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第七十七話 みなし児の国

 うわぁ~~、完全に夜襲装備だわ。


 関節部に柔らかい素材を使って動作音を抑えた革鎧。

 暗闇に溶け込む暗緑色。


 刺突に優れる、両刃で先の尖った小剣に投擲用のナイフ。

 小型の盾は腕に直接くくりつけて動きを阻害しない。


 全員、足音もなく滑るように歩くのが不気味。

 黒いマスクはもはや妖精というより闇夜の悪鬼だ。


 なんでもやるんだな、妖精騎士団特務隊。


 隊員が準備しているのをのんびりと眺めてるオーロラは

 黒いけどいつも通りのやや露出過多の服装。


 ゴスロリじゃん。この人、防具って身に着けないのね。


「確認も含めて幾つか聞きたいんだが、オルデン卿がラーコンに組合員を

使ったブラックハンズの偽装工作を依頼したんだね?」


「それ以前にも何件かの誘拐に関わってる。旧市街での誘拐は

ほとんど彼らの仕業ね」


「誘拐もオルデン卿の依頼?」


「それはわからない。ただ、オルデン卿と一緒にいた男が本のような

ものを持っていたと言ってたわ」


「『生き永らえしもの』?」


「さあ……。でも、ラーコンが魔術書について調べていたらしいから、

ラーコンはそれが何の本かは知らなかったかも」


「『生き永らえしもの』だとすれば大当たりだ」


「本を持っていたのがオルデン卿じゃなかったのが気になる。

私が禁書を手に入れたなら、他人に触れさせたりは絶対にしない」


「おっと、精神汚染を疑われる発言だ。聞かなかったことにしておこう」


「ノエルがうるさいからね。それに精神汚染っていうなら、疑わしいのは

ブラックハンズの偽装に関与した組合員たちの変貌よ。

最初はただのふりだったはずが、一人ずつ、自分を本当にブラックハンズの

信者だと思い込むようになっていった」


「それでラーコンがオルデン卿に疑念を抱き始めたんだよね。

そのタイミングで僕らがオルデン卿に近づいた」


「ラーコンは内心、焦っていたでしょうね。スケープゴートにされるって」


「屋敷での騒動はラーコンの暴走と見るべきか……」


「オルデン卿の娘を人質に取ろうとした。夜鬼の使役は組合員が担っていたし、

それなら一応の筋は通る」


「何はともあれ、実行犯の特定に至った。

いよいよ僕たちの出番というわけだ」


 オーロラが腕を振ると、いつの間にか中庭に整列していた

 隊員たちが一斉に私たちに顔を向けた。


 壮観だけど、同時に怖くもある。


「みんな、聞いての通りだ。僕たちはまず織工組合を捜索し、

敷地内にあるという誘拐された人たちの監禁所を見つけ出す。

被害者は我々の行動の正当性を担保し、一連の事件へのラーコン関与の

証拠ともなりうる。死なせるな、救うのが最優先任務だ」


 誰も返事しない。ただ小さく、ぐっと顎を引くだけ。

 空気でわかるんだよ。


 準備はできてる。


 え? なになに? なんで私を引っぱるの、オーロラ。

 怖いんだってば。この中で私だけ草食動物なのわかんない?


「知っている者もいるだろう。彼女はクルス。魔力は低いが、

その知識はノエルと同等。事前の調査でも尽力してくれた。

事件に詳しいこともあり、今回は副官として同行してもらう。

彼女の命令は僕の命令だと思え」


「はああぁぁぁぁ⁉ 聞いてないんだけど?」


「いま言った。なんだ、ここまでやっておいて捜索に参加せずに

帰るつもりだったのかい? 最後まで付き合ってもらうよ。

ほら、かわいい隊員たちに挨拶を」


 かわいくねーよ。目がこえーよ。

 何コレ? 最初から仕組まれてた感じ?


 あ、フィニクスいる。フィニクスは怖くない。彼を見てよ。


「みなさん、突然のことで驚かれたでしょう。でも私ほどじゃない。

私にできるのは情報サポートだけです。誘拐された人たちの中には

多くの子供も含まれます。どうか、一人でも多くの救出をお願いします」


 緊張の質を変えてやりました。


 任務だから助けるなんて思わないで。


 力あるものこそ、人の命に責任を持つことを覚えてほしい。

 そうでなければ力に意味はないと知ってほしい。


「なによ、その顔?」


「いや、君は期待通りだよ。彼らを前に怯まない。綺麗ごとも言える。

ノエルが逸材というのも少しわかる」


「わからないでいい」


 日が暮れると同時に作戦を開始。


 隊員たちは順番に魔術師から『暗視』を付与。

 ノエルが選んだ新しい子たちだね。また四人。


 ……ノエル、見た目で選んでない?

