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第七十五話 ろくでもない来客

 ヘンな不安がうつっちゃったのかな。

 オトが元気を分けてくれるみたいに手をつないできた。


 アレポもときどき私の顔を見上げてる。


 犬と幼児に慰められてちゃ世話ないね。


 ここは一つ、元気のあるところを見せないと。

 つないだ手を振ってリズムを取ってお歌を歌います。


 子供が喜びそうな歌、いろいろ試したけど、最強は『さんぽ』。

 よく覚えてるもんだと自分でも感心したわ。


 いや……マリにさんざん歌わされたんだっけ。

 あの子、音痴だったから。


 その点、オトは音感バッチリ。さらには美声ときたもんだ。

 興奮してくるといろいろ怪しくなってくるけど。


 アレポも合いの手入れてきた。


 優れた文化には汎用性がある。

 異世界の幼児と犬が喜んで歌ってるのがその証拠でしょ。


 ほんとに元気出る。


 オトと一緒なら無敵! って気分になれるよ。

 ……はいはい、あんたもね、アレポ。


「クルス、あれなんだ?」


 オトが指してるのはワイルズの軒先。


 確か、店でよく飲んだくれてる夜警の人だ。

 こいつらが飲んだくれてる間はまあ安心だねって人たち。


 で、今日は飲んだくれてない。

 すっごい真面目な顔して槍まで持ってるんだけど。


「ちょっと、あなたたちがそんなだとみんな不安がるから、

とりあえず何か飲んでおきなさいよ」


「そうしたいんだが、今日は無理そうだ。ワイルズからあんた以外は

絶対に入れるなって言われてる」


「何があったの? みんなは無事?」


「大丈夫だ、ワイルズたちに何かあったってわけじゃない。

ただ、予想外のお客さんというかな……。

まあとにかく入ってくれ。向こうもあんたに会いたがってる」


「お客?」


 心当たりがまったくない。

 けど、どう見ても大歓迎って雰囲気じゃないよね。


 一階にいたゼンドーラがオトをソフトに捕まえて、私に一人で

 二階に行くように促した。


「ヤバい感じ?」


「少なくとも私らの手には負えないね。魔術師ってのは

いつもあんなのを相手にしてるのかい?」


「あんなのって……どんなの?」


「オト、ミルク貰ったんだ、飲むかい?」


「のむ~~」


 不安を煽っておいて言わないってドSかよ~。

 オトを引き受けてくれてありがとう。


「ミルクはちょっと温めてあげてね。お腹壊すから」


「知ってるよ。あんたも、無理だと思ったらすぐ戻るんだよ」


 どんなに脅かされてもね、ミルクを温めるゼンドーラの横で

 ぴょこぴょこしながら待ってるオトを見れば笑顔になるの。


 足取りも軽く二階に上がったわけだけど、昼間なのに雨戸まで

 閉め切った暗さにいきなり足が重くなった。


 明かりを持ったワイルズが手前の部屋の外から、

 室内にいるお客さんを見張ってる。


「おう、早かったな。アレポの怪我はどうだ?」


「まだ走れないけど、歩くのはいいって。あのさ、この声なに?

お客さんって人間よね?」


「見た感じはな」


 聞こえてくるのはまとめてすり潰されてるカエルの断末魔か……

 てくらい命に対して冒涜的な音。


 なんかさ、床が汚れてない?

 血にしてはどす黒くて粘性が強すぎのような。


「なんで私なの?」


「ガンエデンのやつらは信用できないんだとさ。

お前のオルデン卿の夜会での活躍をどこかで聞いたんだろうな」


「言われてるほどなんにもしてな──」


 軽く覗いてみて、絶句。


 ランプの明かりに照らされてるのはベッドに腰かけた男。

 物乞いのような薄汚れたローブを頭からかぶってる。


 確かにちょっと寒いけど、それでもおかしなくらい震えてる。


 甘くて重い、いやな薬品の匂い。


「どこで治療してもらったの?

