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第六十八話 そのメイドにご用心

 しかしヒュッケよ、けが人の見舞いにお酒はダメだろ。

 傷口が開いちゃうだろ。


 ああ、注意する間もなくバカどもが飲んでるし。

 なんなら私のポーションと混ぜてるし。


 なにこのぜんぶ台無しにされたみたいな敗北感。


「……でもよかったんですかい、姐さん?」


「なんでまだ声、潜めてるの?」


「いや、ヒュッケの旦那をあっさり持ってかれちまって、

女としてのプライドっつーか……それとも愛人には変わりないんで?」


 ほぼ無意識にカザフの腹に拳をねじ込んでる。

 傷口が開いちゃうだろ。


「それはもういいっつったろ」


「やっぱり、そう、だったんですね……」


「うわっ、サリア、なんでいるの?」


「ず……っといましたよ。私なんか眼中にないですか? ふ、ふふ、

クルス、さん綺麗ですし、結局は何でも自分のものにしちゃうんだ」


「吃音、だいぶ良くなったね」


「あ……りがとうご、ざいます」


 サリアの目が怖い。

 クレヨンでぐるぐるってした感じになってる。


 嫉妬深いタイプ? 拘束系?

 そこんとこどうなんですか、ヒュッケさん。


 あ、やっぱり目を逸らした。安定の他人のふりだな、この野郎。


 けどそうはいくか、嫉妬の渦に巻き込んでやる。

 私は不必要にヒュッケに身体を寄せ、いやらしく笑いながら囁く。


「ちょっと、アレなんなの? 二人の距離が縮まるのはいいけど、

縮まりすぎじゃない? あんたまさか、手を付けたりしてないわよね?」


「相手は貴族様だぞ、殺されるわ。サリアはちょっと怖いんだ。

よく喋るようになったのは嬉しいが、ときどきじっと見てくるんだよ。

振り返るたびにだんだん近づいてくるし」


 言われて振り返ってみたら、本当にちょっと近づいてる⁉


 なんの怪奇現象だよ。


「ま、まー、仲が良さそうで安心したわ。今日は二人で来たの?

積極的ね、いいじゃない」


「違う、さっきそこで会ったんだよ。お前を探してるって言うから

連れて来たんだ」


「サリアが? 私を?」


「じゃなくて、お付きの……なんて言ったかな、メイドの……」


「コリーン?」


「それだ。お前に話があるってよ……おい早く離れろ」


 間一髪。サリアが背後に立つ直前でヒュッケから離れる。


 これ、背後に立たれたらどうなるの?

 刺されるの?


 ヒュッケは何事もなかったようにサリアを伴ってあいさつ回り。


 いいね、夫婦で被災者支援してる事業家って感じ。

 サリアは顔を隠さなくなったし、知らない人とも喋ってる。


 ガンエデンへの恭順派と反対派の対立が深まるユシフで、

 この二人は融和の象徴となりえる。


 皮肉だけれど、暴動が起こるほどに対立が深まるにつれ、ヒュッケと

 サリアの結婚は価値を増していく。


 オルデン卿の説得も容易になるだろう。


「なんであなたは中に入らないの?」


 外に出ると、入り口の横でコリーンが待機している。

 いつものメイド服の上に薄手のコートを羽織ってるね。


 今の街の状況じゃ、貴族の屋敷で働いてますって格好で出歩くのは

 危険だよね。


「お二人の邪魔をしてはいけませんので」


「別に一緒にいても邪魔にはならないと思うけどね。

それで、私に話があるんだって?」


「はい。まずはキャスお嬢様からの感謝を。サリア様が良い方向で

お変わりになられているのを、大変お悦びです。

サリア様はお部屋から出るようになり、顔も隠さず、なにより

お父上にもはっきりと意見をされるようになりました」


「そ、想像以上の進歩ね……愛は偉大?」


「ヒュッケ様の立場に合わせて少し無理をしておられるかと。

ですが、そのおかげで仕事がやりやすくなりました」


 コリーンが差し出した数枚のメモには人の名前と品目、

 金額がずらっと並んでいる。


 何かの帳簿の写しだね。


「これは?」


「旦那様の取引記録です。

全部ではありませんが、時間の許す限り暗記してきました」


「……無茶はしないって約束じゃなかった?」


「してませんよ? サリア様がガンエデンでの染色権利収入からの

流出金を見つけ、お父上を追及したのです。さすがです。

おかげで執務室への人の出入りが増え、施錠の管理も甘くなりました」


「だからって、あなたが鍵を預かるわけでもないでしょうに」


「大丈夫。鍵を管理しているのは孤独で寂しい男です。ほんの少し、

慰めてあげただけですよ」


 わかるでしょ? 的な微笑。


 わかりません。

 え? 私、そういうのわかりそうなキャラなの?


