出を待つ。昨日とは違い、二人は会話を交わさず静かに空を眺めた。暫くすると、雲の間から日の光が溢れ初め、やがて真っ赤な太陽が顔を出した。アルクはパナシェが感嘆の声を上げるのを聞いた。アルク自身もユーリカ村からの山越えの際、一人で日の出は見たが、自分以外の誰かと美しい何かを見るのもいいものだと思った。
しばらく眺めた後、皆の元へ帰ろうとパナシェに声を掛ける。
「帰ろうか?」
「うん。あっ! でもその前にちょっとお花を摘みに行きたいから先に行ってて」
「? 花なら昨日摘んだよ。多めに摘んだから多分大丈夫だと思うけど」
『アルク、ここでいう花を摘むはきっと排泄のことだろう』
「何だ、おしっこかあ。じゃあ僕もしたいから一緒にいくよ」
「だ、駄目だよっ」
「え、なんで。あっ、もしかしてうんこの方なの?」
男同士なら別におしっこぐらい問題ないだろう。土木作業の現場ではそこらじゅうで立ちションする男をよく見かけたものだ。アルク自身もトイレに行くのが億劫でそこらで済ませたこともあった。
「ち、違うけどぉ……。お、オイラ人に見られると出なくなっちゃうタイプだからっ。だから、来ないでね、絶対に来ないでねっ! 来たら絶交だよっ」
語気を強めてそう言い放つと、パナシェは岩から降りて遠くの岩場へと駆けていき、その裏に隠れてしまう。
『まあ、男同士でも恥ずかしいと思う者もいる。アルクもこれからパーティーを組むならデリカシーといったものも考えなければな』
「なんかいまいちよくわかんないけど、わかったよハル」
アルクはパナシェのいるだろう岩場を眺めると、反対を向き、ズボンを下ろして放尿した。雄大な景色の中での立ちションの解放感は素晴らしく、そのおしっこは眼下のメレンまで届きそうだった。
帰路は何事も起きることなく終わった。陽が昇り始めた後、すぐに下山したために半分ほどの時間で山を下り、そのままメレンの町を目指すこととなった。一行がメレンの町を目にしたころには既に陽が落ちかけ始めていた。
「じゃあ、俺らはこっちだからな。お別れだ」
「楽しかったぞい。またのう」
「モルトにしっかり送ってってもらってね」
メレンの近くにある農村に暮らしている三人とは途中で別れることとなった。
「本当にありがとうございました。色々と教えてもらって」
「うん、ご飯も美味しかったしね。まだ、何のお返しも出来ないけど」
「何、引退したと言っても、まだまだ若い冒険者にはいい恰好がしたいからな。こっちもアルクたちみたいな、どこぞの腕白とは違った素直な子供と旅を出来て、十分楽しめた」
アルクたちは去っていくラルフ達に手を振り続ける。その姿が大分小さくなったころ、モルトが町への帰還を促した。
「こちらも急ぐぞ。いくらメレンの町が目の前にあるからといって、ここからでは結構な時間がかかる。街道といえど、陽が落ちたら真っ暗だ。ランタンを使用しても視野は制限されてしまう。行くぞ」
三人は少しばかり駆け足にメレンへと急いだ。周囲は刻一刻と暗くなっていく。門が見えるころにはすっかり周囲は暗くなっており、一寸先すら見えない程だった。門の壁に備え付けられている松明の灯りが頼もしい。
衛兵に通行書を見せ、町へと入る。住人は皆、夕餉を済ませ、家の灯りも殆どが消えていた。冒険者が通うような飯場や酒場にだけ、灯りが窓から漏れ、喧噪が聞こえてくる。
「ここまで来れば、問題はないだろう」
モルトがアルクとパナシェから離れ、そう告げる。そして、じっとこちらを見据えている。どうやら二人の返答を待っているらしい。その事実にアルクは驚いた。以前なら一方的に告げた後、返答も待たずに去って行っていただろう。この変化は今回の冒険のおかげなのかもしれない。
「うん。もう大丈夫です。今回は本当にありがとうございました」
「モルトさん、本当にありがとうございました。オイラ達、おかげですっごく助かりました。それにとっても楽しかったです」
二人の返事に、ふっ、と笑みをこぼすモルト。
「なに、俺はあの人達の道楽に付き合っただけさ。気にするな。……じゃあな」
モルトは背を向けながら、背中越しに手を振り去っていく。
『では、こちらも依頼主に今回の冒険の成果を報告しに行こうか』
アルクたちはアネットがいるはずのギルドへと向かった。ギルドに入るとアネットがちょうど最後の冒険者の清算を済ませたところであった。ギルドに入ってきたアルクたちに気付いたアネットは手を振ってくる。
「アルク君、パナシェ君、お帰りなさい。お疲れさま、大丈夫だった?」
二人を笑顔で迎えるアネット。その顔を見て、今回のモルトとのことをどう伝えればいいかという疑問にぶち当たったアルクは、ハルに思念を送り、助けを求める。
