第七十八話 カダフス・ロスト
カダフスは東の果ての地。
険しい山脈と過酷な砂漠に阻まれ、実際の距離以上に遠い国だ。
地理的な条件もあって混血が進まず、国民の八割はカダフス人という
この世界には珍しい単一民族国家を形成した。
独自の文化と魔術体系を持ち、小国ながら過去にガンエデンとの
戦争を戦い抜き、平和協定を締結した精強さで有名。
多くの高位魔術師を擁し、アロウザに次ぐ大学もある。
魔術の発展をけん引する魔術国家だ。
……だった、と言うべきか。
国を統べる教主ナイアの失踪によって情勢は大きく変わった。
ナイアの政治手腕に頼っていた国家運営に支障をきたしたのはもちろん、
なにより問題となったのが、魔力の喪失。
多くの魔術師が唐突に魔力を失い、魔力を持った新生児も産まれなくなった。
「『カダフス・ロスト』。本で読んだくらいだけど、また魔力を持つ人が
産まれるようになったのね」
「それについては失われたという表現は正しくありません。
でもそれは今はいいです。実は私たち、クルス様の話を初めて聞いたとき、
カダフスを出た魔術師かと思ったんです」
「ああ、魔力を失って姿を消したってやつ?」
「ええ、魔力は低いのに知識がノエル様に匹敵する。魔力を失った
高位魔術師なら説明がつきます」
「残念だけど私は違う」
「そうですね。それにカダフス人でもない。わかりますよ、特徴は
似てますけど、私たちから見ればだいぶ違う。でも、そんな特徴を
持ってるのはカダフス人だけです」
「ガンエデン生まれのカダフス人かもよ?」
「ごまかされませんよ。あなたはどこの人間か本当にわからない。
まるでこの世の人間ではないかのよう」
「ただの四級魔術師だってば」
「ただの四級魔術師にノエル様は興味を持ったりしないんですよ。
私たちもね。あなたから学び、同時にあなたが何者かを突き止める。
それがノエル様が私たちに課した探究です」
後ろの三人は困った顔で首を振ってるよ?
この子が勝手に盛り上がってるだけか。そういうタイプか。
黒帽子をさっとかぶって不敵な笑みを残してかっこよく去っていく……
のかなと思ったらすぐ戻って来た。
「あの、私、ミカです。名前、言ってなかったので」
「うん、ミカだね。覚えたよ」
名前呼ばれてミカがにやけてる。
嬉しいのかな?
私、それなりに尊敬されてる?
他の三人がミカを押しのけて群がってくるし。
リーダー……てわけでもないのか。
「ええい、一斉に名前を言うな。わかんなくなるでしょ。
えっと……エリとリリは双子?」
「「はい」」
「うん、息が合ってる。ステキ。今日はその調子でね。
最後は……ユウね。カダフス人ってなんか日本人っぽい名前だな」
「日本?」
「物語の中の架空の国。じゃあみんな、私たちの基本的な役割を
確認しておくよ。実質的な捜索は騎士団のみんなに任せて。
魔術師は魔力感知を最大限働かせて、危険な遺物や術式の発見に集中して。
特に黒い手の呪いには注意してね」
みんないい返事。命がかかってるから真剣だ。
でも、なんだかやっぱり学校の後輩たちを思い出して和む。
魔術師としては彼女たちのほうが上なんだけどね。
今回、ノエルはあの両手を失った男性の治療を手伝っていて
作戦には参加できない。
フィニクスが兵長、私が魔導長ということになる。
なし崩し的に特務隊に組み込まれてないか?
