表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/73

第七十話 ドリームジュエル

 どのくらいぼーっとしていたのかわからないけど、

 光る地衣類の岸から一艘のゴンドラがゆっくりと近づいてきた。


 ゴンドラには二人の女性が乗っていて、リズムを取るように

 ハミングしている。


 涙が出るほど嬉しかった。


 マリだ! それともう一人は……母さん!


 二人は私がいなくなったその日から私を探し始め、ようやく

 この世界までたどり着いたんだ。


 いつか絶対この日がくるって私は信じてた。

 二人が差し伸べた手を掴めば、私はそのまま向こうへ帰れる。


 そうだよ、二人とも私よりずっとすごいんだから、私が一人で

 がんばっても無駄。二人が迎えに来るのを待てばよかったんだ。


「遅いよ、まったくもう。十年も経っちゃったじゃない」


 二人は申し訳なさそうに微笑む。


 変わってないなあ、二人とも。いつもそんなふうに微笑んで、

 待ち合わせに遅れたことを謝るんだ。


「……クルス」


 なんだろ、この声。

 今、マリと母さん以外の声、聞きたくないんだけど。


「クルス、いっちゃうの?」


「うるさいなあ、手が届かないよ」


 声が邪魔で二人の手を掴めない。

 声がするたびにちょっと遠ざかっちゃうんだよ。


 ……うん? 違うな、私が一歩下がってる。


 なんで?


 その一瞬の疑問に答えるかのように、手の中に硬い感触。


 キラキラと輝く宝石。内にオレンジを秘めた明るい黄色。


 あれ、確かこれ……


「ドリームジュエル? どうしてここに?

全部集めて、ドリームランドの女王に返したはずなのに……」


 手を開くと明るい黄色が遠くの地衣類が放つ紫や赤の光を切り払う。


 マリと母さんも光に切り裂かれ、剥がれ落ちた皮膚の下から

 別の生き物が姿を現す。


 ぬるっとした表皮のヒキガエルのような身体。

 頭のある部分にはピンクの触手が無数に生えて蠢いてる。


 悲鳴、からの失神コースだよね、こんなの急に出てきたら。


 けど私、こいつら知ってるんだ。


「久しぶりに見たよ、その臭い顔。ムーン・ビーストども!」


 私が魔法少女として戦ってたバッド・ドリーム団の、

 わりかし強いほうの構成員。


 キモイわ臭いわやることエグイわで、触れるのもイヤだった。

 けど、こいつらがいるなら、ここは夢の中だ。


 ドリームジュエルをぐっと握りしめる。


「希望のシトリン、苦難を乗り越える力を私に。

悪しき夢を打ち払え! ドリームキャッチャァァァ……シトリン!」


 よく覚えてるよね、こんなの。

 ちなみに本当にドリームキャッチするなら変身が必要。


 実際はシトリンを触媒に綴った術式『夢守り』です。

 宝石は触媒としては最強なんです。異論は認めません。


 触媒と一口に言っても効果はいろいろあるけど、一般的な

 効果としては省エネ。


 小さな魔力で大きな反応。


 しかもこれはドリームジュエル……のたぶん本物。


 私の手の中から広がった黄色い光の網が遠くの地衣類の岸まで包み、

 網の中に閉じ込めてしまいます。


 網がどんどん小さくなり、編み目が小さすぎて見えなくなると

 シャボン玉みたいにふわふわ漂って、最後にはパチンと弾けます。


 うたかたの夢は消え、私は広い地下の空間に立ち尽くしている。


 ちょうど取り落としたランプをオトが拾ったところだ。


「クルス、どーした? おなかいたいのか?」


「え? いや、だいじょぶ。オトの声が聞こえたからね」


 オトがわけがわかんないって顔してる。


 ふふ、ランプの熱で頬が紅潮して暗闇の中で輝かんばかり。

 めっちゃ頭撫でとこ。


「う~~~」


「おい、お前さんら、どうやってここに入った?」


「ぎゃああぁぁぁぁぁぁ!」

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あははははははは」


 背後からの声に驚いて叫んで、腰抜かしてる姿勢が相手とまったく同じ。

 オトにはすごいウケてる。


 誰だ、このおじさん?