『うーむ、とりあえずモルト達と会って、行動を共にしたことだけ伝えてみよう。アネットは賢い女性だ。色々察してくれるだろう、きっと』
「うん、わかった……。アネットさん、無事ムーンセレッソの花を採取してきました。途中、モルトさんやそのお師匠さんたちと出会って、行動を共にしたおかげで色々と助けてもらいましたけど」
アルクは道具袋からムーンセレッソを取り出す。それを受け取りながら、アルクの報告にアネットは目を細める。アルクはアネットの気分を害してしまったかと、息をの呑んだが、アネットは少しばかり考え込んだ素振りを見せた後、一つ大きく深呼吸をし、アルクたちに笑いかける。
「そう、ラルフさんたちと会ったんだ。モルトも一緒だったの……。でも良かったわね、あの人たち結構ベテランで、いまでもこの辺りの冒険者ではトップランカーだから。世話焼きだけど、色々教えてくれるから参考になったんじゃない?」
「はい。冒険者としての知識も教えてくれたし、美味しいものもいっぱいくれたし、凄く楽しかったです」
パナシェがはしゃぎながら、今回の旅の詳細をアネットに伝える。アネットはパナシェの話に笑顔で相槌を打つ。パナシェの話を一通り聞き終えたアネットは、神妙な表情になりながら、アルクたちに向き直る。
「ねえ、君たち。明日時間はあるかしら。ちょっとばかし、付き添って欲しいところがあるの。私の姉の……墓参りなのだけど。姉はこの花が好きでね。君たちに依頼したのも、お墓にそれを供えてあげたかったからなの。ちょっと前ならそこらへんにも咲いてたんだけどね……。あ、勿論いやならいいのよ」
「リーネさんの墓参り……、行きます、行かせてください。アネットさんが嫌じゃなければ」
「オイラも行きます。今回の素敵なクエストを見せてくれたのも、きっとリーネさんのおかげだから」
アルクとパナシェはその提案にすぐさま頷く。その脳裏には、あのデーヴァ山での幻想的な光景があり、縁によりそれを見せてくれたリーネという存在は、もう二人の仲では他人とは思えないのであった。
「そう……、ありがとうね。それじゃあ、明日またギルドに来て頂戴」
ムーンセレッソの採取というクエストを終えた翌日。アルクとパナシェはアネットと共にメレンの墓地へといた。ギルドで落ち合い、墓地へと赴くが、リーネの墓には既にムーンセレッソの花が供えられていた。その花を供えたのが誰なのかは、誰もが口にしないが明瞭であった。
「……本当に、馬鹿ね……」
供えられた花を見て、そう呟いたアネットの表情は僅かに微笑んでいるようにアルクには感じられた。
「私のお姉ちゃん、小さい時から男勝りでね、いっつもモルトを引きずり回して、冒険ごっこをしていたわ。本当に冒険者になって、アデルハイドに行ってからも、必ず毎月手紙をくれてね。内容は決まって、モルトとこんなことした、あんなことした、凄かったって楽しそうに……。私もそんな冒険がずっと続いた後、いずれ二人が結ばれ、この町にいずれ帰ってきてくれるって思ってた。だから、手紙が途絶えて、数か月後にモルトが来て、お姉ちゃんが死んだって、幽霊みたいな表情で告げられたときは信じられなかった。……だから、彼を強く詰ったわ。あの人も辛いっていうことは分っていたのにね……」
「アネットさん……」
押し殺すように独白していくアネットの姿を見て、パナシェもその瞳に涙を浮かべる。アネットはアルクたちが採取したムーンセレッソを墓前に供えるとアルクたちに、悲しそうな表情で笑いかける。
「アルク君、パナシェ君、君たちは死んじゃだめだよ。冒険がいかに素晴らしくても、死んでしまったら、そこで終わりだからね」
アルクたちはその言葉に、唯黙って頷いた。暫く、姉と一緒にいるというアネットと別れ、二人は墓地を出る。パナシェも思うところがあるらしく、二人は黙って町を歩く。アルクはもどかしい気持ちを何とかしようと、ハルに話しかける。
(冒険って、失敗したら死んじゃうって知ってたけど……)
『ああ、冒険者にとって、死は隣りあわせのものだ。それを踏まえて尚、一流と呼ばれた冒険者は皆、己の情熱の赴くままに冒険へと望んでいるのだ。アルクも駆け出しとはいえ、もう冒険者だ。何故自分が冒険をしたいのかという動機を常に考えておくといい。それでもううんざりだと思うようなら、冒険をやめても一向に問題はないのだから』
(そうなんだ……。そっかあ、わかったよ)
ハルのその言葉に、少し悲しい気持ちを覚えながらも、モルトやアネットが見せる帰らぬ者への追憶の表情を思い出し、アルクは素直に頷いた。冒険というものが、ただ光輝いて見えていたアルクにとって、このクエストは冒険というものを認識させるのに十分な出来事であった。




