第七十九話 餌
私がオーロラのほうを見たときには、すでに指示を出してる。
私たちの護衛についてた騎士たちを向こうに回す。
迅速で正しい判断。
向こうが高位の魔術師を配置して待ち伏せしていたなら、
妖精騎士団でも正面からの突破は難しい。
時間も犠牲も最小限に抑えるなら、他方面からの奇襲。
人的リソースに余裕があるならそれが最善。
ただ、向こうには黒い手のような特異な術式を組む魔術師がいる。
そいつがここにいるかはわからないが、いるとしたなら
最善でもまだ足りない。
「オーロラも行って。常識では考えられない魔術師がいるかもしれない。
あなたが必要になるわ」
「でも、こっちはどうするんだい? 君、戦えないだろ?」
「ミカがいる。それに、中には誰もいないみたい。調べたら
私たちもそっちに向かう」
オーロラがミカに目線を送って確認。
信用されてないっていうより、無理はしてないかって目だね。
実を言えばちょっと無理してる。
でも、今は迷ってるときじゃない。
「問題ありません。私も中からは何も感じませんから」
「危険を感じたら捜索を中断してここを封鎖だ。
ノエルの到着を待って捜索を再開する」
「了解です」
「あ、それ私も言うの? 了解です」
オーロラは苦笑いして私の肩を軽く叩くと、他の騎士たちと一緒に
走っていった。まさに一陣の風のように、だ。
そしてみんながいなくなると急に寒くなったみたいに感じる。
不安なんだ。
ミカはやってやりますよ、の笑顔。かわいい。
「ゴメンね、ウソつかせて」
「ウソはついてません。中から何も感じないのは本当です」
「あ、そういうとこノエルに似てるわ。確かに、何も感じないよねぇ。
……何も感じなさすぎ」
「異界でしょうか?」
「う~ん、異界化してるってほど大規模な術式の気配はないけど。
ま、とにかく入ってみましょうか」
「『施錠』はなさそう。『遮断』だと厄介で──」
ナイフの柄で殴ってカギ壊しちゃった。
ミカがすんごい顔してる。
あ~~、この子もメティス神知団だわ。
メティスの連中って魔術でできることを物理で解決するのを
軽蔑するんだよね。魔術至上主義者。
「野蛮です。知を持ちながら知を用いぬは知を失うに等しい」
「うっさい、筋肉だって使わなきゃ落ちるわ。
ほら、後ろからカバーして」
小屋の中は空気が冷たい。
木造なのに地下の石室のような冷たさ。氷が作れそう。
明らかに異常。入り口を開け放しても空気に動きがない。
滞留し、ずっと纏わりつく、腐臭。
「ドアを固定。照明をお願い」
ドアが閉まると外界との繋がりが断たれる。
時間や空間の法則を変えられてしまうおそれがあった。
「異界になりかけ……といったところでしょうか?」
「界を隔てるくらいにはね。ただ術式によって呼び込まれたものじゃなく、
自然発生的というか……」
さすが妖精騎士団の魔術師。素早く『光球』を天井や壁に複数配置。
影を作らない照明の配置だ。
『暗視』では色が見えにくい。
些細なことでも見落としたくないときは裸眼で。
「使わなくなった資材倉庫。今は草刈りなんかの道具を置いておく
場所って感じですね。隠れて休憩したりとか」
「床が擦れてる。何か引きずった跡だ」
「あまり隠す気はなさそうですよ」
ミカがそう言って床の一部を持ち上げる。
噴き出した匂いに咳きこんですぐに蓋を戻した。
「ご、ごめ……なさ、い」
「あーあー、いいから。ほら、これで鼻と口を覆って。
グラヴィス邸とはまた違った意味でひどい状態ね」
「開けたとき、一瞬ですけど多数の生命を感知しました」
「人?」
「いえ、もっと小型……犬か猫くらい」
「そのサイズの危険な異界の生物か……なにかいたかな?」
「異界の生物というだけで危険では?」
「ごもっとも。いけそう?」
「あのくらい、地下ごと焼き払ってみせますよ。得意なんです。
焼いたり爆発させたり」
「うん、わかった。私が先行くね?」
「なんでぇ⁉」
文句言いながらも蓋を開け、地下に光球を投下してくれる。
やるべきことがわかってて指示がなくても動いてくれる。
優秀。さすがはノエルが連れてきた子。
「安全確保したら呼ぶから、それまで待機ね」
「呼びかけて返事がなかったら突入します」
私はうなずいて、はしごを伝って地下に下りる。
上より断然広い空間。
地上の位置関係だと工場のほうに通路が伸びてる。
せん断補強、弱くない?
