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広場の入口からひょっこり現われたのは、Mr.ウーンズだった。その顔にはどこかおもしろがっているような表情が浮かんでいた。
傾きかけていた俺とラピッドラビットの懲罰用の斧が同時に空へと直立し直した。
「まあ、程々でもよいよ」
Mr.ウーンズは笑って付け加えた。
「楽にしろ、とは立場上言えんがね。まあ、しばらく監督官こない、とだけ言っておこうか」
「どうなさったのですか?」
俺は斧の重さに耐えながら尋ねた。懲罰訓練場の裏庭というのは、復活したばかりの連盟のトップヒーローの居場所としてはかなり場違いなものに思えた。にこにこと笑ったその顔を見ると、どうやら懲罰官としての役割で来た、というわけでもなさそうだった。
「命令違反のやんちゃ者たちの顔を見たくなってね」
Mr.ウーンズは笑い顔のまま、広場の片隅に置かれたままになっている資材に腰を下ろした。スウ、とMr.ウーンズの右腕が微かな音を立てた。
穏やかな陽光が降り注ぎ、Mr.ウーンズの整えられた髪を照らした。
「あー、その」
「戻られてたんですね」
沈黙と、腕の痛みをごまかそうと俺が話題を探していると、勢い込んでラピッドラビットが問いかけた。その目はきらきらと輝いていた。
「ついこの前のことだけどね。君たちのお守り復帰して最初の任務だったよ」
「あー、その、その節はどうも」
ラピッドラビットはバツが悪そうにもごもごと口の中で何か言葉を転がした。俺も気まずい気持ちになって思わず地面に目線を落とした。
Mr.ウーンズは声を上げて笑った。
「いいんだよ。新米ヒーローを助けに行くのも、ヒーローの役目だ。それにな」
Mr.ウーンズは立ち上がり、俺たちの方に歩み寄っていた。俺たちは思わず身構えた。あのビルでの恐ろしい顔が頭をよぎった。
けれども、今度Mr.ウーンズの顔に浮かんでいるのは、どこかいたずらっぽい笑みだった。一瞬背後を振り返り、誰もいないのを確認してから、俺たちに顔を寄せて続ける。
「正直、君たちがひっかきまわしてくれていなければ、ちょっと面倒なことになっていた。もうちょっとで防御陣が完成しそうになっていたからな」
そう言ってMr.ウーンズは片目をつむった。活劇画でもごくまれにしか見ないような、親しみのこもったしぐさだった。俺の胸にじわりと歓喜の波が沸き上がった。
「光栄です」
「ありがとうございます」
俺の言葉にラピッドラビットが続けた。俺はちらりとラピッドラビットを見た。少し意外な顔をしていた。少しだけ頬を赤らめ、笑っているだけだった。てっきり感極まって涙の一つも流しているものと思ったのだけれども。
Mr.ウーンズは微笑みを浮かべたまま俺たちの肩を軽く叩いた。
「またやれ、とは言わないがね。君たちはヒーローだ。私たちと同じようにね。必要だと思うことをやりなさい。もしもまずいことが起きたら、私たちが助けるから」
「はい」
「はい」
俺とラピッドラビットは声をそろえて返事をした。
「もっとも、そのたびにお仕置きは受けることになるとは思うがね」
Mr.ウーンズは再びいたずらっぽく笑った。
「私も昔はよくこの斧を持たされたよ」
「そうなんですか?」
俺が驚いて問い返すと、Mr.ウーンズは答えた。
「もちろんさ。まあ、活劇画には収録させなかったけれどもね」
そう言うと、Mr.ウーンズはもう一度俺たちの肩を叩いた。それから朗らかな笑い声を一つ上げて、振り返り歩き始めた。
「それじゃあ、またどこかの任務で会おう」
広場の出口で俺たちに手を振って、Mr.ウーンズは去っていった。
俺はMr.ウーンズが見えなくなるまで見送った。その背中はとてつもなく大きかったけれども、今では触れることができるくらいに近くにあるように思えた。
「ふふっ」
笑い声が聞こえた。
「どうした?」
俺はラピッドラビットに問いかけた。ラピッドラビットは何事かを考えている様子でゆっくりと言葉を積むいだ。
「いや、なんか、思っていた性格とはだいぶ違ったなって」
「幻滅したか?」
「まさか!」
ラピッドラビットはかなり大きな声で答えてから、再び考えながら続けた。
「むしろ、なんだろう、えーっと」
「おう」
俺はラピッドラビットがもごもごと呟くの見ながら言葉がまとまるのを待った。
「俺たち、Mr.ウーンズの仲間になったんだなって」
しばらくもごもごとした後に、ラピッドラビットはゆっくりと、言葉をかみしめるようにしながら言った。俺は頷いた。
「そうだな」
それは間違いなく事実だった。
「ヒーローになったんだからな」
「ヒーローになったんだな」
ラピッドラビットは俺の言葉をなぞるように繰り返してから、俺を見た。
「なあ、リュウト」
「なんだよ、ミイヤ」
「俺、この前みたいなことがあったら、また同じようにすると思うんだ」
「ああ」
「そしたら、リュウトは俺のことを止めるかい?」
「まさか」
俺は笑って答えた。
「むしろお前がブルっちまってたら、そのケツを蹴りあげてやるよ。そういう役目だろ」
「そうだな」
俺の言葉にラピッドラビット、ミイヤは笑って頷いた。
斧を持ち直す。肩にのしかかる斧の重さは、けれどもどこか心地よいものであるようにさえ感じられた。
【おしまい】