「驚かせんでくれ。こんなとこで死にたかないんだ」


「ご、ごめんなさい。あなたはここで何してるんですか?」


「それはこっちが聞きたい。ここは私の祖父の工房だぞ」


 普通に関係者がいた。

 私はちょっと嫌味な役人っぽく地下の空間に腕を広げる。


「工房? これが? 他の家の地下まで広がってますよね。

こんなこと許されるんですか?」


「あ、わるクルスだ。きをつけろ、ヤなこといってないたり

わらったりできなくするやつだ」


「……ネタバレは犯罪なんじゃなかった?」


「はっ、しまった。おっちゃん、わるクルスはただのえんぎだってのは

ないしょだよ!」


「はは、ああ、誰にも言わないよ。なんにせよ、ここでは話もできん。

子供がいるならなおさらだ。うちに来なさい。

客なんて何十年ぶりだ。この辺りには誰も近寄らんなった」


「どうして?」


「住民が一夜にして消えたんだよ。

……この地下から、私の祖父の手引きで」


「はい、お外出るよー。オト、走らずに急いでー。

階段、足元気を付けましょー」


 言ってるそばから足を滑らせてる。

 ……私が。


 おじさんとオトが支えてくれなかったら転んでた。


「あんた、水に入ったのか。よく戻ってこれたな」


 ただの夢だって思ってたから気づかなかった。


 いや、信じたくなかったのかもしれない。


 こんな水の一滴もない場所で、ズボンが膝まで濡れてる。

 さっきまで私が見ていた風景、聞いた歌、ゴンドラ。


 十秒にも満たない時間だと思う。

 だけど私は、確かに向こうにも存在していたんだ。


 私は自分で思っているよりも、この世界では不安定なのかもしれない。


「クルス、てがつめたいよ? オトのてであったまりな?」


「あんたの手だって冷たいでしょ。大丈夫、地下が寒かっただけ。

ところでおじさん、工房って言ってたけど、まだ錬金はしてる?」


「まさか。工房は継いだが、私に錬金の才能はない」


「じゃ、この地下も全部、あなたのおじいさんが?」


「この地下について詳しい話は聞いてない。けど、これだけの空間、

地上の利用が進んでから作るのは無理だろう」


「つまり、工房ができる以前からあった?」


「そうなるな」


「なるな」


 オトのドヤ顔、いただきました。


 それ好き。


 大人のマネして背伸びしてるってだけじゃなく、どことなく

 漂う風格というか、子供ならではの際限のない世界が背景にある。


 子供ってこうやって世界を広げていくんだっていう、今日の心の一枚。


 こういう瞬間があるから日常も油断できないんだよな~~。


 あれ? なんの話だっけ……。


「ユースフ・ユシフにはこんな地下が他にもあるの?」


「さあな、聞いたことはない。知りたくもない。この工房だって、

本当なら手放したかった」


「どうしてそうしなかったの?」


 ありゃ、気持ちよく喋ってくれてたのに黙っちゃった。


 ただ隠し階段から工房に出る前に、水に入るなの警告を

 悔しそうに手でなぞった。


 手放したくても、できなかった……てこと。


「ねーねーおっちゃん、てばなすはー、いらない、のことだよね?

まっくろしんぷのえほん、もらってもいい?」


「こらオト、図々しいよ。すみません、さっき勝手に入ったときに

ちょっと見せてもらったんです」


「いや、構わんよ。絵本でもなんでも持って行ってくれ。

どうせ朽ちていくだけだ。それを惜しいとも思わん」


 ここぞとばかりに写本をカバンに詰め込みました。

 読めないものも多いけど貴重な資料だよ、これ。


 オトは目当ての絵本を貰ってご満悦。

 声に出して読んでる。


 どんどん読み書きできるようになって、それが楽しいんだね。


「あの……まっくろ神父の絵本を読んでて、そこの隠し扉が

開いたんだけど、そういう仕掛けなの?」


「いや、書棚の下の板を外すとペダルがあるからそれを踏むだけだ。

たぶん、工房のドアを蹴破ったときに振動で動いたんだろう」


「それ隠す気ある?」


「たぶん隠す気はなかった。近隣住民はみな、祖父と同じになってたから。

なんにせよ心配はない、それはただの絵本だ。祖父がまともだったころ、

子供の私に買ってくれたんだよ」


 今の情報を分析すると、おじさんの祖父はまともじゃなくなって、

 近隣住民はおじさんの祖父と同じになってたってことね。


 ノエルに報告して、地下の調査が終わるまで封鎖かなあ……


 おじさんには悪いけど。


「ちょっと待って、この立てかけてあるのって工房の看板?」


「ああ、工房の名前は私の父が継いだが、ここで使っていたものは

不吉だからと何も持って行かなかった」


「知恵の円環工房……これって確か……」


「なんだ、君は魔術師か。どうりで……」


 知恵の円環。


 魔術師なら誰でも聞いたことがある。

 グラヴィスと縁があるものしか、その名を使うことは許されない。


 ここでまた、グラヴィスか。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