 みんな小柄でかわいくて、いかにも魔女っ娘って感じなんだけど。


 魔力はみんなとんでもないけどね。

 どうやって見つけてくるんだろ。この子たちこそ逸材だよ。


 で、その逸材たちが私をちらちら見ては囁き合ってる。


 感じ悪いわけではない。

 ちょっとした敬意みたいなものもある。


 けど、八割は珍獣を見る目なんだよなあ。

 絶対ノエルになんか吹き込まれてる。


「なに? 私に何か聞きたいことでも?」


 私に声をかけられただけで四人が小動物みたいにくっついた。

 お前いけ、て感じでぐいぐい押し合ってる。


 まあ結局、一番年長者っぽい子が前に出るよね。

 一人だけ帽子が黒いし。つば広の三角帽子。


「コホン、失礼しました。私たち、ノエル様のしぇ……せ、選抜魔術隊です。

クルス様に付いてよく学ぶようにと言われています」


「あ、そうなの? クルスです、どうぞよろしく」


 握手しようとして手を差し出したら、全員が半歩引いた。


 怯えたとかそういうのじゃなく、いかがわしい行為に遭遇した顔。

 後ろの子たちなんかちょっと赤くなってる。


 おい、ノエル?


「す、すみません、そういうのはちょっと困るっていうかぁ……」


「そういうのって、どういうの?」


「え、あ、いや……」


 恐る恐る近寄ってきてひそひそ声。


 めちゃくちゃ目立つ。関係ない騎士団の連中までこっち見てる。


「ムーサ技芸員の……その、そういう方なんですよね?

性別年齢見境なしだとか。私たちにはまだ早いんじゃないかと……。

あ、でも私はちょっと興味あるんです。生命! 生命の領域の

一つとしてです……よ? あの、大丈夫ですか?」


 はは、乾いた笑いしか出てこないわ。

 たぶん顔が死んでるね。


「私、ムーサじゃないから」


「え⁉ ノエル様がそう仰ってたのに。じゃあじゃあ、クルス様は

どの会派に所属を? どなたのご指導を受けたんですか?」


 とくに若い魔術師っていうのは好奇心が強いから、

 目をキラキラさせて無邪気に訊いてくる。


 私もついつい先生の名前を出しちゃうとこだったよ。


 これ罠じゃん。ノエルのやつ、私の指導者の存在をまだ疑ってるな。

 私がこっちの世界にいることと関係してると思ってるのかも。


「誰にも師事してない。俗にいうみなし児だよ」


 これにはほんとにショックを受けたみたい。


 そりゃそうか。尊敬するノエル様が一目置いてる魔術師……

 それが、みなし児だなんて信じたくないよね。


 魔術師の世界では誰に師事したかはわりと重要。

 師のいない魔術師は『みなし児』と言われて半端モノ扱いされる。


 私の場合は半分ホントで半分はウソ。


 なんせ途中で逃げ出してきたからね。


 だって先生の時間の感覚はおかしいんだよ。

 普通の人の十年を一年くらいだと思ってる。


 あの人に認められるのを待ってたらお婆ちゃんになっちゃう。


「幻滅した? 考えてもみてよ、私の魔力はあなたに遠く及ばない。

学ぶことなんて何もないって」


「それは違います!」


 急に大声出した。

 魔術師の仲間だけじゃなく、他の騎士団全員が振り向いた。


 作戦前の緊張もあってかみんな険しい顔で、黒帽子の子は

 まっ赤になってうつむいてる。


 私が何でもないって言ったら何事もなかったかのように

 準備に戻ってくれたけど。


 そういや私、いま副官だった。


「……すみません」


「いいよ。私、何かヘンなこと言っちゃった?」


 黒帽子の子は他の三人を振り向くと決心したようにうなずきあう。


 四人が帽子を取ると、全員が漆を塗ったような漆黒の髪。

 虹彩が微かに緑がかった黒い瞳。


「全員、純粋なカダフス人?」


「そうです、私たちはカダフスで生まれました。

恩寵失われしカダフスに、再び恩寵を取り戻すのが使命です」


 教主ナイアの失踪以降、魔力を持つものが生まれなくなった。


 そんなふうに噂されたカダフスを誰かが揶揄してこう呼んだ。


 『みなし児の国』

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