いきなり崩落とか勘弁してよ。
ざっと見た感じ、それが一番怖いぞ。
周囲には何に使うのか知らないけど藁が積まれてる。
何か隠してるとか? 手、突っ込みたくない~~。
よし、ミカにやらせよう。
「オッケー、降りてきてもいいよ。
無数の小型生物に襲われる心配はなさそう」
「オッケー? どこの言葉ですか、それ?
……うわぁ、なんですかこのはしご、なんかついてる」
「あ、はしごぬめってるから注意ね」
降りてきたミカから無言の抗議。
「大丈夫、考えあってのことよ」
「どんな?」
「手が汚れたついでにあの藁の中に何か隠されてないか、
調べてくれない?」
無言で手を掴まれてぬめりをべったりと共有された。
こ、このガキャ……。
「私、クルスさんには学んじゃいけない部分もあるってわかりました」
「あれ? 様からさんに降格されてる。一緒に調べたら
またクルス様って呼んでくれる? ちょっと気持ちよかったんだけど」
「いいですよー、ではご一緒に」
手を突っ込もうとして緊急停止。
臭い。この匂い、アレだ。
「もしかしてこれ、便所に使われてた藁では?」
手を取り合って震え上がった。
こういう方向性は絶対にダメ。怖すぎる。
背後で壁に何かぶつかるような音がして、手を取り合ったまま
同時に飛び上がった。
通路の途中に部屋があるみたい。
「た、畳みかけてくるなぁ、お化け屋敷かよ。
さっき感知した生命がいるのはこの中?」
「た、たぶん……いや、よくわかんない。周り中ぜんぶ、
魔力で埋め尽くされてるみたいで……」
「異界が近いのかも。自分の魔力に集中して。混濁すると自分の
魔力が侵食されちゃう。こうなると探知系は役に立たない。
現実に戻るときよ。五感を働かせて」
ミカはうなずきながら必死に意識を集中してる。
外に出したほうがいいかな?
いや、中にいるのが危険な生物だったらミカの援護がないと
対処できない。がんばってもらうしかない。
「鍵は……こっちからの掛け金だけか。じゃあ、開けるよ?
私の合図があるまで吹っ飛ばしたりしないでね」
ミカは編み物するみたいに手を動かしてる。
この子は術式を『編む』んだ。
かわいいとかっこいいの絶妙なブレンド。
ふふ、勇気もらっちゃったな。
女の子はステキなものを見ると勇気が湧いてくるのだ。
……いいでしょ、女の子はいくつになっても女の子なのよ。
掛け金を外し、右手でナイフを構え、左肩でドアを押し開ける。
やっぱり、腐臭のもとはこの部屋だ。
目に染みるくらいの臭気。
ドアの隙間から液体のように湧き出て、足元をすり抜けていく
毛むくじゃらの塊。
柔らかくて生温かい、薄皮に包まれた内臓を直接押し付けてくるような
感触でわりと抱き心地のよさそうな……
ん? 抱き心地?
「ちょっ、ミカ、ストップ! ストーップ! 猫、猫だよこれ」
手の間で火花を散らしてる術式を発動させようととしてたミカを
ギリギリで制止。
私らの足も吹き飛ぶってば。
「危ないなあ、もう。ミカの感知した生き物って猫だったんだ。
まさか猫の密輸ってわけでもないでしょうに」
部屋の中を見たミカが凍り付いてる。
冗談言ってる場合じゃなかったね。
年齢的には見せたくないけど、ミカは魔術師。
この現実を受け入れる探究の徒であると信じたい。
椅子に縛り付けられた全裸の男女が六人。
意識はなく、全身のいたるところに小さくくり抜いたような傷。
どれだけ放置されていたのか、傷口が腐ってる。
椅子の下の乾いた排泄物は微小。
食事は与えられていない。
なぜなら、彼ら自身が餌だからだ。
「これ……猫に、食べさせたね」
「……飢えさせて、無理やり……」
ひどすぎる。
しばらくは調査のことも忘れて、口元を押さえるミカの背中を
優しくさすってあげるくらいしか、できなかった。
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