「で、オルデン卿は何にそんなに使い込んだの?」


「骨董品ですね。これは以前からの趣味……悪癖でしょうか。

借金してまで買うことがありますので」


「浪費家だねぃ。仕事はできる男って感じだったのに。

うん……うん……古書がいくつかあるけど、ハズレかな。

少なくとも知らずに買ったってことはなさそう」


「『生き永らえしもの』ですか? 家人には魔術の知識があるものも

おりますが、そういった書物のことは何も……」


「知識がある、ていう程度じゃ知らないかな」


「クルス様も四級ですよね?」


「うぐっ……」


 なんかイキっちゃってるみたいで恥ずかしい。


 施設内から大きな声が聞こえ、覗いてみると二階から戻ったオトが

 ヒュッケを見つけて大喜びで体当たりしてる。


 みぞおちに頭から行くやつ。


 みんな(ヒュッケ以外)笑ってるなあ。

 早く街全体がこうなればいいのに……。


「名前の空欄はおそらくサルコマンド商人です。彼らは口約束を

至上としますから、名前とかは記録しません。それをすると約束を

覚えられないとみなされ、取引に支障が生じます」


「なんという強気な商売。大型ショッピングモールへの出店は無理だね。

サルコマンド商人ってあれよね、レインコットンとか」


「それ以外にも様々なものを。事業をしているなら彼らとの取引は

当然あります。品質、納期、ともに誠実ですよ」


 当たり前だけど私みたいな素人が見て怪しい取引なんかない。


 ただ、この世界の骨董品には魔術的な力を付与された物品も多く、

 その取引は協会の許可制だ。


 何を、誰と取引したかは記録に残して提出する。


「協会側の監査と突き合わせてみる……か。ノエルならできるかな」


「何か不審な点が?」


「というか気になる。サルコマンド商人との取引の後、一週間以内に

必ず別の取引が入ってる。売り渡し。まるで仲介業者だよ」


「相手側は錬金工房。購入したものの中に『呪い』の危険があった場合は

すぐに専門の業者に引き取らせますね。キャスお嬢様がそれで一度、

一目ぼれした人形を取り上げられて泣いた泣いた。かわいかったー」


「あんたってときどき無表情に情緒が乱れるのね……

そういうの含めて、どの角度からでも怪しくない理由がある。

私、性格悪いからそういうのが怪しく見えちゃうの」


「それは……本当に、汚泥のような性格でいらっしゃいますね」


「丁寧に憐れむな。邪悪は常に善意の衣を纏うってね」


「良い心がけかと。ちなみに誰の言葉です?」


「わ・た・し☆」


 ため息かよー。

 わりと辛らつだよね、コリーン。


「まあいいです。何もなければクルス様が悪者になるだけですものね。

ですが、お気をつけください。

貴族を敵に回せば、まず居場所から奪われますから」


「それを求めてユシフに来たのにね。

あれ、帰っちゃうの? サリアについてなくていいの?」


「あとはヒュッケ様にお任せします。私は本来、キャス様のお側に

いなくてはなりませんので」


「これ渡すのに、わざわざ口実作って出てきてくれたのね。

ありがと。そっちも、もう無茶しないでね」


 コリーンは軽く会釈して帰っていった。まあまあ忙しそう。


 さて、私はどうするか……。


 こんなメモだけでガンエデンの貴族様を追求しようものなら、

 一瞬で丸焦げにされる。


 これはスターナイトに変身したって防げない。


 私が社会に属する一人の人間であろうとする限り、法と権力を無視して

 生きていくことはできないのだから。


 ただし、それは相手も同じなの。


 権力を持つものが権力を無視すれば、それは自分の持つ力を

 弱めることになる。


 ただのメモに過ぎない情報を無視できなくするにはどうすればいいか、

 それを考えましょう。


 オトと私の居場所を作るために。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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