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第六十五話 ブラックハンズの呪い

 ああ、もう!


 泣いてるオトを抱きしめてよしよしってして、

 目いっぱい甘やかさないといけないのに。


 アレポの怪我の具合を見て、治癒士のとこ行って、

 カザフのとこにも戻らないといけないのに。


「なぜだって聞いてんだろ! さっさと喋れ!

頭だけにして聞いたほうが早いか⁉」


 勢いで言ってます。できません。


 誘拐犯の顔の端に指を引っかけ、顔を覆っているものをはぎ取る。


 皮膚そのものが無理に剝がされる感触のあと、勢いよく

 飛んでいったのは……


 仮面だ。


 ……三眼?

 黒塗りの三眼の仮面?


 見ただけで目の奥を焼かれそうで目を逸らす。


 誘拐犯の素顔もひどいものだ。


 黒い炭を流し込んだような色ムラのあるマーブル模様。

 目と鼻の位置はずれて、大きさもちぐはぐ。


 あんな仮面なんか被るからだよ。


「感謝しなさい。私が剥がさなかったら、あの仮面はあんたの

顔を全部食ってしまっただろうから。あの仮面をあんたに渡したやつは、

生かしておく気なんかなかったの。

さあ言いなさい、どうしてオトを狙ったの? 誰に言われた?」


 目が合わないなぁ……。


 引き伸ばされた眼窩がピクピクと動いて、なんか眼球の後ろに

 別の生き物が入ってるみたいに浮いてる。


「……言われただけなんだ。俺たちはリストのやつらを集めるだけで。

こんなはずじゃなかった、俺たちは知らなかったんだよ」


「俺たち? 他にもいるの? 誘拐があんたたちなら、

あの夜鬼を操ってたのもそうなの?」


「操る? あんた、何も知らないんだな──」


「そこまでだ、クルス! その男から離れろ」


 路地の両側が塞がれてる。


 妖精騎士団のジャケットとフード。


 やや湾曲した小剣は持ち手も特殊で、まさに妖精の武器だ。

 握り方を変えるだけで刃が様々な方向に向く。


 都市型の軽装。十人前後の数で周囲を制圧したのだろう。

 気づくと異様に静か。


 で、私の名前を呼んだのは、やっぱりオーロラだ。


「その男は我々、妖精騎士団が預かる。作戦目標の一人なんだ。

引き渡してくれるかい?」


「作戦? それって善良な施療院を摘発したりすること?」


 なんで挑発しちゃってるんだ。


 行き場のない怒りがまだ頭の中を焼いてる。

 『痛覚遮断』するとアドレナリンが過剰に分泌されるんだっけ。


 私は何しに来た?


 オトを助けに来た。


 オト、泣いてるよ?

 妖精騎士団に保護させる気?


 すみやかに『痛覚遮断』を解除。

 誘拐犯の首からナイフを離した。


「……あとで情報を共有して」


「できる部分は」


 オーロラが近づいてくると、唐突に誘拐犯が自分の首を絞める。


 そんな気配はまるでなかった。

 妖精騎士団が来てからは完全に諦めてしまっていたから。


 腕が勝手に動いてる。

 それも尋常じゃない力で。


 指はそれぞれが蛇のように首に食い込み、ちぎれかけた親指までが

 喉元のくぼみに沈んでいく。


 そして手の内側から溢れ出てくる、黒。


「どけ、クルス!」


 オーロラが一太刀で両の手首を切断する。


 けど、止まらない。

 誘拐犯の腕がだらりと垂れ下がり、足の力も失われた。


 それでも手だけが首を強く締め続ける。

 話に聞いたことしかなかった、ブラックハンズの呪い。


 手を引きはがそうとするオーロラにしがみついて止める。


「触ってはダメ。起動してるのを見てわかった、これは術式」


「放せ、手がかりが死ぬ」


「連結子が付いてる。触ると感染するのよ!」


 織物のように編まれ、重ねられた術式。

 それがブラックハンズの黒だ。


 連結子は解析しないとどんな条件で感染するのかわからないが、

 絶対に触れてはいけないことに変わりはない。


 私たちはただ、誘拐犯の首の骨が粉砕される音を聞き、

 目から光が失われていくのを見ているしかできない。


 歪んだ瞳から零れた涙が横に広がった口に溜まり、

 涎と混じって泡立つ。


 何かを訴えるように口元が動き、最後に目線がオトを向いて、

 それが最後だった。


 黒い手は死んだ後も力を緩めず、完全に首を潰して胴体と

 分離すると糸が切れたみたいに、地面に散らばった。


 ────────────


 不当逮捕だ。


 私とオトは被害者なのに妖精騎士団に連行されて、

 駐屯地の宿舎の一室に閉じ込められてる。


 まあ、街中ではまだ暴動や略奪が続いてるって言うし、

 私は『痛覚遮断』の反動で身体がバッキバキだし。


 アレポはすぐに専属治癒士に診せてくれたし、

 見ようによっては保護って言えなくもないけど?


