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ヒーローが懲罰として持たされる斧は、予備訓練生がゴム製のものと同じ形をしていたが、少しだけ大きく、はるかに重たかった。義肢化された俺の膂力でさえ、斧は俺の接続部分に不快な重みを加え続けた。装甲を固定すれば多少は楽になっていたかもしれないが、鋭い目をした連盟の懲罰官がいつ戻ってくるかわからない状態で、言いつけを破る気にはなれなかった。
「まさかヒーローになってまでこれを持たされることになるとはな」
「罰を受けさせられるってことは、もう少しここにいてもいいってことだろ」
俺の隣で斧の重さに顔をしかめながら、ラピッドラビットは呟いた。俺は黙ってうなずいた。ラピッドラビットの言葉はもっともだった。
「今回の結果は、俺たち二人の独断先行が僅かながら軽微な影響を与えた可能性があることは否定できない」
と、俺たちの上司にあたるヒーローは苦虫を煎じ詰めて飲み込んだような顔で言った。
その言葉を俺たちはヒーロー連盟の病室で、マンマゴットの包帯でぐるぐる巻きになった状態で聞いた。ギルマニア星人たちとの戦いで、俺たちはそれなりに深い傷を負っていた。
「だが、これでよかったのだ、と思ってもらっては困る」
上司は俺とラピッドラビットの顔を睨んで続けた。
「確かにヒーローには自分の判断で動かないといけない時もある。個人で何とかできる範囲が大きいからな。だが、自分で判断するということは、自分で責任を負うということでもある」
だからだ、と上司は笑って続けた。腹がすっと冷えるような、恐ろしい笑顔だった。
「お前たちも怪我が治ったら、責任はとってもらうからな」
それで今、俺たちは懲罰としてヒーロー用の斧を掲げて立たされているのだった。もちろん、これが懲罰のすべてというわけではない。驚いたことにヒーロー連盟には懲罰専用の部隊が存在しており、命令違反をしたヒーローたちはその部隊に編成されて過酷な懲罰を受けるのだった。
それは訓練生時代の訓練をヒーロー向けに何十倍にも過酷にしたものだった。
意外と多くのヒーローがこの懲罰舞台に押し込められて、懲罰官ヒーローから責任の重さを学び直していた。
今は掲げ斧の時間だった。
クソ重たい荷物を背負って延々走らされるだとか、聞いているだけで頭が痛くなるようなヒーロー倫理の座額を受けている時よりははるかにましな時間だったが、腕の苦痛以外に何もない時間というのは、なかなか辛いものだった。揺れないように保持している斧の刃先を見つめていると、いろいろと余計な考えばかり浮かんでくるのだ。
ギルマニア星人との闘い、ヘイジの不安そうな顔、片方だけの靴を見つけた時の恐ろしさ。とりとめのないことがらが頭に浮かんでは消えた。
ふう、とため息が聞こえた。ラピッドラビットだった。ラピッドラビットも刃先を見つめながら、物思いにふけっている様子だった。俺の視線に気が付いたのか、こほんとごまかすように一つ咳ばらいをした。
「なんだよ」
「別に」
「さようで」
屋外の広場は予備訓練校の倉庫と違って、声を遮ってはくれない。俺たちはできる限りの小声でやり取りを交わした。
しばらくのぼんやりと刃先を見つめてから、唐突にラピッドラビットは小さく言葉を吐き出した。
「俺たち、間違ってねえよな」
「ああ、多分な」
「だよな」
どこか釈然としていない顔つきでラピッドラビットは頷いた。俺は斧を持ったまま苦労して肩をすくめて言葉を付け加えた。
「また、同じことがあったら俺は同じことすると思うぜ」
「そうか」
ラピッドラビットは短く頷く。俺は問いかけた。
「お前は?」
「俺もだよ」
答えはすぐに返ってきた。俺は笑った。
「だろうな」
「なんだよ」
「別に」
俺がすまし顔で答えると、ラピッドラビットは「なんだよ」と繰り返した。
俺もこいつもすっかりヒーローになってしまったようだった。
「やあやあ、なにかにぎやかな声が聞こえるな」
朗らかな声とともに広場にやってくる足音があった。
俺たちは慌てて口をぎゅっと閉じた。
【つづく】