無認可の治癒士? それとも魔力も技術もない外科医?」


 問いかけながら近づいてみる。


 私を見る男の瞳が左右に小刻みに揺れ、言葉を発しようとして嘔吐。

 桶を彼の足元に押しやる。


「治癒士だ。妙な薬を渡された」


「麻薬だね。心拍数下げて痛みをごまかすだけ。使いすぎると

心臓が止まるわよ?」


「まともな治癒士のとこには行けなかった。あいつらが……」


「妖精騎士団? そうだね、彼らはあなた一人を追い詰めるために

街中の治癒士を摘発して回った。ひどいことだよ。

今のあなたを見て、改めてそう思う。手は両方とも自分で?」


「片方は自分で、残りはさっきの治癒士だ。こんなになるなら

死んだほうがマシだって、思ってたのにな……」


 私もそう思う。


 けど、本当にそうなったとき、そうするしかなくなったとき、

 決断できてしまう人も確かにいるんだ。


 彼は両手とも手首から切断していた。


 おそらくブラックハンズの呪いから逃れるためだろう。

 でも、完全には逃れられない。


 断面からにじみ出るタールのような液体のせいで出血は

 抑えられているものの、露出した筋肉が蠢いている。


 ムカデが円を描いて這うような蠕動。骨が擦れて、あのカエルの

 断末魔が奏でられている。


「呼んでる……。呪いはいまだに宿主を追い求めてるのね」


「わかるのか?」


「こんだけ騒がしければ当然よ。それで、私にどうしろっての?」


「助けてくれ」


 申し訳ないけど特大のため息。

 そんなすがるような目で見られてもね……。


「頼む相手を間違ってる。私はただの四級魔術師よ?

あなたにかけられた呪いはそんな雑魚がどうにかできるものじゃないの」


「妖精騎士団の一級魔術師にも劣らないと聞いた。魔力の大小なんか

関係ない。物語に出てくる、本物の魔法使いみたいにな」


「……そんな奇跡は起こせない」


「頼む! あんた以外には頼れない。こんなはずじゃなかったんだ。

ただ、ブラックハンズのふりをするだけだと……」


「誰に言われたの?」


 彼は押し黙って、苦しそうに首を振るだけ。


 言えば助かっても殺される……か。


 本当に私が助けられると思ってるんだなあ……。

 変身した私たちに、当たり前のように救いを求めた目を思い出す。


 誰もが信じて疑わなかった。

 私とマリが来たら大丈夫だって。


 中身、ただの中学生だよ?


 なのに私も、みんなの期待に全力で応えた。


 どうしてあんなに必死だったんだろう?

 何が私を突き動かしたんだろう?


 十年経って、どんなに考えてもわからない。

 ただ少し、感じ方は変わったかもしれない。


 気づいたら男の手のない両腕を握って額を合わせてた。

 ものすごく近くで、彼の目を覗き込んでた。


 気に食わないなあ、無邪気にすがる目もこの呪いも。


「ムカつくんだよ、どいつもこいつも」


「あ、あんた、そんなことしたら呪いが……」


「黙って私の目を見てろ」


 そうです、私は怒ってます。

 そしてその怒りが凍り付くような冷静さで術式を綴ります。


 『幻肢』


 身体欠損の患者の痛みを和らげるために生み出された術式。


「なんだ……指? 指が動かせる! 手がある!」


「手を見ないで! 私の目を見て。再生なんてできないよ。

感覚が戻ってるだけ。手を握ったり開いたりして、脳に手があるって

錯覚させなさい。痛みが忘れられる」


「なあ、あんた、大丈夫なのか? すごい汗だぞ」


 額を合わせてるから、そりゃわかるか。


 高位の治癒士なら完全に独立した感覚を生み出せる。

 でも私の場合はそれができないから一時的に貸し与えるの。


 私の手の感覚をね。


 その間、私は男の感覚を代用品として受け取る。


 つまり今の私は、両手を切り落としてろくに治療もしてない状態。

 現実に手はあるってわかってるからまだ耐えられるけど。


 『幻肢』を続ければいずれ痛みは本物に変わる。

 その前に……


「ワイルズ! 雨戸を全部開けて。呪いを呼び込むよ」


「いいのかよ、お前自分でどうにもできないって言ってたろ」


「構わない。あと何でもいい、人形はある?」


「赤ん坊用に買ったのはあるけど……何に使うんだ? 

その、わりと高かったんだが……」


「いいから持ってきて。大丈夫、こいつに代わりを買ってもらう。

いい? 生きて、ワイルズに人形を弁償しろ!」


 男がうなずこうとするのを頭突きして止める。


「手を見るな! 今から私はあなたから離れる。できるだけ今の感覚を

忘れないで。両手があるって信じて」


 男の腕から手を離し、ゆっくりと目の前に持ち上げる。


 ……よかった。やっぱり手があるのを見ると安心する。


 私に対象を変えた呪いで、手が真っ黒になっていてもね。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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