絶対にやらないからな、こんな危険しかない仕事。
あらかじめ夜警と連携し、織工組合の敷地周辺に人が近づかないよう
巡回させ、作戦開始前には街路を鎖で封鎖。
明かりも持たずに街路を疾走する一団は狼の群れみたいだ。
付いていくので精いっぱい。
ミカたち、余裕そうね……。
ノエルもそうだけどちゃんと動けるんだよ。あんなどんくさそうなのに。
「エリとリリは時限式や感知式の術式に絞って。ユウは遺物の探知。
ミカは私と一緒に来て生命探知」
魔術的なトラップがないかを調べるのは魔術師の仕事。
なので魔術師が最前列に出ます。
相手に魔術師がいればその対処も魔術師がしますので、
やっぱり前に出ます。
いざ戦闘となれば最初に狙われるのも魔術師。
魔術師がいる集団といない集団では勝負になりませんので。
自然、この世界の戦術では魔術師の配置と運用が最も重要。
魔術師は後方に……
なんてことはなく、魔術師のいる場所が前線なのです。
「敷地内に設置された術式なし」
「危険な遺物の気配もありません」
安全確認と同時に二人の隊員が塀を乗り越えて内側から門を開ける。
以前私がラーコンと会ったときとは別の、工場への入り口だ。
最新の織機を導入した大規模な工場で、従業員数は三、四百人。
ガンエデンにもそうそうない規模だよ。
敷地も広い。
捜索は二手に分かれて行い、オーロラと私のいるほうは
誘拐された人たちの救助を優先。
フィニクスが率いるほうが敷地内の安全確保だ。
双子とユウの三人はフィニクス側に同行。
より広い範囲を探知しなくちゃいけないからね。
ミカは背後から私の腰に手を当て、歩幅を合わせてついてくる。
こうやって二人分の視野と探知領域を確保。
騎士団の人たちは四人一組で行動し、そのうちの一組と
オーロラが私たちの護衛。
探知系、とくに生命探知で障害物の向こうを探知しようとすると
魔力を集中させる必要があり、範囲が狭くなる。
工場のような大きな建物の場合、中に入ったほうが早い。
入口を探して外壁に沿って移動していたが、腰に置いたミカの
手が腰を何度か叩いた。
全体に停止命令。拳を握るやつ。
ミカは四人の騎士にハンドサインを送ってる。
すごいな。私の探知と重ねて増幅してるとはいえ、私はまだ
何も感知できてなかったのに。
二人の騎士が隊列を離れ、膝をついて投擲ナイフを構える。
直後、犬のか細い鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声というより、空気が抜けるような音だ。
誰も気にしない。
訓練された犬は脅威だ。排除は当然なんだ。
歩みを止めてしまったのは私だけ。
かわいそうに思ったから?
もちろんそれもある。アレポのことが頭をよぎった。
でもそれだけじゃない違和感が軽く喉を締め付けた。
「……吠えなかった」
オーロラが私の声に反応して足を止める。
ミカと私が向き合い、四人の騎士が周囲を警戒。
「あの犬、私たちを見つけていたのに吠えなかった。
ただの番犬なら吠えるはずよね?」
「吠えずに接近し、まっさきに攻撃ですか……。
魔術師への対策でしょうか?」
「それもあると思う。けど、それよりも大事なのは──」
「誰にも知られたくない、だね? だとすれば犬が来た方向を
調べるべきだ。目標の変更。工場はフィニクスたちに任せる」
オーロラの指示で騎士たちが前に出て先導する。
訓練された動物は厄介だ。
気配も魔力もなく、魔術を使う隙が無い。
魔術師殺し、なんて言われたりもするんだよね。
はい、もちろんミカの探知範囲と隊員たちの迅速な対応が
なかったら、かな~~りのピンチでした。
犬が来たのは敷地内に残された木立の方向。
見通しが悪い、あらゆる探知もしにくい。
感知術式とワイヤートラップの組み合わせなどもやりやすい。
慎重にならざるを得ない。
さらに奇襲も警戒しながら木立の間を進むと、見えてきたのは
使われなくなった倉庫。
こんな隠すような場所にあるんだから、もともと見られたくない
ものを扱っていたのかもね。
さあ、再び魔術師の出番だよ。
ミカと二人で全力生命探知。術式、遺物と順番にかけていく。
「何もない⁉」
ミカが思わず口に出しちゃった。
気持ちはわかる。それくらい拍子抜け。まったくの空っぽ。
オーロラに向かって首を振った瞬間だった。
工場のほうから轟音。
聞いたことあるな、この音。
周囲の酸素を取り込んで一気に燃焼させる気化爆弾に近い原理の
範囲破壊魔術だ。
設置式の術式、すなわちトラップで発動できるものじゃない。
高位の魔術師……それも複数が向こうにいる。
読んでいただき、ありがとうございます。
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