「なんでオトに会わせてくれないのよ? 必死で取り戻したんだよ?

あの子をこの腕に抱くために!」


「治癒士の判断だ。君は極度の興奮状態にあり、落ち着くまで

子供と会わせるのは双方にとってよくないとのことだ」


「治癒士の判断だぁ~~? どこの誰よ、そいつは?」


「君の隣で君の肩を治療してくれてる」


「あっ、イタい、もちょっと優しく、そっち側に動かすのムリ」


「ずいぶん無茶したのね~~クルスちゃん。ダメよ~~、

『痛覚遮断』がなんのために作られた術式か知ってる?」


「て、手っ取り早く革命闘士を強くするため」


「ブッブ~~。正解は~~、楽に自殺するためでした~~。

わかる~? この術式は使うこと自体、自殺行為よ~」


 言われてしまった……。


 わかってはいたんだけどね。『痛覚遮断』使った、なんて言ったら

 他の魔術師からドン引きされる、そういう類いの魔術だって。


 にしても何て言うか、この治癒士。

 セシリアさんって言うんだけど、反論する気が起きない。


 まず顔より胸に目が行く。高級メロンとか栽培してる?


 常に慈愛に満ちた笑顔で、目がちゃんと開いてるの見たことない。

 ふわっと広がるロングヘア。


 おっとりした性格に喋りかた。眠気を誘ういい匂い。


 なんていうんだっけ、これ?

 バブみ?


「……オトは無事? ケガはない?」


「ちょっとすりむいてたくらいよ~。後でしっかり診るから安心して。

今は足が折れてたアレポの側にいるわ。今度はオトが守るんだって。

とってもいい子ね~~」


「私に会いたいって泣いてるよね? ね?」


「泣いてないわよ~。泣くとクルスが心配するからって~~」


「あーそれもアリだよーーオトーー!」


「ねえ、健気よねえ、もう、それ聞いて私が泣いちゃったのよ~~」


「あの、セシリア? 治療が終わったなら席を外してもらえるかい?」


「あら! お姉ちゃんを邪魔もの扱いだなんて、こないだお腹壊して

半泣きでお薬もらいに来たくせに!」


「……それは誰にも言わないと約束したはずだけど?

それと半泣きではなかったと記憶している」


「お姉ちゃんを寂しがらせるからです。反省なさい。

でもいいわ、オトをちゃんと診ないといけないし、

お望み通りにしてあげます。

ふふふん♪ オトの白くてすべすべの肌、触り放題~~♪」


 鼻歌をうたいながら出て行った。

 とても気まずい沈黙を残して。


 いるよね、自分は穏やかだけど、周りはぜんぜん穏やかに

 してくれない人って。


「えっと、その、まあ、オーロラはちょっと寝相悪いよね。

あれじゃお腹を冷やすよ。抱き枕とかあるといいらしいよ?」


「ありがとう、参考にするよ」


「やだ顔怖い。妖精騎士団にとって恐怖は武器だけど、

あなた自身もそうである必要はないのよ」


「その武器をうまく使ったつもりが、今回の暴動でだいぶ予定が

狂ってしまった。やつらの拠点まで辿るつもりだったのにね」


「暴動に乗じて一気に動いた感じよね。まさかオトまで誘拐の

ターゲットになってたなんて……油断したわ」


「タイミングが良すぎる。暴動に関わってるかどうかはともかく、

それ自体はある程度、予測していたのかもね」


「妖精騎士団の弱点。数の少なさを狙われたね。

暴動で手が回らなくなってるうちに、残りのターゲットを一気にさらう。

そんな中、よく私たちのとこに来られたわね」


「暴動の制圧はかなり遅れた。これでまた本国の評価は落ちる」


 オーロラは椅子に背中を預け、天井を見上げる。

 ため息はつかなかったものの、疲れているのは隠せない。


「だいぶお疲れなんじゃない? セシリアさん呼ぶ?」


「やめてくれ、あの人はあれで本国から送り込まれた目付役だ。

君も、彼女の前では喋りすぎないほうがいい」


「妖精騎士団相手に何でも話すわけないでしょ」


「僕相手にも?」


「当然」


 私が挑発的に言っても彼女は……じゃなかった、彼は

 くだらなそうに鼻で笑うだけ。


 らしくない。


 オーロラは自分の魅力を知っていて、相手に興味を持つ、

 持っているように見せかけることの有用性を理解している。


 身内すら敵になる環境で生きてきたオーロラが身に着けた技術。


 でも今は目の前にいる私どころか、

 自分にさえ興味がないみたいな顔してるじゃない。


 私はそれほどお姉ちゃんでもないけど言いたくなるよ。


 そんなに寂しそうにしないで。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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